Space in CyberSpace

「G‐M」11


懼れ

 「5時になりました。校庭であそんでいるみなさんは、そろそろ、おうちにかえる時間です。家族に心配をかけないように、みんなでさそいあってかえりましょう・・・。」
 下校時間を告げる聞きなれた校内放送が、遠くのほうで聞こえる。ぼくは、誰もいない体育館の隅に積み上げられたマットの隙間に倒れこんでいる。弱くなった日差しが、ニスを塗った床に鈍く反射している。埃と汗のまじった匂い。なんだか、口の中がぬるぬるする。舌でさぐってみると、生暖かい、錆びた鉄の味がする。殴られたときに切ったらしい。痛みではなく、むず痒いような感じ。
 1週間ほど前、別なクラスの6年生と、つまらないことから、つかみ合いのケンカになった。どうみてもぼくより強そうな奴だった。それまでケンカをしたことのなかったぼくは、相手のいきり立った様子をみて、自分はたぶん負けるんだろうなと思った。そう思うとさっきまでの怒りは失せてしまい、ケンカがただの面倒くさい儀式のようなものに感じられた。早く終わらせたい。どうしたら、できるだけダメージを受けずに負けられるだろうかと考えていた。
 かえって、そんなふうに醒めていたためだろうか、ぼくには相手が怒りにかられて、すっかり隙をさらしているのが、一瞬はっきりと見えた。ぼくはそいつの顔めがけて、握り締めた拳を思いきり突き出した。そんなふうに本気で人を殴るのははじめてだった。相手はしりもちをつき、何ごとが起こったのかわからないみたいに、ぽかんとした顔でぼくを見上げた。大量の鼻血がそいつのあごをつたって、白いシャツの襟首を染めていった。しばらくしてそいつは、小さな子供みたいにはげしく泣き出した。
 やりきれない気持ちだった。ケンカに勝ってしまったことが恐かった。自分の拳の先に相手の鼻梁がつぶれたのを感じた瞬間、みぞおちの辺りから、今まで感じたことのない感情が、喉元までこみ上げてきたからだ。それは冷たい、しかし抵抗しがたい攻撃の快感だった。ひとつの内臓が、制御できない痙攣をはじめるような感覚。それまで自分のものだと思っていた体の一部が、突然異物と化し、それ自身の意志を持ちはじめる。しかも最悪なことは、そいつはぼく自身よりもリアルで強力な存在であり、そいつと同一化しないかぎり(つまりそいつこそが本当のぼくなのだと認めないかぎり)、ぼく自身とはまるで影のような実体のない存在に思えてくることだ。
 それは、その頃勃起に対して抱いていた、漠然とした恐怖に似ていた。もちろん、友だちどうしの間では勃起は滑稽な話題だった。父さんも、それは大人になった証拠だと言って笑った。ケンカをして帰った夜も、父さんは同じように、男の子だからケンカくらいはするさと言って、同じように笑った。けれどもそういう滑稽さ、そういう笑いは、ある恐ろしいものを隠そうとしているように、ぼくには思えた。それは、自分の内部から沸いてきて自分を翻弄する暴力への恐怖だ。マンガでヒーローが攻撃心をあらわすとき、かれの背後で炎が上がり、猛獣が吼える。それは比喩ではなく、文字どおりの経験なんだと思った。
 今日、殴った相手が中学に行っている兄貴を連れて復讐に来たとき、ぼくは抵抗しなかった。それはもちろん、相手が中学生なら戦っても今度こそ勝ち目はないことがわかっていたからでもある。でもそれよりも、自分のなかの獣を目覚めさせるのが恐かった。その獣と自分とが一体になることが恐かったのだ。それに比べたら、殴られることは少しも恐くなかった・・・。

ともだち

 「大丈夫?」
 眼を開けると、どこかで見覚えのある少年の顔があった。
 「・・・。」
 「もう心配いらない。ここは安全だよ。水、飲むかい?」
 ぼくは少年が差し出してくれるコップから、冷たい水を飲んだ。
 「ぼくを憶えてる? きみが1度目に〈外〉に出てきたとき、深夜、ある街の広場でぼくは、きみに話しかけたよね。きみはヒトなのにリリトと知りあいだったので、ぼくは本当に驚いた。でその後しばらくして、リリトの客だった街の乱暴な連中の一人がきみにちょっかいを出そうとした。それで、きみの知りあいはそいつを殺っちまったんだ。まあ、あの街の連中、最初からやばい感じだったけどね。リリトが本気で怒るととんでもないことになるって噂には聞いてたけど、はじめてまのあたりにそれを見たよ。きみはその後気分が悪くなってすごく吐いた。彼女たちと帰る予定になっていた場所まで、ぼくが運んでいった。ただ、リリトたちはぼくを信用していないことがわかったから、〈乗り物〉のところに着くと、ぼくはすぐに退散したけどね。」
 そういうことがあったような気が、かすかにした。けれどもそれが、夢なのか現実なのか、現実ならどれくらい前のことだったのか、それから今までの間に何があったのか、まったく思い出せない。
 「あれからも、ぼくたちは何度かすれ違ってるんだけど、きみはたぶん憶えていないだろうね。」
 「ごめん。よく思い出せなくて…。」
 「無理しなくていい。だんだんと思いだすさ。きみはもう、いままでとは違うみたいだからね。信じられないことだけど、過去の記憶に対する処置が外されてるみたいなんだ。どうしてこんな無茶なことをして人間を外に出したのか、ぼくにはわからないけど、とにかくそうらしいんだ。あ・・・実は夕べ、きみの心のなかに少しだけ入ってみた。ごめんね、のぞきみするつもりはなかったんだけど。でもすごいね、きみは。こんなの、聞いたこともないよ。ヒトが、8回も人間の世界とこの〈外〉との間を往復してきたなんて。」
 8回も・・・。この言葉には聞きおぼえがあった。ぼくは、何かの暴力沙汰に巻き込まれて、警察に拘留されていたんだ。それを深夜、ねえさんが一人でひきとりに来てくれた。とてもお腹が空いてて、駅前の食堂で、ねえさんと向かい合ってラーメンを食べてたら、いままで家族に心配ばかりかけてきたのが悔やまれて、涙が出てきた。タカシ、あなたはこの世界と〈外〉との間を、8回も行き来しているのよ! ねえさんはそう言った。このままじゃ、あなたの心は壊れてしまう、どうしたらいいんだろう、って。でもどうして、ぼくは8回も出て行こうとしたんだろう・・・。
 「きみの、リリトの友だち、ヤミという名前だっけ? けっきょくきみは、彼女を探してたんだ。自分でもそれと知らずにね。そのために何度も二つの世界の間を行き来した。でも捜し当てることはできなかった。リリトの居場所を突き止めるなんて、ぼくらにとっても容易なことじゃないもの。ましてこの世界の事情を知らない人間になんか、できることじゃない。でもきみは、そのために7回も〈脱適合化〉処置を受け、ここに出てきた。そしてけっきょくは見つけることができず、疲れ果てて帰っていったんだ。自分が得ようとしているものが何なのかすら、思い出せないままにね。だからきみは、自分を納得させた。しょせんは何一つ得られるものなんてないんだ、〈外〉も、 JP-77 も、けっきょくは同じなんだって・・・。」
 かれは、ぼくの混乱した頭の中を探って、記憶の引き出しを整理してくれていた。
 「なのにきみは、今またこうして〈外〉に出てきてるわけだ。もうきみの心の中では、断片化された記憶どうしが共存が、限界にきてるのにね。しかも〈脱適合化〉も受けずにだよ!」
   「大丈夫さ・・・いや大丈夫かどうかはぼくにもわからないんだけど、こうするしかなかったんだ。とにかく、きみのおかげで助かったよ。ぼくはタカシ。きみは?」
 「ブライアン。」
 「ブライアン、きみは、この世界でみたほかの人たちとは感じが違うような気がするんだけど・・・。」
 「たしかに、ぼくはこの世界の大多数の人工物たちとはちがう。いまのきみに理解できる言葉でいうなら、ロボットなんだ。身体の大半が機械部品に置きかえられているので、〈ブリキ〉って呼ばれてる。この世界では少数派なんだ。」
 「この世界での少数派ってことは、リリトと同じようなこと?」
 「それは違う。リリトはアウトサイダーなんだ。ぼくたちは少数派だけど、 G-M の支配する領域の中にいる点では変わりない。」
 「領域の中にいる・・・この世界が G-M に支配されてるなら、みんなその領域のなかにいることになるんじゃないの?」
 「いや、重要なのはこの世界の中に住んでるかどうかってことじゃない。 G-M の心の中に統合されているかどうかということが決定的なんだ。ぼくたち人工物はみんな、 G-M が作り出している心の連続体、タラッサと呼ばれている領域のなかにいる。ぼくたち〈ブリキ〉はどちらかというとタラッサの周辺部にいるのだけれど、その中にいる点では変わりないんだ。」
 「タラッサ?」
 「 G-M が統轄している、巨大な集合意識の海みたいなもんだよ。このことをすぐにわかってもらうのは難しいだろうけど。ヒトであるきみは、もちろんタラッサの中にはいないし、その中にいることがどんな感じなのかはわからない。でも、知りたいのなら、できるだけ説明してあげる。とにかくこの世界は、タラッサによって動いているんだからね。ぼくたち人工物の心はみんな、つながり合っているんだ。きみがやっている、ノートによる通信よりも、ずっと高密度な通信によってね。タラッサの外部にいるのは、ふつうは〈ドーム〉の中で保護されてる人間たちと、そしてそれに同化することを拒否して生きているリリトたちだけなんだ。」

タラッサ

 タラッサ――それは「巨大な集合意識の海」みたいなもんだ、とブライアンは言った・・・。
 21世紀後半、人間は高度に発達した思考機械や人工生物たちと共存する時代をむかえた。不死と肉体からの解放が実現されたことにより、個人の思考や感情にもとづいて作られてきたそれまでの人間の文明は、大きく変わりはじめた。それまで「科学」や「芸術」と呼ばれてきた創造活動は、思考や感情の働きが個人の一生という限界から解き放たれることによって、飛躍的に強力なものに変わっていった。人間の知性が機械や人工物のそれと結合された集合的な意識活動のなかでは、個人の名誉とかそれをめぐる競争、嫉妬や確執は意味をなさない。
 創造的な活動は人間よりも機械のほうが、そして機械よりも生きた人工物のほうがずっとすぐれていることがわかった。人間はみんな、自分というカプセルの中で生きている。人間の経験や思考はそれぞれバラバラで、言葉や身振りによるコミュニケーションによって伝達しあうしかない。それに対して機械(コンピュータ)は、自分というカプセルを持たず、ずっと効率よくつながり合うことができる。さらに、生きた人工物は機械のぎこちなさをも克服し、分離した身体を持ちながら、溶け合った思考の巨大な海のなかに生きることができた。人間はしだいにその知的活動を人工物に委ねるとともに、みずからをも人工物と結合し、その存在を人工物と化していったのである。
 もちろんこうした移行期には大きな論争があり、生の意味は、死すべき個人という限界のなかにこそあると感じる人間たちも多くいた。そうした〈原理主義者〉たちが、やがて〈ドーム〉を建造してそのなかで生活することを選択したわけである。
 ぼくは、この〈外〉の世界のありようを大きく誤解していたようだ。たしかに外見では、人工物たちはそれぞれ個性的な生をいきている。暴力的な世界に生きるジャンキーたちもたくさんいるし、逆にストイックな行者のような生活をしているのもいる。ナツコやおじいさんのような変わり者もいる。表面的には、かれらの人生(?)は、人間のそれと酷似している。けれども大きな違いは、かれらがカプセルの中では生きていないということだ。 G-M から生み出された者たちは――リリトと呼ばれる例外をのぞいて――すべてタラッサでつながり合っている。かれらの生には、時間的な限界はない。もちろんかれらだって、事故や闘争によって肉体は終わりを迎えることがある。けれどもかれらは、そうした〈死〉を、根底から怖れているわけではない。なぜならかれらは、そもそもつながり合った存在だからだ。
 かれらの表面的な生活――街から離れた山荘に住んで時たま〈ドーム〉から出てくる人間の世話をしたり、暴力やドラッグや肉体改造や精神融合のなかにひたすら快楽を追求したり――は、実は夢のようなものであり、かれらの本当の生活はタラッサのなかにあるのだ。タラッサこそがかれらの現実である。 G-M によって運営されるタラッサ――それは人類の文明のある段階から派生しながらも、人類的な限界を克服して発展してゆきつつある、生命の新しい段階なのだ。
 人工物たちはもはや人間のように労働はしない。労働とは、思考や意識が肉体というカプセルの中に囚われていた段階、つまり人間という存在に特徴的な行為だ。そこでは、思考と身体とは分離できない。ここから、生きることの人間的な意味のすべてが生じていた。だがすでに19世紀の半ばから、労働は自動的に作動する機械によって置きかえられはじめた。人間の終わりは産業革命に発する。それは21世紀の後半にほぼ完成した。生産とテクノロジーの発達はもはやすべて自動的なプロセスとなり、初期の産業システムに伴っていた問題――環境破壊や分配の不平等――も解決された。
 そして、タラッサだけが残った。完全に機械化された生産も輸送も資源開発も廃棄物処理も、タラッサによってリアルタイムの精密な情報制御が行なわれている。だがそうした機能は、タラッサの能力のほんの一部を使ってなされているにすぎない。タラッサの本当の仕事は、この地上に住む何億もの人工物たちの思考や欲望を吸収し、大気の流動のように生き生きと、新たな認識や宇宙的感情のパターンを生み出してゆくことにある。それは宇宙的な生命の海だ。生という〈カプセル〉に閉じ込められたあわれな人間が、言葉を使っておずおずと築きあげてきた文明のぎこちなさは、もはやそこにはない。大いなる〈母〉から切り離されているという孤独(それは人間の生の意味そのものだった)、そこから発生する神経症や欲求不満はもうないのだ。〈母〉はつねに臨在している。人工物たちの生とは、いわば羊水のなかの永遠の生だ。
 〈人間〉の時代は終わった。このような意味において、終わったのだ。もちろん、人間という種族は滅亡してはいない。かれらは保護区の中で生きてきたし、ぼくだってその一人だ。 G-M は人間を滅ぼそうとはしていないどころか、〈ドーム〉の管理に積極的に協力している(その理由はよくわからない)。
 人工物たちは、大いなる〈母〉の母胎のなかで永遠の生をいきている。それに対して人間は、〈ドーム〉のなかで個体としての〈母〉から生まれ、たまたま与えられた肉体に閉じ込められたまま、限りある生をいきる。〈ドーム〉以外の地上はすべて、 G-M の心的な羊水に満たされた世界だったのだ。だからある意味では、ぼくのように〈外〉に出る変わり者の人間とは、本当は外に出たのではなくて、 G-M の子宮のなかに入って来たことになるのかもしれない(もちろん人間は、タラッサに参入することはできないけれど)。そしてその意味では、〈ドーム〉こそが残された唯一の〈外〉だったのだ。
 ブライアンのそうした説明を、ぼくは完全には理解できなかった。にもかかわらず、それほどまでに進んだ段階である G-M タラッサとを、文明の真に新たな段階として認めることは、どうしてもできなかった。それは、ぼくが〈外〉に出たことの意味を納得できないことと関係があるようだった。〈ドーム〉という閉ざされた場所から出たつもりが、けっきょくは大いなる〈母〉の子宮というもっとも閉ざされた場所への回帰でしかなかったとしたら、あんなにまでして〈外〉に出たいと思っていたぼくの衝動はいったい何だったのだろう・・・
 ぼくは、リリトたちのことを考えていた。彼女たちはなぜ、タラッサを拒絶しているのだろう? 「 G-M の中枢部に入って、そのプログラムのいくつかを書きかえる必要がある」とヤミは言った。なぜそうしなければいけないのか、そのことによって世界がどうなるのかは、自分たちにもわからない、と言っていた。 G-M のこともリリトたちのことも、まだほとんど何も知らないのに、ぼくはこの言葉に深い共感をおぼえていた。
 ヤミに会いたい。もちろん、人間の少女と同じ姿をしているからといって、ぼくは彼女が本当はどういう存在なのかを忘れたわけではない。彼女はもっとも古い人工物だ。 G-M に潜入するための、二百年を越える地下活動。精神融合によって人工物たちに欲望にこたえてきた〈娼婦〉としての生。ぼくに何時間も止まらない吐き気を催させた、信じがたい狂暴さ。すべては、彼女が人間であるぼくの想像を絶する存在であることを告げていた。けれどもそうしたことをすべて知っていても、ぼくはヤミのそばに行きたかった。湖水の藻の匂いの残る身体で、もういちど抱きしめてほしかった。

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(C)Hiroshi Yoshioka