脳内コンピュータ〜「中国語の部屋」のパラドックス
室井尚との共著『情報と生命 —脳、コンピュータ、宇宙』(新曜社、1993年)より、ぼくが書いた話をひとつだけ紹介します。この本は、 ダニエル・デネットやダグラス・ホフスタッターに刺激を受けて、2人で短い物語とエッセイを書いて作りました。もう15年前のものなのに、今でも読んで感想を言ってくれる若い学生たちがいるのはうれしいです。ぼくが60歳半ばになる2020年頃を想定して書いた近未来 SFですが、今考えたらそれほど未来でもありませんね。興味を持たれた方はぜひ書店でお求めください。
"Do you speak Chinese?" 北京に向かう飛行機で隣り合わせた若い中国人に、客室乗務員の差し出すコーヒーを手渡してあげると、彼女は英語でこう話しかけてきた。たぶん、わたしが中国語の新聞を読んでいたからだろう。"Yes, I do... maybe." 妙な答えだが、今のわたしにはいちばん正直なところなのだ。まさか、試す機会がこんなに突然訪れるとは思っていなかったので、わたしはかなりあわてていた。彼女は私の答えにちょっと不思議そうな表情を見せたが、きれいな標準語で話しかけてきた。
「そうですか。あなたは日本人のように見えるけれど。」
「わたしは日本人ですよ。」
「では、中国語がとてもお上手ですね。どこで勉強されたのですか。」
「仕事の関係で、北京に長くいたことがあるんですよ。」
わたしは中国に住んだことなど一度もない。それどころか、ちゃんと中国語を勉強したことすらないのだ。だが、こうでも言わなければ、相手は不審に思うにちがいない。ともかく、これで実験は大成功ということになるが、わたしはまだ信じられない気持ちだった。もっと話してみよう。自分がたしかに中国語を理解できることを確かめたい気持ちと、若い女性に話しかけられたうれしさから、わたしは年甲斐もなくはしゃいだ話し方になっていた。北京までのわずかなフライトの間に、わたしたちはまるで学生どうしのようにくだけた会話をするようになった。彼女は言った。
「最近車の免許をとったんだけど、さっそく凹ませちゃってガッカリなの。運転の才能ないのかなぁ。」
「そんなことないよ。練習すれば大丈夫さ。ぼくだって、はじめて買った車を次の日にぶつけちゃったんだ。」
「フフ、それはもしかして二十世紀の、ガソリン・エンジン車?」
数ヶ月前に脳腫瘍の手術を受けたとき、この実験の話を持ち込んできたのは、長年の友人である小林君であった。彼は有名な脳外科医だが、この数年ある特殊な研究に取り組んでいる。前にある学会で一緒になったとき、その話を聞いたことはあるが、まさか自分がその画期的な研究に寄与することになろうとは思ってもみなかった。彼は、手術を前にして不安を隠しきれないわたしに、次のような申し出をしたのである。
「心配いりませんよ。吉岡さんのはごく良性の小さな腫瘍なんだから。それに今の脳手術は、ぼくらの若いときとは比べものにならないくらい安全になってます。扁桃腺をとるようなものですよ。わたしが責任をもって執刀します。それはそうと相談なのですが、そのときついでに、ちょっとしたチップを脳に移植させてほしいのです。いや、全然危険はありませんから、その点はご安心ください。」
「優秀な外科医である君が執刀してくれるのはうれしいが、いったい何をぼくの頭に入れるつもりなんだい。」
「一種の人工頭脳です。人工的に増殖させた脳細胞を使った、生きた機械のようなものとお考えください。うまくいけば、それは吉岡さんの脳に協力し、それを補って機能してくれます。」
「おいおい、そろそろボケて来たから直してやろうというのかい。まだその必要は…。」
「いえいえ、これは治療ではありません。実験なのです。」
「安心だといわれても、モルモットになるのはやっぱりごめんだよ。」
「いやだなぁ、今どき実験にモルモットやマウスなんて使っていませんよ。まぁ、どうしてもいやなら無理にとは言いませんが…。でも、こう考えてみたらいかがですか。吉岡さんがお使いになっているコンピュータだって、いわば脳を補助してくれる機械なわけでしょう? それと同じことですよ。むしろ、直接脳に接続することによって、はるかに効率がよくなるわけです。たとえばそれに、翻訳機の機能をもたせることもできます。そうすれば、辞書やコンピュータを操作するよりも、ずっと速くスムーズに、学国語を翻訳できるはずです。なにしろ、〈脳の中で〉翻訳することになるわけですから。」
これを聞いてわたしははにわかに興味がわいてきた。というのも、数ヶ月後には中国の武漢大学で哲学関係の学会をひかえていたからである。中国での学会はもう何度目かになるが、通訳を通したコミュニケーションのもどかしさにはいつも閉口していたのだ。かといって中国人の研究者たちと、お互いに外国語である英語で話すのも、隔靴掻痒の感を免れない。彼らとのつきあいは20世紀の90年代にはじまり、わたしは今まで何度も中国語を勉強しようと思い立っては、挫折していたのだ。もし彼らと直接中国語で話すことができたら…。
わたしは手術とともにその研究の実験台になることを決心した。小林君の話によれば、わたしの脳に埋め込まれるバイオチップは、私の遺伝子やタンパク質の構造に正確に適合するように設計されているので、拒否反応の心配はなく、仮に実験そのものが失敗しても、特に副作用もないという。チップが十分な大きさに成長すると、それにはわたしの希望にそって、中国語の知識が注入された。といっても、それはたんなる単語のデータだけではなく、基本的な文構造やシンタックスに関するさまざまな規則、それに視覚や運動性言語中枢へと連絡するためのインターフェースなども含まれていた。
「生きた機械を脳につなぐわけですから、拒否反応はないにしても、移植後すぐに機能することはできません。チップが無数のシナプスを新しく形成してホストの脳と結合し、その間での情報のやりとりを調整する時間が必要です。おそらく何か違った感じがしてくるのは、早くても数ヶ月後になるでしょう。実験の結果を正確なものにするために、その間自分から中国語を勉強しようなどとはしないでください。うまくいけば吉岡さんは、中国語を読み書きできるばかりでなく、かなりの程度話せるようになるはずです。それがどんな感じなのか、教えていただきたいのです。
「つまりぼくの頭の中に、中国語の通訳が常駐しているということになるわけだね。おやおや、ということは、かつて哲学で話題になった、ジョン・サールの『中国語の部屋』そのものじゃないか。あのパラドックスはたしか、中国語を話せない人が密室の中で、辞書をたよりに筆談で中国語の会話をするというものだった。つまり部屋の中の人は中国語を理解していないにもかかわらず、部屋の外にいる中国人にとって、少なくともその部屋全体は中国語を理解しているかのようにふるまうというわけだ。ぼくはそれと同じことを、頭の中に埋め込まれた『通訳者』を介して行なうわけだから、そうするとぼくの頭がその部屋に相当することになる。まてよ、そうするとぼくという人間は、結局中国語を理解していることになるんだろうか。それとも、ぼくの頭の中に、中国語を翻訳する高性能なマシンと、いぜんとして中国語のわからないぼく自身が住んでいるということになるのだろうか…?」
「さあ、そこですよ、わたしの知りたいのも。もっともわたしは、哲学的な議論にはあまり興味がありませんがね。ただ吉岡さんが中国語を話しているとき、どんな感じなのか、それを報告していただきたいのです。」
彼の言ったとおり、手術直後には何の変化も現れなかった。2ヶ月、3ヶ月と経ち、ついに中国での学会に出発する日が近づいてきた。日本を発つ前の日に、わたしは彼に電話して、「明日出発するが、どうも実験は失敗だったように思う」と告げた。あくる日、空港バスを降りて、チェックインを済ませ、待合室で新聞を読んでいたときだ。奇妙な感覚がおそってきた。新聞記事の中の漢字のいくつかが、日本語のそれとはまったく違った音の印象を呼び起こすのだ。その体験は、子供の頃に憶えていてずっと忘れていた歌を突然思い出したときの感じに、少し似ていた。まさかと思って頭の中に響く音を小声でつぶやいてみると、それははっきりと分節化された音声として、口に出すことができた。
飛行機に乗り込むとまっさきに、わたしは乗務員に、何か中国語で読めるものはないか、とたずねた。彼女が持ってきた新聞を手にとってはじめて、わたしは本当の驚異の念に打たれた。完全にではないが、十分読めるのだ。しかもそれは、英語のように勉強して習得した外国語を読むときの感じとはかなり違っていた。英語の場合、わからない箇所に突き当たるたびに、わたしは母語で意味を推論している。いわば日本語で補助しながら、理解しているのである。だが今は違う。難しい箇所に当たると、それを自分にとってもっとはっきりした語感のある中国語に置き換えながら理解しようとしているのである。たぶん中国人の子供がそうするであろうように! こうして、誰にもわからない深い感動にひたっているとき、隣の席の中国人の女子学生が話しかけてきたのである。わたしは話すこともできるのだった。しかも、外国語を話すときのあの独特のためらいや、相手の言葉が聞き取れないのではないかといった不安もなしに、である。
だが、ただひとつ気になっていたのは、そうした行為を私自身がやっているという実感が乏しいことだった。中国語を理解しているにもかかわらず、わたしにはそれを何年もかかって学習した記憶がないのである。普通なら学習とともに身につくはずの、努力したという記憶も、それを教えてくれた教師の印象も、苦労して読んだ本の記憶もない。学習過程に結びついた、わたしだけの思い出というものがすべて欠如している。わたしがあることを言おうとすると、特定の音声イメージが頭の中に自然に発生するのである。母語の場合にはそんなプロセスが意識されることなどない。英語のように習得した外国語の場合ですらそうだ。だとすればやはり、中国語を理解しているのは自分ではないのだ、とわたしは感じずにはいられなかった。中国語を話しているのは、私の中に移植されたバイオチップだ。いくら私の脳に同化したとはいえ、それはもともとはなかった異物なのだ。そう考えたとたん、わたしは自分の頭の中に、見知らぬ他者が入り込んでいるいるような、気味の悪い感覚におそわれた。
隣の席では、彼女があいかわらず車の話を続けていた。
「わたしも練習すればうまくなるかしら。だって、自分が車を運転しているっていう実感がないのよ。車の内蔵コンピュータからおこられっぱなし。まるで機械に指示されて動いている召使いみたい。」
わたしは、自分だってたいして運転がうまいわけでもないことを棚にあげて、先輩面をして答えていた。
「新しい機械を操作するときは、誰だってはじめはそんなものさ。機械が勝手に動いているような気がする。でも半年もしてごらん、自分の手足と車との境界がなくなってしまうから。まるで自分で歩いたり走ったりしているように、車という機械を意識しなくなって、身体の一部みたいに感じるようになるよ。どんな機械だってそうだよ。不思議なもんでね。使っているうちに最初の違和感が嘘のように思えてくるものなんだ…。」
(C)Hiroshi Yoshioka
