中部電力芸術宣言
終結版(2009/8/25)、2011/3/13 公開

いついかなる時でも電気が必ず供給され続けることを前提として、人類が未来を考えるようになってから、ほぼ半世紀が経った。この前提は、近現代の、テクノロジーによって生み出された数々の地球的規模の危機はテクノロジーによってでしか解決できないと考える思想、すなわちひとつの「信仰」の全面化を意味すると同時に、人々が自らの責任と子供達の未来を考えることが、そのまま「今よりもさらにテクノロジーを進歩させること」へと回収される、まったく新しい時代を産み出した。我々はこの状況を、厳然たる事実として認めつつも、この事実に対して自覚的かつ批判的であるために、人類史におけるこのような発展段階を「電気文明」と名付け、そこから生まれる様々な視聴覚及び演算装置による創作一般を「装置を伴う/による表現」と呼ぶことにする。

中でも音楽の分野では、伝統芸能はもとより現在まで営まれてきた「芸術としての音楽」は、そのほとんどが芸術家の技芸、即ち人力を前提とし、表現における人力以外のエネルギーやそれに伴う装置の介入をかたくなに拒絶してきた。しかし、結果的にそれは「芸術としての音楽」を電気文明以前の古い音楽概念及び様式に束縛し、同時代性を奪われた思弁的な営みへと導いてしまった。我々は、例えば現代の「音楽」がほとんどの人々にとって、いわゆる「現代音楽」ではなくポップスを意味しているという事実を思い起こすべきである。しかし、「芸術としての音楽」がもはや電気文明において成立し得ないということではなく、また電気文明における同時代の「音楽」が娯楽として消費されるポップスだけに限定されるとも我々は考えていない。そうではなく、人類が死者を手厚く埋葬するようになった太古から地球上の様々な文化に受け継がれてきた宗教、芸術のまったく新しいあり方を、我々の手によってこの電気文明のただ中で模索し、創造活動を通して実践していくことを目指すのである。

その際、活動の、いや、そもそも人間生存の大前提となった電力供給に我々は常に意識的であらねばならない。一体、電気がどのような物理的特性において、どこから、どのようにして提供されているのか? その実態を把握せずに我々はもはやこの世界を決して語り得ないにもかかわらず、人々はそのことの持つ意味についてあまりに無自覚である。例えば、日本では現在10の電力会社によって(家庭用は)100V/200VAC電力が供給されており、その電力網は県境を越えた「地方」という単位に対応している。つまり地方文化と電力会社はほぼ1対1の対応関係にあるという事実、さらに、東日本と西日本というふたつの領域が50Hzと60Hzの二種類の交流周波数によって峻別されているという事実は、「地方文化の差異」を、それとは本来まったく無関係なはずの、電力各社の電力網区分が代表していることでもある。さらに、それら各地方電力会社が供給する電力の起源に我々は注目する。すなわち、それが太陽由来の電気なのか、そうではないのか? 地球上生物の一員として我々は、ほぼ無尽蔵に与えらる太陽エネルギーに由来しない電気はすべて、人間が「資源」という名の下に自然環境に対して行う地球規模の略奪行為として今後断固拒否する一方、たとえその発想に変わりはないとしても、水力、風力、太陽光発電等の太陽由来の電力は容認せざるを得ないだろう。
以上のような自覚に基づき、我々はまず、発起人の在住する中部電力が供給する電気によって電力芸術活動を開始し、「装置を伴う/による表現」を電力会社名として名付けられた各地方文化において運動を展開させていくことを目標とする。

言うまでもなく、電気の地域性によって作品が変わることはない。しかし、西洋音楽において、たとえば現代の管弦楽作品が、世界中の都市に遍在するオーケストラという、地域文化の固有性を越えたグローバル・スタンダードを前提として作曲家独自の表現を可能にしていることと同様、グローバル化社会における究極の前提であるユニバーサルな電気を我々がどのように捉える/扱いうるかこそが今、我々に問われているのである。それは地域文化の固有性や作家の独自性を、現在考え得るもっともニュートラルな条件の下に映し出す、ひとつの鏡となるに違いない。
確認しよう。なぜ電気なのか?・・それは、電気エネルギーがすでに我々の社会の、思考の、そして身体の一部であるからに他ならない。

中部電力芸術家の目標、条件、他
- 電気文明における電気を利用した「装置を伴う/による表現」を電力芸術と呼ぶ。
- 中部電力芸術家は電力芸術を実践する。
- 中部電力芸術家は、浜岡原子力発電所を含む火力、水力発電によって中部電力から供給される60Hz/100VAC電力によって活動を行う。
- ただし、中部電力芸術家は、非太陽由来の電力、すなわち火力発電及び、物質それ自体からエネルギーを収奪する究極の技術としての原子力発電に対して常に批判的である。
- 中部電力芸術の趣旨に賛同する限り、他の電力文化圏(50Hz地方を含む)在住芸術家の、電力会社の壁を越えた積極的な参加を歓迎する。
- 中部電力芸術宣言は作曲家、松平頼暁氏の立ち会いのもと、湯浅譲二氏八十歳の誕生日に構想された後、坂本龍一氏の批判を受けて改訂された。

文責:三輪眞弘