空間・音楽・体験

音が聴かれる所や音楽を体験できる所には必ず、音を発するモノや音楽を演奏する人が存在し音が響きわたる空間を共有しているはずだという前提がなくなって久しい。音楽が単なる音波の聴取を目的とするのではなく、その音(達)によって暗示されている世界そのものを体験し楽しむ行為だとすれば、録音再生技術が進歩しテクノロジーの発達した現在は音楽体験において歴史上未曾有の危機的状況だろう。まもなくヘッドフォンなど使わず脳に電極を差し込んで直接刺激を与えさえすれば音楽体験をしたことになるだろうなどと考える発想がぼくらを待っているからである。

音楽を体験すること、それは日常の空間に非日常的な何かがが立ち現れてくるその場に居合わせることである。これは聴く者によるある意味で過剰な覚醒であり、圧倒的な刺激による思考停止の末の没入とは対極にあるものだ。そこでぼくらは見えないものを見、聴こえないものを聴く。ただ、聴く者それぞれが勝手に幻覚を体験するわけではない。「ぼくらが必ず共通して持っているもの」を蘇らせるべく作られたもの、それが共通していることで初めて可能な用意周到な仕掛け、それが音楽である。

目に映るものすべてが人造物である都会で、最も静かな場所はコンサートホールの中であるという皮肉。その昔、日常では聴いたことのないような音響と音量によってぼくらを圧倒したはずの音楽は今では喧噪から逃れやっと「人間的な」生の音が聴ける場所になっている。ぼく自身はほとんどこの空間を前提にして自分の作品を作ってきた。
しかし喧噪はぼくらをそれほど困らせているわけではない。喧噪はぼくらを安心させる。この世界に他人がいて自分と同じように日常を生きている。世界が自分と共にあり、世界が自分のものであることをもっともっと感じたいと望んでいるのだ。饒舌がいい。静寂は恐い。沈黙はぼくらに考えることを強いるから。ぼくはひとりぼっちではない。日常がいい。テレビを、CDを止めないでくれ、非日常なんてないのだから・・・

そうだろうか?ぼくらが非日常の中に見いだした先の共通してもっている何かは目を背けるべきまがまがしい存在なのだろうか?・・確かにそうかもしれない。なぜならそれほどまでにぼくらを一人残らず恐れさせ、日常の安堵の中へ誘うのだから。そしてその代償としてぼくらに供給される毒を抜かれ管理された「非日常」:大仕掛けなコンサート、お祭り騒ぎ、ホラー、ポルノ、テレビに映る戦場の悲惨・・・

しかしぼくらは忘れている。非日常、またはその代償でもいい、それらを感じとる能力と理由はぼくらひとりひとりの中に潜んでいるのだということを。もしそれをあたかも存在しないもののように考え、ふるまえばその何かはもちろん黙ってはいないだろうし、そのような試みは子供じみた愚かなことである。それとどのように付き合っていけば良いのかぐらい原始人の方がぼくらよりはるかに良く知っていたことのはずだ。

昨年夜の神社で行われたコンサートを聴いた。
ぼくが生まれる少し前までは、ぼくらが共通してもっている何かの、少なくとも一部をしっかりと受けとめていた宗教的な空間である。なぜ神社なのか?ぼくは、ぼくなりに考えながら会場に行った。奉納などと称して缶ジュースのように甘いシンセサイザーの音を延々聴かせるようなコンサートではなくてほっとした。宗教的な要素を利用して音楽を正当化するような趣向はぼくは嫌いだ。石段の横には水が流れているらしく、直接見えないけれど夜闇からせせらぎの音がいつも聴こえていた。スピーカーシステムが用意されていたのでどんな不思議な音が聴こえても驚きはしない。しばらくすると随分寒くなった。ホカロンが配られたわけに納得した。神道や日本の伝統を意匠とした音楽ではなかった。印象に残ったのはやはり声や楽器ともいえない楽器による生演奏だった。反響する壁がないから響かなくて音がさぞ貧弱になるだろうと思っていたのにそうでもなかった。大切なのは音を発している人との距離だった。しかしその距離は良くも悪くも通常のコンサートホールの舞台と聴衆との距離とあまりかわらなかった。演奏を聴くというよりは演奏と共にぼくはその空間を興味深く楽しんだ。夜の神社の静寂なんてもちろんはじめてだし、確かにこの空間は異様で何かわからない力を感じる。演奏が終わり、せせらぎの音に耳が戻っていく静かな瞬間がぼくにはとても心地よかった。・・これらの様々な、今でも残っている半年も前の印象が企画者の意図に反したものなのか、それとも「思うツボ」なのかはぼくにははっきりしないが、少なくとも腰掛けた石段のひんやりとした冷たさや、せせらぎの音があの空間の響きと共にぼくの中にひとつの体験として確かに刻まれている。演奏された音楽それ自体を抜き出してコンサートホールで聴いたらどうなるのかと同業者的、姑息な見方もしたけれど、図と地が逆転し、むしろ地の存在の大きさを意識せざるを得ない体験だった。

振り返ってみればコンサート会場という場を想定しながら、ぼくのいう、ぼくらが共通してもっている何かを呼び覚ますべく努力してきた自分自身の作品もまた、コンサートホールというショウケースに日替わりで取っ替え引っ替え陳列され、評価され値踏みされる商品のひとつとして以上の力は持ち得ていないのではないかと突如不安になるのである。そう、先に書いた大切なものの代償としてぼくらに供給される管理された「非日常」のもうひとつの例としてである。音楽には一体何が必要なのだろう?この神社での体験は音楽にとってどのようなことだったのだろう?くどいほど繰り返した「ぼくらが必ず共通して持っているもの」と同様、ぼくはそれに今のところは答えられない。

1999. 4.1. みわまさひろ