社会と教育 試論

           2009年2月25日
          土居哲真

1、はじめに
子どもの未来について考えている。
今の子ども、そしてこれから生まれる子どもたちが、いかにして希望をもって大人になっていくかということを考えている。本論での希望とは、「希望とは努力が報われると思う時に生じる、絶望は努力してもしなくても同じだと思う時に生じる」というランドルフ・ネッセの言葉に準じている。子どもが、努力は報われると確信して成長するために、子どもにとって今何が必要だろうか。それは教育の問題でもあるだろうし、社会の問題でもあるだろう。

小学校に30年以上勤務した校長先生に取材をした時のことである。「昔の学校と今の学校では、何が変わりましたか?」との私の問いに、その校長先生は「学校に娑婆の空気が入ってくるようになった」と答えた。私にはその言葉がとても印象的だった。学校という比較的閉鎖的な空間に、世間の風が入り込んできているという。その善し悪しはここでは置くとして、世間の空気の圧力を、私は感じた。その空気とは一体何なのだろうか。まずは、社会の現状をおおまかに素描し、そのことと教育の問題、学校教育から仕事への移行の問題を論じていきたい。


2、グローバル化のうねり
現代社会をあらわすキーワードは、「自由」だと、私は考えている。われわれ現代人は、「自由」への絶対的信頼を抱いている。われわれは戦後、そして冷戦後さらに急速に、アメリカ型の自由主義を崇拝してきた。世界を巻き込んだ自由化は、政治的には規制緩和を引き起こしたが、それ以上に自由は時代の空気となっていった。自由であることは決して悪いことではない。むしろ、不自由であるよりは、自由であることの方が良いに決まっていると、われわれは考えている。

自由化と規制緩和に、通信、輸送、情報技術の進化が伴って、世界中のネットワーク化が進展し、そしてそれは今なお進行している。国民国家の枠組みは拘束力を失い、グローバル化と呼ばれるようになった。ウルリッヒ・ベックによると、これは「共同体、労働、資本の『場所の喪失』である。」(*1)ベックによれば、「情報」「エコロジー」「経済(金融)」「恊働あるいは生産」「文化」がグローバル化される。(*2)世界のグローバル化は国境をはじめとした境界を無効にし、時間や空間を圧縮しつづける。これによって世界は大きな変化のうねりの中に巻き込まれた。特に経済の変化に注目するならば、ロバート・ライシュは次のように述べている。「新興経済はこれまでにない機会—常に拡大しつづける素晴らしい取引の選択、すばらしい製品、より良い投資、この経済にマッチした才能と技術を持つ人々に対するよりすばらしい仕事—を提供している。人類史上、これだけ多くの人々が大量に、簡単に経済的機会にアクセスできた時代はない。」(*3)しかし同時に、大量生産でレディメイドのものを大量に売るという産業は今衰退しかかっている。「新しいコミュニケーション、輸送、情報テクノロジーの主要な効果の一つは、競争条件を変えるということだ。単なる生産規模による優位性は減り、すばやく製品やサービスを改善することができる生産者、そして新しい発明でさらに顧客を喜ばせることのできるような生産者が報われる。」(*4)売り手は、技術の革新とともに、常に軽さ、速さ、多様さ、機敏な対応という付加価値が最大限求められ、コストを極限まで削減しなければならなくなる。これによって、買い手の選択肢の幅は広がり、「切り替えが容易になればなるほど、売り手同士の競争は強まる。そしてこれが、もっともすばらしい取引を提供しなければならないという、さらなる大きな圧力を売り手にかけることになる。その結果、選択肢はさらに広がり、改善されつづける。取引はより良くなり、機会は拡大し、可能性は無限であるように思える。」(*5)ライシュは、このような買い手にとっての「選択の幅」と「切り替えの容易さ」が、すべての売り手をより不安定にしていると指摘する。そしてこの競争には果てがない。不安定さはますます加速する。


3、労働の現在
このようなことによって、雇用はどのように変化しただろうか。ジークムント・バウマンは、近代を「重い近代」と「軽い近代」に区別し、こう指摘する。「重い資本主義の時代、『経営化学』の焦点は、『労働力』を囲い込むこと、定着を強制すること、予定通りに動かすことであったが、軽い資本主義の時代になると、経営の中心課題は『労働力』の削減、移動へうつった。」「スリム化、縮小、廃止、閉鎖、生産性の低さゆえの売却が、この新しい経営哲学の応用である。」(*6)時代は重厚さから軽量さに移行したとするバウマンの指摘はおそらく正しい。資本はその場所やそこにいる労働者との関係を柔軟に変化できるよう振る舞うようになった。資本が機動性を失うと、そのことが将来のコストとしてのしかかるかもしれないし、その結果、競争力を失うかもしれないリスクを伴うことになる。バウマンによると、「『柔軟性』は現在の代表的スローガンであって、柔軟性が労働市場にあてはめられたとき、『われわれが慣れ親しんできたかたちの雇用』も終焉を迎えるはずである。柔軟性がもたらすのは、短期契約型、契約更新型の雇用、あるいは、契約のない雇用であり、いつ廃止になるかわからない、安定しない地位である。こうして、働き手の生活は不安であふれかえるものとなるのだ。」(*7)また、バウマンはこうも述べている。「『人員削減』『合理化』『効率化』の対象にならない、また、需要の不規則な変化、『競争力』『生産性』『効率性』の気まぐれで強大な圧力の犠牲にならないと保証された人間はひとりもいないだろう。」(*8)

このようにして、働き手の生活は不安定となり、将来は不確実なものとなる。ベックは「失業でもなければ安定収入でもない」状況が急速に広まりつつあると述べている。ベックは、このような現代を「リスク社会」と呼んだ。そこでは、何を買うか、いくらで買うか、いくらで売るか、何をするか、何をしないか、それぞれが自由な選択なのであり、それは完全に個人の責任に帰する問題なのである。ここにおいて、人々は不安感、不確実さを抱いてそれぞれに分断されてしまった。今、連帯した共同体は幻想となり、個別化した個人の集団があるばかりである。「いま、すべては個人にまかされている。能力をみつけ、できるところまで発展させ、能力が最高に発揮できる目的を探し出す仕事は個人にまかされる。」(*9)バウマンはその著書『コミュニティ』で、「安心の増進はつねに自由の犠牲を求めるし、自由は安心を犠牲にすることによってしか拡張されない。」と述べ、自由と安心はトレードオフの関係であることを指摘している。つまり、われわれは自由を求めれば求めるほど、安心や安全を逃がすことになるのである。


4、貧富の格差
さらにこのため、新しい貧富の格差も出現する。ライシュは、少々荒っぽい言い方だが、現代では「変人」と「精神分析家」に富が集まることを指摘している。「変人」とは、アーティストや発明者、デザイナー、エンジニア、金融のエキスパート、科学者、作家、ミュージシャンなどのことであり、「要するに彼らは、ある特定の媒体において新しい可能性をみつける能力を持ち、そしてその可能性を深め、発展させることを喜びとするような人たち」(*10)である。「精神分析家」とは、営業担当者、タレントエージェント、需要開拓者、流行観察者、プロデューサー、コンサルタントなど、「つまり他人々が何を欲しいか、何を見たいか、何を経験したいかについての市場の可能性を知ることができ、そういった機会をどのように生み出すかを理解している人」(*11)のことである。彼らは技術革新の中核に位置し、市場において需要が大きい。そのため報酬が大きいのである。一方、他者に置き換え可能な人材は徹底的に低賃金を強いられ、また、いつ解雇されるかもしれないし、次の職場があるかどうかも分らない。そして、「変人」や「精神分析家」に比べて、それ以外の人の方が圧倒的に多数を占めるのである。このため、人々は一部の富者と多数の貧者に分裂する。さらにベックは、「高度な専門教育を受け、それゆえグローバルに代替のきくますます一握りの人々が、ますます多くの成果やサービスをもたらすことができるようになる。すなわち経済成長は、もはや進行しつつある失業を解消するものではなく、まったく逆に働き口を撤去していく[雇用を削減していく]ものである。これは仕事なき成長である。」(*12)と論じている。これによって、将来ますます貧富の差が拡大することが考えられるだろう。さらに、詳述しないが、社会関係資本、文化資本が子どもに継承されるとするならば、この格差は非常に深刻なものになるはずだ。また、富者に対する貧者の、あるいはまた逆のルサンチマンも無視できないものになるだろう。

このような格差は、もともと人間の自由な活動の結果、生じたものである。山田昌弘によると、このような格差拡大現象は「『構造的かつ世界的』な現象。」(*13)であるという。無論、日本も例外ではない。山田は、「中流生活が保証されない、転落してしまうかもしれないという『底抜けのリスク』が増大したことが、人々の格差拡大への不安を増幅させている」(*14)と指摘する。また、「市場による配分が、人並みの生活が困難な人々や努力しても生活水準が上昇しない人々など、行き場のない『敗者』を産み出すなら、敗者の不満が大きくなり、将来にわたってさまざまな社会的負担を生み出すだろう。」(*15)とも述べ、希望を持てる人と、「努力しても報われない」希望を持てない人との格差を「希望格差」として問題視している。山田によると、「日本のみならず、先進工業国一般では、大量生産・大量消費の工業社会が全盛だった頃は、経済格差が小さく、格差が社会問題になりにくい時期であった。」「ほとんどの正社員の男性労働者は、ロースキルからハイスキルへと社内で労働生産性を高めていった。つまり、仕事をしながら技能を蓄積し、徐々に生産性を上げ、企業の生産に貢献していくことが可能だったのである。つまりは、『オン・ザ・ジョブ・トレーニング』が機能していた。」(*16)しかし現代において、大量の定型作業労働者が必要とされる一方、彼らには労働の質の面でも、賃金の面でも、ステップアップしていく見込みが薄い。「企業は、生産性の高い労働者を正社員として抱え、育てようとし、引き留めるために給与面で優遇する。一方、生産性の低い職に就く人を、派遣、アルバイトで置き換えようとする。」(*17)


5、希望格差社会
山田の論を引用すると、「経済の構造転換は、生産性の高い仕事を作り出す一方、生産性が低くてもかまわない仕事を生み出す。『いくら努力しても、いつまで経っても、生産性の高い仕事に就けず、自分の仕事が評価されない』人々を生み出す。これを、『希望の喪失1』と呼んでおく。労働生産性の格差が拡大すると、その結果、収入の格差が拡大する。そして、そこに、家族の多様化が加わって、世帯の収入格差は、更に拡大する。その結果、『いくら努力しても、いつまで経っても、豊かな生活が築けない世帯、豊かな生活から転落してしまう世帯、自分の子どもが豊かな生活を送る見込みが立たない世帯』が出現する。これを『希望の喪失2』とする。このように、生産—労働の現場で希望を喪失する人々の増大、及び、消費—生活の現場で希望を喪失する人々の増大が同時に進行するのが、現在の日本の状況である。これが、私のいう『希望格差』である。」(*18)「努力が報われない」状態、ランドルフ・ネッセにしたがうなら、これは「絶望」である。しかし、このような状況に置かれた人々が今多数存在し、そしてこれからも増えつづけるのであれば、これは個人にとっても、社会にとっても、改善しなければならない重要な課題である。山田も、「『努力が報われる』ことをすべての年齢、立場の人に保証していくことが、持続可能な社会を作り出す条件であり、社会の責務だと考えている。」(*19)と述べるが、それはいかにして可能だろうか。いや、本論に即して問いの立て方を少し変えよう。本論では子どもから大人への移行を問題としている。ここではそれを仮に、教育から仕事への移行と言い換えるとし、いかにして子どもたちをスムースに、かつ希望を持てるかたちで教育から仕事へと移行させることができるのだろうか、と問いを立てよう。しかし、現実に照らしてみれば、今それはとても困難なことのように見える。


6、日本の戦後教育
なぜそれが困難なことのように私に感じられるのか。それは日本の学校教育に内在するイデオロギーと、上述のような現代の社会構造が、まったくかみ合っていないように見えるからである。 戦後日本の学校教育は急速に大衆化した。現在高校進学率はほぼ95%の水準を保っている。苅谷剛彦の指摘するように「戦後の日本社会は、教育機会をさらに拡大し、その結果、より多くの人びとが教育をめぐる競争、教育における競争に参加するようになっていった。」(*20)その結果、徹底したメリトクラシー(業績主義)が社会全体に浸透した。学校では生徒の努力がなによりも評価される。そして、苅谷はこのメリトクラシーと、能力主義、平等主義の日本的な結合を指摘している。苅谷は、「教育信仰を基礎にした能力主義と平等主義との、日本的な絡み合いが、大衆教育社会を生み出す基盤であった。」(*21)とする。この日本的な特徴は、日本社会がヨーロッパのような階級社会でもなく、アメリカのような多民族社会でもないことに由来する。苅谷は、「これまでの研究によれば、経済成長期以前も以後も、親の職業や学歴に代表される社会階層上の地位によって、生徒の成績に差異が見られることは、ほとんど変わらない事実として確認されている。」(*22)とし、これは研究者の間では「常識」だとさえ述べている。しかし、「学校を取り巻く社会的環境の一部として、社会階層に着目することが、日本の教育の世界では根付かなかった」(*23)。それはなぜであろうか。

「戦後の日本は、高い学歴さえ取得すれば、「血統」にかかわりなく、将来の高い地位が保証されるというイメージを作り上げていった。」「学歴社会という社会認識は、『生まれ変われるものなら生まれ変わりたい』という人びとの願望を強化し、その願いを教育へ、学校へと水路付けするイデオロギーとして作用したのである。」(*24)「学校で身につけた知識や技術が社会で評価される。そのような経験を、近代学校導入の初期に経験した社会は、学歴は本来実力と一致すべきものであるという認識をつくりあげていったと考えられる。」(*25)このように苅谷は指摘する。メリトクラティックに獲得される学歴を、出自や家庭環境の不利を乗り越える「生まれ変わり」の手段としてとらえる認識が戦後日本で浸透したのである。しかし、ここでの「生まれ変わり」は、階層分化を促すものとしてではなく、あくまでも大衆のなかでの差異にとどまった。苅谷によると、「学歴社会という社会認識は、学校での成功が、ある特定の階層出身者に有利に出来上がっているという見方を退けるものである。学歴社会の進展のなかで、階層分化の差異は見えにくくなる。しかも学校文化自体も、階層的に中立なものと見なされる。その結果、教育における不平等をとらえる私たちの視線は、学歴差別、学歴による不平等へと向けられることとなった。こうして学歴社会という社会認識は、学校での成功の文化的中立性を強調する見方を広め、強め、そのことによって、学歴取得以前の不平等を見えにくくさせた。そのひとつの帰結が、戦後日本の大衆社会化の進展だったのである。」(*25)メリトクラシー、能力主義、平等主義、そしてそれらを纏め上げたうえでの学歴主義が、幸か不幸か、生徒の社会的な不平等を隠蔽する役割を演じたと言うことができるだろう。そうした経緯から、日本の戦後教育は、学歴上の見かけの差異は生ずるといえども、根本的な差別感、不平等感を与えるものとはならなかった。勉強すれば成績が上がる。つまり、「努力すれば報われる」ことが、はっきりと目に見えるかたちで示されてきたのである。今までの論をふまえれば、学校教育は、日本社会のなかでも最も「希望」のあるシステムとして成立してきたと言い換えてもいいだろう。


7、教育から仕事へ
ここで一番問題となるのは、学校を卒業した生徒や学生が仕事に就く場面ではないだろうか。私の考えでは、おそらくここにおいて決定的な摩擦が生じる。そしてその摩擦は、今後ますます大きくなると予測される。なぜならそれは、現行の学校のイデオロギーと、社会の構造との齟齬が、現在大きくなりすぎているからである。山田も、「今生じている教育問題は、教育と職業という領域の『継ぎ目』で生じている問題である。」とし、「教育勝ち組(期待通りの職に就くことができ、当該の学校にいくという努力が報われた人)は、『敗者は自己責任』と無関心にならざるをえない。逆に、教育負け組(学校に入っても、期待する職に就けなかった人)は、努力が無駄になると絶望を感じ、かつ、努力が無駄になった責任を自分で負わなければならない。」(*26)と痛烈な指摘をしている。これを裏付けるように、1990年以降、ほぼ一貫してフリーター数は増加の一途をたどっている。山田はアンソニー・ギデンズの著書『第三の道』から「第三の平等」概念を導入し、労働市場への参入機会の均等について、このように述べている。「仕事能力をつける段階で不平等があれば、結果的に労働生産性に不平等が持ち込まれてしまう。それゆえに、仕事能力をつけることを『社会的に』保証する必要が生じる。同じ機会均等でも、参入機会だけでなく、実質的な『能力開発』の機会を均等にすることが求められる。」(*27)これは、「自由な経済活動を尊重しながら社会の公正を確保しようとする」立場として、理論的には確かに正論である。しかし、私は納得できない。何をもって「仕事能力」とするのか。そしてそれをだれが「保証する」のか。実質的な「能力開発」の機会均等とはどういった状態を指すのか。私にはこの理論が具体的にイメージできないのである。私の思考が拙いせいか、机上の空論に思えてしまう。

再び、学校教育と現代の社会構造との齟齬の話に戻そう。ある小学校の先生に、私がこう提案したことがある。「現在の日本の現状をふまえて、例えばこのクラスにいる生徒のうち、ほぼ1/3の人は将来非正規社員になるでしょう。そしてこの数はこれから増える可能性が高いです。」というアナウンスをする授業をしてみたらどうですかと。先方の先生は、とんでもないという顔でこう言った。「学校では、成績の良い生徒も悪い生徒も、同じだけ努力したら、同じだけ褒めてあげなければならない。生徒に格差をつけることはできない」と。たしかに学校の理念としてはそうであるはずであるし、おそらく少し前までは社会全体の人々がそう感じていたはずだし、そう考えていたはずだ。しかし、今社会は急激に変化している。人々の認識も変化する必要があるだろう。それはどのようにであろうか。

教育から仕事への移行の問題に関しては、本田由紀が精緻な分析をしているので、ここでは本田の議論を参考としたい。本田は、「『近代社会』のメリトクラシー下では、何をめぐって競争し、なにを目指して努力すればいいかについての指針が人々に明示されていた。与えられた共通の教育内容を一生懸命に消化すれば、まずは成績や学歴などの教育達成を手にすることができ、その教育達成に基づいて学校を出た後の社会的地位についてもかなりの確実性で予測することができた。」(*28)と述べる。これは正しい認識だろう。しかし同時に本田は、90年代に入ってその状況が変化したことを指摘する。「正規労働市場の吸引力が失われたとき、若者にとっては彼らが属する教育機関の教育内容が実は自分にとっての『意義』を欠いていたことが強烈に意識化されることになった。」(*29)本田は、「『ポスト近代社会』において、メリトクラシーは『近代社会』におけるそれよりも、ある種純化された、かつ、より苛烈なかたちをとる」とし、「ポスト近代社会」におけるメリトクラシーの亜種ないし発展形態を、『ハイパー・メリトクラシー』と名付ける。そして、『ハイパー・メリトクラシー』においては、手続き的な公正さという側面が切り捨てられ、場面場面における個々人の実質的・機能的な有用性に即して、個々人を遇するという、『業績主義』が本来持っていた意味が全面に押し出される。」としている。(*30)さらに、「ハイパー・メリトクラシー」下で人々に要請される能力を「ポスト近代型能力」と呼び、それは、「文科省の掲げる『生きる力』に象徴されるような、個々人に応じて多様でありかつ意欲などの情動的な部分を多く含む能力である。既存の枠組みに適応することよりも、新しい価値を自ら創造すること、変化に対応し変化を生み出していくことが求められる。」としている。(*31)本田の言葉を借りるなら、現在日本の経済界は、このようなハイパーメリトクラティックな、「ポスト近代型能力」を備えた人材を要請している。そうした人材のみを要請する傾向が強まっていると言えるかもしれない。すなわち、先述したように、社会は技術革新の中核に立てる「変人」と「精神分析家」を所望している。しかし、そうでない人間はどやって希望をもてばよいのか。社会と学校では、ルールがまるで違っているのである。この不可避的に乗り越え困難な事態に直面し、器用ではない多くの若者は試行錯誤を通じて、苦しみながら着地点を見失っていくだろう。途上で立ち止まり、希望を失う者も少なくないに違いない。実は私も、2001年と2002年に就職活動を行った。留年したために2度行ったのだが、最後まで「就活」に慣れることはなかった。落ちては受け、受けては落ちる。何をしていいのか分らないまま私は「就活」から撤退し、大学院への道を選んだ。苦い経験である。でもこれは私だけの経験ではないだろう。このことは、学校と社会とのレールがうまく接合されていない、そしてますますその部分が軋んでいるために起こる構造的な問題だと考えるべきではないか。これは私のような負け犬の遠吠えにすぎないだろうか。


8、教育の職業的意義と専門性
本田の論を追っていこう。本田は教育のもつさまざまな意義のうちで、「学習者の労働力としての質を向上させること、すなわち職業に関連した知識やスキル、態度などを学習者に与えることを意味する」「職業的意義」を重視する。そして、若者の教育から仕事への移行が困難化している現在、教育の「職業的意義」は、特に喫緊の課題であるとしている。(*32)さらに日本の教育の課題として、「諸外国においては明らかに存在している、学校教育の量(学歴の高さ)や質(学校に意義を見出している度合い)が『職業的自立性』を高めるという因果関係が、日本では全くといっていいほど存在していない」ことを強調し、「日本の教育は単にその『職業的意義』に対する主観的評価が低いだけでなく、実際に、個々人が職業キャリアを主体的に形成してゆくために必要な態度特性を身につけさせることに成功していないと結論せざるをえない。」(*33)と喝破している。ここにおいて、本田は、「長期的には、すべての高校をなんらかの基礎専門に特化した高校へと再編することを—ラジカルな提言として受け止められることは覚悟した上で—あえて提案したい。」とまで述べている。(*34)これはいささか言い過ぎではないかと思われるが、要は、すべての高校がなんらかの専門性を掲げるよう提言しているのである。これには本田自身が述べるように、「『ポスト近代型能力』のような曖昧で捉え難い面妖なものにとらわれすぎ、ふりまわされすぎないように、もう少し確かな足場を確保しようとする」(*35)という意義もあるようだ。もちろん、「なお、高校レベルでの専門性とはあくまで基礎専門であり、各分野の基本的な考え方や原理原則、理念、倫理などに重点を置くべきであり、非常に狭い範囲の個別的知識・技能の習得だけに留まってはならない。」(*36)とし、あくまでも「幅広く、かつ柔軟な更新可能性に開かれたものである」を想定しているようである。つまり、この「専門性」とは、将来的にも本人の軸足となるような比較的基礎的で比較的専門的な学力ということであろう。本田のイメージする「専門性」とは、「個々人が社会の中で、特に仕事に関する面で、立脚することができる一定領域の知的領域のことである。」(*37)本田はこの「専門性」を「鎧」に例えている。すなわち、「ポスト近代的能力」が要請されたとしても、「近代的能力」に近い「専門性」があれば、武装するかのごとく、自己の身を守ることができるというわけである。本田の主張する「専門性」がどうしても具体的に捉え難いのだが、果たしてこれが功を奏すだろうか。子どもたちは基礎的な専門性を身につけて仕事に就き、それが希望を失わないで大人になっていく礎となるだろうか。結論を言えば、私は、本田のこの提言はほとんど無理筋だと思っている。しかし、それでもなお、最終的にはこの提言を私は支持したいと考えている。その理由を以下、述べよう。


9、学びの本性
本田の提言は、期せずして「学び」それ自体の根幹に触れている。ここでは、内田樹の教育論を頼りに「学び」の本性について検証していく。まず、本論の冒頭に引いた校長先生の言葉を思い出していただきたい。校長先生は、「昔に比べて、学校に娑婆の空気が入ってきた。」と語った。この後には実は続きがある。「子どもは昔と変わってない。変わったのはむしろ親であって、法外なクレームをつけてくる親がいる」とのことであった。これはどういうことを意味しているか。それは、教育の現場にビジネスモデルが侵入してきたことを意味している。「このような場合には、一体学校はどのような損害賠償をしてくれるのか」という具合である。これはビジネスタームである。このような空気は、教師と生徒とのやりとりにまで及ぶ。内田は、授業中に授業内容について「先生、これは何の役に立つのですか?」と質問する生徒を例に挙げている。内田は、このような問いに対しては、「そのような問いがあるとは想像もできずに絶句する、というのが大人の側としては当然の対応のはずです。」(*38)と述べる。答えることのできない問いには答えなくてよいのだと内田は述べている。では、なぜこの問いが答えることのできない問いなのか。内田はこう分析している。「教室に座ってじっとしていて、沈黙して先生の話す話を聞いて、ノートを取るというのは、ある種の『苦役』です。この『苦役』を、たぶん、子どもたちは教師に対して支払いをしているというふうにとらえている。別の言い方をすれば、『苦痛』や『忍耐』というかたちをした『貨幣』を教師に対して支払っている。だから、それに対して、どのような財貨やサービスが『等価交換』されるのかを彼らは問うているわけです。『僕はこれだけ払うんだけど、それに対して先生は何をくれるの?』と子どもたちは訊いている。」(*39)子どもたちにとって、本来教育は権利であり、学校は子どもたちを不当な労働から守るという役割も担ってきた。そのため、このような経済原理は学校教育になじまないし、件の質問は、学校教育の理念に反した、ありえない問いであるはずなのだ。しかし現状では、経済原理は着々と学校教育に侵入してきているのだろう。内田はこれを「ボタンのかけ違い」だと言う。生徒は消費主体ではないし、教育の場で差し出されるものに何の意味や価値があるのかを決める権利は子どもたちにはない。「学びは市場原理によっては基礎づけることができない。これが教育について考えるときの基本です。」(*40)と、内田ははっきりとそう断言する。それはなぜか。内田は、市場原理、等価交換の原則は「空間モデル」だと指摘する。空間とは、計量化され、数値化される概念である。そのため、ある異なるふたつのものが「等価であるか否か」という判断をわれわれは下すことができる。しかし、学びはそれとは質が違う「時間モデル」だというのが、内田の主張である。時間は本質的に数値化されえない概念である。この場合、「時間モデル」とは、事前にそれを軽量化も数値化もできないものを指している。内田は母語の習得を例に挙げている。「母語の学習を始めたときには、これから何を学ぶかということを知らなかった」に違いない。「つまり、起源的な意味で学びというのは、自分が何を学んでいるのかを知らず、それが何の価値や意味や有用性をもつものであるかも言えないというところから始まるものなのです。というよりむしろ、自分が何を学んでいるのか知らず、その価値や意味や有用性を言えないという当の事実こそが学びを動気づけているのです。」(*41)内田はこうも述べている。「『学び』というのは自分に理解できない『高み』にいる人に呼び寄せられて、その人がしている『ゲーム』に巻き込まれるというかたちで進行します。この『巻き込まれ』(involvement)が成就するためには、自分の手持ちの価値判断の『ものさし』ではその価値を考量できないものがあるということを認めなければいけません。自分の『ものさし』を後生大事に抱え込んでいる限り、自分の限界を超えることはできない。」「『学び』とは『離陸すること』です。」(*42)私は、内田のこの指摘に同意したい。私も大学時代にそのようにして学んだ経験があるからだ。私の専門は美学だったが、ベルクソンやドゥルーズの著書を原著や英語訳で少しずつ少しずつ読み進めながら、いつになったら「イマージュ」や「エラン・ヴィタール」という難解な概念を理解することができるのだろうかと我慢を続けていた。自分がこれから何を学ぶか、今何を学んでいるか、自分でも分っていたわけではなかった。確かに、私も「巻き込まれ」るようにして、自分の「ものさし」を捨て去る努力をしていたのである。教育はビジネスモデルとは相容れない質のものと考えるべきなのだ。


10、再び、専門性について
さて、本田の議論に戻ろう。前節をふまえると、本田の主張する専門的高校教育の実現は非常に困難であることが分かるだろう。まず高校生が自らの「専門性」を判断することが現実的にどれだけ可能だろうか。先述した通り、学ぶ内容は、事前にはよく分からない類いのものなのである。それを高校生が自主的に選択できるだろうか。いや、たとえそれが選択されたとしても、それらは一見有用性の高いものに集中しやしないだろうか。誰にとっても有益に思える(市場で価値のあるように思われる)分野に注目が集まるだけではないだろうか。私が最も心配するはこの点である。それは人類の叡智を縮減してしまう恐れがある。例えば人文学の一部、哲学や倫理学、宗教学、ラテン語、ギリシア語、サンスクリット文学、あるいは、数学の一部など。そうした何の役に立つのかよくは分らない分野を自らの専門にしようと思う高校生がどれほどいるだろうか。あるいは、もしそれらを志した生徒がいる場合に、どのように対処するべきなのだろうか。結果として、全体に教養、リベラルアーツの収縮が起こるのではないかと予想される。そして、これは学力低下にも通ずる事態であり、そうなるとそのことがまた問題となるだろう。そのような諸々が果たしてクリアにできるであろうか。私にはとても困難に思える。

しかし繰り返すが、本田は「専門性」といえども、基礎的なことで、変更可能な柔軟性をもつものであることを強調している。それならば、もしかしたら、可能性はゼロではない。実現には時間がかかるだろうが。機能的なシステムはこれから少しずつ構築していけばよい。私は、先述したように本田のこの提言に、結果的には賛同したい。それは、本田が著書『多元化する「能力」と日本社会』の末尾に書いた一連の文章に惹かれたからである。本田は、「専門性」というものが「ポスト近代型能力」の形成に対してもちえる意義を三点にまとめている。「第一に、『専門性』はその内容で結ばれた共同体を形成するため、個人はそこに帰属することによって対人的なつながりを形成し、コミュニケーションの力を高めることができる。」「第二に、『専門性』は個々人にとって何らかの『選択』を不可避とすることから、アイデンティティの感覚や意思力、決断力の形成に役立つ。『やりたいこと』と、現実社会のスキル需要とを媒介し、前者を後者に向けて着地させる働きをもつと考えられる。」「第三に、『専門性』は社会の実際の動きと直結した具体的な『行動』の重要性に関する実感を通じて、自己効力感や社会的責任感の形成にも貢献しうる。」(*43)私はこの言葉に、本田の情熱的な祈りすら感じる。
要するに、本田は、「専門性」という経路、媒介を通して、個人が社会や他人とつながること構想し、またそれを願っているのである。個人が行き場を失わないための、そして、何かとつながるためのツールとして活用できると、本田は考えている。つながること、それは今日大変貴重な事態である。そしてそれが可能ならば、個人は自ら「ポスト近代的能力」を手にすることになるだろう。その点は、本田自身も自覚している。本田は、「一定の幅広さをもち継続的な更新が可能かつ必要な『専門性』に個々人がそれぞれ足場をもつことにより、実は個人の中に『ポスト近代型能力』が形成されやすくなるのではないかと筆者は考えている。」(*44)と述べている。これは、前述した現代の社会構造のなかにおいては、大変魅力的なことではないだろうか。先述の通り、現代社会の危険さは、その不安定性、不確実性にある。この本田の提言が奏功すれば、われわれは少なくとも今よりは、安定や確実性、将来性、見通しをもてるようになるだろう。われわれは、自由と引き換えに失った安全や安心を再び取り戻せるかもしれない。そしてそれは、「努力すれば報われる」と信じることのできる希望のある社会を形成するひとつの手がかりになるかもしれない。私はこれを支持したいのだ。

本映画で、何人もの「小説を書く」子どもたちに出会った。彼らに共通しているのは、自分の考えがとても明確であったことだ。子どもらしく迷っていたり、整理されていなかったりする部分はあるけれど、彼らの主張は力強かった。彼らは小説を書く。自らの文章で物語を語るのだから当然なのかもしれないが、しかし彼らの力強さは、彼らが独自の「専門性」を有していたからとは考えられないだろうか。

[補足]
本文で「高度な専門教育を受け、それゆえグローバルに代替のきくますます一握りの人々が、ますます多くの成果やサービスをもたらすことができるようになる。すなわち経済成長は、もはや進行しつつある失業を解消するものではなく、まったく逆に働き口を撤去していく[雇用を削減していく]ものである。これは仕事なき成長である。」というウルリッヒ・ベックの文章を引用したが、これは深刻な問題である。山田昌弘もまた、「『フリーターにならないための教育』つまりは、生産性の高い職に就くための職業教育が重視されている。だが、教育や職業訓練は、それだけで職を作り出せるわけではない。いくら教育や職業訓練を受けても、その教育に見合った職の数は限られている。」「社会に必要な仕事の専門的職業の人数は、社会の側が決めるのであり、求職者が決めることはできない。学校卒業までにどんなに職業教育を行っても、一定割合は、希望の職に就けず、『生産性の低い職に就く学卒者』が出てくることを前提としなければならない。」(*45)という問題を指摘している。要するに、労働市場のパイの問題である。これは、山田の指摘のとおり、教育や訓練では解決できない。社会自体が変わらなければならない。ここでは詳述できないが、この点について簡単に私論を述べる。

このような問題に関して、今の多くの国ではパイの奪い合いになっている。しかしわれわれは、奪い合うことより「分かち合う技術」を涵養することはできないのだろうか。例えば、「ワークシェアリング」という方法がある。「ワークシェアリング」の最も基本的な方法は、休業にしろ、短時間勤務にしろ、ひとりひとりの労働時間の短縮を行い、労働をより多くの人数で分かち合うことである。2008年からの不況で、「緊急避難型ワークシェアリング」を行っている企業が見られるが、脇坂明によると、「ワークシェアリング」は、行う目的、背景、誰と誰の分かち合いか、手法、賃金額の減少の有無によって、いくつかタイプに分けられる。脇坂が日本に適合するのではないかと指摘するのは、「多様就業型」と呼ばれるもので、「女性や高齢者にターゲットを絞って、フルタイムではなかなか仕事ができないけれども、パートタイムで短時間であれば、十分仕事をしたい、十分その能力を持っているという人をどんどん仕事につける、そういった勤務の体勢を広げていくことによって社会全体としてはワークシェアリングになる、というものである。」「これの一番インパクトの大きかったのがオランダで、それは『オランダモデル』といわれている」(*46)「オランダは、それまでドイツやフランスが行ったような法廷労働時間を法律で短縮してワークシェアリングを進めるのではなく、パートタイム労働者を増やすことを中心にワークシェアリングを推進したのである。」「夫婦二人で、二人分か一人分ではなく、『1.5人分稼ぐ』というタイプを政府が推進していき、結果的にパファーマンスがよかったというのがオランダモデルのこれまでと違うところなのである。」(*47)この場合、パートタイマーからフルタイマーへ、あるいはその逆へのスムースな移行が会社内で保証されていることが重要である。脇坂は私の取材に応じて、「フルタイマーからパートタイマーへの移行を実現することが実際の会社内では難しい」と語ってくれた。現在、このような「オランダモデル」の「ワークシェアリング」が経営戦略として効果があることを各企業に呼びかけているのだそうだ。これはひとつの例だが、個人が分断化され個別化されるのではなく、「分かち合う技術」を社会全体で養おうとすることは不可能なのだろうか。その検証はここではできないが、「分かち合う技術」、その涵養が大切だと社会的なコンセンサスがとれれば、また状況は変わるかもしれないし、今後そうならなければいけないのではないかと、私は思う。

<注>
(*1)『グローバル化の社会学』 ウルリッヒ・ベック、木前利明・仲村健吾監訳、国文社、2005年 P32
(*2)上掲 第二部
(*3)『勝者の代償』 ロバート・ライシュ、清家篤訳、東洋経済新報社、2002年 P9
(*4)上掲 P28
(*5)上掲 P39

(*6)『リキッド・モダニティ』 ジークムント・バウマン、森田典正訳、大月書店、2001年 P195
(*7)上掲 P191
(*8)上掲 P209
(*9)上掲 P80
(*10)『勝者の代償』 ロバート・ライシュ P85
(*11)上掲 P88
(*12)『グローバル化の社会学』 ウルリッヒ・ベック P126
(*13)『新平等社会』 山田昌弘、文芸春秋、2006年 P31
(*14)上掲 P49
(*15)上掲 P79
(*16)上掲 P91
(*17)上掲 P99
(*18)上掲 P144-145
(*19)上掲 P82
(*20)『大衆教育社会のゆくえ』 苅谷剛彦、中公新書、1995年 P11
(*21)上掲 P26
(*22)上掲 P74
(*23)上掲 P55
(*24)上掲 P121
(*25)上掲 P124

(*26)『新平等社会』 山田昌弘 P252-253
(*27)上掲 P83
(*28)『多元化する「能力」と日本社会』 本田由紀、NTT出版、2005年 P12
(*29)『若者と仕事』 本田由紀、東京大学出版会、2005年 P138
(*30)『多元化する「能力」と日本社会』 本田由紀 P21
(*31)上掲 P22
(*32)『若者と仕事』 本田由紀 P150
(*33)上掲 P172
(*34)上掲 P200
(*35)『多元化する「能力」と日本社会』 本田由紀 P259
(*36)『若者と仕事』 本田由紀 P201
(*37)『多元化する「能力」と日本社会』 本田由紀 P261
(*38)『下流志向』 内田樹、講談社、2007年 P34
(*39)上掲 P33
(*40)上掲 P60
(*41)上掲 P63
(*42)『街場の教育論』 内田樹、ミシマ社、2008年 P59
(*43)『多元化する「能力」と日本社会』 本田由紀 P265-266
(*44)上掲 P264
(*45)『新平等社会』 山田昌弘 P149
(*46)『日本型ワークシェアリング』 脇坂明、PHP新書、2002年 P76
(*47)上掲 P88



<参考文献>
『再生産』 ピエール・ブルデュー、宮島喬訳、藤原書店、1991年
『資本主義のハビトゥス』 ピエール・ブルデュー、原山哲訳、藤原書店、1993年
『日本経済の歴史的転換』 中谷巌、東洋経済新報社、1996年
『第三の道』 アンソニー・ギデンズ、佐和隆光訳、日本経済新聞社、1999年
『パラサイト・シングルの時代』 山田昌弘、ちくま新書、1999年
『学校崩壊』 河上亮一、草思社、1999年
『オランダモデル』 長坂寿久、日本経済新聞社、2000年
『不平等社会日本』 佐藤俊樹、中公新書、2000年
『ITパワー』 中谷巌・竹中平蔵、PHP研究所、2000年
『教育改革国民会議で何が論じられたか』 河上亮一、草思社、2000年
『学校崩壊 現場からの報告』 河上亮一、草思社、2001年
『階層化日本と教育危機』 苅谷剛彦、有信堂、2001年
『論争・学力崩壊』 「中央公論」編集部・中井浩一編、中公新書ラクレ、2001年
『規制緩和という悪夢』 内橋克人とグループ二〇〇一、文春文庫、2002年
『不安社会を生きる』 内橋克人、文春文庫、2002年
『「学力低下」の実態』 苅谷剛彦他、岩波ブックレット、2002年
『教育改革の幻想』 苅谷剛彦、ちくま新書、2002年
『なぜ教育論争は不毛なのか』 苅谷剛彦、中公新書ラクレ、2003年
『あしたの経済学』 竹中平蔵、幻冬社、2003年
『内側から見た富士通 「成果主義」の崩壊』 城繁幸、光文社、2004年
『パラサイト社会のゆくえ』 山田昌弘、ちくま新書、2004年
『教育改革と新自由主義』 斎藤貴男、2004年
『教育「真」論』 宮台真司編、ウェイツ、2004年
『フリーター・ニートになる前に読む本』 鳥居徹也、三笠書房、2005年
『仕事のなかの曖昧な不安』 玄田有史、中公文庫、2005年
『日本型「成果主義」の可能性』 城繁幸、東洋経済新報社、2005年
『学校って何だろう 教育の社会学入門』 苅谷剛彦、ちくま文庫、2005年
『考え合う技術』 苅谷剛彦・西研、ちくま新書、2005年
『富の未来』 アルビン・トフラー・ハイジ・トフラー、山岡洋一訳、講談社、2006年

『ワーキングプア』 門倉貴史、宝島新書、2006年
『格差社会 何が問題なのか』 橘木俊詔、岩波新書、2006年
『悪夢のサイクル』 内橋克人、文藝春秋、2006年
『欲ばり過ぎるニッポンの教育』 苅谷剛彦・増田ユリヤ、講談社現代新書、2006年
『いまこの国で大人になるということ』 苅谷剛彦編著、紀伊国屋書店、2006年
『「ニート」って言うな!』 本田由紀編著、光文社新書、2006年
『若者はなぜ3年で辞めるのか?』 城繁幸、光文社新書、2006年
『希望格差社会』 山田昌弘、ちくま文庫、2007年
『イギリス「教育改革」の教訓』 阿部菜穂子、岩波ブックレット、2007年
『少子社会日本』 山田昌弘、岩波新書、2007年
『派遣のリアル』 門倉貴史、宝島新書、2007年
『学校のモンスター』 諏訪哲二、中公新書ラクレ、2007年
『幸福論』 宮台真司他、日本放送出版協会、2007年
『ルポ “正社員”の若者たち』 小林美希、岩波書店、2008年
『「生きづらさ」の臨界』 湯浅誠・河添誠編、旬報社、2008年
『格差社会と教育改革』 苅谷剛彦、山口二郎、岩波ブックレット、2008年
『経営戦略としてのワーク・ライフ・バランス』 学習院大学経済経営研究所編、第一法規、2008年
『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか』 城繁幸、ちくま新書、2008年
『杉並区立「和田中」の学校改革』 苅谷剛彦他、岩波ブックレット、2008年
『論争 若者論』 文春新書編集部編、文藝春秋、2008年
『「生きづらさ」について』 雨宮処凛・萱野稔人、光文社新書、2008年
『軋む社会』 本田由紀、双風舎、2008年









※上記の文章は土居哲真さん本人の了承を得て転載させていただきました。