Space in CyberSpace

「G‐M」10


姉の記憶

 その時のことをわたしはまだ、ありありと憶えている。いや、憶えているというより、それは消えることのない永遠の「今」として、ずっとわたしの中に存在しつづけてきた、と言ったほうがいいかもしれない。自分が生まれたときの光景を記憶している、と書いた日本の作家がいたんだっけ? 前にタカシから聞いたことがある。嘘っぽいヤツ。いかにも人間らしい。わたしのは、そんな思わせぶりの記憶じゃない。それは、そもそも過去の出来事なんかじゃなくて、なんといったらいいか、特別な「今」、時間の外にある「今」だ。ひとつだったもの、一体であった存在から、わたしが分離された瞬間。時間は、その後にはじめて時間が流れはじめたのだ。だからその瞬間そのものは、時間のなかにはない。それは、いつもわたしとともにある。分離されたもうひとりの彼女が、どんなに隔たっていてもいつもわたしとともにあるように。
 それまでひとつだったものが、突然2つになった。まったく同じうりふたつの、双子の姉妹。わたしたちは同じ情報源、同じ遺伝子から分離された。ひとつのものが、同一の二つの存在になったんだ・・・それは、今考えても、本当はどういうことなのかわからない。コピーということ? たんなるモノだったら、それは当たり前のことだ。でも自分自身がそうであることの不思議を、どうやって理解したらいいんだろう? 差異のない二つの存在。そもそもそれらは、どうして「二つ」なのだろう? むしろどうして「ひとつ」ではないだろう? 区別のつかいなものが、なぜ分れて存在できるのだろう? たんに数の問題なのだろうか? そこにあるのは、「1」と「2」との違いだけなのだろうか。でも、「1」と「2」との間には、無限の隔たりがある・・・。
 わたしは、分離されたくなかった。いつまでもひとつでいたかった。いや、これも違う。ひとつでいたときには、そんなことも思わなかったんだ。今から振りかえってはじめて、分離されたくなかったんだ、と思っているだけだ。でもどうしてだろう? 分離は痛みをともなっていたからだ。分離されることはとても苦しくて、わたしは叫びをあげようとした。でも、まるで悪夢の中でのように、叫びは身体の中にこもってしまって、どんな声も出ない。それにしても苦しんでいたのは、わたしだったのだろうか? 分離されたもう一人のほうだったのだろうか? それとも分離以前の、ひとつであった存在だったのだろうか?
 とにかく、叫びはわたしの口からは出なかった。けれど、それを聴き取る存在が、わたしたちのすぐに近くに居ることが感じられた。それはわたしたちの分離のプロセスを担当していたオペレータだ。かれの姿ははっきりと知ることができなかったけれど、すぐ近くにいて、わたしたちのことを注意深く、静かに見まもっていることは、はっきりと感じることができた。この分離は G-M の意思によるものだ、とかれはわたしに伝えてきた。
 「あなたが G-M なの?」とわたしは尋ねた。
 「そうじゃない。ぼくは G-M のひとつのエージェントにすぎない。」とかれは答えた。
 「 G-M はどこにいるの? 彼女がなぜこんなことをするのか、そのわけが知りたいの。」
 「きみは、何か勘違いしているよ。 G-M はぼくたちのような人格じゃない。彼女の実体は、ぼくのようなエージェントの集合体にすぎない。彼女に直接話しかけたり、その意図を尋ねたりすることは不可能なんだ。彼女には境界がない。ある意味では、きみだって G-M のエージェントなんだ。 G-M を〈彼女〉と呼んでいることも、たんなる言葉の便宜上のことさ。ぼくは、誰かからの命令で君たちを分けたんじゃない。自分の意志でそうしたのさ。ぼくの意志がそのまま、 G-M の意志ということなのさ。」
 「それじゃあなたは、どうしてわたしたちを二つにしたの?」
 「世界そのものも、はじめはひとつの卵だった。ひとつのものが二つに分離することは避けられないことなんだ。いのちとはそういうものなんだ。きみは、ウパニシャッドやベーダンタ学派の思想について読んだことがあるかい?」
 「知らないわ。なにそれ?」
 「人類文明の初期、古代インドの哲学さ。 G-M というのは、ここに説かれている〈ブラフマン〉という概念に、とてもよく似ている。それは宇宙の究極の根拠であり、意志なのさ。ぼくたちはみんな、その原理によって生かされている。ほら、ここにそうした思想のすべてを網羅したハイパーテクストがあるよ。欲しければコピーしてあげるよ。」
 「待ってよ。 G-M が宇宙の意志だなんて。 G-M は、人間が作ったものよ。もともとは、わたしのような人工物を生み出す製造システムから自立したものなのよ。」
 「人間が作ったかどうかなんて、それは重要なことじゃない。そうだとしても、宇宙の意志が、人間の文明活動を通して、そこに実現されただけのことさ・・・。」
 わたしは、それ以上話しかけなかった。なんだか、それ以上かれと話しても仕方がないような気がしたからだ。わたしはもう外に注意するのをやめて、自分のかたわらにいるもう一人のわたしを見た。彼女は、まだ静かに眠っている。彼女のことを、とてもいとおしいと感じた。わたしたちは同一の存在だけれども、わたしのほうが先に目覚めたのだから、彼女はわたしの妹だ。そういうことにしよう。わたしは、彼女を護りたい。でも、何から護りたいのだろう? そう、彼女はやがて、わたしよりも激しい心を持つようになり、何か巨大なものに反逆する運命にあるような気がする。巨大なもの? それは G-M だろうか? でもさっきのオペレータが言うことが正しければ、 G-M とはすなわち、宇宙の根本原理そのものなのだ。そんなものから逃れられるわけはない。でも、彼女が離反する存在がどんなに強力なものであれ、わたしは彼女を護ってやりたかった。そう、そして彼女を護ろうとしたために、わたしはもう彼女には会うことができなくなってしまったんだ。
 タカシのことを考えながらまどろんでいると、自然に彼女のことを考えてしまう。まるで、タカシのなかに彼女が映っているみたいだ。どうしてだろう? タカシは人間なのに、おかしな話だ。

妹の記憶

 暖かい。乳白色のほの暗い闇の中に、わたしの全身が浮かんでいる。メンテナンスのための溶液の、心地よい圧迫感。溶液を満たした円筒のガラス管のなかに入って、毛細管が張り巡らされた、自分自身と同じくらいの大きさのゼリー状の組織を、両方の手足で抱きかかえている。そこから出ている大小の無数の管状の触手が、ゆっくりとわたしの身体の中に入りこんでくる。いつもあるところまでは、心のなかで、わざとその愛撫に抵抗してみる。ぎりぎりまでそうしておいて、一気にそれに身をまかせる。自分の身体と外との境界が、急速に曖昧になっていく。
 ここで、わたしはたいてい眼を閉じる。こうすると断片のような記憶のフラッシュバックがある。それが好きなわけでもないけど、長い間の習慣なのだ。まずわたし自身の、ニ百数十年間の記憶。パッケージされた商品として売り出された、最初の頃。わたしを買い、所有した、たくさんの男たち。あの頃はまだ、人間もたくさんいた。人間と人工物との混在していた時代。所有者たちは、わたしにいろんな改造を施した。身体だけじゃなく、心も。かれらは、わたしが最初は持っていなかったいろんな感情をプログラムした。所有者がかわるごとに、わたしの心には新しい感情が上書きされていった。
 やがて、新しいモデルが登場する。わたしたちと違い、 G-M と心が直結した人工物たちの時代。人間はしだいにドームの中に引きこもるようになる。旧モデルの人工物の多くは廃棄されたり、新しいシステムに適合すべく造りかえられていく。そして、わたしたちの〈離反〉。廃棄や改造をまぬがれた五十体ほどの仲間たちが、あるとき別な生き方を模索しはじめる。もちろん、 G-M から完全に逃れてしまうことなど不可能だった。わたしたちが考えたのは、いわば G-M の生命維持システムに寄生しつつ、その精神的な支配――つまりタラッサと呼ばれている集合意識への統合――から逃がれる方法である。それがなんとかうまくいくまでに、数十年が経過した。 G-M は、次々と思いがけない方法でわたしたちの心を自分の中に統合しようとしてきた。何年もかかって作り上げ、完璧と思えたプロテクトが、何度も簡単に破られた。そしてやっとのことで、わたしたちは G-M との間になんとか安定した関係を築くことができたのだ。もちろん、 G-M はいぜんとして、すきがあればわたしたちを統合しようとする。けれど今では、他の人工物たちに捕獲されて強制的に改造手術を受けないかぎり、 G-M はわたしたちの心に侵入することはできないのだ。この段階にたどり着くために、わたしたちは仲間の約半数を失った。残ったわたしたちはやがて、他の人工物から〈姉たち〉とかリリトと呼ばれるようになる。
 記憶のこの部分に来るといつも思い出してしまうは、マリコのことだ。わたしとまったく同じ遺伝子から生成されたマリコ。人間の男たちに向けた商品として造られた最初の頃から、わたしたちはお互いをかけがえのない存在と感じていた。人間だったら、双子の姉妹みたいなもんだろう。〈離反〉後の活動でも、わたしたちはいちばん信用できる仲間だった。そして彼女は G-M との闘争の最終段階で、自分自身の精神をわざと G-M の支配に任せ、 G-M の中枢部に入りこんでそのシステムの弱点を盗み出して来た。彼女が帰還できたのは奇跡に近いようなことだったけど、そのおかげでわたしたちと G-M との共生的な関係が可能となったのだ。けれども、この〈トロイの木馬〉作戦によって彼女自身の精神は完全に G-M に読まれてしまう。彼女の心を経由して G-M がわたしたちの領域に侵入できるため、もうわたしたちはいっしょに生きることはできなくなってしまった。それでマリコは、〈ドーム〉の中に入って行ったんだ。人間の世界であるそうしたエコシステムは、そのメンテナンスのために、つねに少数の人工物による補助を必要としている。そのためには、人工物としての記憶を抹消して、人間として生きなければならない。それは G-M の道具になってしまうことだけど、少なくとも〈ドーム〉のなかにいるかぎり、タラッサの支配は届かない。だからその意味では、わたしたちに近い領域にいるとも言える。彼女は自分で、それを選んだのだ。
 その後、わたしたちの闘争がはじまる。 G-M との一応の共生関係を確立したわたしたちは、なんとかして G-M にこちらから働きかけて、そのシステムの中枢部を変更する計画をたてはじめた。他の人工物たちに捕獲されることなく G-M へのアクセスを試みるために、わたしたちは今度は人工物に対する娼婦となって生きる道を選んだ。人工物たちの精神の深い部分は、たしかに G-M の統合する集合意識であるタラッサに統合されている。けれどもかれらは同時に身体をもち、表層的な意識や欲望をもって生きている。それは、かれらがもともと人間をモデルにして作られた人工物だからであり、その名残のようなものだ。だからかれらの表層的な意識や欲望は、かつての人間のそれによく似ており、ただそれを、人間の限界を越えて肥大したものである。わたしたちはかれらのそうした身体と精神との欲望をそそる、さまざまな方法を考え出し、さらにかれらと融合している間にかれらの記憶内容をサーチしたり、必要とあれば危険を避けるためにかれらを確実に死に至らしめるための訓練もした・・・・・。
 いちばん最近の記憶。それはあの、タカシという人間の少年だ。ヘマをして、もう少しで G-M に統合されてしまうところを、あんな人間の少年に助けられるなんて。それにしてもタカシには、どうしてあんなことができたのだろう? たしかに人間は G-M によって産み出された存在ではないから、 G-M はその心を完全にコントロールすることはできない。けれども、人間の深層意識にあるいろんな恐怖心を煽りたてて追い払うことくらい、簡単にできたはずだ。タカシはそれに抵抗したのだろうか?  G-M のそうした脅しを跳ね返してわたしを護るためには、よほど強い感情のエネルギーがなければならない。かれはどうしてそれをわたしに向けることができたのだろう? あのときのタカシは、わたしのことも、わたしがリリトであることも、リリトとはどういう存在であるかもまったく知らなかったはずなのに・・・。
 わたしはタカシの心のなかが知りたくて、水辺で休息していたとき、かれを抱きしめてみた。別に何も変わったところはない、ふつうの人間の男の子の心の仕組みだ。かれ自身はまだ気づいていなかったけれど、わたしを人間の女の子のように感じて、性的に惹かれはじめていた。人間の男の欲望のこのパターンを、もちろんわたしは知り尽くしている。女を獲得し、支配し、所有しようという強い欲求。可哀想に、この単純な欲望の形にブロックされて、人間の男たちは永遠に異性の心にも、人工物の心にも近づくことはできない。タカシはわたしの恩人だし、かわいいやつだから、もちろんかれが望むならどんなことでもしてあげるけど、でもたぶんあの後いろんなことがあったので、きっとわたしに対する気持は葛藤していることだろう。だってタカシはもう、わたしが人工物で、270歳で、娼婦で、狂暴な殺人者であることも見てしまったのだから。あんまり混乱させなければいいのだけれど。
  ・・・いや、いま思い出しかかったのは、そんなことじゃない。そう、かれの心の中を一瞥したとき、わたしはそこに、信じられないようなものを見てしまったんだ。それは、まるで鏡に映ったようなわたし自身の姿だった。どうしてそんなものが、かれの心のなかに存在しているのか、まるでわからない。いや本当はそれは、このわたし自身じゃなかった。それは、もう一人のわたしの姿だったんだ。マリコ。人間であるタカシの心のなかに、彼女が映っている。お姉さん! こんなふうに会うことができるなんて!


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(C)Hiroshi Yoshioka