かめラジオ

大垣駅前にはかつて、「カメの池」と呼ばれる、たくさんのカメが棲む池があったそうです。当時を知る大垣の人々にカメ池についてお話を聞くと、「懐かしい」「今思えば風情があった」などの声から、それが大垣の日常の一部として存在し、町の人々の憩いの場であったことが窺い知れます。しかし昭和60年の大垣駅改装に伴う駅前の再開発によって池は消え、代わりに広場が建設されましたが、現在は人気のも無くカメもいない、人々にあまり意識されない場所になってしまっている現状があります。

カメはどこへいってしまったのでしょうか?
カメの池はなぜ消えなければならなかったのでしょうか?

日常はあるきっかけで簡単に消えてしまい、人はその状況に簡単に慣れてしまいます。大垣駅前フィールドワークやインタビューを進めていくうちに、私たちは人々の慣れと無関心の中に埋没してしまった「カメの池」という場と、「カメの池にまつわる人々の記憶」と、それらが失われてしまうまでのプロセスを再考できる場を作れないかと考え、「かめラジオ」という活動を立ち上げました。

ある日、池の中から自ら飛び出したカメが、自由に町を歩き回り、大垣の日常や歴史、そして当時大垣駅前に存在していたカメの池についてをカメの目線で語りかけてくる。このプロジェクトでは、カメの姿を借りたメディアとして、移動式カメ型ラジオを制作します。「かめラジオ」の後ろについて一緒に町を歩きながら、カメの目線で語られる日常を聞いてみる。するとかつて日常としてあったものと、現在の日常との間に何があるのかを考えるきっかけとなり、また、これからこの町がどうなっていくと良いと思うのかを、カメとリスナーとの間でやり取りできる番組を作っていきます。

この活動のきっかけは大垣駅にあったカメ池についてという小さなスケールの話なのかもしれませんが、池の中から出る事も残る事も、選択の余地がなかったカメについて考えることは、より大きな問題について思いを馳せるきっかけにもなるのではという期待が込められています。

 

 

背景


メンバー全員が大垣駅周辺を拠点とする事が初めてということもあり、町の玄関口ともいえる駅周辺に興味を抱きました。そこで見つけた問題が、大垣駅は待ち合わせがしにくい、待ち合わせ場所が無い、というほんの小さな出来事からでした。駅周辺をもう一度調べてみると、水都タワー広場という場所があることに改めて気づきました。なぜ今になるまで駅の目の前の広場の存在に気がつかなかったのか、それはロータリーに囲まれた立地の悪さと、閑散とした雰囲気からだというのはその場にすこし滞在してみる事ですぐにわかりました。

昭和40年頃のカメ池

現在のカメ池跡地である水都タワー広場

その場所の歴史について調べた結果、そこには昭和60年まで「カメの池」と呼ばれていた池と広場があり、長く地元の人々に憩いの場として親しまれ、亀の甲羅にペンキで自分の印をつけて池に放ったり、店の宣伝代わりに甲羅に屋号を書いたり、一種のメディアのように扱われており、地元の人へのインタビューからもカメの池を懐かしむ声が多く、大垣駅のシンボルとしての役割を持っていた事も知りました。しかし、なぜ親しまれていた池を無くしてしまったのかという問いかけに対しては、とたんに「それは仕方の無い事」と自分の問題としてはとらえる事はできないというスタンスを示す人が多かったのも事実でした。
今ある「水都タワー広場」と「カメ池」にある決定的な違いは、人々の記憶に残るものであるか、そうでないかであり、そこで見えてくるのは人々の無関心の中に埋没していってしまう「カメ池」という空間と共にあったはずの「人々の記憶」なのです。
「最近カメの池についてを話題にする機会はありますか?」この問いかけに対し「誰かが話題に出せばするけれど、自分から出す話題ではない」というインタビューの一幕がありました。しかしこのインタビューに応じた女性は15分もの間、家族とカメ池で印を書いた想い出やカメの池周辺がどのような様子だったかを懐かしみながらお話して下さいました。このインタビューによって私たちは、きっかけさえ与えれば、記憶を埋没することから救う事はできるし、なぜ埋没していたかを考える事にもなると感じたのです。そこで、「池から出る事も残る事もできなかったカメが、自分の意志で町へ飛び出し、町の今の状況について言いたい放題言っていて、そのことについてカメと話す事ができる」という状況を、リアルタイム放送という形で作ったら、過去にあったカメの池を思い出したり、または新たにカメの池についてを知るきっかけにもなり、まだまだ見えない大垣に埋もれつつある良さのようなものを、発見したり共有できるのではないかと考えました。

説明

移動式カメ型ラジオロボット(以下かめラジオ)から、パーソナリティがカメの視点から大垣の日常についてを語りかけるコンテンツがベースの生放送を配信しながら大垣市内を徘徊させます。
☆リスナーの参加
メールやツイッターなどとも連動させ、リスナーがカメに質問したり(パーソナリティが答える形)、逆にカメがリスナーに質問したりするコーナーを設ける。
☆生放送について
かめラジオには必ず一人付き添いがつき、webカメラでかめラジオとその周辺(ラジオを聞いている人)をリアルタイムに記録し、パーソナリティがその映像をみながら臨機応変にその場合わせてにカメ目線でトークを展開していく。
☆ラジオの内容
大垣市の昔と今を比較するような内容や、イベント情報、リスナーからメールで届いた日常の疑問、カメが質問する日常の話題などを配信する。
☆スペック
かめラジオの大きさは直径60cm程度、ラジオ発信器、マイク、webカメラ、スピーカーを備え付け、スピーカーでのラジオ音声出力と、Bluetoothの受信範囲内でモバイルでもラジオ音声を受け取る事ができるアプリを制作する。ただし、ラジオ音声をモバイルで受け取る場合、かめラジオの半径約15m以内にいる事が条件。
☆時期
大垣市内で毎月行われているイベントなどに合わせて出没するようにする。その場合、昔カメ池のカメの甲羅に店の屋号や自分の印を描いたというエピソードから、番組の間に商店街のお店やイベント出店の宣伝もする予定。

経緯

初期段階はメンバーそれぞれが興味を持つ事についてアイディアスケッチを出し合い、それらを並列かつ分類する事で共通点を見いだし、チーム全員が「やってみたい」と思えることを重視してひとつのプロジェクトを構築しました。
現在自分達の拠点となっている「大垣」という街に対しての興味はメンバーが共通に持っているものだったので、大垣駅周辺、商店街を中心にフィールドワークを行い、街の状況を調査しました。その中で特に「南口駅前の水都タワー広場」の閑散とした状況に着目し、何かここを出発点として活動が出来ないか、フィールドワークを繰り返し、模索しました。

今後の展望

カメについてのエピソードとして、昔は亀の甲羅にペンキで自分の印をつけたり、店の宣伝代わりに甲羅に屋号を書くなど、一種メディアとしてカメが扱われていたというユニークな過去があり、そのアイディアを「かめラジオ」のハードの部分にうまく転用できないかと考えている。過去のカメ池を想起させるアイキャッチとしての効果も期待できる。
(例)
・液晶ディスプレイで表示
・LED電光掲示板で文字や形を点灯
・リスナーのつぶやきが流れる→パーソナリティがそれを拾って話題にしていく

課題

☆カメ型ラジオを歩かせてもらうことのできるイベントとの交渉
☆かめラジオの見た目
単なるカメ型ロボットと見なされないようにするため、実際に残っているカメのエピソードから発想を得たい。
☆ラジオのコンテンツ

ラジオのコンテンツの中身は、単に失われたものへのノスタルジーに浸るような内容ではなく、以前のカメ池を知らない若い世代にも響くような内容を考えたい。
☆ロボットの歩行
足場の悪いところや、人が混雑している場合等における安全策を考案し、実装する。
☆ラジオの受信状態
実際にカメ型ラジオからどれくらいの音量を飛ばすのか、また携帯アプリケーションでちゃんと聞き取ることができるかの確認

参考資料

大垣市公式サイト
西美濃の産業の歴史
iamasTV/カメのいけ
IT media Life Style
インタビュー その1
インタビュー その2
インタビュー その3

メンバー

石塚千晃
佐々木嘉伸
鍋谷美華

Abstract

There used to be a pond called “The turtle pond” which many turtles lived in front of the Ogaki station. When we ask people who know about the pond says “Nostalgic” or “Tasteful”. These comments tell us that “The turtle pond” was a rest for people and existed in part of the daily life in Ogaki.

However, in 1984, “ The turtle pond” vanished with renewal for the station square and changed to quiet, no turtle left and not recognized place now.

Where the turtle gone?

Why did “The turtle pond” have to be vanished?

Our daily life can be gone easily with a slight opportunity and people become used to it instantly.

With many fieldwork and interviews in Ogaki, we wondered somehow we can make an opportunity to re-considerate the process to be lost “The turtle pond” and “People’s memory relates to the turtle pond” which is buried in a people’s habituation and a careless attitude.

Then we came up with the idea, “Turtle radio”.

The concept of this idea is the turtle comes out from the pond by himself and walk around freely with talking about daily life or history of Ogaki and speak to us about the old pond from the turtle’s point of view.

We make a mobile turtle shaped radio as a media which easily to befriend for Ogaki people. If you follow to the mobile “Turtle radio” around the town and listen to the turtle talking about a daily life from the turtle’s point of view, we believe that this will be a opportunity for everyone to think about what lies between daily life in a past and now and we want to make this radio show that can exchange the idea of how you want Ogaki to be in the future between the turtle and listeners.

Our start of this project, the turtle pond in front of a Ogaki station, maybe sounds small scale but we are sure that to be thinking about the turtle in Ogaki which couldn’t have a chance to choose get away from a pond or stay in a pond become a opportunity to think about more important problems around us.