音楽芸術

 作曲の勉強を初めた高校時代後半に初めて手に取り、当時愛読していた「ロッキング・オン」と併読するという無節操な形で、この音楽評論誌との長いつきあいが始まった。そもそも現代音楽や音楽学とは何のことなのか、この雑誌は毎月、知識ゼロの僕に少しずつ実例を示して教えてくれた。批評はもちろんだが楽曲分析や作曲論など、今思い出しても内容の質は高く、その高さゆえ僕はいつも疎外感を感じていた。
 以来時が流れても、それはいつも僕のそばにあった。特に自分の聴いたコンサートや、随分後になってからは、自分自身の作品がこの雑誌でどのように評されるのかは大きな関心事だった。音楽という語り得ないものを語り、ぼくらの社会の中に価値づけること。その困難な使命を、僕が生まれる前から、この硬派な雑誌は引き受けてきたのだと思う。
 しかし「音楽芸術」は98年に突然休刊した。それによって何も変わったわけではなかったが、専門誌がなくなるということはそのジャンル、そして時々の話題を共有するコミュニティーそのものが社会の中から姿を消すということだと強く意識した。無数の、信じられないほどマニアックな専門誌が書店に並ぶ中で、そのどれよりも「音楽芸術」の方が存在価値に乏しかったのだろうか。もう、このような敷居の高い雑誌に学ぶ新しい世代はひとりも存在し得ないのだ。
 それなのに「こんなの批評じゃなくてただの感想文!」とか「内輪で褒め合ってるだけじゃん」などと、多くを学んだ恩を忘れ、散々悪態をついて悪かったと思う。大学の授業の時だった。「音楽芸術」休刊の話をして最終号を学生達に見せたら、いきなり「えー!こんなもの、まだあったんですかあ?」と笑われて、僕はなぜかとても傷ついたのだ。

2006年2月、朝日新聞夕刊(東京版)「大好きだった」より