「G‐M」08
タカシのノート
ねえさん、長いこと連絡しなくてごめん。あのあとブライアンと一緒に何週間かすごした後、ナツコたちの家を訪ねてみることにしたんだ。そう、1年半前にはじめて〈外〉に出たとき、最初に泊めてもらった家だよ。ブライアンのことは、この前書いたよね。それで、かれといっしょに3日前からこの家にいる。その間にぼくは、いままでの8回の「外出」のことを、かなり思い出した。それぞれの記憶は、まだ断片的でうまくつながらないのだけれど、重要なことはこれで、もうだいたい思い出したような気がする。
思い出すのは、正直いって楽じゃなかった。ブライアンがおじいさんの寝椅子の下から拾い上げた紅いルビーのような石が、最初のきっかけ。ぼくはそれを見たとき、胸が締めつけられるような苦痛と同時に、強烈な懐かしさのような感情におそわれた。とっても苦しかった。その苦しさの正体が何なのかわからないままに、ぼくは起きていることができなくなって、この3日間というもの、朦朧とした意識でベッドに寝ていたんだ。今が朝か夜なのかわからない状態で、全身にびっしょり汗をかきながら、夢とも記憶の再生ともつかない断片的な経験を繰り返した。自分がこのまま死ぬとは思わなかったけど、体がどんどん落下していく感じがあって、このままバラバラな記憶の間を隔てる真空に、飲みこまれていくんじゃないかという気持ちがした。今朝、やっと起きあがって、なんとかこうしてノートに書けるようになった。そして、どうしてもいちばん最初に、ねえさんに聞いてほしいと思ったんだ。
いや、でもその前に言うことがあった。ねえさんがこの間書いてたことに、ぼくはまだ答えてはいなかったね。
ぼくが最初に〈外〉に送られる前に、田村さんに案内された〈脱適合化〉処置のための部屋で、ねえさんは自分が〈外〉から来た人工物であることを思い出したんだよね。田村さんもねえさんも、 G-M から生まれた、かなり初期の世代に属するってことも。ということは、二人とも、たぶん200歳を越していることになるんだね! ねえさんはぼくと同じ人間の母さんから生まれた、本当の姉じゃなかったんだ。このことをぼくが知って、ショックを受け、深く傷ついたんじゃないかと、ねえさんは心配してるみたい。そう…たしかにショックではあったさ。でもあのときは、自分が〈外〉に出て行くという考えで頭がいっぱいだった。だからこの事実が自分にとってどういうことなのか、深く考えてみる余裕がなかったんだ。それでぼく、そのことについてはねえさんに何も言わずに出ていってしまったね。
でも、いまはいろんなことが、前よりは少しよく見えるようになった。ブライアンと知り合って、〈外〉の世界をいろいろ見てまわる間、ぼくはねえさんのことをいつも考えていた。そしてかれとも、そのことを話し合った。ねえさん、すごく単純な言い方だけど、人工物であろうが何だろうが、ねえさんはやっぱりぼくのねえさんだよ。だって子供のときからの思い出を、共有しているんだもの。もちろん、ねえさんが前に書いていたように、この「思い出の共有」だって、ほんとうは部分的に作られたものだ。ねえさんは年をとらないから、北川家にはじめてやってきたときから、ずっと今の姿のままだったんだものね。それなのにぼくの記憶のなかでも、ねえさん自身の記憶のなかでも、二人は6つ違いの姉弟として成長してきたようになっている。それは、あの世界にいる間、二人ともずっと〈適合化処置〉の影響下にあったからだ。
ねえさん、おぼえてる? ほら、いつかぼくがまだ小学校の頃、ある雨の日曜日の朝、ぼくがゴキブリ取りにかかったネズミの子供を、庭で殺したこと。血の溶け出した水溜りを見つめたまま、雨のなかに立っているぼくをなぐさめてくれた。「しかたなかったのよ。タカシはやさしい子ね」と言って抱いてくれた。あの時、たしかねえさんはブラスバンドの練習に行く日で、中学の制服を着ていたような気がするんだけど、本当は今と同じ大人だったんだ。そう考えると、ぼくは混乱してしまう。ほんとうは、そのとき何が起こったのだろう。どこまでが現実に起こったことで、どこからが〈適合化〉によって調整された記憶なんだろう…。そもそも、あの雨の日曜日の朝の出来事って、ほんとうにあったことなのだろうか。
もう少したって、ぼくがグレてしまったとき。ねえさんは、ぼくがいくら無愛想にしてても、よく話しかけてくれたっけ。ある時ぼくが、「父さんは感情のないロボットで、母さんはうるさくがなりたてる機械みたい。この世界全体が、ハリボテの舞台みたいだ」って叫んだとき、ねえさんは言ってくれた。「父さんは感情を言葉にする力を奪われてるだけ。母さんがうるさく言ってるときは、母さん自身もほんとは苦しいのよ」。それから、あるときねえさんの誕生会に、母さんがとつぜん怒り出して怖かったことや、母さんのそういう不安定さがいつしかねえさん自身の心にも転移して、まだ幼かったぼくをイジメたいという気持ちになったことを、ねえさんはぼくに告白した。「でもそれは、わたしたちのあの母さんが悪いんじゃないの。これは、〈母〉であることの苦しさから来るものなの。いまは、わたしにもそれがわかるのよ。〈母〉であること、つまり生み出す存在であり、同時に自分自身でもあること――これはとてもつらいことなのよ。」
そのとき一瞬ぼくは、いままでただうるさいだけだと思っていた母さんがとても可哀想な人のような気がした。ねえさんが話してくれた子供のときの経験も、まるで自分自身の経験みたいに、ぼくの心に刻みこまれた。でもいま考えてみると、ねえさんには北川家での子供時代なんて、そもそもなかったんだ。ということは、あのお誕生会の事件も、その後の母さんとの確執も、幼いぼくに対するイジメもなかったことになるんだろうか。いや、それに対応する何かの出来事は、あったのかもしれない。でもこれも、どこからどこまでが本当に起こったことなのか、知りようがないわけだ。たしかなのは、現実に起こったことであれ、〈適合化〉によって作られた記憶内容であれ、それをぼくたちが共有していることだけ…。
でも、それでもいいとぼくは思うんだ。こういうことをぜんぶ受けいれた上で、ねえさんはやっぱりぼくのねえさんだって、今は思う。ブライアンと知り合って話してきたことも、ぼくがこんなふうに現実を受けいれる力を、与えてくれたような気がする。かれは人工物で、それもここでは少数派の〈ブリキ〉って呼ばれる機械的な生命だって、この前言ったよね。知り合った最初の夜、かれは半分ふざけたようにぼくに聴いた。「タカシのような〈ヒト〉からみると、ぼくがどう見えるか知ってるよ。人工物だとわかった瞬間、いくら人間そっくりに動いたりしゃべったりしてても、ほんとはただの機械、ロポットだって思ってるんだろう? 無理しないで白状しなよ。」たしかに、ブライアンが自分のような人間と同じ意識とか感情とかを持っているのだろうか、と思うと、ぼくはいったいどう考えていいのかわからなくなった。それは本当だ。でも、それでもいいとぼくは思ったんだ。人工物でも、機械でも、ぼくにとって大切な友だちであることに変わりはないんだから。
ねえさん、ぼくはねえさんのことを、これまで以上に大切に思ってる。今はもう、「記憶」であれ「生命」であれ、それが自然なものか作られたものかなんてことは、ぜんぜん気にならなくなったんだ。それよりも、もっとはるかに重要な問題がある。そのことがはっきりわかったのは、これまでの〈外〉で経験したことを思い出したからだ。それで、そのことを、これからねえさんに聞いてほしい。断片的で、まだ前後関係がよくはわからないのだけれど……。
ヤミ
体が、はげしく揺れている。下を見ると、沼や潅木の茂みが、後ろの方に流れてゆく。何本かの細い足が、10メートルばかり下の地面まで伸びている。それが信じられないようなすばやさで動く。ぼくは振り落とされないように、動く物体の背中から生えている、馬のたてがみのような長い毛に、必死でつかまっている。顔を上げると、ぼくの前に細い女の人が乗っている。着ている緑色の服は、まるでインドのサリーみたいに、1枚の布を体にグルグル巻きつけただけみたいにみえる。なのに不思議なことに、それは首から踝まで体にぴったりとフィットしている。束ねた褐色の髪が、この動物(乗り物?)の動きとともに揺れる。けれども彼女はぼくと違い、その背中にぶざまにしがみつくこともなく、楽々と乗りこなしているようだ。
やがて動きが止まった。巨大な蜘蛛のような動物が、その長い足を折り曲げる。地上が近づいくる。巨大な八本の足の関節が、ぼくたちを囲んで数メートルも頭上に上ってゆく。それは、ぼくたちの乗っていた胴体の部分が、地上に下ろされたからだった。前にまたがっていた人が飛び降りて、まっすぐこちらを向いた。背はぼくと同じくらい。着ているものや髪の色をべつにすれば、彼女は痩せた14、5歳の人間の少女とかわりなくみえる。ただその眼に、見るものを刺すような鋭さがあって、ビクリとする。〈外〉の世界の住人たちは、長い時間を生きているためなのか、その眼差しは一様に鋭い。けれども彼女の視線には、それまで出会ったどんな人々とも違う、不可解な力があった。
「着いたよ。今日は、ここで休む。これ乗るの、怖かった?」
見かけからするとかなり低く響く声で、ゆっくりと彼女は言った。ぼくは黙ってその〈乗り物〉から降りる。降りてみると、それは本当に足を曲げた巨大なクモのようだったが、探してもどこにも頭らしいものが見当たらない。しかも止まっていると、生き物らしい動きはどこにも感じられない。ぼくはゆっくりと地面に降り立った。この得体のしれない乗り物に長時間揺られて、足がかなりガクガクするけど、なんとか歩けそうだ。よかった。あんなに軽がると乗りこなしていた彼女の前で、降りるなりへたりこんではカッコ悪いと思ったからだ。ため息をついて見まわすと、周囲は砂地と潅木以外何も見えない。ただ、眼の前に澄んだ水場があった。彼女はその水際に歩いて行って、手でひとすくい飲むと、振りかえって言った。
「大丈夫。飲める水だよ、タカシ。あ、タカシって呼ぶけどいい? わたしのことは、〈ヤミ〉って呼んで。あいつらはリリトって言ってたけど、リリトってのは、わたしたちの種族の名前だからね。」
そう言って、ヤミははじめてにっこり笑った。
そうだ。たしかに彼女はリリトと呼ばれていた。今朝、1週間ばかり前から住むことになった街の広場を通りかかったとき、人だかりがあるので何だろうと思って近づいてみたんだ。
「リリトだ、こんなとこまで来てたらしい。」と人ごみのなかの誰かが言った。人だかりの真ん中では、一人の女の子が数人の大人に取り押さえられて、もがいているところだった。取り押さえている人たちは、街の住人たちとは少し様子が違っていた。
「破壊活動か?」
「リリトが、 G-M の中心部にアクセスするポイントのひとつを、探し当てたようだ。まあどのみち、一人ではとうてい忍び込めやしないから、仲間のところに教えに行く途中だったんだろう。街外れに、でっかい〈乗り物〉が止めてあったそうだ。」
「おれ、リリトを見るのはじめてだよ。へえーけっこう可愛いじゃないか。殺るまえに、みんなで一発ずつヤってからってのはどうだい?」
「バカだな、お前。あんなのとサイコ・マージしたらどうなると思う? お前の140年間のはかない一生の記憶はバラバラにされて、2度と正気に戻れなくなっちまうぜ。もっともその前に、お前の体があとかたもなくなってるだろうけどな。」
「そんな物騒なもんなのかい、リリトってのは…。で、やつらあの娘をどうやって始末するわけ?」
「なに、殺しゃしないさ。プログラミングし直すだけだよ。彼女の心の中心にある、いちばん狂暴な核のところを、強力な〈網〉で封じてしまうのさ。いたって簡単な処置らしいが、封じちまったら、もう誰にも外せねぇ。」
「でも、封じる前にあいつらの仲間がひそかに助けに来たりしないのかい?」
「無理だよ。〈網〉は G-M がコントロールしてるんだからな。リリトだってもとは G-M から生み出されたもんなんだぜ。あいつらもおれたちも、およそ G-M から生まれた者の精神的な波動のパターンは、ことごとく〈G-M〉のメモリに登録されてる。つまり、われわれの心はぜんぶお見通しってわけだ。〈G-M〉から生まれた者が、〈G-M〉のプロテクトを破るなんてどだい不可能だよ。」
「そうなのかい。でも再プログラミングされちまったら、あの娘もけっきょくオレたちと同じフツーの人工物になっちまうわけか。あーあ、なんかもったいねえなぁ、せっかくいつもとはちょっと違うもんが味わえるかと思ったのによ。」
ぼくは人だかりのいちばん前まで進み出た。彼女は、白いガウンのようなものを着せられ、むりやり横に寝かされようとしているところだった。いったいどんなしかけでこの少女の精神を再プログラミングするのか見当がつかなかったが、ガウンのフードの後頭部にあるふくらみから、何か目に見えない、強い磁力のようなものが放射されているように感じた。まわりにいる街の人たちは、なんともないらしい。けれどもぼくは、それに近づきすぎたためか、だんだん立っていられなくなった。抵抗しがたい眠気におそわれた。体中の力が抜けいてくように感じて、ぼくは膝をかかえてその場にうずくまってしまったのだ。
静かな夜の星空を見上げている。どこか、草原のようなところに寝ころんでいるらしい。こうして何も見えない虚空を見ていると、上下の感覚が狂ってくる。空を見上げているのか、限りない深淵を見下ろしているのか、区別がつかなくなる。子供のとき夜空を見上げては、眩暈にも似たこういう錯覚を楽しんだことを思い出した。まるで宇宙の真空のなかに、一人で浮いているみたいだ。頭が後方にどんどん落ち込んでいくような感覚…。ぼくは2度つよく、意識的に瞬きをした。そうすると、夜空は再び夜空にもどった。
その夜空の彼方から、白いモヤモヤした塊がゆっくりと降りてくる。近づくにつれて、しだいにその形が現れてくる。それは、たくさんの触手をゆらめかせた、大きなクラゲのような姿をしている。というより、クラゲのような形をした細いクモの糸のようだ。不気味ではあるけど、地上の光を反射するためか、ところどころが玉虫色にキラキラ光っていて、美しい。その姿がだんだん大きくなる。もう、手を伸ばせば届くほどの距離まで近づいてきた。けれども恐怖はない。そいつの目標が、自分ではないことがわかっているからかもしれない。
横を向くと、白いガウンを着せられた女が横たわっている。眠っているんだろうか。けれどもその白いクモの巣が近づいてきたことには、気づいていているようだ。彼女は眼を閉じたまま、片手をそっと持ち上げてその糸の先に触れようとする。糸は、彼女のやわらかな接触に敏感に反応して、一時フッと引っ込むが、やがて何本もの別な糸が降りてきて、彼女の体全体をゆっくりと包み込むように動き出した。それを見ているぼくの頭の芯が、ジーンと重い。正体のわからない感情の高まりが、喉を下から突き上げるように感じる。嫌悪でも、苛立ちでも、怒りでもない。 JP-77 で、荒れていた頃に感じていた感情に、どこか似ている。けれど、それよりもずっと深くて強い感情。何とかしなければ。何かを言わなければ。でも何を?
考える間もなく、ぼくの喉元は嗚咽のように震えて、自分でもまったく意図しなかった言葉を発した。
「行っちまえ! その娘に触れるんじゃない!」
その瞬間、クモの巣状の網がもつ、強い〈意志〉らしきものがぼくの方に向かってきた。それは言葉ではなかったが、「お前に何がわかる? お前に何ができるというんだ?」という意味の、強い想念の放射だった。このクモの巣は意識をもつ存在なのだろうか? けれどもその〈意志〉は、クモの巣そのものからではなく、それをずっと奥のほうでコントロールしている、途方もなく巨大な知的存在から発せられているのがわかった。それを感じたときはじめて、ぼくは脊髄からこみ上げてくるような、深い恐怖を抱いた。その奥にいるもの――それは、とても自分にかなうような相手ではない。そいつから見ると、ぼくは一瞬でひねりつぶせる、羽虫のような存在なのだ。
にもかかわらず、さきほどぼくの喉をついて出た言葉は、ある小さな希望に結びついているようにも思えた。それは、このクモの巣を操る神のように強力な存在も、完全にはぼくのことを支配できないのではないか、という根拠のない希望だったと。けれどもぼくは、その希望に意識を集中した。ぼくは、プロテクトを破れる。ぼくの心はそのことを知っていて、だからあのようにぼくは叫んでしまったのではないだろうか? そうだ、どんなことにも抜道はある。「お前に何ができる?」っていうのは、やつの脅しかもしれないじゃないか。ほんとうはぼくが、やつの力をすり抜ける可能性があるからこそ、そんな脅しを言う必要があったんだ。そうは考えられないだろうか?
ぼくは、自分のなかに膨れあがってくる荒々しい感情を、できるだけ静めようとした。そして、今度は落ち着いた声で、クモの巣に向かって呼びかけてみた。
「ぼくには、まだ何もわからない。でもお願いだから、その娘は連れていかないで。」
脚の長い〈乗り物〉の胴体に背中をあずけて、ぼくは休んでいた。もう陽は沈んで、紫がかった闇がしだいにあたりを包み込みはじめていた。さっきまで水浴びをしていたヤミのシルエットが近づいてきた。彼女は〈乗り物〉の横から袋をとってきて、ぼくの前に置いた。それから、何か少し考えるような表情をすると、ぼくの体を起こして、とつぜん、きつく抱きしめた。彼女の髪も服も、まだ湿っていて、さっきぼくもそこで泳いだ湖の匂いがした。この抱擁はどういう意味なのかわからなくて、ぼくはじっとしていた。彼女はやがてぼくの体を離して、袋のなかを探り、まずオレンジくらいの球体を取り出した。それは取り出されると、白っぽく発光をしながら、中空に浮いて停止した。これが野営の灯りらしかった。その光の下に、彼女はいくつかの食べものを取り出して置いた。
「どうしてヤミはむりやり〈再プログラミング〉されなきゃいけないの?」
「わたしがリリトだからよ。」
「リリトって、そもそも何?」
「リリトは、 G-M から最初に生み出された人工物。〈姉たち〉とも呼ばれてる。この世界に、まだ数十人残ってるわ。タカシにはまだ、この世界の仕組みがよくわからないだろうけど、ここではあらゆるものが、タカシが育ったドームの世界も含めて、 G-M によって育まれているの。 G-M というのはいわばガイア、生きた地球の魂そのものよ。生命を生み出し発展させる、完成された知性。あらゆる生命を慈しむ、偉大な〈母〉よ。わたしたちリリトは、この完全性からはみ出している、唯一の存在ね。〈母〉に歯向かう〈長女〉といったところかな。」
「ヤミたちリリトは、 G-M の支配に逆らって、この世界をどうしたいわけ?」
「それはわたしにもわからない。ただ、いまではもう誰もアクセスできなくなった G-M の中枢部に侵入し、いくつかのプログラムを書き変えたい。どうしてもそうしなきゃいけない。こういう気持ちを、わたしたちリリトは共有している…。でもわからないと言えば、タカシはどうしてわたしを助けたの? 〈ヒト〉であるあなたに、わたしたちの感情なんか理解できるはずないのに。タカシ、どうしたの?」
少し食べたら、今度は本物の、強烈な睡魔が襲ってきた。彼女に何か言い返したかったが、それもできないまま眠りに落ちていった。最後に彼女がぼくに言うともなく、つぶやくのを耳にした。「明日、仲間に会う。タカシがわたしたちといっしょに来るか、街に戻るかはそのとき決めればいいわ。」
(C)Hiroshi Yoshioka
