「G‐M」13
敗 北
「怖いわ、タカシ、この先が見えないの」
さきほどからうつむいて考えにふけっていたヤミが、ふいに顔をあげてつぶやいた。黄金色に発光する髪に、半ば隠された両目のまわりが、暗く濁っている。ヤミがこんな弱音をはくなんて、ぼくははじめて聞いた。それで、何と答えていいのかわからなくて黙っていた。
ひさしぶりに街でまともな食事をとった後、これまで何度も訪れた「存在しない場所」としての海辺に来て、しばらく休息していたときだった。そこに来たのはヤミとタン、そしてぼくの3人だけ。今となっては、寂しい道連れだった。リリトの他の仲間たちは、いったいどうしたのか? 彼女らは〈G-M〉に飲みこまれ、同化されてしまったのだ。リリトたちは、過去何十年も考え抜いた最終的な戦略を立てて—といってもぼくにはそれがどんな「戦略」であるのか、頭で理解することはとうてい無理だったのだが—〈G-M〉の中枢部に侵入し、そのプログラムの一部を書き換えるという、最後の闘いに挑んだのだった。ぼくは、自分自身は何もできないながらも、〈G-M〉に対する闘いというこの考えにちょっとワクワクし、それによって世界の根底的な部分が変わるとしたらすばらしい、と思っていた。そうして、リリトの戦士たちの帰還を待っていたのだが、ヤミとタンの2人をのぞいて、誰一人戻ってはこなかった。これは、死んだという意味ではない。〈G-M〉はどんなものも殺したりはしない。他のリリトたちは、今もこの地上のどこかに生きているのだろう。だが彼女らはすでに〈G-M〉の中に同化されてしまった。つまり人工物たちの集合的意識〈タラッサ〉の中に統合されてしまったということだ。
「大丈夫よ、ヤミ、まだ私がいるじゃない。それにタカシだって。」タンが、わざと明るい声で言った。タンはヤミよりもずっと背が高く、引き締まったたくましい体つきをしていた。腰まで届くオレンジの蛍光色の髪を、3カ所銀色のリングできつく束ねている。「〈G-M〉なんて、ただの時代遅れのヒステリー婆ァよ、なあんてことない。」それを聞いてヤミも、ぼくも笑った。そのとき、フルルルルル、と大きな獣の息のような声が響く。「〈ツォーン〉が不安がってるわ、ごめんなさい、わたしのせいね。タカシ、ちょっと行って撫でてあげて。」ヤミにそう言われて、ぼくは少し離れたとこにある巨大な毛むくじゃらの生物のところに行った。それは僕たちがいつも乗り物として使っている生き物だ。遠い昔、この地球上に存在してきた動物たちの、いろんな要素が合成されて出来上がっているそれは、〈ツォーン〉と呼ばれていた。ラクダに似た小さな頭を持ち、強靱な関節と筋肉を持つ長い8本の脚が、人が2、3人は楽に乗れる大きな胴体から伸びている。この「乗り物」は、乗る者の意図を言葉を介さずに理解するが、同時に感情の動きも敏感に察知するのである。それが、ヤミたちと行動を共にして半年ほど経ったくらいで、どういうわけか、ぼくにいちばんなつくようになった。理由はわからない。たぶんヤミたちよりもぼくの方が、この生き物に近いということだろうか、と思った。ぼくは〈ツォーン〉のところに行き、長い脚を曲げて休んでいる身体の所々を撫でてやった。薄茶色いの長い毛が前身に生えていて、それはまだ〈JP-77〉にいた子供の頃、図鑑でみたマンモスという太古の生物の絵に似ていたが、体毛はうぶ毛のように細くなめらかで、撫でてやるのはいつも気持ちが良かった。
「ふしぎね、〈ツォーン〉はどうして百年以上もいっしょにいたわたしたちより、このあいだ来たばかりのタカシが好きなんだろう。」ヤミは本当にわからないというような調子で言った。「それはね、タカシがやさしい子だからよ。」タンが言った。「わたしたちなんてまあ、いってみればゲリラでテロリストなんだもん。どんなにやさしくふるまっても心のどこかに、鋭いトゲのようなものが隠れている。タカシにはそれがないからね。」タンがそう言うのを聞いてぼくは恥ずかしくなった。ぼくがやさしいなんて、そんなのはぜんぶ見せかけだけだ、ぼくは子供の頃から自分の中に、何の理由もなく目の前のものを破壊したくなる、狂った機械のようなものがあるのを知っている。それがどこから来たのか、その正体は何なのか、それはわからない。でもそれがあるために、父さんや母さんのもとには居られくなった。自分が育ったふるさとの世界からも出なければならなかった。そして何よりも、ねえさんにたくさん悲しい思いをさせてしまった。
「そうね、タカシはやさしい…」そこまで言って、ヤミはまた少し沈んだ声になった。「やさしくなるためにはたぶん、年をとらないといけないの。この「年をとる」というのは、時間の長さとは違うわね。タカシはわたしたちよりずっと少ししか生きてはいないけど、ヒトの命にはかぎりがある。しかもタカシは、わたしたちと違って自分の生まれ育った場所から外に出た、これが世界そのものだと思っていた所を出て、それが実は、ただのちっぽけなドームだったことを知ったのよね。そのことはたぶんとても…、とても年をとったということではないのかな。」少し離れて〈ツォーン〉の横にうずくまっているぼくに聞かせるともなく、ヤミがタンに話しかけている。「わたしはね、タン、ヒトの男たちのオモチャとして生きていたずっと昔から、うんと年とった心のほうが好きだったの。それは、かならずしも肉体の年齢とは関係ないんだれどね、疲れて老いた心は、なめらかできれいなの。触ると気持ちがいい。でも若い心はささくれ立っていて、撫でるとトゲが刺さっちゃうのよ、ちょうどわたしたちの心みたいに。」「あんたのトゲはとくに長くて鋭いからねぇ」とタンがからかった。そして少しマジメな声になって言った。
「ヤミ、〈G-M〉が原理上死なない生命をもつ人工物を作り出し続けているのは、そもそも何のためだと思う?」
「何のため…そういうふうには考えたことなかったな。だいたい、彼女のやることに目的があるのかどうかもわかならない。ただ〈G-M〉がそもそも存在しているのは、ずっと昔人間たちが抱いていた、ある強い願望に由来することはたしかだと思うの。それは、どういったらいいのか、つまり「究極的に善いもの、完成したものを永遠に存続させたい」というような願望ね。逆にいえばそれは、あらゆるものを風化させ、変化させてゆく〈時間〉というものに対する苛立ち、嫌悪とでもいったらいいかしら。人類の文明にははじめから、そうした特徴がかなり目立っていたようね。人間は自分たちの身体よりもずっと堅固で永続するものを求めてきた。最初は石に、それから青銅や鉄のような金属に、そしてそれらの自然物をもっとうまく制御するために物質そのものの基体とは何かを探究してきた。やがてそれは、人間たちが「テクノロジー」と呼んでいた活動に引き継がれて、ようやく二十一世紀の後半、物質よりもある意味でもっと永続的な「情報」という概念を手に入れた。そして人間たちはそれによって、ついに生命の謎を解いたと思ったわけね。つまり古代人たちが巨大な石の建造物に託した永遠性への希求を、それ自体は物質的なものではない、究極の自己生成アルゴリズムとして実現した。永遠に不動の存在ではなくて、むしろ際限なく産み出す母胎。そうやって作られたのが〈G-M〉ね。」
「人間はそれまで長い期間、永遠の生命への希求を〈神〉という観念で表現していたでしょう?」とタン。
「そうね、とりわけ唯一で至高の創造者という観念はとても強力だった。科学やテクノロジーも、結局はそこから派生したものにすぎないともいえる。」
「でも、そういう〈神〉は父親的なイメージが優位で、一見〈G-M〉にはあんまり似ていないわね。」
「ええ。〈G-M〉は人類文明の中では、一神教的な〈神〉よりも、むしろ多神教的な大地の母に似ている。でも文明段階においては〈母〉の役割は補償的で、〈父〉と〈息子たち〉の関係の中にこそ最大の秘密があると考えられていた。それに対して〈母〉は、彼らの硬直した関係をやわらげる存在として、つまり彼らを生きた世界ともう一度融和させる存在として重要だった。」
「それが、〈タラッサ〉…。」
「そう、〈タラッサ〉の基本アーキテクチュアは、〈母〉のそうした役割に由来するのでしょう。あらゆるものを許し、包容し、融和させる。でも、人間たちが理解していたのはそこまでなの。つまり至高の〈父〉と、そこから切断され世界に投げ出された〈息子たち〉、そしてかれらを再び和解させる〈母〉。一見それらですべてが尽くされたようにみえるけど、でも実はこれだけでは、文明という謎はけっして理解できない。この描像には根本的な事柄が欠けているのよ。それは〈母〉なるのものの二重性、とでもいったことかしら。〈母〉はひとりではない。融和させる役割を担った〈母〉とは、実は後から生まれた〈新しい母〉なの。それ以前に、〈古い母〉がいる。〈母〉という存在はそうした二重性に貫かれているのよ。〈新しい母〉の中にはいつも〈古い母〉が潜在し、その存在を内部からおびやかしている。」
「その、〈古い母〉というのは、どういうものなの?」ぼくは今までの話を、よく理解できないながらも聞いていたが、ここにきてはじめて、温和しくなった〈ツォーン〉の側を離れ、ヤミたちの会話に加わった。
「〈古い母〉というのは、〈父〉と〈息子たち〉と〈新しい母〉という関係そのものを産み出した存在のことよ。」とタンが答えた。「そして、ここが大切なところなんだけどね、〈古い母〉から最初に産まれたのは息子たちではなかった。娘たちよ。世界に最初に産み落とされたのは、いわば〈姉たち〉なの。文明の初期値は、父と息子たちとの関係ではなく、母と最初の娘たちのと葛藤によって与えられたのよ。それが後に、父と息子たちとの葛藤に転写され、〈文明〉という形を与えられたけど、その根底的には依然として、〈古い母〉と〈姉たち〉との葛藤という根本的な動因が働いている。」
「そうなのよ、だから文明は〈G-M〉に行き着いた。あー、そこまでは分かってるんだけどな。」とヤミがため息をついた。「その先がみえないの。この二百年の間、考えつくかぎりの攻撃方法は試してみた。でもだめだったんだ。どの作戦も、考えついたときにはすごい、これならいける!とみんなで盛り上がるんだけど、いざ実行してみると〈G-M〉はどれも計算的に予測していて、簡単に破られてしまった。しかも情けないのは、そうして破られた後では、こんなトリックで勝てるわけなかったよね、と私たち自身が納得してしまうこと。〈G-M〉は、わたしたちの心はのぞき見ることができないはずなのに、まるでずっと前から彼女自身でそれを考えたことがあるかのにように、見通してしまうのね。それが、失敗した後ではわたしたちにも、当たり前のことにように思える。不思議なことに、それは実行する前にはけっして予測できないの。この繰り返しね…。もう私、いいかげん疲れてきた。そして気がついてみるとわたしたちの種族は、もうこの2人しか残っていない。」そう言ってヤミはぼくの方を見た。
「わたしはね、タカシ、〈G-M〉に統合されること自体は、怖くもなんともない。わたしたち人工物は、死を懼れることもないのよ。そもそも厳密な意味では、わたしたちは人間と同じようには「生きて」いないから、人間にとっての「死」といったことは、わたしたちには意味がないの。ただ、私が怖いのは…」そういってヤミは少し言葉を探して口ごもった。
「それはね、わたしたちの闘いが終わることによって、いわばこの世界が完成し、完全なものになってしまうことなのよ。リリトがいなくなったら、この世界は〈G-M〉と、〈タラッサ〉で繋がれた人工物たちとドーム、つまり箱庭みたいな保護区の中に生きる人間たちだけになってしまう。どうして〈G-M〉はドームを維持しているのかわかる? 彼女の支配する集合意識の海、〈タラッサ〉は、その〈外部〉としての保護区をもつことによって、より完全なものになるのよ。ある意味で〈G-M〉は、自分の支配が及ばない心をもつ人間たちを必要としている。ただし、ドームという遮断された領域の中に飼っているという条件においてだけどね。」
ドームの中で生まれ育ち、〈外〉に出たいと思ってここに来たぼくにとって、ドームこそが実は〈外〉であるということ、〈G-M〉の必要とする唯一の〈外部〉であるというこの考えは、とても奇妙に思われた。しかも、そうした〈外〉を持つことによって、〈G-M〉の支配はより完全なものになるというのだ。どっちの世界が〈外側〉でどっちが〈内側〉なのか、ぼくには混乱してわからなくなってきた。ヤミは、自分たちは人間と同じ意味では生きていないって言う。たしかにリリトも他の人工物も、ぼくたちのように年をとらない。時間的に限られた生がないから、死も意味をもたないというのは、理屈ではなんとなくわかる。でもドームの中にいたときには、そこでいっしょに暮らしていた人間たちの方が、自分の親しい友だちや家族ですら—ねえさんだけは別だったけど—、まるで自動的に反応して動いているロボットみたいに思えたんだ。それが苦しくて〈外〉に出たかった。そして、〈外〉で知り合った人工物たち、ナツコや、おじいさんや、ブライアンや、そしてヤミとリリトの仲間たち、街でからんでくるアブない連中ですら、ずっと「生きて」いるように思えるのはどうしてだろう。それは、人間たちが〈G-M〉からではなく、生き物としての本来の母から産まれるとはいえ、その世界が〈G-M〉によって保護されたものだからなのだろうか。
「もちろんわたしたちだって、ふつうの意味ではタカシと同じように生きているのよ。人工物といったって、タカシがいた世界のおハナシの中に出てくるロボットとは違う。」言葉に窮して考え込んでいたぼくに、タンが話しかけた。「あなたたちと同じ意味では〈生きて〉いないとヤミが言ったのはね、それはわたしたちが〈実存〉ではない、〈世界-内-存在〉ではないということ。」
「・・・?」
「気にしないで、タカシ。タンは二十世紀哲学のマニアなの。」
「そう。あの時代に人工的システムの脅威に直面して、人間が造り出した概念体系はとても興味深いのよ。」とタンが続けて言った。「きっとそれを発明した哲学者たち自身は思いもよらなかったでしょうけれどね、私たち人工物にとって、自分がどういう存在なのかを知るのに、とっても役にたつのよ。〈G-M〉と〈タラッサ〉とドーム、それらによって世界が完成することを、どうして人工物であるわたしたち自身が〈怖い〉と感じるのか。理屈では、そうして世界が完全なものになるのは少しも悪いことではない、当たり前のように思えるの。でも、どこか心の底で、それは根本的に間違っているという声が聞こえる。自然なものであれ人工的なものであれ、生命(いのち)というのはそんなものではないという声が聞こえるのよ。でも、たぶん私たちの闘いは、もうおしまいね。さっきは強がりを言ったけど、敗北を認めないわけにはいかない。残念だけどね。でも、タカシがここにいて、このことを最後に見届けてくれたことはよかった。物事はどんなにうまくいかなくても、それを見届けてくれる人がいるのは、いいことだわ。ううん、本当は、それだけがいいことなのかもしれない。」
(C)Hiroshi Yoshioka
