Space in CyberSpace

「G‐M」07


ブライアン

 「 JP-77 から出て来たってぇ? しかも、〈脱適合化処置〉なしで?」
 カウンターに向かって一人で飲んでいた男が、突然ぼくたちのテーブルをふりかえりながら言った。ぼくの向かいにいるブライアンを一瞥し、それから鋭い眼でぼくの顔をじっと見つめる。いままでぼくたちがしていた話に、さっきから聞き耳を立てていたらしい。
 「そりゃすげえや。とびっきりの生モノじゃねえか。そういう、まれにみる珍客とくりゃあ」と言いながら、男は椅子から飛び降りた。「ぜひ一杯、おごらせてもらわないとな。」
 かれは自分のグラスを手に持ったまま、こちらに近づいてきた。ここではよく見かける、薄いハガネで出来ているような、しなやかな肢体。短く刈ったオレンジ色に発光する髪と、見るものを射すくめるような濃緑の瞳。肌は光沢のある褐色で、その上に薄いグレーのシャツを、ゆるやかにまとっている。年齢は、もちろんここでは見当がつかない。が、それほど新しいモデルではない、ということくらいは、タカシにもわかるようになっていた。150歳、それとも200歳? とにかく、だいぶ酔っているようだ。男は許可も乞わず、テーブルの向こう側の、ブライアンの隣りに腰をおろした。ブライアンはぼくに目配せして、少し迷惑そうな顔をしたが、べつに逆らいはしなかった。
 「ヒトにはなぁ、もうずいぶんお目にかかってねえんだよ。しかもよりによって、 JP-77 なんて珍しい保護区から、よく出てきたもんだよなぁ。」男はそう言いながら、ぼくの顔からつま先までしげしげと眺め、手を伸ばしてぼくの髪に触ろうとした。ぼくは思わず、ビクッとして身をひいた。ブライアンがすかさず手を伸ばして、男の腕を握って制止した。そうされても、男はとくに腹を立てる様子もなく、ぼくの顔から眼をはなさずに言った。
 「まだ、こっちに慣れちゃいないのかい? まあ、ヒトだけの世界から来りゃあ、最初はビックリするわな。かなりストレスたまってんのかい? でもなぁ、ぼうや、こんなもんばっかり飲んでちゃ、かえって身体に毒だぜ。」
 男はそう言いながら、ぼくの飲んでいたバーボンのグラスをのぞきこんだ。
 「エタノールか。おれが、もっといいもんおごってやるよ。もちろん、ヒトにも飲めるもんをな。安心しな。その代わりと言っちゃなんだが、きみの口をつけたこのグラス、おれにゆずってくれよ。いや、ほんとはね、このマドラーできみの口腔粘膜をちょっと引っかかせてくれるだけでいいんだが、初対面の相手にゃ、それも失礼かと思ってよ。」
 「おっさん、もうそれくらいにしときな。」
 ブライアンがテーブルの上を見つめたまま、独り言をつぶやくように言った。
 男はゆっくりとブライアンの方に向き直って、一瞬けわしい眼をした。無表情な顔。猛禽類を思わせる眼の背後に、膨らんできた怒りの感情が、ゆっくりと押し戻されるのがわかる。ぼくは体を硬くして、涌いてくる苦い唾液を飲みこんだ。かれらが争いをはじめたら、とても止めることなんてできないのだ。
 ひと月ほど前、はじめて〈外〉の住人たちのケンカを、路上で目撃したことがある。それはまるで、軽金属で出来たケモノどうしの争いのようだった。「重さ」のまるでない暴力。一瞬にして勝負はついたが、その後に凄惨な光景が待っていた。勝ったほうが、倒れた相手の体を、ほとんどその原形をとどめなくなるまで打ち砕く。周囲にいた何人かの人々は、この残虐行為自体にはまったく無関心だったが、負けた相手の体が動かなくなってしまうと、粘土のような肉塊と化したその死体から組織をつまみ取って、透明な小さな容器のなかに採取した。その時は、この行為の意味もまったくわからなかったので、まったく悪夢のような光景だった。いや、悪夢の「ような」ではなく、実際その後数日間、ぼくはこの残虐シーンの夢にうなされたのだ。
 「ははは、冗談、冗談。本気にすんなって。おまえの大事な恋人を取りゃしないから。やれやれ、嫉妬ぶかい野郎だぜ。ちぇっ、〈ブリキ〉のくせによ。」男はブライアンに悪態をつきながら、またもとのカウンターの席にもどっていった。
 もうそこで話し続ける気がしなくなったので、ぼくたちは店を出ることにした。外に出ると、砂漠地帯の乾いた涼しい風が心地よい。夏の夜の月明かりのなかを、ブライアンの車まで歩いていった。
 「タカシ、大丈夫かい?」
 「うん平気さ。一瞬、ちょっとどうなるかとは思ったけどね。」
 「この辺りは、最近ああいうジャンキーばっかりになっちゃったね。でも奴らは、いくらラリってたって、しょせんぼくらの種族には勝てないことを知ってるからね。めったにケンカになんてならないよ。ぼくらだって、〈生身〉の奴らなんて、相手にしないんだ。なんせぼくらは、〈ブリキ〉だもん。」ブライアンはぼくの方をみて、にっこり笑った。かれは金髪に白い肌をした、ごくふつうの白人の少年のようにみえる。年齢は〈まだ〉53歳にしかならない。
 〈ブリキ〉というのは、体の半分以上が、生体組織以外の機械部品で出来ている者をさす俗語だと、この間ブライアンに教わった。ちなみにかれの体は、約70パーセントが非生体的な機械であるという。といってもそれは、ぼくが子供の頃に観たマンガやSF映画のなかに出てくる、ぎこちない動きの「ロボット」とは、ほど遠かった。むしろ、機械と生体の混成体であるブライアンのほうが、この地上の多数派である〈生身〉の人々よりも、ぼくたち人間に近いような気さえする。
 ブライアンによると、〈ブリキ〉と呼ばれる存在たちも、もとは〈生身〉の人々と同じように、 G-M から生み出された完全な生体であったという。だがその後いろんな理由から、機械部品による移植や置き換えをほどこし、その身体はもはやその無機的な部分とは切り離せなくなった。そういう存在が〈ブリキ〉なのだ。かれらは生体と機械との混成体だから、それぞれが独自の、他とは異なった体の構造をしている。その意味で、かれらは自己複製能力、つまり生殖力をもたないことになるが、そのかわりに、たいていは飛びぬけた運動能力を持っている。そして、おそらくはそのために、この世界で圧倒的多数を占める〈生身〉の人々からは、おそれられると同時に軽蔑されているらしい。
 「あいつら、なんとかかんとか言って、タカシの細胞が欲しいのさ。純粋なヒトの遺伝子なんて、今じゃめずらしいからね。もちろんぼくらみたいな人工物どうしでも、若いのは狙われることがある。奴らにとって未知の生体情報が含まれてる可能性が高いからね。」
 「前にも、死んだ仲間から組織を取ってるとこを見たことあるよ。でも、そんなものを集めてどうするの?」
 「遊ぶのさ。取った情報をもとにして、他人のクローンを培養したり、遺伝子エディタを使って自分の体に組み込んだりして。まあ、奴らの退屈しのぎみたいなもんだよ。コップについた唾液や口腔粘膜細胞なんて、くれてやったって、こっちは痛くも痒くもないけど、自分の体の情報が、得体のしれないジャンキーたちに遊ばれてるなんて、なんかけったくそ悪いだろう。まあ、考えようだけどさ。タカシは平気かい、そういうの?」
 「よくわからないよ。たしかに気持ちわるいと思うけど。」
 「もっと気持ちわるいのはさあ、あいつら他人の心まで、なぐさみの材料にするんだぜ。あのまま店で何かおごらせたりしたら、どうなると思う? うまいこと言って薬で朦朧状態にしたあと、サイコ・スキャナを使ってタカシの無意識を走査するだろうな。タカシの中には、奴らには想像もつかないような人間の幼時記憶とか、性的ファンタジーとかが、途方もなくおいしい〈ご馳走〉がつまってるからね。その情報を自分の精神と融合(マージ)させて、奴らは楽しむわけだよ。もちろん、そんなことされても、こっちには、べつに実害があるわけじゃないんだけどね。」
 「それってなんだかまるで・・・」とタカシはブライアンの車--といっても車輪がついているわけではないが--に乗りこみながらつぶやいた。「セックスみたいだね。」
 「セックス? ぼくにはわからないけど、そういうもんなのかい。とかにく、奴らがそうするのは自分の楽しみのためだね。でも、相手に何も迷惑かけてないんだから何が悪いんだ、というのがかれらの言い分なんだ。誰かを直接利用してるんじゃなく、その情報を利用してるだけだから、というわけ。どう思う、こういうの? まあ、相手を気に入れば、少しは利用されてやったっていいけどさ、さっきみたいな、いやらしいオヤジだったら、ぼくはごめんだね。」
 「ブライアン」とぼくは、先ほどから気になっていたことを思い切って聞いてみた。「そういう精神融合って、たとえばきみにとっても楽しいものなのかい?」ぼくは、はじめて知り合った日の夜、かれが寝ているぼくの額に手をおいて、何かしようとしながら躊躇しているような雰囲気を感じていたのだ。そのときはこの世界についてまだほとんど何も思い出していなかったし、何しろ疲れていたので夢かうつつかもわからず、気にもとめなかった。でもあれはもしかして・・・
 「タカシ・・・ぼくも実は、最初にきみに近づいたのは、そういう目的だったんだ。思いがけず人間の少年に出会ったもんだから、こいつでちょっと楽しんじゃおうかな、なんて。ごめんよ。でも、結局やりはしなかった。ほんとだよ。なんだかタカシの寝顔みているうちに、自分と似ている存在のような気がしてさ。変だよね、似てるわけなんかないのに。」
 「ぼくは・・・いいよ、べつに。きみがしたいなら。」
 「ありがとう、タカシ。そのうちにね。」
 ブライアンは乗り物をスタートさせた。それは、聞き取れないほどの低いうなりをあげて加速してゆき、荒野を横切って走った。明るい月の光に照らされた枯れ木や草むらが、飛ぶように過ぎてゆく。いくつかのドームが、地平線に霞んだ点のようになって見える。あの中に、 JP-77 もあるのだろうか。
 「もうすぐだよ。懐かしいかい?」とブライアンがきいた。
 「うん。この2、3日でやっと、はじめて〈外〉に出たときのことを思い出したんだ。いや、思い出したというか、自分のなかにそれを経験した別な人が出てきて、その人が話してくれてるような、変な感じなんだけどね。ナツコという女の子に、やっぱり今乗ってるような乗り物で案内されて、コテージのような家に泊めてもらった。その家の、むかし映画で見た、アメリカの開拓時代の質素な居間のような部屋を思い出すよ。皮肉な喋り方をするおじいさんがいて、最初はとっつきにくかったけど、ほんとは二人とも親切で、居心地がよかった。ぼくは、その家にずっと居てもよかったんだ。でもなぜか、そこから出ていったんだ。それで・・・その後のことがまだ、よく分からない。どうしてぼくはまた、前の世界に帰ろうと思ったのか。とかにく、もういちどこの二人に会えば、何かヒントがつかめるような気がするんだ。」
 「きっとつかめるさ。ぼくも、その人たちに会ってみたい気がしてきたよ。」

リリトたち

 玄関のドアを開けたナツコは、門のところに立っているぼくたちに駆けよってきた。
 「今までどうしてたの? 心配だったのよ、田村さんから、タカシくんがもう一度〈外〉にやってくるって聞いてから。しかも、今までの〈適合化処置〉を、ぜんぶ外した状態でね。もちろん、最初はわたしたちのことなんか憶えてないはずだけど、いずれ記憶が回復してきたら、きっと会いにくるだろうと思ってたわ。もう出てきてから2ヶ月近くたつでしょ。」
 「ありがとう。最初の1ヶ月は、田村さんに教えてもらった場所で、ほとんど誰にも会わずに一人で暮らしてたんだ。なんだか、いろんなことで疲れちゃってたからね。その後、何度か街のほうにも出かけて、このブライアンと知り合ったんだ。それからずっといっしょにいる。最初は1週間ほどかれの家にいて、それから二人で、いろんなところを旅してまわってる。その間に、前にここで経験したいろんなことを、いっぱい思い出したよ。来たことのある場所も、断片的にわかってきた。もうすぐ、いろんな記憶がつながるような気がするんだ。」
 「よかったわね。でも焦っちゃだめよ。とにかく、中に入って。ブライアンさんもいっしょに、ここでゆっくり休んでくといいわ。お腹すいてる? 何か持ってくるわね。おじいさん、奥の部屋にいるから。」
 ナツコはキッチンのほうに入って行った。ブライアンとぼくは、老人が寝椅子にねそべっている、見覚えのある居間に入っていった。本や雑誌が、あいかわらず床の上に散らかっていた。老人は、まるでぼくたちが来るのをずっと以前から知っていたかのように、ゆっくりとこちらに向き直って言った。
 「また出て来たのか。忙しいことじゃのう、若いもんは。まあしかし、いずれはこうなると思っとったよ。気分はどうだね、タカシくん? まあ、今は絶好調とはいかんだろうがね。おや、きみのその友だちは、ずいぶん丈夫そうな体をしておるのう。」
 「ブライアンです。はじめまして。おっしゃるとおり、70パーセントの〈ブリキ〉です。」
 「ははは、それは結構、結構。わしもな、人工物じゃから寿命こそないんだが、なにせ初期のモデルでな、あちこち機械で補っとるよ。いま、全部で4割くらいかな。もうすぐ、あんたたちの仲間入りというわけだ。よろしくな。」
 聞き覚えのある老人の話し方を耳にしたタカシは、用意していた問いをそれ以上がまんすることができなくなった。
 「ぼく、最初にここに来たときのことは思い出したんです。でもその後のことが、思い出せない。何があったのか。ぼくは、なぜここを出ていったのか。どうしてぼくは、また元の世界に帰りたいと思うようになったのか。何かご存知であれば、教えてほしいんです。」
 「まあまあ、タカシくん、そうせっつきなさんな。いいかい、わたしやナツコが教えなくても、きみは2、3日ここにいれば、すっかり思い出すさ。それは心配無用。もったいぶるつもりはないが、きみの記憶はきみ自身が回復するのがいちばんいいのだ。大丈夫、すぐに思い出すさ。だがね、思い出したあとが肝心なんだ。きみは、前と同じ問題に遭遇することになる。前は〈脱適合化〉による心のガードに護られていたが、こんどはきみの心は、いわば丸裸のままじゃ。それがどういう結果になるか、わしにもほんとうにわからないのだ。だが、心配することはないよ。どうなっても、ナツコもわしもきみの味方だからね。それに、この頼もしい友だちもいるじゃないか。」
 「ぼくがこの2ヶ月足らずのうちに思い出したことは、この〈外〉の世界も、ぼくが前にいたエコシステム、ここの人たちの言う〈保護区〉と、思っていたほど変わらないということです。たしかに〈保護区〉はヒトの、つまり旧式の人間の世界だし、それに対してここは、 G-M の生み出す人工的な生命体の世界だ。たしかに、ヒトには寿命があるのに対して、あなたたちにはない。ヒトは与えられた自分の身体を生きなければいけないけど、それに対してここでは、身体の外見も機能も、好きなように変更することができるようですね。もっとも、まったく自由というわけではないようだけど。とにかく、ぼくたち人間にとって、生きることに伴っていたいろんな制約が、ここではなくなっています。ぼくは最初、このことにとてもショックを受け、理解できないと思った。とてもこんな世界で生きていけないと思いました。けれども断片的な記憶が少しずつ回復してくるにつれて、ぼくはこの世界が根底においては、〈保護区〉のなかの人間の世界と、変わりはないのではないか、と感じるようになったのです。どうしてそんなふうに感じるのか、よく説明できないんですが、ただ、ぼくがもとの〈保護区〉に戻ろうと7回も決心したのは、たぶんそうした理由からではないかと思うのです。」
 「そんな、いっぺんにいろんなこと考えすぎちゃダメよ、タカシくん。」食べ物をのせたトレーをもって、ナツコが入ってきた。「おじいさんの言うとおり、しばらくここにいなさい。焦るのはわかるけど、時間はたっぷりあるんだから。」
 「ぼくもそう思うよ、タカシ。あ、いただきます。」ナツコが持ってきたサンドイッチの籠に手を伸ばしたブライアンが言った。そうだ、焦ってもしかたがない。かれらの言うとおり、この家でしばらく休息させてもらうことにしよう。気分が少し落ち着くと、急に空腹を感じた。食べながら、寝そべっていブライアンのほうをみた。するとかれは、パンをかじりながら、おじいさんの寝椅子の下のほうを見て「あれ?」と言った。散らかった床の上に何か光るものを見つけたのである。かれが手をのばしてそこから拾い上げたのは、真紅に光る石だった。
 「こんなとこに落ちてたのか・・・」ナツコはそれを受けとったとき、おじいさんと顔を見合わせて、かすかに困ったような表情をみせるのを、ぼくは見逃さなかった。それから、その小さな石に眼をやった。すると、なぜか急に動悸がはげしくなってきた。
 「この石、ナツコさんのもの? もしかしてこれ、あのリリトたちが身につけてるものじゃない? へーえ、こんなめずらしいもの、どうやって手に入れたの?」ブライアンが無邪気な調子できいた。
 リリト--この言葉を耳にしたとき、胸が締めつけられるような一つの記憶が、すぐ近くまで来ていることをぼくは確信した。そう、何かがドアの向こうに立っているのがわかる。ぼくは、もうそのノブに手をかけている。あとは、思いきってそれを開けるだけなのだ・・・。

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(C)Hiroshi Yoshioka