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今、広島に呼ばれています

日本記号学会での対談 米澤女子短期大学 2008年5月

昨年5月、米沢における第27回記号学会大会で、石内都さんに自作について語ってもらうインタヴューを行い、その最後で当時彼女が制作を始めていた新作『ひろしま』について伺った箇所です。2008年5月に写真集『ひろしま』が刊行され、6月には広島現代美術館で展覧会が開催されます。インタヴュー全体については『新記号論叢書[セミオトポス]第5巻「写真、その語りにくさを超えて」』(日本記号学会編、慶應義塾大学出版局)をご覧ください。


吉岡:…今はどんなお仕事をされているのでしょうか。

石内:これからはたいへんです。今、広島に呼ばれています。それは、「呼ばれた」としか言いようがない経験なのですね。実は私はそれまで、広島に行ったことがなかったんです。それで今何をしているかというと、平和記念資料館の遺品を撮影しているんです。これが、ちょっとたいへんなのです。というのも、これまで広島というのは戦後の日本を語る、あまりにも大きなキーワードで、あまりに世界的に有名で、あまりにも強く人々の思いが張り付いている場所だからです。そこには「反戦」「平和」という意味が強すぎて、ようするに何もかもがあまりにも「広島」なんです。それを私は、なんとかしようと思っているんです。これは私の中では、いってみれば先ほどお話した「Mother's」の流れを、広島に持ってくるということでもあります。

吉岡:つまり自分の母を一人のふつうの女として見るように、広島をふつうに戻す、ちゃんと距離をとって見られるようにするということでしょうか。写真というのは見えないものを見えるようにする、可視化する行為だと考えられていますが、それとは逆に、写真的イメージの普及によって現実がマスクされてしまう、見えなくなってしまうという側面があります。広島にまつわる写真はその最たるものでしょう。僕自身も子供の頃から、広島をめぐる写真的イメージをいたるところで目にしてきたし、毎年テレビで報道される原爆慰霊祭の映像なども含めて、ぼくたちが広島に向ける視線は硬直化していると思います。母の身体が「母」という意味に覆われているように、広島という場所は「広島」という意味に覆われていて、つまり広島が見えないという状況があると思います。

石内:はい。まったくその通りです。はじめて広島に行って、はじめて原爆ドームを見たんです。そしたら、とても「可愛い」の。すっごくフォトジェニックで可愛くて。それまで原爆ドームは写真や映像でしか見たことがなくて、今仰ったように、私の中でも固定されたイメージが強力にあったわけですよ。そういうもんだと思っていたのに、2007年になってはじめて行ってみたら、「可愛い」というのは変な言い方かもしれませんけど、とにかく全然違うの。それまでのイメージ、特にああしたシンボリックなものに対するイメージがいかに強かったか、教育、情報、宣伝、そういうものに毒されて自分の中で「広島」というものを作ってきたんだな、と思いました。それで、遺品を撮り始めたのです。平和記念資料館には、一万九千点の遺品が保管されています。ふだん展示されているのはそのごく一部で、地下に収蔵庫があって、そこにまだ見ぬ被爆者の遺品と被爆した物がいっぱいあるのです。私はその中から、六十点あまりを選びました。この作品は「Mother's」の流れですから、身につけるものを中心にしました。その撮影をしているので、いまちょっと興奮状態です。これもカラーの作品で、これまで誰もアプローチしていない距離で、今、私が生きているこの同じ時間の中にあるモノたちを撮った写真になるのではないかと思っています。 (2007年5月13日 米沢女子短期大学にて)

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(C)Hiroshi Yoshioka