岐阜おおがきビエンナーレ2015 Cracks of Daily Life 日々の裂け目 レポート

今回のビエンナーレは、前回2013年の「LIFE to LIFE-生活から生命へ、生命から生活へ」を引き継ぎ、「Cracks of Daily Life 日々の裂け目」というテーマを設け、日常の中に潜むさまざまな亀裂に焦点をあて参加作品を選んだ。特に作品による会場の空間構成と、同一会場で開催するイベントのための時間構成に特色がある。具体的に空間構成ではインスタレーションやメディアアートなど様々な形態の展示作品を、ある架空の街の風景のように起伏をつけて立体的に展示・配置したこと。また時間構成として、ある時間帯は会場全体の照明を上げ展示作品が鑑賞できるように、またある時間帯は会場全体を暗転させ映画やイベントが始まるといった具合である。今回は、このような空間的・時間的構成を「劇場型展示空間」と名付け、作品・イベントによる、ある種の「何処にもない街」の風景や状況を生み出すことを目指した。

展示は国内の招聘作家、IAMAS教員や卒業生の作品等で構成された。会場内に段差をつけた緩やかな斜面に大垣市内の特徴的な看板をモチーフとする「Typogaki」が立ち並び、二つのステージ(台地)上には、精妙に細工された書籍のオブジェやネット環境を作品背景としたモニター作品などが設置された。これらステージを見下ろすかのように、古紙を固めたブロックの塔が立ち、一方では天井まで届く円形スクリーンには日用品の影が回りながら上昇・下降を続ける。また会場をリアルタイムに俯瞰撮影した映像が処理されて正面の 巨大スクリーンに映し出されるなど、展示作品全体が一つの会場で相互に関係し合う空間が生まれた。

イベントでは、前夜祭での三輪眞弘(IAMAS)による音楽パフォーマンス作品「みんなが好きな給食のおまんじゅう」(中部地区初演)の上演を皮切りに、仙頭武則監督による沖縄をテーマにした問題作、映画「NOTH-INGPART71」や、前田真二郎(IAMAS)の新作「日々”hibi”AUG2015」が上映された。

会場構成

会場となるホールは劇場やコンサート会場にも使用されることがあり、観客席のために床面が階段状にせり上がる構造を持っている。今回はその構造を利用し、会場床面の約半分にゆるやかな段差をつけ、一種の「丘」とみなして作品を設置すると共に、劇場用の移動ステージを借用し、会場に独立する二つの展示用ステージを「台地」に見立てて設置した。このような空間構成によって、会場全体が起伏のある地形となり、観客の鑑賞行為そのものが、街を歩く散策体験と重なることになる。鑑賞者は個々の作品を独立したものとして単一の視点から鑑賞するだけでなく、会場内を歩き周り、登り、下り、回り込んで作品を見ることになる。一つの作品が別の作品を背景としあるいは前景とすると同時に「ステージに登った」鑑賞者の姿も一つの風景となる。

展示作品概要

トランス・フロア2
IAMASメディアサイト研究会

IAMASメディアサイト研究会は、2014年、公共空間(大垣駅南北自由通路)でのメディア作品の設置の依頼を受け、学生を中心として発足した研究会である。入り口に門状のトラスが立てられ、その下を歩く訪問者に反応して変化する数種類の映像が床に投影された。 ゲートとして会場への入り口を示すと同時に、石蹴りな ど、かつての路上での遊びを彷彿させる遊び場の雰囲気も生まれた。

A to Z [images on the network]
MM.Lab

真下武久(1979年生まれ)と前田真二郎(1969年生ま れ)によるアート・ユニットによるメディアアート作品。google検索エンジンの検索窓へ一文字入力すると「お薦め」の単語が表示される。先頭に表示された単語を画像検索してさらに画像を得ることができる。この手法を用い、75カ国の検索エンジンに、それぞれAから Zまでの文字を入力して得られた画像が、75分割された三面の巨大モニター画面に順番に表示されていく。1秒おきに変化する映像はそれぞれの国で最も流通しているイメージを示し、 国民性の違いや共通性だけでなくネットという場の限界性や拘束性も感じさせる。データの抽出と提示という形態から観客が様々な問いを見いだすことになる作品であった。

The Dive – Methods to trace a city
八嶋有司

ホールに続く通路の壁面、天井、床に6台のプロジェクターからの映像が投影されている。それぞれの映像は作者自身の身体に6台のカメラを取りつけ(両手首、両足首、 額、後頭部)歩きながら風景を同時に記録したものである。観客は歩行する撮影者の身体の位置に重なるように映像と音響(足音や環境音)に取り囲まれる。このバラバラに動く分断された風景とは一つの身体の各部位が見ている風景といえるかもしれない。しかしこれらの揺れ動く映像を支えているのは足音である。舗装された道路、雑草のや水たまりの中を歩く足音のリズムが映像の運動とシンクロし、場所を移動するというあらたな身体像を生み出されていたように思われる。

roots
廣瀬周士

ホールに入ると土が盛られた数個の円形サークルが床に設置されている。サークル上に土で固められた足首が数体並んでいる。足の断面 からは雑草が伸びている。岐阜市内の各地域の土壌の土で作られた足首とそこに生えていた雑草が、新たに 「土-足-植物」のコロニーを形作っている。「僕は地面と繋がった。それは風や雨や光とも繋がることを意味していた」と作者が語るように、それは分解・再生という循環の中にある私たち自身を感じさせるものである。それは裸足での土との接触を失いつつある現代の都市環境を逆に暗示しているようでもあった。

ノイズ+ 木立の向こうの言語標本
田中広幸

ホールに設置された台地状のステージに、田中広幸の二種類の作品が置かれている。6台の古机に置かれた『木立の向こうの言語標 本』(2011年)と30数冊の『ノイズ+』(2009年)である。『ノイズ+』は古書のページを線香で焼いて虫食いのようにした作品で、その一部に他の古書からの文字が移植されている。『木立の向こうの言語標本』(2011年)は、古書の50ページ分の文字列の一部を残して切り落とし、残った行間を樹木に見立てて彩色したものである。作者は作品について「意味伝達の局面において、けっして透明ではありえない 「媒体」「メディア」としての文字の属性が、私たちの深層に及ぼすだろう避けがたいノイズ」と語っている。作品からは作業を日々黙々と続ける作者の姿も見えてくる。

La Biblioteca-バベルの図書館
福本浩子

ホール内で高さ3m近くある遺跡を思わせる円筒状の塔が目につく。 身の回りの印刷物を細かく砕き撹拌しブロッ ク状に整形したものを数百個積み上げてできている塔である。近づくとブロックの塊の中に切れ切れの言葉の断片が見える。タイトルとなっている「バベルの図書館」とは、ボルヘスの小説に登場する無限の本を収蔵する図書館のことである。「もともと本として持っていた情報があらたな情報を持つ構築物となる」と作者は語る。今回の展示では、様々な理由で発禁処分となった書物を材料とする二種類のオブジェも展示された。書物の外からデバイスを用いて禁じられた言葉の一部を聴き取ることのできるブロック、そして開いた頁からキノコが生えているオブジェである。福本浩子と田中広幸は共に書物の解体と再生を通じて、書物を「読むこと・読めないこと」の対照的なアプローチを見せた。

Gift
クワクボリョウタ

福本の古書ブロックの塔と対峙するように、ホールの天井近くまである高さ8m、3m径の巨大な円筒状オブジェが立っている。円筒の周囲の布には様々な日常品の影が浮かび、ゆっくりと回転しながら上昇、下降を繰り返している。円筒内部には数十個の安価な小さい玩具模型が吊され、光 源が上下することで、その影の上昇・下降の効果を生み出している。「冬の或る晩。大きな竜巻が起きて、物という物が全て宙に巻き上げら れてしまいました。僕の物も。君の物も。すべての人か ら。すべての家から。すべての国から。地上には、人間だけが残されました。そしてただ空の光景をぼーっと眺めるしかありませんでした」と、作者は語っている。塔は一見すると楽しげな巨大ツリーだが、竜巻を想像させる不穏な雰囲気を私たちに感じさせる。

images.jpgシリーズ
塚本美奈

三台のボックス上にモニターが設置され、約4分長の三種類の映像が流されている。それぞれのモニターからはヘッドフォンで別々の音声が聞き取れる。映像はネット上の画像イメージや言葉を検索・ 収集し、あらたに編集しなおされている。故郷を思い浮かべて紡ぎ出されるかのような言葉と画像は特定の個人の記憶を離れ、「思い出」そのものの集合的なイメージを生み出しているかのようである。それは映像を見る者それぞれに、どこかで見たようなあるいは聞いたような既視感(デ・ジャヴュ)の感覚を呼び起こした。

VOICE-PORTRAIT Remix2015
松島俊介

会場奥のステージ(台地)上に11個のモニターが円形に配置されている。それぞれのモニターには正面を向いた作者自身の姿が映されているのだが、それぞれ別の声音で話をしている。それらの映像内の作者の言葉、声、身振りは、インターネット上の 「自己紹介動画」の模倣(「口パク」)である。誰のものでもない「匿名的な自己紹介」ビデオに観客は囲まれる。それは塚本美奈の作品テーマである、ネット上の誰のものでもない「思い出」とも結びついている。

Typogaki
TAB + ジェームズ・ギブソン

会場ホールの約半分を占める段差をもった床(「丘」)上に、TAB + ジェームズ・ギブソンによる「Typogaki」が設置された。「Typogaki」は「Typography」と「Ogaki」を組み合わせた造語である。大垣市内の看板(サイン)をモチーフとして、ジェームズ・ギブソンを中心とする2006年からのIAMASのプロジェクトとして2012年には冊子「Typogaki」が制作された。今回の展示は「TAB」の協力のもと、大垣市内で新たに撮影された様々な看板の写真が30体の「立て看板」の形態で構成され、展覧会の会場に大垣の町の看板風景を再現した。「脱時間的」で均質化するタイポグラフではなく、物質的な経年変化や文化的・経済的・政治的な歴史的状況の反映としての古い看板の持つ価値を再考させる。段の上部により古い看板が設置されることにより、段差を昇りまた下りながら看板を見るという体験は、時間的な体験の相も感じさせた。

量子詩(量子詩を基にしたオブジェ)
松井茂(+小杉美穂子、安藤泰彦)

「量子詩」は、作者自身の詩作品「純粋詩」の執筆行数と、『毎日新聞』朝刊の「お天気」欄から、東京地方の「きょう」を含む4日間分の最高予想気温と最低予想気温の引用が併記された、5日分のテキスト作品である。2002年に制作が開始され、2002年3月11日から5日毎にメール配信がなされている。今回の展示では、この「量子詩」を企画者側がオブジェ化し展示した。段差のある「丘」の両サイドに計6台の書架台が置かれ、それぞれの台からこの「量子詩」の頁、512番から1014番まで、総計約500頁(2500日)が蛇腹状に上空に伸びていく。それは作者の詩作行為の記録でもある「量子詩」の、繰り返される詩作の日々を想起させた。

LIFEjacket シリーズ/モレシャン、他
岡本光博

段差のある「丘」の最上段に、「モレシャン」と名付けられた黒く膨らんだ汚染廃棄物袋の体を持つマネキン人形が立ち、ホールを見下ろしている。その背後の壁面には、福島県富岡町の積み上がる廃棄物袋に目玉のシールを貼り付けて撮影された「モレシャンズ」の大きな写真が貼られている。これらの作品は「LIFE jacket」シリーズの一つで、汚染物質が漏れるはずがない「安全な」廃棄物袋を皮肉ると同時に、今後次第に増殖するモレシャン達を通して現代の日本の社会状況を暗示していた。

これらの「モレシャン」に加え、それ以外のライフジャケット(「LIFEjacket 1ー4」)が、ホール中央の「広場」の周辺に配置された。多数の生命保険会社のロゴを服地の模様とするジャケット、日本の生命保険会社の、何故かどれもが子ども向けの可愛らしいマスコットキャラクターで埋め尽くされたジャケット(TVCMつき)、そして作者自身の守護霊がレイアウトされたジャケットである。

Time and Space Machine!
赤松正行(技術協力:小林孝浩、安藤泰彦)

ホールの中央、高さ9mの天井から吊り下げられたiPhoneがゆっくりと上昇・下降を繰り返している。そのiPhoneで撮影された俯瞰映像が遅延処理され、マトリックス状の画像としてホール正面の巨大スクリーンに投影された。iPhoneが取得する画像はその高さによって変わり、スクリーンに映し出される画像もまた複雑に変化していく。前夜祭での三輪眞弘によるパフォーマンス作品「みんなが好きな給食のおまんじゅう」でも使われたこの装置は、展示会場やパフォーマンスを上空から鑑賞するあらたな視覚を提供した。

ありふれた時間
田尻麻里子

ホール正面のスクリーンには、赤松正行の「Time and Space Machine!」の映像と共に、田尻麻里子の「ありふれた時間」(約6分)が交互に上映された。裸足で卵の殻を踏むという単純な行為が様々な日常の光景の中で繰り返される。「クシャッ」という殻の砕ける音は、日常の中の微妙な裂け目とその快感を感じさせた。スクリーンに映された巨大な足や卵はホール内のどの位置からも見えある種ビルの広告映像の機能を果たしているかのようだった。

Pepperによる作品解説
篠田幸雄

ホール中央のヒト型ロボット(Pepper)が、観客の要望によって簡単な作品の解説を行った。ヒト型ロボットによる説明は人間の解説者よりも気軽に話しを聞ける雰囲気をもっていたようでもあった。

イベント概要

前夜祭 パフォーマンス「みんなが好きな給食のおまんじゅう」
三輪眞弘

協力:伊東信宏(大阪大学文学研究科)、大阪大学「音/身体/メディアをめぐるワークショップ」受講生

日時:12月18日(金)18:30 – 19:00

三輪眞弘による音楽パフォーマンス「みんなが好きな給食のおまんじゅうーひとりの傍観者と6人の当番のためのー」は、2014年の東京・京都での公演後、中部圏での初公演で、大阪大学伊東信宏先生、および「音/身体/メディアをめぐるワークショップ」受講生の協力により実現したものである。ホール中央の床に敷かれた約5.5m四方のパネル上で、給食衣を着た5人の演者が、一定の規則に従って、長さの異なるプラスチックの棒で自らの頭を叩きながら中央の演者の口に饅頭を詰めこんでいく。「ポコポコ」という音程の異なる音響をベースに、かけ声、足音、そしてその動きは、一種コミカルな学校給食の雰囲気を漂わせながら、規律・規則に従う人間への痛烈な批評性を観客に感じさせた。また正面の巨大スクリーンには天井から撮影されたパフォーマンスの俯瞰映像が投影された。階段状の床(=丘)に腰を下ろして鑑賞する観客は、パフォーマンスと同時に、映像を通してパフォーマーの移動の規則性を追うことができたのではないだろうか。

アーティストトーク
展示作家

日時:12月19日(土)17:00 – 18:30

ビエンナーレ初日、中央のパネル上で車座になりアーティストトークが行われた。展示されたそれぞれの作品の紹介に加え、翌日上演される「NOTHING PARTS 71」について仙頭武則監督からの紹介、また最後には田尻麻里子の卵の殻を裸足で踏むショートパフォーマンスもあり、和やかな雰囲気でトークが終了した。

特別映画上映 仙頭武則監督作品「NOTHING PARTS 71」+トークイベント
仙頭武則(映画監督、映画プロデューサー、名古屋学芸大学)+前田真二郎

日時:12月20日(日)17:00 – 19:30

監督自身が沖縄で移り住んで制作された「NOTHING PARTS 71」は、そのリアルな「沖縄の日常」の描写のため沖縄でも賛否両論を巻き起こした映画である。映画内で反復される「沖縄をかえせ」の歌声は、ある時は怒りの声として、またある時はどうしようもなさや苛立ちの声として多重な意味合いを帯びながらホール内に響き渡った。映画館という場ではなく作品展示会場を暗転しての今回の上映はかなり実験的な試みであった。観客は床や看板の立ち並ぶ段に座って鑑賞することになり、ホールという屋内でありながら「野外上映」の雰囲気を醸し出していた。「NOTHING PARTS 71」の持つ独自の映画内容がそれを可能にしたとは思うが、映画館以外の映画体験の面白さを観客に感じさせたように思う。

IAMAS特別公開授業「ストリート・アート メディア考古学の視点から – “Art in the Streets – a Media Archaeological Perspective”」
エルキ・フータモ(UCLA教授)

司会・通訳:吉岡洋(京都大学教授)

日時:12月21日(月)17:00 – 18:30

展覧会場内で、エルキ・フータモ氏による特別公開授業が行われた。都市における歴史的な広告デザインから現代アートの取り組みまでの幅広い射程の話は、展覧会場の段に立ち並ぶ「Typogaki」の看板群や遺跡に似た古紙のブロックの塔とも繋がり、都市に見立てた展覧会場の意味を側面から浮き上がらせていた。

ライブ上映 前田真二郎監督作品「日々”hibi”AUG 2015」
前田真二郎(IAMAS)

協力:濱地潤一(サックス)、ナガタミキ(朗読)

日時:12月23日(水・祝)17:30 – 18:00

『日々“AUG”』は、8月の1ヶ月間、毎日撮影を行い、1日15秒の映像を順番に31カットつなげるシリーズである。今年は「天皇」について考え、過ごした8月であると作者は記している。撮影自体がこれまでに撮した映像とこれから撮すであろう映像の間での、即興的な日々の編集作業であり思考の記録とも言える。今回の上映は濱地潤一(サックス)、ナガタミキ(朗読)が加わったライブバージョンであり、展示会場自体がサックスの音響と朗読の声が映像に絡み合うライブ空間に変貌した。

クロージングトーク
小林昌廣(IAMAS)+松井茂(IAMAS)+安藤泰彦

日時:12月23日(水・祝)18:30 – 19:00

ビエンナーレ最終日、展示会場の中央で本学教員、小林昌廣、松井茂とディレクターである安藤泰彦、三者によるクロージングトークが行われた。短時間であったが、作品が一つの空間に並立する展示空間、また映画上映やライブの生起する展示空間の今回のビエンナーレの特徴が浮かび上がった。

最後に…

IAMASが企画・運営する、岐阜県、大垣市の共催の「岐阜おおがきビエンナーレ」は、2004年から隔年5回に渡り大垣市内各所での展示を中心として開催されてきた。今回のビエンナーレは、会場に本学が立地するソフトピアジャパン、センタービル内のソピアホールを使い、前回2013年の領家町旧校舎内での展示と同様に「地域分散型」ではない展示となった。それは運営側のIAMASの人的規模の減少や県予算の縮小などの側面もあったが、従来に比べIAMAS-地域間の産学連携事業が日常的に行われるようになっている現状を踏まえ、「ビエンナーレ」を改めてアート展示の実験的な試みとしてとらえたなおしたことによるものである。

考えてみれば、いつまで地域は、著名アーティストによる集客やアニメ・イラストなどによる「若者向け人集め」だけに頼るのだろうか? 今回のビエンナーレは「日常の裂け目」というテーマであったが、本当に裂け目が必要なのは、このような地域や日本の文化のありかたそのものなのだろう。様々な新たな試みが試される場を許容し、それを楽しみ考えることこそ「文化的な」地域活性の核であるはずなのである。

レポート:安藤泰彦

会期

2015年12月19日 - 2015年12月23日 11:00 - 19:00

会場

ソフトピアジャパン・センタービル(3F ソピアホール)(岐阜県大垣市加賀野4丁目1番地7)

参加アーティスト

赤松 正行
岡本 光博
クワクボリョウタ
ジェームズ・ギブソン(James Gibson)+ TAB
田尻 麻里子
田中 広幸
塚本 美奈
廣瀬 周士
福本 浩子
松井 茂
松島 俊介
八嶋 有司
IAMAS メディアサイト研究会
MM Lab.

主催

情報科学芸術大学院大学[IAMAS]、岐阜県、大垣市

後援

岐阜県教育委員会、大垣市教育委員会

協賛

公益財団法人十六地域振興財団、OKB大垣共立銀行

協力

だるまジャパン合同会社、サンメッセ株式会社

岐阜おおがきビエンナーレ2015 Cracks of Daily Life 日々の裂け目