「G‐M」02 脱 出 (2)
マリ子のノート 1977年6月2日(水)
やはり、それしかないのだろうか? タカシがもし本当に、この世界に適合できないとしたら、このまま生きることは、かれにとって、耐えがたい苦痛でしかないだろう。タカシを、〈外〉に送ってやるべきなのだろうか? だけど本当にそれが、かれにとっていいことなのだろうか? わたし自身、〈外〉とは何なのかについて、おぼろげなイメージしかもっていない。そもそもこうしたことを、誰が適切に判断できるというのだろう?
わたしは市役所のアーカイヴに入る許可をもらって、このことに関する資料を検索してみた。 それに関する資料としては、「脱適合化処置」とラベルのついた、茶色い古ぼけた、比較的薄いファイルが一冊あるだけだった。別に機密事項でもなんでもないらしく、書架の隅に無造作につっこまれていた。たぶん誰もこんなことには、ふつう興味をもたないのだろう。わたしはそれを取り出すと、陽の当たる窓際のテーブルにもっていった。ファイルをパタンと広げると、かすかに白っぽい埃が舞い上がった。
過去のデータは、ほんの数十ページで終わっていた。それによれば、これまで〈外〉に送られた人間は、この市が発足して以来、わずか16名にすぎない。性別も、年齢もばらばらだった。一人一人について、簡単な調書と、「脱適合化処置」の手続きに関する覚書きがあった。いずれのケースも、理由欄には「本人の意思により」という、そっけない走り書きがあるだけである。市長の認印すら必要ではなく、ただ戸籍係へ事後報告をすればいいだけだった。
まるで転居届けでもするような簡単なことだった。だが〈外〉に送られた人といっしょに暮らしていた人々は、どうなるのだろう。ある人間が突然いなくなったとしたら、混乱をもたらさないのだろうか? それについては、最後のほうに簡単な指示があった。「周囲の人々には、本人が〈外〉に送られたと説明すること。『〈外〉に送る』というフレーズにより、それ以上詮索しようという気持ちは消失する。もっともこれを怠ったとしても、失踪した人間に対して、人々は自然に『あの人は〈外〉に送られたのだ』と考えるようになるので、必ずしも特別な配慮は必要としない。」
2時間たらずの間に、わたしはこの「脱適合化処置」にかんする記録をほとんど全部読んでしまった。手続きとしては、一枚の申請書に書き込むだけであり、理由は本人の意思のみで十分。事後の対応についても、〈外〉ということをめぐる、わたしたちに共通の心の機制によって、自動的に調整が行われる。これほど簡単なことなのに、この市が発足して一世紀近くもの間、わずか16人しか事例がないとはどういうことだろう。
わたしはタカシが、どうしてそんなにも希な例外者の17人めとなったのだろうかと考えた。家庭環境? たしかに、わたしは数年前まで母親とひどい関係にあり、そうした自分の問題を幼いタカシにも心理的に押しつけてきた。でもこれは、異常なことだろうか? わたしたちの母親は、特別だったのだろうか? けれども、自分が家庭の犠牲になっていることに深い不満を抱く母親という存在は、少しもめずらしいものではなく、それどころかこの世界の日常を成立させるための、不可欠な構成要素ですらある。
では、わたし自身のなかに、何か変わった点があったのだろうか? よくわからないのだが、そこに何か思い出せそうで思い出せない何かがあるように感じられる。それは、この2年間のことに関係がある。2年前、市役所に勤めるようになってから、わたしはタカシに、それまでとはちがった、広い気持ちで接することができるようになった。自分がかれに対してしてきたことを冷静に反省できるようになったし、タカシが悪くなってしまったのも、自分のことのようによくわかるような気がした。いや、タカシは本当は悪くなったのではない。かれには、この世界のどこが不満というわけではないのだ。むしろ、この世界の存在そのものに、苛立っている。わたし自身にはそういう気持ちはないのに、タカシの苛立つ気持ちだけは、痛いほど伝わってくるのである。
タカシに余裕をもって接することができるようになったのは、たぶんわたしが、狭い役所とはいえ社会に出ることで、家庭や狭い友だち関係の外から、自分の属している世界を眺めるようになったからだと思う。市役所に入るとすぐ、わたしは1ヶ月間の研修を受けた。そこで、一般の人々がはっきりとは知らないでいる、この世界についてのいくつかのきまりを教わった。〈外〉という概念をめぐる、わたしたちの心の機制もそのひとつである。そうしたきまりはわずかで、またとても簡単なものだった。だがわたしは、一般の人が知らないことを少しばかり知っていることで、誇らしい気持ちになったことをおぼえている。けれども、そうした知識を、ほかでもない自分の弟のために、こんなふうに役立てることになろうとは、予想もしなかった
タカシのなかに〈外〉へ出たいという願望が育ちはじめたのは、わたしがタカシに対してやさしい気持ちで接することができるようになってからのような気がする。それまでかれは、現代日本のどこにでもいる、反抗期の少年にすぎなかった。けれども2年くらい前から、かれの行動はたんなる不良少年のそれではなく、なにか徹底的に破壊的で自棄的な様相を帯びてきた。ふつうの不良少年のように、親や家族にあからさまに反抗したりしなくなった分、よけいにその孤独の深さが感じられた。もうこの世界のなかではどこに行ったって、どんなことをしたってダメなんだということを、タカシはしだいにはっきりと自覚するようになったのである。
そしていまついに、かれ自身がそれをはっきりと言葉に出して言うようになった。〈外〉に出たい、それができないなら死にたい、って。わたしはその告白にショックを受けたけれども、本気でかれを止めようとは思わなかった。なぜだろう? わたしは、ものわかりのよすぎる姉なのか。〈外〉に出たいというタカシの欲求を、なんとか逸らそうとはなぜ試みないのか? タカシを別れることを思うとこんなにつらいと感じるのに・・・。
たぶんわたしはどこかで、こうなる運命だったことをずっと前から知っていた——そんなことはありえるだろうか? うまく説明できないのだが、タカシははじめから、「出て行く者」として生まれていたような、そんな気がするのだ。タカシと別れるのはさびしいけれども、それはどこかで、わたしを安心させもする。どうしてだろう? わたしの心は、ある不可解な仕方で、タカシのそれと結びついているような気がする。タカシは、まるでわたしの代わりに出ていくのだとすら思えるのである。あるいは、わたしの心はタカシのそれといっしょに〈外〉に出て行く、というような・・・。
02.2 タカシのノート 1977年6月8日(火)
やっぱり、いますぐ出て行きたいの?って、ねえさんはぼくに聞いた。もう少し、後ではだめ? 待てない?
すぐにでも出て行きたかった。ただ、ねえさんと会えなくなると考えると、胸が苦しくなったのは本当だ。せっかくこんなふうに話せるようになったのに。ねえさんとだけは、もう少しいっしょにいたい、と思った。けれど考えてみれば、いまのように素直に話せるようになったのは、自分はまもなく〈外〉に出る、と思っているからだ。それに、待つといったって、きりがない話じゃないか。いろいろ考えたすえ、あと一週間だけこの世界に留まることにした。一週間経ったら、どんなことがあっても出ていこう、と。
それが、先週の水曜のことだ。その日、ねえさんは市役所で、ぼくを〈外〉に送るための手続きを調べてきてくれた。そしてもう一度、ぼくの決意を確かめた。正直いって、ぼくの気持ちは「決意」なんて言えるようなものじゃなかったし、いまもそうだ。決意っていうためには、ぼくは〈外〉とは何なのか、そこに送られることがどういうことなのかについて、あまりにも知らなさすぎる。ただ、ぼくの身体の奥からどうしようもない熱い塊がこみ上げてきて、このままじゃいけない、ってぼくに思わせる。このままここにいたのではどうしようもない、って。確かなのは、この感覚だけなんだ。
この一周間、ぼくはいままで自分がいっしょに暮らしてきた家族、クラスメートや先生たち、不良仲間たちや、たんに顔を知っているだけの近所の人たちまでを、いままでとはちがった思いで眺めてきた。いままで、ただうっとおしいだけの存在だった周囲の人間たちが、変な言い方だけど、一生懸命に生きている可哀想な人たちのように思われたのである。
まもなく自分はいなくなると思っているので、たぶんこういう感傷的な気持ちになるんだろう。それは、当たり前のことなのかもしれない。けれども、そればかりではなく、ぼくはぼくの周囲の人たち、いままで理解しようとも思わなかった人たちの気持ちの中に、入りこんでいけるような気がしたのだ。心っていうものが、「ブラックホール」じゃなくなってゆく感じ。これは不思議な経験だった。
まず母親。こんなに長い間いっしょに暮らしながら、ぼくはいままで一度も、母親がこの家庭をどんなふうに感じて生きてるのかなんて、考えたこともなかった。母親ははじめからそこにいて、この家や、近所や、この世界全体と同じように、当然のものとして存在していた。でも考えてみれば、彼女ははじめからぼくたちの母親であったわけではない。彼女は母親に「なった」のだ。こんな当たり前のことを、どうして今まで考えもしなかったのだろう?
ねえさんが言ってた、ちょうど〈外〉に関する事柄については考えないようになってるのと同じで、〈母〉という存在についても、ぼくたちの心は考えないような仕組みにでもなってるんだろうか?
こんなふうに〈母〉についてまともに考えようとすると、その人はいったいどこにいるのか、わからなくなる。いまこうやって、ノートに書いた〈母〉という字を眺めていると、この漢字そのものが、突然なんだか見慣れないもののような気すらする。〈母〉って、いったい誰だったのだろう?
ぼくの母は、この北川タカシという人間を生んだ、北川良江という一人の女性だ。でも、それは本当はいったい誰だったんだろう? かあさん、とぼくははじめて、この女性にまともに心のなかで呼びかけた。あなたは本当は、どこにいたんですか? ぼくのいちばん古い記憶のなかで、あなたはねえさんと際限なく言い争っていたような気がする。たしかにかあさんは、いつもそこにいたけど、でも、どこにもいなかったようにも思える。あなたは、忙しく家事をしているか、さもなければ口うるさくねえさんを叱っているかのどちらかだった。どちらの姿のなかにも、ぼくはかあさんという人をみることができない。いったい、あなたは本当は誰だったんですか・・・? ぼくは、なんか意味ないことを言っているんだろうか。
父さんと母さんにも、ぼくが〈外〉に送られることは告げた。それは、告げても告げなくてもいいのだとねえさんは言ったけど、ぼくは別れを告げておきたかった。夕べ食事のあと、なんの前置きもなく、ぼくはもうすぐ〈外〉に出ることにしたんだ、と言ってみた。2人とも、とくに驚いたようにはみえなかった。
「よく考えたうえでのことなら、父さんは何もいわないよ。行っておいで。」と、まるで旅行の許可でも与えるような静かな口調だった。母さんも「気をつけてね」と言うだけで、やはり〈外〉という言葉が何か不思議な力を及ぼしていることは、ねえさんが教えてくれた通りだ。けれどもそれ以外の点では、ふだんとなんの違いもなかった。この何年か、ぼくは両親とこんなふうに落ち着いて話したことがなかったので、2人ともそのことをとても喜んでいるようだった。
一昨日の日曜日、ねえさんといっしょに駅前ビルの六階にある喫茶店に入った。ねえさんと2人でこんなとこに入るなんてはじめてで、なんだか照れくさかった。夕方の陽が、西に面した大きなガラス窓から射し込んでいた。周囲にあまり高い建物がないので、ここからはぼくたちの市の西半分がほとんど一望できた。 家々が地平線近くまでびっしりと建ち並び、ところどころに公園や神社の緑がみえた。休日の街は静かだ。ふだんの夕方なら、街全体から発する、ある鈍いざわめきが感じられる。高校の屋上でフェンスにもたれて、何度そうした街のざわめきを、ぼんやりと聞いて過ごしたことだろう。それは、人々の生活するさまざまな音が重なり合い、互いにうち消しあって造られる、音ともいえないような音だ。それを耳にするたび、ああこれが自分の生きている世界なんだなと思った。
「もう、今日が最後の日曜日になっちゃったね。」
コーヒーを飲み終えたねえさんが、街を見下ろしながら言った。
「〈外〉って何のことなのかぜんぜん知らないのに、ぼく、どうしてだか少しも恐くないんだ。」
「不思議ね。わたしも、少しも異常な感じがしないのよ。ついこないだまでは、考えもしなかったことなのにね。わたしたち、突然〈外〉のことにかかわりあうようになったのが、なんだか当たり前のような思いがするの。」
「ぼくは、〈外〉って遠いとこじゃなくて、まるですぐそこにあるみたいな気がしてる。」
「タカシ、わたしたちこれからも、ときどきこんなふうに話し会えるのかな。あ、もちろん会えなくはなるんだろうけど、手紙とか、書いたりできるのかしら。」
「ぼくにわかるわけないよ。いままでの人の記録ではどうだったの?」
「そんなこと、何も書かれてなかったわ。本当にそっけない記録なんだもの。まるで引越しするみたいに、簡単な手続きなの。」
「引越しなら、手紙くらい書けるはずだよね。」
02.3 マリ子のノート 1977年6月9日(木)
タカシは、約束した午後4時に市役所にやってきて、わたしを呼び出した。厚生課の担当職員には、あらかじめ連絡してあった。わたしたち2人は、地下にある会議室に通された。ここに2年以上も勤めるわたし自身も、この部屋に入ったのははじめてである。案内してくれたのは、わたしより一年前に市役所に入った、利根さんという真面目な男だ。わたしたちを椅子に座らせると、「これから先は、その係りの者が来ることになってますので」といって、出て行こうとした。
「その係りの者」? わたしはもう、この市役所の職員はだいたい顔と名前を見知っているはずなのに、いったい誰のことなんだろうと思った。聞き返そうとしたけれども、利根さんはそそくさと出ていってしまった。年が近いこともあって、ふだんなら顔を合わせると挨拶や軽い世間話くらいはする同僚なのに、今日はずいぶん愛想がない。たぶんこれも、〈外〉に関係する事柄であることが、わたしたちに対するかれの関心をブロックしているのだろう。殺風景な壁には、緑化運動のポスターが貼ってあった。何もすることがないので、そのポスターのなかから微笑みかけるアイドル歌手の顔について、タカシと他愛ない批評を交わしていた。
20分ほども待っただろうか。わたしたちが入ってきたのとは反対側にあるドアが開いて、見たことのない一人の女性が入ってきた。薄いグレーのスーツを着た、背の高い人で、まだ30歳くらいにしかみえないのに、不思議に静かで洗練された身のこなしで、わたしたちに向かい合って腰をおろした。
彼女の顔を一目みたとき、わたしはとても奇妙な感情におそわれた。この人はこの市の人じゃない。〈外〉から来たのだということが、なぜか直観的にわかったのだ。
もちろんわたしだって、この市の何万人もの住民を全部知っているわけはないのだが、その人の相貌は、わたしたちとはまったく違っていた。といって、どこが違うか、はっきりとは言えないのである。ただ顔も、姿も、わたしたちがけっして持っていない、ある「完全性」といった雰囲気をそなえているのだ。一見、痩せた美しい女性なのだが、その美しさには、どこかに造られたようなところがある。が、造られたといっても、整形手術とかそういうものではなくて、何かもっと深いところから来る何かだ。だがそれは、嫌悪をもよおさせるものではぜんぜんなかった。冷たさやぎこちなさは少しもなく、やさしく落ちついた表情をたたえていたのである。
「北川マリ子さんと、北川タカシさんね。」
机の向かいにすわると、彼女はわたしたちをまっすぐに見て、ゆっくりした口調で話しかけた。
「わたしは、厚生課の脱適合化処置を担当している、田村といいます。ふだんはこの市に住んでいないので、マリ子さんとも、お会いするのははじめてね。」
「ええ、わたしも厚生課にそんな担当者がいらっしゃるなんて、いまはじめて知りました。」
「脱適合化を行うのは、すごく希なことですものね。わたしは専属の職員ではなくて、言ってみれば非常勤なの。この市だけではなくて、全部で二百近い市の厚生課で同じ仕事をしてるのよ。それでもこうしたケースは、一年に10回あるかないかというところ。まあ、閑職といえるわね。」
わたしは、用意した申請書を彼女に差し出した。彼女がそれに眼を通している間、これからいったい何を訊かれるのだろうかと、少し不安な気持ちがしてきた。
「これで何も問題ないわ。いますぐはじめましょうか。」田村という女性は、書類から眼をあげてタカシとわたしの方をかわるがわる見やって言った。
「あの、本当に手続きはこれだけなんでしょうか。〈本人の意思〉というだけで、誰でもこんなに簡単にこの街からいなくなることができるんですか?」
「そうよ。でもこんなことはめったに起こらないのよ。北川さん、記録ご覧になったでしょ? この書類だって、ほんとは形式だけのものなの。ここに来て、いまわたしと会ってるってことが、タカシくんが本当に〈外〉に出る人間であることの、何よりも確かな証拠だから。」
「ひとつ、聞いていいですか・・・」とタカシがはじめて口を開いた。
「何でもどうぞ。」こう答えた田村にまっすぐに見つめられて、少し口ごもりながらかれは尋ねた。
「〈外〉からねえさん、あ、姉に手紙書くことは、できますか?」
「あなたがそうしたいなら、いつでも。ただお姉さんは、お家じゃなく、ここで、正確にいうとこれから案内する部屋で、あなたと連絡を取り合うことになるわ。ちょっと不便かもしれないけど、でもマリ子さんはここに勤めてるんだから、いつでも来れるわね。えーっと、じゃそのことも含めて、これからのこと、説明するね。こちらの部屋へどうぞ。」
彼女はそう言って、自分が入ってきた側のドアを開け、わたしたちを招き入れた。
その部屋は、いままでいた地下会議室とは、何もかもすっかり違っていた。そればかりでなく、その場所はわたしがいままで眼にしたどんな場所とも、異なっていた。四隅も天井も床も、一様な薄いクリーム色に塗られている。どこにも照明らしきものは見あたらないのに、部屋中に柔らかい光が充満していた。中央に濃いグリーンのテーブルと、そのまわりにいくつかの椅子があった。テーブルの表面は金属のように滑らかにみえたが、触ってみると金属らしい冷たさはなく、それどころか微かに柔らかな感触があり、いったいどんな材質で出来ているのか、見当がつかなかった。
「こんな場所、はじめてでしょうけど、怖がらなくていいわ。脱適合化処置は、もうはじまってるの。何も特別なことをする必要はないのよ。わたしたちはただ、ここでしばらくお話ししていればいいの。」
「〈処置〉っていうから、手術かなんかされるのかと思ってた。」とタカシが言った。
「フフフ、そうね。〈脱適合化処置〉なんて、いかめしいお役所言葉だものね。大丈夫よ。ここに座ってるだけで、1時間くらいで終わるわ。この部屋全体がいわば、それをするための装置になってるの。いま、何をしてるかというとね、タカシくん、あなたの心のなかから、いままでこの街で暮らすために必要だった、いくつかの矯正装置のようなものを取り外しているのよ。それを付けたままだと、〈外〉に出たとき、混乱してしまうからね。」
「わたしも、いっしょにここにいていいんでしょうか。」とわたしは訊いた。
「ああ、そう、まずあなたのことを話さなくちゃね。北川マリ子さん、実は、今回のことはタカシくんだけの問題じゃなくて、あなたにも大いに関係することなの。もちろん、あなたはこの世界にとどまるわけだから、タカシくんと同じ〈処置〉は施さないわ。でもね、少しだけ、知っておいてほしいことがあるの。かれと今後も連絡を取り合うつもりなら、なおさら。もう、自分でも少しは気づきはじめてることだとは思うんだけど。」
そう言われて、自分が何か大事なことを、本当はすでに知っているような気持ちが起こってきた。どうしたことだろう? 何か忘れていた記憶のようなものが、わたしのすぐ近くまで来ている。いや、これまでも、その記憶はずっと、わたしのすぐ近くにあったのだ。ただ、いままでそれをはっきりと意識の表面に引き出していなかっただけ。たぶんわたし一人でその事実に直面するのは、とても抵抗があって無理だったのだろう。けれどもいまは、この田村という女性がいてくれるので、はじめてそれをはっきりと意識できる。そんな気がした。
「わたしが言ってあげるより、あなたが自分でそれを言ったほうがいいわ。もう、そろそろ」といって彼女は腕時計を見た。「タカシくんも、それを知ってもいい頃のはずよ。」
タカシはそれを聞くと、不思議そうな顔をわたしの方に向けた。
「わたしは・・・」と、自分でもこれから何を言い出すのかわからないまま、わたしは口を開いた。古い歌の一節がとつぜん思い出されるときのように、それは言葉となった。「わたし・・・わたしも、田村さんと同じ、〈外〉から来た者だったんですね。」
(C)Hiroshi Yoshioka
