シンポジウム「新しい文化の創成に向けて – これからのメディア(を用いた)表現を担う人材が育つ場とは」

1月18日に平成25年度文化庁大学を活用した文化芸術推進事業「アート/メディア/身体表現に関わる専門スタッフ育成事業」の一環として、本学にてシンポジウムが行われました。

山口情報芸術センター[YCAM]副館長/アーティスティックディレクターの阿部一直氏とライゾマティクス 代表取締役/クリエイティヴ&テクニカル・ディレクターの齋藤精一氏をゲストに迎え、本学教授三輪眞弘と共に、文化施設、企業、大学という3つの視点から、これからのアート/メディア/身体表現を担う人材育成に関する諸問題を幅広く討議するシンポジウム「新しい文化の創成に向けて – これからのメディア(を用いた)表現を担う人材が育つ場とは」を行います
「アート/メディア/身体表現に関わる専門スタッフ育成事業」サイトより

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はじめに、登壇者の方々が「メディア(を用いた)表現」に携わるそれぞれの文化施設、企業、大学が、どのような活動を行っているのかをお話されました。
まず三輪教授は本事業の企図を説明した上で、「装置を使った表現」が社会のなかでどのように位置づけられていくのかという問題が、いまだに正面から取り組まれていない現状を指摘しました。つづいて阿部氏は、身体表現とメディア表現を結びつける実践が十分になされていないと述べ、そのような領域を、「アート・パフォーミングアーツ・教育普及」の三本柱を掲げるYCAMが積極的に担っていると述べました。齋藤氏は、アートとコマーシャルの両輪で活動しているライゾマティックスの取り組みを紹介しました。さらに齋藤氏は、企業間どうしの利害関係のために扱うことが難しい領域を、メディアアートは乗り越えることができると述べ、そうした実践を行うことのできる「競合を育てるため」にライゾマティックス自らが教育に乗り出している事例を紹介しました。さらにクライアントやスポンサーに対する教育や、新しいビジネスモデルの考案、さらに「SUPER FLYING TOKYO」など民間だからこそ可能な活動事例を取り上げました。

三輪教授はこうしたライゾマティックスの活動の根底に、「社会の中で自分はどこにいるのか、お金とはなにか、自分はなにをしたいのか」といった根源的な問いがあるからこそ「次になにをすべきなのか」が明確に見えているのでは、と述べます。しかし、そうした問いを立てるためには、いま社会がどのようになっているのかという洞察が不可欠です。すなわち、公共事業に積極的に投資がなされていた時期に創設されたIAMASに対し、YCAMはコストカットが徹底され、一切の無駄を省いていくような方針に舵を切った地方行政を背景にしていると阿部氏は述べ、IAMASとYCAMの設立の背景にある社会状況が大きく異なっている点を指摘しました。

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三輪教授は、そのような大きく流動する社会のなかで「若い人が学ぶこと」や「経験のある人が伝えていくこと」とは、どのようなことなのかを改めて問い掛けました。
これに対し、阿部氏と齋藤氏は、縦割りで領域を分担させるのではなく、他のジャンルにも興味関心を持ち続けることの重要性を指摘しました。IAMASを卒業したのち、 YCAMで教育普及のチーフを担当されている会田大也氏にマイクが渡されると、会田氏は自分の専門を違うジャンルに結びつけることに常に新鮮な感動を感じて欲しいと述べました。さらに、YCAMで企画制作のチーフをされている竹下暁子氏は、学生時代に授業以外の時間で自分の興味関心を延ばしていた人が、実際にYCAMで働き始めてから大きな力を発揮しているという事例を紹介しました。これを受けて三輪教授は、教育とは「結局は自分自身の頭で考えるしかない」ということを教えることではないかと述べました。
これは、一見当たり前のことに思えても、しかし「今の学生はいろいろなことに気づけない」と齋藤氏は指摘しました。気づくのは会社に出たあとであり、そこから再び学校に戻ることが困難な日本では、民間だからこそ可能な教育の場があると齋藤氏は主張しました。

さらに齋藤氏は、現代においては「マーケティングを学ぶこと」と「人をまとめるプロデュース能力を養うこと」が重要であるとします。これに対し、三輪教授はアート作品が必然的に生まれてくるものではなく、そもそも「作品とはいかなるものなのか」「なにを以てアートとするのか」という根源的な問いが前提として必要であると強調しました。ライゾマティックスは、自らがマネタイズを担っているのはアートにしかできない部分を非常に意識しているからだと齋藤氏は説明し、阿部氏は他分野との積極的なコラボレーションが肝要になる現代アートの未来を素描しました。

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シンポジウムの最後には2020年の東京オリンピックにも話が及び、テクノロジーによる表現の場の拡がりの可能性を示唆する同時に、オリンピックや国や電力が、いかなるものなのかという巨視的な視点を担うのがアートの責務でもある、と三輪教授は改めて強調し、およそ2時間に及ぶシンポジウムが終了しました。

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