算命楽
(さんめいらく)


上桁の舞

 算命楽は現在知られている他の舞楽にはない、特異なしきたりに則って執り行なわれる。拊在栖(ふあるす/Fuarusu)と呼ばれるレインスティックに似た音を発する棒を持って舞われることもそのひとつだが、何より舞人と楽人達が東方と西方の二手に別れ、最初に与えられた数を交互に計算しながら奉納される点がその大きな特徴である。すなわち、東西双方は、それぞれに最初に与えられた数0と1から始め、互いの数の「足して10で割った余り」を交互に計算し、その結果を新たに与えられた数として逐次更新していくのである。舞の型や方角はもとより、そこで奏でられる旋律や和音(笙)、さらに打楽器のリズムまでもが厳密にこの数に従っており、それは、算命楽という舞楽全体が数値そのものを表現しているということでもある。言い換えれば、舞や雅楽はこの計算過程の「副作用」として視られ、聴かれるものとなる。このような演算システム、あるいは「数列生成マシンとしての舞楽」がどのような宇宙観に由来するのかには諸説あるが、古代中国では「算命」という言葉が「計算する」ことであると同時に「運命を占う」ことと同義であったことから、国家の天命を知るための、ある種の占いとしてこの算命楽が執り行なわれていたのではないかと考えられている。一方、舞で使用される拊在栖に込められた無数の小石は精子を象徴したものだという指摘もあり、高く掲げられた拊在栖は天から種子を充填している様、下方に向けられた拊在栖はそれを四方の大地に向け散布している様だという。すなわち、人々は天から降り注ぐ生命の「種子」の流れを聴きながら、粛々と続けられる算命楽の舞によって護国豊穣を祈ったというものだ。
 なお、しきたりに従えば、0, 1, 1, 2, 3, 5... と続くはずの数列は、我々の知るフィボナッチ数列の一桁目のことであり、60回目の計算で数列の初期値に戻ることになる。事実、算命楽では東方、西方それぞれが30回、数を更新したのちに奉納は終わるのだが、それは、さらに計算を続けても同じ数列が永遠に繰り返されるだけであることを古代人がすでに知っていたという意味でもあるだろう。

という夢をみた。

Jan. 2011 三輪眞弘


2011 6/19 Tokyo Opera City