近代芸術が、一見テクノロジーと対立している(それを仮想敵としている)と見えながら、その実それと密かな共生関係を保ってきたとすれば、制御不能のテクノロジーの自己攻撃ともいうべき3.11以後の事態は、近代芸術というものの最終的な終焉の局面をもたらす可能性をはらんでいる。それは、19世紀のヘーゲル以来何度となく喧伝されてきた「芸術の終焉」の最終的な実現なのか? それとも来るべき芸術のありようを告げる新たな曙光なのだろうか?
「非常時」にあって芸術は、しばしばその存立根拠を脅かされる。「現実の復旧復興が先決であり、芸術談義をしている場合ではない」と。しかしながらこのシンポジウムの3人のパネラーは、そうは考えない。実は今こそ、何よりも「芸術」が求められている、そういう状況が到来しているのではないか? 芸術以外は絶対に提供しえないもの――「想像力」(「想定外」とは想像力の欠落の産物以外の何ものでもない)、「物語」(この状況においてなお私たちを導いてくれる何か)、そして「喪」や「癒し」の行為――をめぐって議論することにより、本シンポジウムでは芸術が与える<希望の原理>を模索してゆきたい。
岡田暁生(おかだ あけお)
京都大学人文科学研究所准教授。専門は近代西洋音楽史。著書『音楽の聴き方』(中公新書、2009年、吉田秀和賞受賞)、『ピアニストになりたい』(春秋社、2008年、芸術選奨新人賞)、『西洋音楽史』(中公新書、2005年:韓国語版、2009年)、『オペラの運命』(中公新書、2001年、サントリー学芸賞受賞)など。
三輪眞弘(みわ まさひろ)
作曲家。情報科学芸術大学院大学(IAMAS)教授。2004年芥川作曲賞、2007年プリ・アルスエレクトロニカ、デジタルミュージック部門でグランプリ(ゴールデン・ニカ)などをはじめ、近著「三輪眞弘音楽藝術 全思考一九九八ー二〇一〇」で2010年芸術選奨を受賞、CDや楽譜出版など多数。旧「方法主義」同人。コンピュータ歌唱ユニット「フォルマント兄弟」の兄。
吉岡 洋(よしおか ひろし)
京都大学大学院文学研究科教授。専門は美学芸術学。著書『情報と生命?脳・コンピュータ・宇宙』(新曜社、1993年),『〈思想〉の現在形?複雑系・電脳空間・アフォーダンス』(講談社,1997年)など。批評誌『ダイアテキスト』創刊〜8号編集長。「京都ビエンナーレ2003」「岐阜おおがきビエンナーレ2006」総合ディレクター。作品「BEACON」共同制作メンバー。