WORKS / Héritage

「印刷、写真、ビデオを通じて、化石からデジタルに至るイメージの生成と複製のための『メディアの起源』に疑問を投げかけ、そこから生じる人類学的な軌跡を、新津亜土華は詩的なアプローチで解釈する。

個展「Héritage(遺産)」では(過去の個展に続き)、再び馬のイメージを引用しているが、今回は特に写真(「馬を導く男」、ニエプス)と映画(「Horse in motion」、マイブリッジ)の発明にフォーカスし、石器時代から原子力の時代まで、人間の歴史(つまり技術の歴史)をたどる “動き” をシンボライズする。」

文章:Hannibal Volkoff, Artistic Director of Galerie Hors-champs





La mise en abyme
Photo at Study Room of Rijksmuseum, Amsterdam, 2017,
Adoka Niitsu


Etching, Anonymous (Detail of prints)
18th century / Copied from 17th century's Dutch Etchings
(Collection of Artiste)

Left : La mise en abyme # MakiToshima, Chromaluxe, 20 x 30cm (7.8 x 11.8 in), Kobe, Japan, 2017
Right: La mise en abyme # NorikoMitsuhashi, Chromaluxe, 20 x 30cm (7.8 x 11.8 in), Rotterdam, 2017

Etchings, Anonymous (Detail of prints)
18th century / Copied from 17th century's Dutch Etchings (Collection of Artist)




Trace
Drawing on old paper, Light box,
Dimension of paper : 44.5 x 33 cm ( 17.5 x 13 in ), Adoka Niitsu, 2017









Héritage #16071945
Lithographic limestone of solnhofen,
Dimension of the stone : 14.5 x 7.5 x 0.9 cm (5.7 x 2.95 x 0.35 in),
Adoka Niitsu, 2017
(Image source : The Trinity test detonation photo by Jack Aeby / Public Domain)


Héritage

なにが残るのだろう?なにが消えるのだろう?なにを残し、なにを残すべきでないのだろう?私は、古いメディアから今日のコンピューターテクノロジーへの目にみえる道筋を見つけたかった。でもその道は絡まっている。私は技術と媒体を調べた。置換し、加え、混ぜ合わせた。これは、そのプロセスである。

- 新津亜土華
2012年8月29日
どこからきたのだろう?石版画制作の経験を得たあと、どうしてもリトグラフのマテリアル:石灰石について考えずにはいられなくなった。高品質の石版は、ドイツのゾルンホーフェンの採石地でとられるという。どうしてもその産地をみなければと思っていた。遂に、その採石場を訪れるため、ミュンヘンヘ来た。街を散策したかったが、人々が今夜は中心地には行ってはいけない、という。そのとき、私にはそれがどうしてなのかよくわからなかった・・・

2012年8月30日
前期ジュラ紀の地層はとても美しかった。石にのみをいれ、ハンマーで叩くと、石のレイヤーが地球の歴史の、本のページのように剥がれた。石のかけらはそれぞれ、さまざまな化石を含んでいて、1億4500万年前の生命の話を話してくれた。石灰石は人類に使用される以前から、すでにイメージを保存し、転送するメディアだったのだとわかった。車の免許を持つ友人のおかけで、たくさんの石をスーツケースに入れて持ち帰ることができた。

昨日の夜についてのニュースの詳細がわかった。元ナイトクラブの下の工事現場から、第二次世界大戦の爆弾が発見されたからだったのだ。爆弾処理のあとの爆発はすごかったらしい。化石と爆弾という、両方とも地面の下に保存されていた物の、奇妙なコントラスト。なんという人間の愚かさだろう、美しい地球に、爆弾や核廃棄物を埋めるとは。

2013年2月9日
リトグラフの歴史をしらべているうちに、ニセフォール・ニエプスが、写真の発明以前に、リトグラフに興味を持っていたということを知った。そして、『馬引く男』という現存する最古の写真プロセスを経て制作されたイメージをインターネットでみた。これは偶然なのだろうか、それとも?イメージの歴史において、エドワード・マイブリッジも『Horse in Motion』だ。馬は、テクノロジーに置き換わるまで、農業、移動、そして戦争といった人間の生活の重要な役割を担っていた。『人間の拡張』(マーシャル・マクルーハン)。実際、インターネットやGPSといった、ハイテクノロジーは、戦争のために開発され使用されてきた。

« Un cheval avec son conducteur »(馬引く男) ニセフォール・ニエプス
エリオグラフィ, 10 x 14.7 cm, 1825
Source galica.bnf.fr © Bibliothèque nationale de France

2013年2月18日
旅からの石灰石で、リトグラフを作る実験をはじめた。きめ細かく研磨し、表面に描く・・・それはまるで、それぞれの石との対話、そしてコラボレーションのようだった。

2014年8月24日
ニューメキシコのサンタフェを旅した。アメリカンインディアンの言葉で、“白い崖”を意味する『Kasha-Katuwe』を訪れた。奇妙な形の火山による石の層を通り抜けながら、坂道をのぼったあと、頂上からの景色をたのしんだ。空は青く、雲は小さな島のように浮かんで、私にジョージア・オキーフの絵画を思い出させた。同時に、この美しい景色の向こうに、最初の原子爆弾実験が行われた場所があることも・・・

2015年4月22日
追加、追加、追加・・・パリで夜通し、絵を描く。ランダム性を誘導し、ディテールを呼び起こす。すべてのディテールはつながっている。手の動きの集積の結果は、アブストラクトなイメージになり、人々の知覚の問題を明らかにする。このイメージは、私の心と観る人の、心のメディウムになる。

2016年7月6日
ニエプスの『馬引く男』のイメージの起源はなんなのだろう?私は再度問い続けていた。フランス国立図書館のデータベースにアクセスし、そのイメージが、ディレク・ストープの銅版画の“コピー”だったことがわかった。“だれか”が手で複製し、銅版画を制作し、そしてニエプスがその複製版画を使って、エリオグラフィを作った。おまけに、このプリントは、複数存在している。ということは、写真の起源は、すでに“コピーのコピー”だったのだ。シミュラークル。

2017年3月3日
友人に会いに、オランダへ。ハールレムを訪れ、グーテンベルクの前に活版印刷を作ったという伝説が残るローレンス・コステルの銅像をみた。タイラース美術館は、ディレク・ストープの馬の銅版画を収蔵しているが、みることはできなかった。しかしながら、そこには大量のゾルンホーフェン出土の化石のコレクションが展示されていた。

2017年3月4日
アムステルダムのライクスミュージアムのStudy Roomでのアポイントへ向かう。すでに学芸員の方が、ディレク・ストープの銅版画をアーカイブから準備しておいてくれた。ついに私の本当の目で観ることができた。しかも、2点も!ふたつとも同じ版画だが、よくみるとディテールが異なっている。片方は濃く、もう片方は、何度もプリントしたせいで銅版が摩耗し、ハッチングの線がすこし薄れていた。複製芸術、しかしながら、アナログのプリントは、デジタルのコピーと違って、それぞれが個々の人生を生きている。

2017年3月23日
ディレク・ストープの銅版画の、手による複製は、一体だれがおこなったのだろうか?旅行の後、私はまだいろいろと調べていた。ついに、無名の手による同じ銅版画をみつけ、私の家に届いた。それは、オランダ黄金期のアーティストの動物についての銅版画を複製したシリーズだった。メインのモチーフは反転され、背景の風景は消され、そしてなにより、細い線は、ディレク・ストープの手の動きとは異なっていた。たとえこの版画に歴史的価値がないとしても、この無名の作家の個性は、私にとってゆるぎない貴重さだ。

2017年5月11日
実物の馬をみにいくタイミングが来た、と感じ、ブローニュの森の乗馬クラブへ。馬の匂いや皮膚の柔らかい手触り、トロットのリズム、そしてボディランゲージ・・・たくさんの感覚に満ちあふれていた。今、馬に乗ることは、人々の心を癒す。子供たちが馬に乗るのを楽しんでいるところをみるのは、本当に幸せな光景だった。

2017年5月16日
展覧会を準備している。2012年、2013年、2015年にパリのギャラリーHors-Champsで行った過去3回の個展と同様に、今回も、絵画・版画・写真・ビデオインスタレーションといったさまざまな技法で構成する。イメージとテクノロジーのリサーチを通じて、作品の範囲を広げ、表現を革新した。次の新しい時代への新しい視点を得るために。

新津亜土華

Notes:
* ニセフォール・ニエプス(1765-1833)
フランス人発明家。写真技術開発者の一人。自身の発明を「太陽で描く」という意味のエリオグラフィと名付ける。数年に渡る実験の後、1926年(1927年)に、カメラ・オブスクラを用いて現実の光景を定着させた、世界初の写真『ル・グラからの視点』を制作。ルイ・ダゲール(1787-1851)と共同で写真術の研究を行うが、実現の前に死去。ダゲールは開発を続け、初の実用的写真技法「ダゲレオタイプ」を発明した。

* ディレク・ストープ(1615-1686)
オランダ黄金期の画家、銅版画家。ユトレヒト生まれ。ヨーロッパ各地を移動しながら、風景画、狩猟画、肖像画などを制作。国毎に異なる作家名を用いる。1651年、12点の馬の版画シリーズを制作。

* リトグラフ
ドイツの劇作家・俳優のアロイス・ゼネフェルダー(1771-1834)が、安価な印刷方法を模索しているとき、偶然、石の上で水と油が反発し合う性質に気づき、1796年に発明した平板印刷。ギリシャ語で、リトは石の意味。 その後、多色刷りの大量印刷が可能となり、パリにおいてロートレックを代表とするアーティストたちを魅了し、応用芸術やマルチプルという新しい芸術分野を切り開いただけでなく、広告や政治意図など、ポスターという都市の公共空間において、人々の生活を刺激し、近代化をイメージの力によって押し進めた。 また現在のオフセット印刷の基礎となる技術であり、写真製版術と組みあわされた“フォトリソグラフィ”と呼ばれるコンピュータやスマートフォンの半導体マイクロチップのプリント技術にも応用されている。

* 1945年7月16日
歴史上初の原子爆弾実験の日時。5時29分21秒、アメリカのマンハッタン計画において、"ガジェット"と呼ばれた爆弾の爆発実験がニューメキシコで行われた。核の時代の幕開けの瞬間とされる。

謝辞:三橋紀子, 戸島麻貴, Laurent Lafont-Battesti, Bibliothèque Nationale de France, Rijiks Museum d’Amsterdam, Atelier Idem Paris, Atelier Michel Woolworth, Cité Internationale des Arts, Société d'Equitation de Paris

English text: Co-translated by Kiefer Marien
French text check : Laurent Lafont-Battesti
Video "One Thousand Hundred Horse Power" & Exhibition View (Total: 4min48sec)