Space in CyberSpace

「G‐M」14


痕跡

 「インタヴューに応じてくれて、本当にありがとう、タカシ君。わたしは『サンフランシスコ・クロニクル』の記者ハワード・スミスです。はじめまして。まだ入院中の君に無理をいって取材を申し込んで、本当にもうしわけない。だが、国中の人々がきみの声を聞きたがっており、その願いに応えるのがわれわれジャーナリストの責任なんだよ、わかってくれるね。」
 「はい。」
 「では、テープレコーダをまわしていいね。それから、途中で何枚か写真をとらせてもらうことになるが気にしないで。だが無理はしないで、気分が悪くなったらいつでも言ってくれればいい。君の主治医からもそのように注意されているのでね。あ、それと今日はもう一人、君と話したいといって同行した人物がいる。サンフランシスコ・キリスト聖公会のアーロン牧師で、インタヴューが終わってから、もしさしつかえなければ少し話を聞きたいそうだ。ここに同席してもらってもいいかね。」
 「大丈夫です。」
 「では始めよう。君は1963年、君の父上の運転する車に乗って、家族4人で海岸にドライヴに行く途中、大型のトレーラーに接触して、車もろとも谷底に転落した。そして不幸なことに、この惨事で君のご両親は帰らぬ人となった。君とお姉さんは命をとりとめたが、君は頭を強く打撲して意識が戻らず、そのまま10年間昏睡状態となった。それが2週間前、奇跡的に回復したというわけだ。君の祖母であるハンナ・ニューマンと主治医のミラー博士からお聞きしたのは、こういうことなのだが、それで間違いはないかい?」
 「ぼくもそのように聞きました。」
 「すると、君自身も何も憶えていないと?」
 「いえ、事故の前までのことはよく憶えています。みんなでドライブに行く日の朝のことは、昨日のことのように鮮明に思い出せます。」
 「では、事故そのものは?」
 「それは憶えていません。ただ、ハイウェイで急に視界が開けて、光る海が見えたのは強く印象に残っているんです。その後の記憶が途切れています。たぶんその直後に、事故が起こったんだと思います。」
 「そうか。つらいことを思い出させようとしてすまなかった。ということは、その次の記憶は、2週間前に目覚めたときのことになるんだね。」
 「そういうことになります。」
 「その時、最初どんな風に感じたのか、教えてくれるかな。」
 「いつものように、朝目覚めるのと変わりませんでした。ハンナが何度もはげしくぼくの名前を呼び、ドアを開けて誰かを呼びに外に出ていったような物音を感じました。何か大事な外出の日に寝坊して、あわてて起こされているのかと思いました。眼を開けたら、最初ぼんやりとした光といろんな色の塊が見えただけで、いったいここはどこなんだろうと思いました。しばらくするとものの輪郭がだんだんと見えはじめ、のぞき込むハンナの顔と、白衣を着た見知らぬ紳士の顔が見えました。身体を起こそうとしたけど、まるで前身が麻痺したみたいで動かない。話そうとしても声が出ないのです。でも不思議なことに、気分は落ち着いていました。そこは自分の家ではなく、病院のようでした。ぼくは、何か重い病気にかかって、やっとのことで命をとりとめたような、そんな状況なのかと思いました。」
 「君の身に本当は何が起こったかを知ったのは、いつのことですか。」
 「たぶんぼくが最初に目覚めてから2日後だと思います。ハンナがぼくに話してくれました。その時にはぼくも少しずつ、声が出せるようになってしました。父と母が亡くなったことを聞いてとても驚きました。悲しかったことはもちろんですが、ぼくがそれを知らないまま10年が経過していたこともショックでした。深い深い空洞が自分の心の中にあるような気持ちがしました。でもハンナがいつも側にいて話をしてくれていたので、取り乱したり絶望感に苛まれるようなことはありませんでした。ハンナは、ぼくの人生はまだこれからなのだから、希望を持ちなさいと言いました。ぼくもそうしようと思いました。」
 「それでまず、何をしたいと思いましたか。」
 「自分の顔を見たいと思いました。それでハンナに鏡を持ってきてもらいました。その中に映った自分の顔は、記憶にある自分の顔とは違っていました。それは大人の男の顔でした。ぼくはいま27歳のはずですが、やつれた30歳半ばくらいの男のように見えました。それを見たら、なんだか可笑しくなって、少し希望がわいてきました。」
 「それは面白い反応だね。世間では君のことを、青春時代の10年間がまるまる奪われた悲劇の主人公のように思いたがる人が多いのだが。」
 「それは違います。たしかに事故で両親を失ったことは悲劇ですが、貴重な人生の時間が奪われたなどとは考えていません。むしろ、人がふつうは経験しないようなことを経験できたことは、幸運だったのかもしれないとすら思います。」
 「君と話していると、ちょっと戸惑ってしまうよ。いや、たいへんに冷静で落ち着いた話しぶりだからね。たしかに君は肉体的には27歳の大人の男だが、君の精神は10年前のままで止まっているはずだ。失礼な言い方に聞こえたら許してくれたまえ。だが、とても17歳の少年のような話し方には聞こえなかったのでね。」
 「ぼくは、実は10年間自分の精神が〈止まっていた〉というふうには思えないんです。」
 「少し詳しく聞かせてくれるかな。」
 「身体だけが年をとり、心はそのままなんておかしいと思うんです。身体と心というのは、そんなふうに単純に分けて考えられるものではないでしょう。」
 「興味深い意見だが、わたしは哲学的な議論はあまり得意じゃないんだ。つまり君は、昏睡状態にある間にも、何らかの経験を積んでいたということを言っているのかね。」
 「そう言ってもいいのかもしれません。」
 「それはつまり、夢をみていたというようなことだろうか。」
 「それを夢と呼ぶべきかどうかわからないけど、いろんな種類の、激しい想念の間を遍歴してきたような気がするんです。具体的には何一つ思い出せないんですが。人間というのは、スミスさん、他人を愛したり憎んだり思いやったりするけれど、結局はいわば〈自分〉というカプセルの中に閉じこもったまま、一生を過ごすでしょう。でも、眠っている間には、少しそこから出ていったり、他人の心の中に、つまり別なカプセルの中に入ったりできるような気がするんだ。個人だけの問題ではありません。ぼくたちがいるこの世界だって、広いように見えるけど、実はたいてい、自分の周りのごく小さな範囲の中でしか生きてはいないですよね。まるで、なんというか、それらしく造られたドームの中に生きているようなものでしょう。でも、起きている時にはそれがはっきりとはわからない。でも眠っている間に、そのドームから出たり、他のドームに入ったりできる。うまく言えないんですけど、なんだかそういう経験を、ぼくはしてきたような気がする。もちろん、そんなものぜんぶ夢だと言われたらそれまでですが。」
 「なるほど。深遠なことを言うね、君は。きみが東洋人の顔をしているので、よけいに神秘的な印象を持ってしまうのだが…。」
 「ぼくは母が日系人なので、人種的には半分日本人です。」
 「日本語は話せるのかい。」
 「幼いとき、母から教わりました。中学に入った頃から、自分で積極的に習得しました。」
 「君がいま話したことを公表すれば、きっと熱狂的に支持してくれる若者も多いことだろう。君が眠っている間に、アメリカはずいぶん変わってしまったよ。だが正直なところをいえば、わたし自身は古い世代のアメリカ人なんだ。近頃の若者たちに蔓延している〈精神世界〉とか、〈ニューエイジ〉の思想には、あまり共感できない。ウパニシャッド哲学やタオイズムや禅が世界を救うとは、とても思えないんだ。悪く思わないでくれたまえ。いや、きみがそんなものに影響されてさっきのような話をしているのでないことはわかる。君はなにしろずっと眠っていたのだから。誤解しないでくれたまえ。だが報道の役割とは、複雑なことを書いて読者を煙に巻くことではない。一見複雑にみえる現象の背後にある単純な真理を、読者に知らせることなんだ。では最後に、ベトナム戦争についての君の意見を聞いておしまいにすることにしよう。」
 「すみません、スミスさん、ぼくは疲れてきたので休ませてください。」
 「そうかい。では今日のインタヴューはここまでということにしておこう。アーロン牧師は、せっかく来てもらったのに残念なことをしたが…。」
 「いえ、牧師とはお話ししたいと思います。ただ、30分ほど休ませてください。」


 「疲れているのにすまなかったね、タカシ君。」
 「いいえ、こちらこそお待たせしてすみませんでした、アーロン牧師。」
 「ハワードはわたしの大学の同期なのだが、長年新聞記者をやってきたのでね、たしかにものごとを単純化しすぎるきらいはある。根はいい奴なのだがね。」
 「わかっています。ぼくは別に気にしていません。」
 「わたしは自分の関心から聞くのであって、どこにも公表したりするつもりはない。君が最後のほうでハワードに言っていた、眠っている間の経験について、もう少し詳しく知りたいだけなのだ。」
 「どんなことでもお聞きください。ぼくは何一つ、秘密にしたり神秘めかしたりしたくはないんです。ただ、さっきお話したような漠然とした感覚以上に、具体的なことが何も思い出せないことも本当なんです。」
 「タカシ君、きみは『胡蝶の夢』という話を知っているかね。」
 「どこかで聞いたような気がするけど、どういう話でしたっけ。」
 「古代中国の荘子という思想家が書いた有名な本にあるエピソードだ。かれがうたた寝をして夢の中で蝶々になる。その時には、蝶々として楽しく花畑を飛び回っている。蝶々として生きる、完全なリアリティがある。ところがハッと目覚めてみると、自分は人間だ。そしてその時も、人間として生きる世界の完全なリアリティがある。それで彼は考えたのだ、この人間としての自分の生は、実は蝶々が見ている夢かもしれない、と。」
 「アーロン牧師、つまりぼくが10年間昏睡状態にあった間に体験したことが実は現実で、いまこうしてお話しているこの現実のほうが実は夢かもしれない、ということをおっしゃっているのですか。」
 「いや、わたしはそこまで極論はしない。だが、たとえ夢であっても、それが強い存在感を持っているのであれば、それはある意味で、やはりリアルなものだと思うのだよ。」
 「ぼくにはよくわかりません。というか率直に言って、アーロン牧師、夢と現実とは論理的に区別できないというような考えは、実は現実の確かさを自明なものとして疑いもしないからこそ言える、ずいぶん気楽な思想のようにも思えるのです。荘子のエビソードが本来何を意味していたのか、ぼくは知りません。でもそれは、本当に蝶々の世界と人間の世界とを往き来した経験を持たなければ意味がない。たんなる例え話だとしたら、どうでもいいような話です。けれども荘子自身は、本当にそのような経験を持った人であったのかもしれません。
 アーロン牧師、ぼくはキリスト教徒ではありませんが、アメリカ人として、子供の頃から聖書の話を周りの人々から聞かされてきた。神による世界の創造や、様々な奇跡の話は子供心に強い印象を受けましたが、それらの超自然的な事柄について学校の先生に聞いても、頭のいい先生ほど、聖書に書かれていることは神が愚かな人間にも理解できるように喩えを用いて語られたことであり、文字通りの真実だと思ってはいけない、というように答える。ぼくは学校の先生たちを悪く言うつもりはありませんが、そうした大人の説明を聞く度に、〈喩え〉ではなんの意味もないと感じたのです。もし聖書に本当に意味があるなら、そこに書かれていることは文字通りの真実でなければならない。」
 「タカシ君、君はたしかに重要なことに触れているとわたしは思うが、そうした問いは現代においては、本当に問うのが困難なのだよ。君はまだ若く、考えが極端に走りすぎる。文字通りの真実でなくても、心の真実というものがある。昔はいざ知らず、現代では神はわたしたち人間の心の真実にこそ語りかけてくださるのだ。」
 「でもぼくは心の真実じゃなく、はっきりと身体に徴された真実を持っているのです。」
 「それは、いったいどういうことかね?」
 「これです。ぼくの左手の小指を見てください」
 「……。」
 「ようやく身体の感覚が戻ってきた時、ぼくは左手の小指だけの先だけ、麻痺したような、ちょっと痒いような変な感覚があることに気づいたのです。それでしばらくして腕の自由が効くようになったとき、自分で確認してみました。そしたら、小指の第一関節から先がなくなっていました。しかも切断された面が、見たことのない銀色の金属のようなもので塞がれている。ほら、ご覧になってください。非常に繊細で、なめらかな美しい表面です。こんな物質は、この世界で眼にしたことがありません。アーロン牧師、この失われた左の小指が、今のぼくを、ぼくが昏睡状態にあったあいだにいた現実と結びつけているように思えてならないのです。」
 「落ち着きたまえ。きみはまだ混乱しているよ、タカシ君。きみが指先を失ったのは、あの不幸な事故によってだ。そのようにわたしは君の主治医から聞いている。10年前、もちろん君が眠っている間に、その怪我の手当はなされたのだ。それだけのことだ。」
 「そうかもしれません。生意気なことを言ってすみません。でも遠からず、この痕跡が何を意味するのかは、明らかになるような気がします。アーロン牧師、あなたとお話しできてよかった。ありがとうございました。なんだか、自分がこれから何をしたらいいのか、少しわかりかけてきたように思うのです。それに、来週ぼくの姉が日本から帰ってきます。早く会いたい。今のぼくにとってはハンナ以外の唯一の肉親なのです。」

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(C)Hiroshi Yoshioka