言葉の影、またはアレルヤ
Aのテクストによる
作品について(1):
「言葉の影、またはアレルヤ-Aのテクストによる-」は4人の女性キーボード奏者を想定して書かれた作品である。それぞれの女性奏者はコンピュータによって時々刻々指定されていく旋律をキーボードで演奏する。これらの旋律は4つの小型プロジェクターによって奏者達の前に楽譜として投影される。その際、第一の女性が基本旋律となるメロディーを鋸波やノイズによってメロディーを演奏する一方で、他の3人によって演奏される音符(音程-周波数)は、サイン波によってそのまま発音されると同時に、独立して作動する3つのフィルターにおけるバンドパス周波数と連動しており、第一奏者の基本旋律の音色を変形する。言い換えるとこれは、フィルター周波数のツマミを手分けして「演奏」するようなものであり、全体としては発音及び音色の変形を行う減算方式のアナログシンセサイザー的な構造を形作ることになる。この作品は移り変わる音色の音楽である:
作品について(2):
これがぼくの名前なのだ。
ぼくが存在した瞬間からこの名がついていて、やるべきことも決まっていた。
しかしぼくには国籍がない。
と、主張した少年のテクストをもとにこの作品は書かれた。
小型プロジェクターから投影される音符の影は4人の女性達によって読みとられ、微かに聴き取れるほどの小さな音量で、彼女達によって奏でられる。実際に鳴り響く4つのサインウェーブは絡み合い、重なり合いながらひとつの声を生みだす。しかしその声は名を呼ぶことも、言葉になることもなく、ただ時の中をさまようだけである。
作品について(3):
この作品は音、演奏、楽譜、表現すること、聴くこと、体験すること、など様々なことやものに対する疑問をぼくなりにひとつにあつめ、形にする試みだ。そこでは様々な現時点における最新のテクノロジーが使われているのだが、それらはもっぱらそれらの疑問の答えを検証するための手段であり、そのようなテクノロジーの使い方以外の用途をぼくは今考えることができない。ここでは、高音質の音響データをリアルタイムで扱えるようになった現代のコンピュータがその横で無思慮で大きなファンノイズを発生させている、そのことさえも対象化され、作品の一部としている。そしてこれはひとびとのおこないの何もかもが情報化され記号化されていくこの世界で、その巨大な記号化プロセスに対する反抗でもある。
作品について(4):
誰もがモンスターをイメージしていたのに、それはまだ小さな少年だった。そして誰もがそのことにとても驚いたのに、不思議と何か思い当たるものがあった。少年は読み間違えられた名前について抗議した。そして自分には国籍がなく、自分の名前で人から呼ばれたことがない、といった。
社会的な扱いや心理分析はここではどうでもよい。ぼく自身も思い当たったこの「何か」にならって思考し、音楽作品が作れないかと思った。実体のない影、透明なものだけを集めて作品がつくれないかと。そのような意味でこの作品において見えるもの、聴こえるものはすべてが何かの象徴でしかない。もちろん少年の思考を完全にシミュレートすることなど不可能だし、ぼくなりの解釈や訴えがそこに混入していないはずもない。ただノンフィクション作家がいるように、ノンフィクション作曲(!)家などという態度があってもおかしくはないだろうと考えた。これはジャーナリズムとは無関係である。
作品について(5):
この作品が完成した後、ぼくにしてみればまったく偶然に(後になってみれば必然的だったともいえるかもしれないが)本屋で「ハレルヤ」という題名を持つ文章を見つけた。(*)G・バタイユによるその文章でこの言葉が初めて出てくる所には、
凍りついた悲しみに、生の壮麗な恐怖感にうちひしがれて!激昂の涯まで来て、今日、わたしは深淵の崖っぷちにいる。最悪のものの、耐えがたい幸福のぎりぎりの点まで来ている。目くるめく絶頂で、わたしはハレルヤを歌う。おまえの耳にするかぎりもっとも純粋な、この上もなく苦悩にみちたハレルヤを。
と書かれていた。ぴったりだと思った。少なくともこの事件とこの作品が扱ったことについて書かれている、と思った。この文章の中で時々、しかし繰り返し出てくる、夜、天空、星くず、闇、光、などの言葉とそのイメージによって、ぼくはすぐに"A"が警察に宛てた犯行声明文の裏に書かれていたと伝えられる、
ボクの名は酒鬼薔薇聖斗
夜空を見るたび思い出すがいい
という一節を思いだし、このテクストと彼の「バモイドオキ神様」の絵に描かれている夜と昼のシンボルマークを「カギ十字」マーク(?)とともに作品に加えることにした。。
(*)無神学大全「有罪者・ハレルヤ」G・バタイユ著、出口裕弘訳、現代思潮社
Aの事件について... 犯行声明文・他
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音響現象
Realization
制作:
企画・作曲・プログラミング:三輪眞弘
ビジュアル・アート:村上寛光
サウンド・テクニック:常盤拓司
アートワーク:山元史朗
協力:IAMAS
初演:
1998年7月10日:愛知芸術文化センター:現代音楽家シリーズNo.2三輪眞弘講演会
演奏(キーボード):清水ふみ代、東田香織、村田千佐子、坂井もな
再演:
1998年9月18日:神戸、ジーベックホール:国際コンピュータ音楽フェスティバル'98
演奏(キーボード):中村和枝、鈴木智恵、村田千佐子、坂井もな