ハープのための「総ての時間」
ハープのための「総ての時間」は、「光の卵子」と呼ばれる、ある民族に古くから伝わる竪琴の演奏様式を忠実に再現することによって作られた。その様式とは最初に決められた7つの音(「公案」と呼ばれる)から始められ、単純な規則に従って、次の瞬間に弾かれるべき新しい音を次々と導きだしながらその場で演奏していくというものである。現地に伝わる公案の中で、この作品では最初の7音がすべて音階内の第四音で始まる「すべての中庸」と呼ばれている公案の演奏を楽譜化している。数ある公案の中でもこれは、内省的で女性的なやさしさと優美さをその特徴としている。
個人の感情表現や意図的な操作を一切排した、実際には7進法の論理的演算のみによって生まれるこの作品で「すべての中庸」は、大きな間隔をおいて、まるでテーマと変奏のように、初期のパターンを少しずつ何度も変形しつつ再現するようなふるまいを示す。その際「光の卵子」は再起的な生成規則であり、わずか7つの初期値によって、次に弾かれる音はもちろん、1時間後、1日後の音まで完全に決まってしまう。ただし実際に演奏してみない限りどのような現象が起きるのかは予測できない。初期値とそれを操作する規則を並べてみても、人間にはそのふるまいの全体は読みとることができないのである。公案という設計図は遺伝子(情報)、そして「光の卵子」というこの生成規則はそれを解釈する卵子に喩えることができるだろう。それらが順序という時間的位相の内に置かれ、一体となるその時、個別の実体はこの地上に生まれ出るのである。それは、この民族の世界観を象徴する、記号的宇宙における「解釈するもの」についての暗示でもある。
本来、何昼夜も続けて行われる、「すべての中庸」の冒頭部分約13分が「総ての時間」である。
という夢をみた。