IAMAS

岐阜県は高度情報化政策を掲げ、ソフトピアジャパンと共に産業文化創世の担い手を育てる拠点として、研究教育機関を構想し、1996年に欧州型の専修学校として岐阜県立国際情報科学芸術アカデミーを設立しました。

メディアマスターを輩出するアート&メディアラボ科、情報専門士を教育するマルチメディアスタジオ科を設置し、アート&メディアラボ科には学部を卒業し全国から新しい横断的研究領域での表現活動や起業を目指す学生を、マルチメディアスタジオ科には、情報技術を活用した表現技術を学びに、地元の高校や他分野の一般社会人、そして、学部卒業後もスタジオ科を卒業してから、ラボ科に進む学生も多く輩出して、情報技術による新しい時代の期待感と共に多くの人材を全国に送り出して来ました。

2001年には、20名の定員による少数精鋭の一専攻一研究科のユニークな教育研究機関として、情報科学芸術大学院大学メディア表現研究科が誕生し、翌2002年にアート&メディアラボ科は廃止となりました。
両校の英名”Institute of Advanced Media Arts and Sciences”と”International academy of Media Arts and Sciences”の略称から、IAMAS(イアマス)と呼ばれ、日本全国から学生が集まりました。

大学院開学時には附置機関としてメディア文化センター[CMC]を設置し、内外の展覧会や出版活動をすすめ、イアマスをメディアデザインの中心的存在へと高めました。2010年には産業振興も含めた、イアマスのシーズの展開が求められ、産業文化研究センター[RCIC]と名称を変え、IAMASが産業も文化活動として取り込みつつ、地域や全国に向けた新しいメディア表現の発信をおこなっています。

2011年度には岐阜県のアクションプランにより、アカデミーが16年間に及ぶ歴史を閉じました。

情報科学芸術大学院大学メディア表現研究科は、先進的なアイデアによって地域も巻き込みながら、未来に向けて社会と文化の新しいかたちを提案し実践していくことを目指して、IAMASとしての新しい一歩を踏み始めました。

1996年

岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー[IAMAS]開学
アート&メディア・ラボ科、マルチメディア・スタジオ科設置
坂根厳夫 アカデミー初代学長就任
アーティスト・イン・レジデンス制度開始
マルチメディア工房竣工
ロゴ・シンボルマーク制定(デザイン:永原康史氏)

1997年

岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー寮[RIST]竣工

2000年

領家町 新校舎竣工
マルチメディア・スタジオ科 4コース制導入

2001年

情報科学芸術大学院大学開設 メディア表現研究科(修士課程)設置
メディア表現研究科 4スタジオ制開始
大学院附置研究機関メディア文化センター[CMC]設置
大学院大学附属図書館設置
坂根厳夫 大学院初代学長就任、アカデミー学長併任
岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー マルチメディア・スタジオ科 4コース制改組

2002年

岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー アート&メディア・ラボ科廃止

2003年

横山正 大学院第2代学長就任、アカデミー学長併任

2005年

リンツ美術工芸大学と交換留学生協定締結

2006年

創立10周年記念式典開催
メディア表現研究科 4スタジオ制から5スタジオ制へ変更

2009年

関口敦仁 大学院第3代学長就任、アカデミー学長併任
アーティスト・イン・レジデンス制度廃止 

2010年

メディア文化センター[CMC]を産業文化研究センター[RCIC]に改編
RCIC分室をソフトピアジャパン・センタービル内に設置

2011年

岐阜工業高等専門学校と協定締結

2012年

メディア表現研究科 スタジオ制から領域制へ変更
岐阜県行財政改革アクションプランにより岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー廃止

2013年

吉田茂樹 第4代学長就任

2014年

ソフトピアジャパン地区へ全学移転
領域制をプロジェクトへ吸収
移転に伴いRCIC分室廃止

2017年

創立20周年記念式典開催
三輪眞弘 第5代学長就任

協定を締結した企業等

2004年
岐阜県金属工業団地協同組合と連携協定締結
2005年
岐阜県印刷工業組合西濃支部と大垣市およびIAMASとの三者協定締結
2006年
マイクロソフト社と岐阜県およびIAMASとの三者連携協定締結
2013年
株式会社十六銀行と連携協定締結
2014年
株式会社大垣共立銀行と連携協定締結
2014年
一般社団法人岐阜県工業会と連携協定締結