文部科学大臣賞をいただくにあたって

震災で延期になっていた芸術選奨贈呈式が5月18日に行われることになり、ようやく、宮川大助・花子さんをはじめとする様々な分野の素晴らしい方々と肩を並べられる日をぼくは楽しみにしていた。しかし、先日、福島県内の児童生徒が浴びる放射線量の上限基準が、他ならぬ「文部科学大臣」の名において突如、大幅に引き上げられたことを知り衝撃を受けた。言うまでもなく、これは専門家による「科学的な根拠」やその実態を想像してみてもおそらく大変危険なものである上、その判断はある政治家の見解などではなく、現実的な効力を持つ政府の通達だからである。

「芸能選奨」という名で設立されたという、この賞の歴代の受賞者たちは、まさに様々な分野における突出した技芸の持ち主である(あった)と同時に、彼らは文化、芸術というものを過去から学び未来に伝えていく役割、それは単に彼らの師匠達から学んだものだけではなく、そもそもそのような技芸を生み出し、育み、伝えた祖先たちの「声」に耳を傾け、次の世代に伝えていく、かけがえのない存在でもあったはずだ。その末席に並ばせてもらうことになった自分の目の前で下された、一時の政治的な都合、あるいは機械的、事務的な手続きの結果として、子供たちを危険に晒すことになるかもしれない(無)判断を見過ごしておくことなどできるだろうか。それは「文部省」においてはもとより、「科学」の名においても恥ずべき暴挙のようにぼくには見える。この厳しい現実の前で、芸術と危機管理に関わるこのような判断とは無関係な話だと言う人はいるかもしれない。しかし芸術という営みを通して、今生きている世代が伝えていきたいと願っている当の、未来の子供たちの健康や生存それ自体を、今を生きるぼくらが軽んじることなど考えられるだろうか? これは子供たちの教育をめぐる議論や決定とはまったく次元の異なる事柄だ。国会答弁の様子も映像で確認したが、この大臣の「肩書き」において賞をもらうことで、自分は将来、本当に後悔しないで済むのだろうかと考えずにはいられない。

ぼくにとって原子力発電の問題とは、巨大な利権の話はさておき、その経済的な妥当性や、本当のところ、どこまで安全なものにできるのか、地球環境のためになるのかなどという「技術の問題」などではない。それは単に子供たちに、すなわち子孫何十代にも渡って、捨てるに捨てられない大量の放射性廃棄物を残し、自分が生きている間だけとりあえずその恩恵にあずかっておくことをためらうこともないぼくらの「倫理の問題」、大人が子供たちの未来を「食いものにしていく」ことを畏れることもない、その感性の問題なのだ。それは、今回事故を起こした原発の建設、いや、何よりそのような国家の方針を決定し、推進した責任者たちの少なからずは(年齢から言って)もう、この世にいないだろうことからも明らかだ。どんな惨事が起きようと、原発問題の本当の責任者は未来永劫、いつも「もういない」のだ。つまり、人間がしてしまったことを本当に反省し、改める機会が、はじめから奪われているということでもある。

あの通達以後ぼくは、「たまたま今の時点で文部科学大臣に任命されている高木という人が文部科学大臣の名のもとにあのような常軌を逸した(法律違反でさえあり得る?)判断を下したとしても、ぼくは、この人、個人から評価されたわけでも賞をもらうわけでもなく、”国民の一代表としての文部科学大臣”から賞をいただくのだ」と自分に言い聞かせてきた。しかし、もしそう言うならば、原子力安全委員会の助言に従って”国民の一代表としての文部科学大臣”の名のもとにあのような通達が出されたことと、本質的にどこが違うというのだろう。「原子力安全委員会のメンバーは政府に都合の良いことを言う偏った人達ばかりだ」と主張するならば、芸術選奨の選考委員がそうではないという保証などあるのだろうか?・・もちろん、他ならぬ自分を選んでくれた選考委員の方々にぼく個人はそのような疑いなど微塵も持ってはいないが、理屈としては、同じことだろう。そして、もし彼が本当に”国民の一代表”ならば、たとえ個人的にどのように考えていたとしても、「他はどうであれ、成人の上限値を発育途中の児童生徒たちにそのまま適用するなど到底受け入れられない」とこそ、一国の文部科学大臣としての「立場上」、言うしかなかったはずだ。

そう考えてみると、ひとつの意思表明として、一度は承諾した受賞を断るという判断も当然あり得るわけだが、今回は、そうはしないことにした。その判断について将来、本当に後悔しないで済むかどうかは、今は自分でもわからない。

2011/5/7 - 9 三輪眞弘