bit別冊、事例報告
「東の唄」について

はじめに:
自分の活動の事例紹介をするにあたり、何が自分の音楽活動を最もよくあらわし、特徴づけているのかを今回あらためて考えてみることにした。ここでは「コンピュータ音楽」というカテゴリー分けがすでになされているわけだが、まずジャンルとして、

西洋伝統音楽の流れの中の現代音楽

の中で筆者が創作活動をおこなってきた点がまず第一に挙げられ、その中での「コンピュータ音楽」において、

小型パソコンによるアルゴリズミックコンポジション
一回性、インターラクティビティーの探求

が、さらに筆者の作品の多くを特徴づけているように思う。
これらは「演奏家によって演奏される」作品を作曲するためのパーソナルな道具として筆者がコンピュータを捉え、利用してきたことでほぼ説明がつくはずだ。
音響合成ではなくアルゴリズミックコンポジション、人間によって演奏されるものであるが故に一回性が重視され、コンピュータは演奏されるべき音(符)を生成しその結果として楽譜が生まれる。また、純粋な作曲のための道具だけではなく第二の演奏者として演奏をアシストするものとして使われる点もその特徴に挙げられるだろう。
これらは必ずしも最初にそれらのコンセプトがあって生まれてきたものではなく、むしろパワーのない小型パソコンしか使えなかった個人的環境での試行錯誤の中から導かれた展開であったこともこの本の読者には想像してもらえるはずだ。
さて、この2点を最もよく表している作品として「2台のピアノと1人のピアニストのための”東の唄”」を選んだ。

「東の唄」の概要:
この作品は1992年に高橋アキの委嘱により彼女のために作曲されたもので、2台のプレーヤーピアノを使用し1台がピアニストの手によってのみ弾かれ、もう一台はすべてコンピューターによって無人演奏される。つまり外見上は人間とコンピューターによるピアノ・デュオのような演奏形態になるものだが、それらにサンプルされた声(日本民謡)が加わり、音楽的にはこれら3者の共演によって作品が成立する。筆者によってATARI-ST用にC言語で書かれたコンピューター.プログラムは演奏中のピアニストの演奏を認識.解析し、必要に応じてその演奏(シークエンス)を録音し、自動演奏ピアノ上で再生し、また同時にそのピアノのためのピアノパートを”作曲”し、サンプラーに”歌わ”せる...等のことを演奏中に実行する。また、これらのプロセスにおいてコンピューターに対する指令はすべて演奏中のピアニストによって行われ、それゆえピアニストの演奏は音楽の一部であると同時にコンピュータに対する”聞こえるコマンド.キュー”として位置づけられている。
「東の唄」は大きく4つのパートに分かれており、それぞれ I.トッカータ、II. E/Wコンバーター、III. ハウス、IV.メモリーオーバーフロウと名付けられ、各パートは区切りなく続けて演奏される。


「東の唄」における「小型パソコンによるアルゴリズミックコンポジション」に関して
この作品に現われるすべての(民謡のサンプル以外の)旋律は同一のアルゴリズムによって生成されており、筆者はその開発にあたり柴田南雄氏の著作、「音楽の骸骨のはなし」(*1)に多くのヒントを得た。
柴田氏の提案する骸骨図(日本民謡の構造模式図)は日本民謡における5音音階旋律の音の推移における規則性に注目したもので、骸骨図そのものは静的でありながらその図には「順序」という時間的要素が示されており、4度の枠から構成されるテトラコルドの積み重ねとその枠内に存在する一音の関係によって都節音階などあらゆる日本の音階がこの図によって分類される。またこれによって統一的な方法でその音階に可能な旋律を考えてみることが可能である。つまり実際にはこの世に存在しないけれども理論的に可能な音階や、規則を少し変更することでまたそれらとは異なった音階の動きが作れる。というわけで筆者はこの図に基づいてランダムウォークの原理で旋律を生成するプログラムを作成し、テトラコルドの中間音の位置を変えたり、ランダムウォークにおける確率的な重みを変えたり、規則を変更したりしながら様々な日本音階のシミュレーションを試みた。その後それらの展開として3つの作品が生まれた。

極東の架空の島の唄 I:ピアノとチェロ(コントラバス)のための(1991)
極東の架空の島の唄 II:フルートとピアノのための (1991)
東の唄:2台のピアノと1人のピアニストのための (1992)

これらの作品は「もしも日本列島の南東沖に大きな島が存在していたらどのような民族がいて、どのような音楽が生まれていただろう」という勝手な、つまりまったく学術的には根拠のない、筆者のイメージを手がかりに作曲したものである。その中で最後の「東の唄」はその前の2作における様々な音楽的実験やアルゴリズムの開発をふまえた最も大規模なもので、休みなく弾き続けられる約23分の演奏の間に先に述べたテトラコルドの中間音のあらゆる可能性、また中間音を二つ持つテトラコルド、つまり西洋的な7音音階がそのパターンがゆっくりと、しかし時々刻々と変形し、重なり合いながらプレーヤーピアノを通して音響化されていくものである。この全体の響きは最大8つの、まったく独立して生成される単旋律の集合体として現れ、ピアノパートもそれらと同一のアルゴリズムによって書かれているため一段譜の単旋律である。

「東の唄」における「一回性、インターラクティビティーの探求」に関して
この作品のもう一つの大きな特徴は演奏現場でピアニスト自身が自らの演奏をサンプリングしプレイバックする点にある。ピアニストの使うプレーヤーピアノはもっぱらMIDI出力、つまりピアニストの演奏をコンピュータが監視するために用いられ、自動演奏は行われない。また、音波によってピッチ等の演奏情報をコンピュータが解析するわけではないのでプレーヤーピアノから出力される演奏情報は誤認識の少ない信頼性の高いものであることは説明の必要もないだろう。ここでのサンプリングとは、それらMIDIシークエンスの録音・再生を意味しているわけだが、それらの開始、終了のトリガーもまた、ソステヌートペダルや弱音ペダル、そしてピアノ鍵盤上の演奏等のMIDI情報によってピアニスト自身が行う。特にこの作品の後半では今までサンプリングしたピアニストの「演奏」に加えコンピュータが先に述べたアルゴリズムによって自動生成したMIDI情報もすべて「録音」するトータルサンプリングが行われ、最後にその演奏会で「録音」されたすべてのサンプルがピアノ鍵盤によって次々とトリガーされていく様子が聞かれるはずである。なお、曲中に度々聞かれる「ソイー・・・ソイ!」というかけ声は、音楽の一部であると同時にピアニストに対するサンプリングの開始と終了の確認の合図でもある。
さて、ここでの一回性とは、人間による演奏、という意味にとどまらず、コンピュータのコントロール、サンプリングによるその場で起きた音楽的な出来事をその場で再提示する仕組みや、リアルタイムで行われるランダムウォークによる旋律の自動生成という仕組みがこの作品において毎回異なった演奏を生みだし、それらを唯一無二のものにしているという意味である。
また、これらは当然様々なインターラクティブな仕掛けを前提としているわけだが、中でもコンピュータと人間の共演(この作品ではピアノデュオのような形態)という面において、いくつかの工夫が必要であった。例えばコンピュータと人間の演奏の同期において、演奏のテンポや音量バランスを常に、素早く合わせる必要はもちろん、コンピュータがピアニストから何らかのコマンドを受け取ってからそれに反応するまでの遅れの処理など時間軸における様々な問題が現実には起きることになる。これらは本来「コンピュータが人間にあわせる」ことができれば理想であるが(音量バランスはコンピュータが演奏者の強奏弱奏に追従する形でダイナミックに変化する)、これを可能にするためには何らかの形でコンピュータに「次の瞬間・未来を予測する」能力を与える必要がある。実際に、少しは筆者なりにそれを試みたのではあるが結局、その機能を実現すると処理時間がかかるため、結果を得た瞬間には予測されるべき「次の瞬間」がとうの過去のものになってしまう、というジレンマに陥ることになった。つまりこの作品では筆者の力ではこの壁を乗り越えることはできず、ピアニスト専用のメトロノームクリックを用意し、演奏中に演奏者にコンピュータのテンポに合わせてもらわざるを得なかった。それでもタイミングの遅れの最大原因であるプレーヤーピアノのハンマーの打弦に要する時間(これは打弦の強弱で著しく変化する)を強奏弱奏の違いを反映しながらコンピュータが逆算し、メトロノームのタイミングをダイナミックにコントロールするような仕組みなどがこの作品用のソフトにはプログラムされている。

おわりに:
「東の唄」は筆者個人にとっては音楽的にも技術的にも最初に述べたようなスタイルの作品群において、ある意味で頂点にある作品である。ある作曲家が何を考え、何を実際にやったか、と考えてみるとプログラミングにおいて筆者が「やったこと」は技術的にその道のエキスパートが成し得ることに比べれば些細なものかもしれない。しかし、ある芸術的なアイデアを実現するための、特定の人しか使うことのない、極めてプライベートな専用ソフトとして、このプログラムは筆者にとっての紛れもない「作品」なのである。また筆者が指摘するまでもないことだが、通常のプログラミングにおいて非常に大きな割合を占めるマン・マシーン・インターフェースの設計とコストに関して言うなら、専用ソフトであるが故に一般の人々に使いやすくするための莫大な労力を省くことが出来る一方で、「楽譜を読みながら演奏するピアニストの視線にどのようにしたらテンポ表示が一番正確に伝わるか?」とか「メトロノームクリックの音はどのようなものが疲れず正確に聴こえかつ、演奏の邪魔にならないか?」などの演奏家の生理に合わせた設計が必要不可欠だった。これはCPUの処理スピードとの戦い同様、様々な苦労の末に得た、コードだけを解析してもすぐには読みとることの出来ない貴重なノウハウだと考えている。

音楽的な面にはあまり触れられなかったが、それらは読者に実際に聴いてもらうことで判断してもらいたい。(*2)

1998年1月 みわまさひろ

 

*1:「音楽の骸骨の話」柴田南雄著 音楽之友社

*2:CD:「東の唄」三輪眞弘 フォンテック(1998年3月25日発売)


「東の唄」演奏会用技術解説:

1 機器のセッティング
すべての必要な機器はステージ上および客席中央の2ヵ所に集中して配置される。

1.1 ステージ

a.ピアノ
2台のグランド型自動演奏ピアノは伝統的なピアノ・デュオの形式に従い左右に向かい合って舞台中央に置かれる。ピアニストはその際舞台に向かって左側のピアノを使用する。以下ピアニストの演奏するこのピアノをAKI−pfと、また反対側にに置かれたコンピューターによって自動演奏されるピアノをRBT−pfと呼ぶ。

b.コンピューター、サウンドサンプラー、ピッチアナライザー
コンピューター(ATARI−ST)、サウンドサンプラー(AKAIS1000)、ピッチアナライザー(VP−70)は一つの台の上に重ねられ、ピアニストの右、AKI−pfの横に置かれる。ただしコンピューターに接続されているモニター・ディスプレイだけはピアニストが演奏中も常に監視できるようAKI−pfの上、譜面たての右横におかれる。

c.ヘッドフォン・アンプ
メトロノーム・クリックはピアニストのみに聞かれるようヘッドフォン・アンプを通してイヤホン又はヘッドフォンに送られる。、演奏中もピアニストによって音量調節が可能なようにAKI−pfの譜面たての左横に置かれる。

d.モニタースピーカー(アクティブ)
ピアニストのモニター用。ピアニストの足元に置かれる。

e.マイクロフォン
ピアノの拡声及び全体の音響バランス調整用。AKI−pfとRBT−pfにそれぞれ1本づつ、できるだけ自然な音がひろえ、お互いに音が被らない位置を探して立てられる。

f.PA用スピーカー+パワー・アンプ
ステージの左右両端に置かれ(ステレオ)、前後の位置は音響的に望ましく、またピアノ用に立てられた2本のマイクとのハウリングに対して最も有利な位置が選ばれる。


1.2 客席
ミキサーおよび周辺機器(リバブレーター、イコライザー等)は会場の音響を把握するのに最も有利な場所を選んで、まとめて客席中央に置かれる。詳しくは「オーディオ回線の接続」の項を参照。
1.2 機器の接続
各機器の接続はコンピューターを中心とするデジタル(MIDI)回線とミキサーを中心とするアナログ(オーディオ)回線に分かれる。

2 機器間の接続
2.1 MIDI回線の接続
コンピューターのMIDI入力端子へはAKI−pf及びVP−70のMIDI出力がMIDIマージャーを通して接続される。
コンピューターのMIDI出力はまずS1000に送られMIDI−THRUを通してさらにRBT−pfに送られる。MIDIスプリッター(ブランチ・ボックス)がある場合はMIDI−THRUを通さず、信号を分岐して接続してもよい。


2.2 オーディオ回線の接続
オーディオ回線の接続は基本的に8イン、2(ステレオ)アウト、1AUXアウト(ポスト・フェーダー)、1FBアウト(プリ・フェーダー)のミキサーを中心として行われる。

a.ミキサーへの入力
以下にミキサー上における各チャンネルインプットの接続順序とその名称、内容等を記す。

1 AKI-pf ピアニストの弾くピアノ マイクロフォンより
2 RBT-pf コンピューターの弾くピアノ マイクロフォンより
3 MINYOU-L 民謡の声 S1000: Stereo out -Lより
4 MINYOU-R 民謡の声 S1000: Stereo out -Rより
5 SOISOI 民謡の掛け声 S1000: Mono out -7より
6 -
7 Effect return -L Stereo Reverb.より
8 Effect return -R Stereo Reverb.より


b.ミキサーからの出力
ミキサーからは上記オーディオ・ソースのミックスがステレオ・アウトから会場のPAスピーカーに送られる。AUXアウトは残響調整用に用意されたステレオ.リバーブへ、またFBアウトはピアニストのためのモニタースピーカーへ接続される。

c.ミキサーを通さないオーディオ信号
ミキサーを通さないオーディオ回線は2系統ある。
S1000のMono out -8からはStereooutと同様の民謡の声が出力されるが、これはもっぱらピッチ検出用ソースとして用いられ、直接VP−70の入力端子に接続される。レベル調整はコンサート前にVP−70上で行われる。
またMono out-6からはコンピュータによって自動ピアノにおける演奏の強弱による遅れの違いを逆算して生成されるピアニストのためにメトロノーム・クリックが演奏中常に出力されており、これはピアニストの横に置かれたヘッドフォン・アンプに接続される。音量調整はピアニスト自身によっておこなわれる。