メディア、大垣、グランドゥール

以下の対談は、岐阜県大垣市の情報科学芸術大学院大学(IAMAS)に勤務していた頃、2003年度の卒業制作展(2004年3月、於ソフトピアジャパン)を訪問した森岡祥倫さんと展覧会場で学生たちを前に行ない、後に『2003年度IAMAS卒業制作展カタログ』に収録されたものです。森岡さんはメディア論、芸術科学相関史の研究者で、東京造形大学教授(対談当時は大阪成蹊大学)。

森岡さん、三回目のIAMAS卒展
吉岡:森岡さんはIAMASの卒展に毎年来ているんですか?
森岡:僕はここの卒展を見たのは三回目くらいですね。96年の創設のときから2年くらい非常勤で授業持っていて、その間は拝見してましたね。
 で、もういやけさしてしまって(笑)。辞めてからはしばらくご無沙汰でしたけど。
 それまで9年くらい東京の大学に勤めいたんですけど、そこも嫌気さして。それで、去年の春から京都の大学に移りました。そんな経緯で三回目ですね。ざっと見て初期の二年くらい比べると、変わっているところもあれば変わってないところもあるなって感じで、おもしろく拝見しました。
吉岡:嫌気がさした原因は何ですか?
森岡:なんちゅうこっちゃ(笑)。嫌気をさした原因っていうと、まあ私が成長したんでしょうね。

アート&テクノロジーの通史研究
森岡:僕の身柄というか出自をご存じない方も多いと思うので話をします。僕はアーティストではなくて吉岡さんと同じ研究者で何を研究しているかと言うと、近現代の芸術と科学技術の相関史研究をやっています。いわゆる60年代末くらいから出てきたアート・アンド・テクノロジーというか、IAMAS前学長の坂根巌夫先生なんかも、その頃から僕にとっては師匠とまでは言わないけれども、たくさん情報を持っていてお付き合いがありました。
 70年代のビデオアートみたいなものが出てきて、そういうテクノロジー・アート、アート&テクノロジーの通史研究みたいなのが僕のなりわいになっています。僕のやっていることはこの30年かせいぜい40年くらいで、アートとテクノロジーの間で一体何が起こってきたのかというのをできるだけ丁寧に、それからなるべく現場に即して整理するというのが僕の仕事かなと思っているんです。
 そういう中で、IAMASができた時にも何人かアーティストの先生をご紹介させていただいたり、三輪眞弘先生ともアルスエレクトロニカではじめてお会いしたりしました。アッケン・ワーガーさんというメディアアーティストと一緒に活動していらっしゃって、カフェみたいなところでMAXというものをはじめて見て面白いと思いました。
 六〇年代末のアート&テクノロジームーブメントの時代と比べるとものすごく技術的にも進歩してきていて、そういう技術をほんとに軽やかに使ってる人たちがヨーロッパでも活躍してらっしゃるということをすごく力強く思ったんですね。
 まあ、色々あって三輪先生もこうやっていらっしゃる。平野先生もコンプレソ・プラスティコというユニットで活躍していらっしゃっていたり、そうした人々次々と巡り会って、僕よりかは遥かに若い世代のアーティスト達と関係をもってきました。当時、僕の中でも変わってきたんですね。みなさんもご存知かもしれないんですけど、ひとつきっかけがあってインターコミュニケーションセンターの構想ですね。

インターコミュニケーションセンターの構想
森岡:これはもともとNTTが電気通信事業100周年みたいなことで、何をしようかなということで、僕の知ってる範囲ですと、電通と博報堂にプラニングさせたんです。それで博報堂のほうが勝ったのかな。下手するとディスコになっていたかもしれなかった。でも、コミュニケーションのためのミュージアムという新しいコンセプトでやろうということになって、浅田彰さんや伊藤俊治さん、建築家の彦坂裕さんたちが、一種のグランドデザインをやったんですね。
 その中で、たまたまここ十年のワークショップ流行りというのがあって、ICCでも設置の段階で教育普及事業をやることになりました。僕は基本的なコンセプトをどうするかということをやっていたわけです。障害を持った人たちとメディア・テクノロジーの関係とか色々浮上してきて、それを今でも一〇年以上ワークショップで作り続けているわけです。
 考えてみると二〇年以上四半世紀近く、アート・アンド・テクノロジー、テクノロジー・アートの勉強を自分なりにしてきたんだけれど、どうも身体や精神に障害を持った人たちとメディアの関係に視点をシフトしていくと、自分自身のアイデンティティの意味合いをもう一度問わざるを得なくなってきたんですね。

"PRO"から"RE"へ
森岡:分かりやすく言うと、六〇年代の終わり頃から、八〇年代中頃までのメディアアートのシーンというかテクノロジー・アートのシーンというのは明らかに、鷲田清一さんが最近よく言ってるけど、プロダクティブであったりプログレッシブだった。とにかく前のめりになってどんどん新しいテクノロジーを使ってどういう表現ができるのかということをやってきたわけです。ところが同じような考え方とかテクノロジーを使って、社会的シーン、社会のフィールド、しかもわりとマイノリティーな立場に置かれた人たちとの関係を見ていくと、プログレッシブとかPEOというゼット軸がついた態度ではちょっとどうしようもないなということに気づいたわけです。
 "PEO"だったらだめなのかというと、"RE"だったりします。つまり、リサイクルであったり、プロダクティブであることに対して、リラクティブ、リユースでもかまわない。修繕するとか、治すということですね。還元するとかでもいいんです。
 自分の立場や自分がプロダクトしてきたものをそこに置いといて、ちょっとセットバックして自分のあったことを見てみるという気持ちになってきたんですね。

IAMASを辞めた訳
森岡:なぜIAMAS二年くらいで嫌気さしてきたのかというと、無責任な話だけどそういう心変わりがあったことも確かですね。それは未だに僕の中で大きなポジションというかアイデンティティの変容としてはまだ現在進行形であるし、気持ちの落としどころを求めていかなければいけないんだけれども。
 吉岡さんのようにきちんと人文系の教育を受けたことが無くて、長い間、現場でアーティストの横に寄り添うようにして、いろんなものを観察したり考えたりしてきたわけです。だから展覧会の企画とかしてきたんだけれど、ふと10年20年考えてみると、教員ということを生業にしてきたし、自分の現場としては展覧会とかこういう現場もあるんですが、僕自身が生業としている教育の現場というものをリラクティブな新しい価値観とか、そういったものを投影する場所として、今、少しずつ見直しているところですね。

制作の指導的なことは勘弁してくれ
森岡:去年からいっている大阪成蹊大学では、三年生、四年生の授業は実はあまりしたくないんです。僕を引っぱってくれたのは、アーティストのKOSUGI+ANDOさんなんですが、彼らに言ったのは、制作の指導的なことは勘弁してくれということでした。入学してきた18、9の子供たちはイニシエーションと言っていいのかわからないけれど、18、9のガキはガキなりにガチガチに固まってるから、もう一度、動機づけの部分だとか、彼らなりにセットバックさせなきゃいけないと思っていて、そういった教育に専念させて下さいということでこっち移ってきたんですね。
 吉岡さんはどうですか、ここ(IAMAS)は?

吉岡:ここ? 僕は2000年からですので最初の頃は知らないんです。ここに来たのは、大学院を作らねばならないという至上命令があってですね、その要員として呼ばれた訳ですが、僕自身アーティストではないし、IAMASに来る前も現代美術に触れるようなことを書いたりはしてたんだけど、美術の業界に入るのはすごく嫌だったしね。
 業界というのは、本当は存在しないんだけど、あるかのように見せかける装置があるだけで。そのいいとこだけ利用して楽しんでるだけというところもあるんだけど、そういう立場でないと付き合っていけないんですね。ここも最初はメディア文化特論という講義のゲストとして呼ばれて、ゲストだから好きなこと喋ってたんだけど、そのうちズブズブと。

9年という年
吉岡:それまで9年間、甲南大学というところで文学部の先生ずっとやってきて、もういいやと思って。
森岡:僕も前の学校9年いたんですよ。
吉岡:9年は危ない年ね(笑)。
森岡:別に転職のすすめをしているわけでは無いんですけど(笑)。今も文部科学省も教員の流動化と言ってるくらいなんで、やっぱり教員と呼ばれる先生という職に就いてしまうと、どかーんとけつをつけてしまうところが僕の所にもあって、それは制度的にも色々変えた方がいいじゃないかと前から思ってたんです。
吉岡:さっき森岡さんが大阪成蹊大についたときに、もう制作の指導は勘弁してくれと…。
森岡:でも実際やらされてるけどね。
吉岡:え、やらされてる? 僕は、もちろん制作の指導なんかできませんからね。ここに呼ばれた理由というのは大学院を作るお手伝いをするのと、学生がこういう卒展とか作品とか最終的なアウトプットになる前の、うちゃうちゃしてるときに付き合ってあげればちょっとは助けになるかなと思って来た。
 形にならないで学生が悩んでいるときに、僕の部屋に来て何か喋ってたりとかね。そのときの彼らの頭の動きってのは悪くないなと思うんですね。瞬間的にはね、その時には。
 本当に嫌なのは卒展とかこういうやつね。「あんだけ悩んだのに出てくるものがこれかよ」と思うよね。「あれはなんだったんだよ、あれは」と思うようなとこなんですね。カリキュラムとか制度的な問題もあると思うし、学生がむりやり形にするときに一番つまらないところに押し込めちゃうんだよね。

突発的に、自発的に
吉岡:昨日は三輪さんと平野さんと三人で、IAMASの学生たちが自主的にやっているインターネットラジオの「美チャンネル」というのに引っぱり出されてですね、喋ってたんです。何にもこっちがカリキュラムとかで強制していないようなところで、突然自発的にラジオとかをはじめるというほうがずっと面白くてね。
 卒展はね、個々の作品についてちょっとここはどうこうとか、細かいことは言えるけど、言う気がしないですね。単につまんないということじゃなくて全体的な問題としてね。なんか行き詰まっているというか。昨日の三輪さんの言い方で言うと、ソフトピアのこういう空間でIAMAS卒展というのは96、7年当時はすごくカッコよかったけど、それをもう分かってるからね。だから今やこういうものはカッコ悪いって三輪さんは言うのね。
森岡:IAMASっていう場所、特にね、さっきの僕の言い方だったらプロダクティブな、もっと言うとプログレッシブな形で「もの」というか「作品」という、すごく古典的な枠組みへ落とさざるを得ない。しかも、そこにメディアとかいろいろなテクノロジーなどがまとわりついてくるという、ある種の不自由さを初期から抱えていたのかなと思いますね。

立場が転移していく
森岡:僕は今年の春で52になるからね、正直言うと、そんなことはしたくないんだよね。で、今何やっているかと言うと、もちろん相変わらず、「君、カメラ使うのか。じゃあTTC-proかJitterで面白いオブジェクトがIAMASのサイトにあるからそれ拾ってこいよ」みたいなことやってる。けど、それはあんまり僕の仕事ではないなと思っていて。
 一年生の授業でやっているのは、学生と飯を作ってるんですね、半年間。ご飯を作るのはすごい面白いですよ。スローフード、スローライフ流行りだからというわけではなくて、さっきも言った障害を持った人たち、まあ障害というのはすごく面白い概念だと思っていて、僕自身が障害を持っているということもあるし、時には相手の方が健常じゃないかと思うこともあるくらいでおもしろい。立場が転移していくんですね。そういうプロセスで得たものを、僕なりの現場としての大学の初等教育の中でどう落とし込んだらいいのかなと思って、ふと思いついたのが、ご飯食べるということだったんですよ。
 去年一年間やってみて、僕の中にプロダクティブなものってすごく、はびこっているなっていうことを痛感してしまった。例えば最初の授業で塩の味比べとかして、岩塩を五〇種類くらい集めてきて味比べをしたりとか、太陽熱を使う調理器具を作ったりとか。けど、それ自体がすごく小賢しいというか。まあ、時間の枠組みを授業は与えられているから、これからはご飯を食べるということだけをしようと思った。吉岡さんも何か違うことやった方がいいかもしれない。

評価する場所の多さ
吉岡:僕はそうねえ、何をしたらいいでしょうかね。去年は「京都ビエンナーレ」とかやっていて、外国にも頻繁に行ってたから、授業を半分くらいしかしてないんですけどね。授業が無いことを楽しんでいた学生もいたんですね。それだけではちょっと消極的やなと、今の話聞いて思ったな。ご飯作ることは学校でやってるんじゃなくて、家に人招いてやったりとかね、確かに楽しいんだけど、ちょっとオフィシャルに別れすぎてるね。学校の中で学生が冬に鍋やったりするのでも、それはそれでひとつの食事会であって、それとは別に授業はきちっとあるわけでしょ。だいたい授業すごい多いしね。評価したりする場とかもいっぱいあるんですよ。
 評価する場が僕一番嫌いなのね。展覧会よりも授業よりも一番嫌いなのは学生の作品を評価する会、発表会。何が嫌いかと言うと、先生として発言させられるのが嫌なんです。他の先生の発言とか批評を聞くのも嫌なの。確かに学生の作品だからさぼってたり不完全なところはいっぱいあるんだけども、それをね、君はここはいいけどここはダメだねとか、そういうことを言うとね、人間なんだか馬鹿に見えるんですよ。
 でも、ああいう場を設定されるとみんなそういうふうになっちゃうよね。
森岡:それは僕も痛感します。名古屋大学の大学院の授業、吉岡さんが辞めたんで、去年私がやらされたんですけどね、どうやって成績つけようかなと、授業は割と真面目にちゃんとやったんですよ。身体論みたいな。それで、最後成績自分でつけてもらった。そうするとね、大学院だから少ないんですけども、だいたいこの子ならAかな、この子はちょっとBかなみたいなの。そうすると、だいたいその通りに出てくるんですよ。
吉岡:そうでしょ
森岡:僕あれでいいと思う。成績なんてものは自己申告でいい。これは奇をてらって言ってるんじゃなくて、それでいいと思いますよ。だから結局大学でも専門学校でも、ひょっとしたら小学校でもそうかもしれない。学生一人一人が、自分で自分のカリキュラムを個別にデザインしていったらいいんじゃないかなと思うんですね。
 僕たちの役割っていうのは、コンサルタントに、「一応ここは曲がっとけよ、ここ危ないかもしれないよ」ぐらいのところがいいんじゃないかなと思ってますね。その学校的な一種の社会的な装置として期待されている部分と、いわばボトムアップっていうのかな、現場で感じたり、自分なりの反省をして見えてくる部分でギャップがまだまだ大きくて、たぶんそこを戦っていかないといけないなと思うんです。
吉岡:僕も授業の成績評価はだいたい自己申告でやってきました。ただ、そういう深い理由があってしてるのかと言えば、実はあんまり授業してないし課題も出してないし出席もつけてないから、自己申告にせざるを得ないんだよね。自己申告しか成績つける方法がないってのもあるんだよ(笑)。

卒展の作品に...
吉岡:一応、ちょっと、作品のほうをみてみましょうか(卒展のパンフレットを見る)。
森岡:作品はええですわ。ただね、僕気づいたのだけ見とくと、上映のやつ見せてもらったんですね。
 あれがおもしろかったな、グジャグジャッとしたアニメーション。「可卑キモノ」(早川作品)。見ていて目に気持ちいいっていうか、そんな感じがしましたね。サラリーマンのやつは、あれはシュールサラリーマンってのが元々漫画のジャンルであるんで、もうちょっと頑張ってほしいですね。インスタレーションって呼ぶのか分かんないけど、ライトの小ちゃいスライドみたいなのあったでしょ。ペンライトのやつ。あれは買いたいですね、すごく。五千円から一万円くらいだったら、僕一本買います。今日、本人がいないらしくてすごく残念だったんですけど、スーベニール感覚があってすごく良かったです。
 街の方の展示もけっこうおもしろかった。卒業制作じゃなくて、「おおがきビエンナーレ」だけど、そっちのほうもすごくおもしろかったですね。・・・やめときましょうか、また点数つけるみたいになっちゃうから(笑)。

耳、耳、耳
吉岡:僕は、学生の作品って自分にとってインスピレーションとかね発想のネタになる作品が好きなんで、作品としていいかどうかとかね、あんまり考えないんです。けど、僕はだいぶ沢山の学生を主査とか副査で指導するような役割をもっていて、作る過程も見てるんですね。僕は、池田君の耳にピアスするやつね、あれを何回か相談していて、それでできたのまだ全部通しで見てないんだけど。作品審査の次の日か、その次の日くらいに耳の夢みたね。
 なんで耳なんやろうとか思ってね。それまで何にも考えなかったんだよね。彼がこれはレコーディングパフォーマンスというものであって、普通の映像作品では無いんだという屁理屈をごねる手助けをしてたんだけども。そのことばかり考えていて、なんで耳なんだろうということを全然考えなかった。だけどそうすると、やっぱりね、無意識の中に住んでる誰かが呼びかけてきてね、耳ってのは大事だなと思ってね。誰かがゴッホが耳を切ったことからヒントを得たんですかって言ってたんだけど、別にゴッホだけじゃなくて、耳ってのは色々あるじゃない、「耳無し芳一」とかね。耳無し芳一っておもしろいと思うのよ。人間の身体って割とツルッとしてるじゃない。先端の所だけ尖ってるでしょ。顔もツルッとしてて鼻もツルッとしてるのに、耳だけ、見れば見る程変な形ですよね。
 やっぱり東洋身体論では耳っていうのは、胎児の形であったりとかね、この中に重要な経絡とかのつぼが全部入ってるとかね。身体にありながら突出していて、それで身体に即していながら外部っていうね。「耳無し芳一」って、なんで耳だけ切られたかっていうと、幽霊にとり殺されないように体中にお経を書いたでしょ。それで耳だけ書き忘れたっていうんだけど、小泉八雲が西欧人だから理由付けがいかにも合理的でダメだと思うんですよ。耳だけ書き忘れるわけないじゃない。書き忘れたんじゃなくてね、あれは耳ってのが身体の内部でありながら外部だってことを言ってるんです。身体ってのはもともと自然なんだけど、経文のテキストを書くことによってロゴスの世界になっちゃったんだよね、だから幽霊は嫌がる。ところが耳だけロゴス化できないんですよ。言語的・合理的な象徴秩序の世界の中に入ってこないんですね。自然的身体からもロゴス化された身体からもピュッと飛び出してるから、だから切られたんですね。「あ、そうか。偉いな池田」とか思ったんやけど(笑)。
森岡:耳ってのは、あるいは口は、口唇性の快楽っていうことは西洋のいろんな精神分析で言ってきたりしてますよね。僕、無精で放っとくと一週間くらい歯磨かないんだけど、たまに磨くとおもしろいなと思って。人の口の中もこういうのに似たような質感ってのがあって、すごくイヤらしいですよね。人の口の中ね。
吉岡:うん、いやらしい。
森岡:人の耳もまじまじと見てるとイヤらしいところがあって、口でするいやらしいことと、他に耳でするいやらしいこともあるんじゃないかな。ある種の声とか音を頭じゃなくて、耳で聞くっていうのは一種フェラチオされている感じ(笑)。そういう耳だったらすごくおもしろいと思うんですね。だから、耳の捧持快楽(ほうじかいらく)みたいなものがあるとしたら、ひょっとしたらそういうものをつついてるんじゃないかなと思うよね。
吉岡:うん、そう考えるとおもしろいんやけどね。池田君の作品だけじゃなく、本当は全部に言えることで、結構いけそうなとっかかりは色々んなところにあるんですよ、他の作品も。だけど最終的には、例えば、せっかく耳にはもともと穴があるのに、わざわざ耳にピアスの穴開けるでしょ。そして最終的には、7×7の数的比例みたいな世界に落ちちゃう。だから、IAMAS卒展だけじゃなくて、メディアアートと呼ばれるような領域全体に最終的に出来上がってくるもののつまらなさとかね。だからといってやってる本人達がみんなダメなのかというとそうではなくて、プロセスの中では結構いろんなところをつかみかかってるのに、なんでそれが発展しないんだろうって感じる。

大垣の街、大垣の持つエロティックな空間
森岡:なんでやろうね。それはちょっと僕に聞かれても(笑)。分からないっていうか、言いづらいところもあるんだけど。ちょっと2、3年ぶりにこっち来て、昨日泊まったんですね。いきなり話変わるけど、大垣の街ってどう?おもしろい?
吉岡:大垣の街のいいところは、一回栄えて寂れてたところですね。さっきの話でいうと"PRO"じゃなくてね、"RE"っていう部分が一番いいんですよね。だからはっきり言うと、このソフトピアみたいなところはあんまり落ち着かないですね。これは"PRO"でね、突っ立ってますからね。だけど、おおがきビエンナーレが行われているあたりの、郭町とかね。実際、ビエンナーレみたいな催しとかは、使わなくなったようなビルがあったからできたわけでね。昨日もある学生が、「先生これから鍋パーティーやりますから来て下さい」て言うんだよね。でも僕、外国から来たお客さん連れてて行ったらね、全然用意できてなかったし、結局やめたんですね。でも行ったらね、すごいいい所なんですよ。でも、水出ないからトイレ使えへんって言うから、みんなそれはちょっと困るって言うから、ちょっと他の店に行ったんですけど。それはまあしょうがないけど、そういう場所がね、僕は一番大垣の持ってるエロティックな空間だなと思うね。これはノスタルジーと誤解されると困るんやけどね。
森岡:大垣の街を久々に歩いてみてね、何て言うのかね、現実原則にがんじがらめになるわけでもなし、象徴界に絡めとられるわけでもない。その手前のところで、作品のアイデアみたいなこととか、アイデアのもっと遥か手前のところで色々ともんもんとするような若い人たちをね、きちんと擁するような力を持っているんじゃないかなという気がしたんですよ。
吉岡:僕もそれ思いますよ。
森岡:だからもうちょっとIAMASと大垣の街ってどうなってるの分かんないけど、もっと街とべったりでいいんじゃないかな。街の懐を借りてもいいんじゃないかなって気はしましたね。
吉岡:僕も来てからずっと、学生の卒展を見てますけど、これまでかなりの学生が自分たちの住んでる場所だから、映像の題材にしたりね、大垣の街のイメージとか使って作品に取り込んだりとかは、ずっとやってきたわけです。だけどそれを見てて、大半のものは、今森岡さんの言ったリビドーのうごめいてるような、そういうところまで達していなくてね。割と結構、観光ポスター的な、ステレオタイプの決まり文句ですよね。水であるとか、城下町の雰囲気とか、地方都市のある種の情緒とかね、そういうのが悪いわけじゃないんだけど、それだけだとね。結局、普通の観光局のやってる街のイメージ作りとあんまり変わんないから、かりにもアートやったら、もっとディープな大垣まで入り込まないと。

シテ・シティー・グランドゥール
森岡:そう思うよね。だから、7、8年前には気づかなかった大垣の街のおもしろいところ、いっぱい今日気づいて、一晩の間に(笑)。
 例えば、さっき吉岡さんが言った「サイトスペシフィック」みたいなね、ご都合のいい用語は今の時代きちんと用意されてあって、そういうところにはまるかはまらないかっていうのは、学生一人一人、アーティスト一人一人の問題なんだけども。サイトではなくて、日本語ではなんとも言えないんだけど、あえては場としか言いようがないようなところへ身を投じてしまうということがもう少しあってもいいのではないかと思う。僕もさっき冒頭に言ってた、自分自身の心変わりというか、アイデンティティを組み替えなきゃいけない、というような、かなり自分自身の内部では、ちょっとノイローゼ気味になった時期もあったんですね。プロダクティブなものからリダクティブなもの、きれいに対関係で言えるんだけど、半年くらいですねノイローゼになりましたね。どうしたらいいんだろうというところがあって。でも、確実にある場が自分を変えていってくれたっていうことに関してすごくその場への感謝みたいな気持ちがあってね、その空間ってどういうものなのか、一言で言えないんだけど。
 「iichiko」という雑誌で社会学の山本哲二さんが、フランスの社会学者のボルタンスキーを紹介していて、その社会学者が「シテ」と言っていて、「シテ」って英語に直したら「シティー」だよね。でも、あえて「シティー」と訳してしまうと違うと彼は言うわけね。明らかに普通の都市論的な論理から言うと、階層性とか、あるいはセミ・ラティスな空間とか、色々理屈は成り立つのだけど、彼が言う「シテ」というのは、そういうものは全部排除した空間。但し、色々な出会いがある。その出会いってのは何に支配されているのか、何によって集まってくるのかと言うと、何て言ったんでしょう。グランドゥール。偉大さっていうんですか。
吉岡:そうね、雄大、壮大。
森岡:で、その社会学者がグランドゥールが中心になってシテが形成されていくって言ってて、「ヘー」と言うしかないんだけど、でもね、大垣の街を歩いてるとねこれはシテではないか、そこにはグランドゥールがあるのではないかと思えるような場所がいっぱいあるんですよ。これはひとつは例えばあのブラジルのお店。

ブラジルショップでお買い物
吉岡:それ買ってきたやつ?(おみやげの入った袋を見て)
森岡:そうそうそう。今日ものすごいおみやげ買ってしもうて。ホテルにいっぱい預けてあってですよね。京都に帰るとき大変だなと思ってるんですけど。こっち沢山のブラジルの人住んではるんでしょ?
吉岡:3300人住んでる。
森岡:「Landy Shop Ⅱ」でしたっけ? チェーン店化されてると思うとすごいなと思うんですけど。あそこはすごいですね。それで、買ってきたのをちょっと見せますね。マテ茶220円ですよ。(おみやげの入った袋から取り出す)これは乾燥芋。ペルーって乾燥芋食べるのね。パパセカっていう。どうやって食べるのか分かりませんけど。前に青山の紀伊国屋で買ったけど、これの三倍の値段するんですけど、四六〇円でやしの葉の茎の芯のとこのやわらかいところね。これすごくおいしかったりするんですよ。かというとちょっと、よこの道のほうにいくと。インドの雑貨屋さんがあって、2800円でこういう、中に油入れると転がしといても火が消えんものとか。ブラジルのショップのところに、銀行の申し込みのカードがいっぱいあって。
吉岡:なんでそんなもんまで持ってくるんですか(笑)
森岡:多分こっちの工場で働いている人が国の家族に送金しなきゃいけないので、これは銀行の申し込みのやつですよね。
吉岡:おおがきビエンナーレでやったワークショップのひとつがね、今さっき帰られたんですけども、ミルトン・ソガベという日系ブラジル人のアーティスト呼んで、ランディー・ショップのすぐ近くの翠画廊っていう所でワークショップやってね。ブラジル人と日本人一緒にやりたいってことだったんですけど、そんなに簡単に行かないんですよね。HIRO学園っていうブラジル人の学校があって、そこの校長先生にこういうことあるんですけど、って言いにいって、結局三日間だけ学生をね、そちらに連れて行きましょうということになったんです。ところがカリキュラムの関係とかで午前中しかダメということになって、それはまあしょうがないんだけど、それで、午前10時に待ってたんですけどね、でも全然来なくてね。担当の学生が「先生どうしましょう」って言って、みんなイライラしてて、「いやーひどいなー」て言ってたら、11時過ぎになって4、5人って約束だったのに十何人来て(笑)。ミルトンさん大変で。一番多いとき28人も来た。最後は小学生が来てね。収拾つかないような状態になったけども、最終的にはおもしろかったですね。みんな、ジャージ着ててね。ブルーのジャージ着たブラジル人の子供たちがダーッと28人マイクロバスでやって来る。

グランドゥール/かけがえのなさ/ブラジル・京都
森岡:あの店おもしろいですよ。グランドゥール感じるね。偉大さっていうか。かけがえの無さみたいなのをふっと感じるんですね。そういう場所が。年のせいか。ものすごく大事なものに思えてきて。エスニシティだけだったら、僕もう五〇になりますから卒業させていただいてるんですね。そうじゃなくて偉大さと言うか、その場のかけがえの無さっていうことは何て言うのかな。日本の地域社会でのマイノリティーがどうのこうのっていうのはあって、それも要因としてはあるけども、なんでレジのお姉ちゃんなんでこんなに可愛いねん、とかね、今水着五〇%オフで売ってんのね。二月で、女の人のちょっと恥ずかしそうな水着をいっぱい売ってて、ああ考えてみるとリオのカーニバル終わって、売れ残りが出てるんだと。それがパッと気づいた瞬間に、ある種のグランドゥール、かけがえの無さ、その場がいわゆる日本語では何とも言えないですねえ、「シテ」というか場になって行くって言う。で、そういうものが特にね、今、僕は京都のほうに住んでいますけど、あそこも時々色んなこと感じることありますよね。
吉岡:あそこおもしろいね。長岡京とか。
森岡:京都の中心はもう、完璧に整備された観光都市になってしまってて、今はカフェ流行りですよね。町家の古いとこ残して。あの小賢しいデザイン。
吉岡:出始めの頃はね、いいなと思ったこともあるんやけど、もうそこら中にあるでしょ、ああいう町屋改造したイタリア料理とかね。
森岡:いいカフェやなと思ったら、ダムタイプの小山田さんがデザインしてたとか。そういう小賢しさはもうええですわ。そういうところに一切グランドゥールを感じない。やっぱり、シテになってないですね。その場限りのかけがえのなさを持ったある種の尊大な部分あるんですね。「尊大」って言うとちょっとネガティブなものに捉えられるかもしれないけど。そういう場所は大垣にもいっぱいあるし、それから「ナンデモヤ」さん。今日もこのかご買ったんですけど。すごくいいかごですけどね。まあ観光客として見てるわけですから、そういうショップしか入らないですけども。他にもいっぱいあるんじゃないかなって気はするね。
吉岡:ありますよ。ブラジル関係はやっぱ大きいけど。それ以外でもね。例えばインド料理屋さんで、最初行った時はびっくりしましたね。味はそんなにおいしいってわけじゃないんだけど、中に入ったらいきなりインドなんですよ。東京とか神戸とかのインド料理屋って、洗練されててプロフェッショナルで、味もそこそこで、もう何にも驚くようなことないから興味ないんですね。いわゆるエスニシティとか、エキゾティシズムとか、そういう方向でいくら洗練したって、そんなもんもう見えてるんです。ところが大垣のそこは、普通のインド人の家族がやってるところなんですよ。子どもが走り回ったりね、奥のほうで赤ちゃん抱いた女の人がラジオ聞きながら仕事してたりするとこなの。 森岡:そういう場所が、実は店だけではなくてちょっと脇道に入った立ち小便しそうな場所にふとあったりするかもしれない。それは非常に個別の空間っていうか、空間とも名状しがたい場所なんですけども、そういうものが比較的多数わーっとインキュベートされる、都市とそうではない場所って僕はあると思うんですよね。だから、長い間三〇何年以上東京に住んでて、確かにおもしろい街ではあったんだけども、年々そういう壮大なものを感じるっていうことが少なくなってきたということがあるんですね。で、まあ西のほうはどうでしょうか、ってことで移ってきたんですけども。大垣にも案の定、そういう場所が色々あったなあってことがありますね。なんか観光論やってるみたいだけどさ(笑)。でも、学生さんたちとか、もし教員の人たちもね、もっと意識してそういう場所を開発?そういう場所ってデベロップするものじゃないですよね。おそらく発見したり気づいたりとか、何て言うんでしょう。そういう時に必要な心構えって、ちょっとセットバックするっていう部分が必要で、前のめりの姿勢ではちょっとそういう場所ってなかなか気づきにくい気がしますね。 吉岡:それは空間の中だけじゃなくて人間のね、一人一人の学生の中にもね、時々そういうものを感じる時があるんやけどね。その学生の持ってる能力とかね、言葉で喋ってるアイデアとかね、そういうレベルよりもね、非常に奥の部分の身体的な部分に、ちょっと太刀打ちできないようなものを感じる時があるんですよ。そのレベルで付き合うことしかあんまり意味が無いんですよ、僕にとっては。喋ってることっていうのはだいたい学生はね、作品について喋りなさいとか言われたら、割とみんなつまんないこと喋るんですよ。なんとか意味のあることを言わなきゃというのが強すぎて、聞くにたえないよね。喋るのを聞いたり、書いたものを読むのはね、ほんとにもうどっちが先生やと思うよね。みんな非常に制度的なことしか言わない。でも沈黙した時にね、時々そういう恐ろしさを感じることがあるね。

もう一度、ペンライト
森岡:あのね例えばね、さっきのペンライト。なんやったっけ。あれ僕おもしろいと思ったんですよ。作品っていうか、こういうもんの延長なんやね。今日買って帰ろうかなって思ったくらいで、つまりスーベニールとしておもしろいっていうか。大垣に来て、今日夕方の電車で帰るんですけども、もうひとつ買うとしたらあれ買うかー、って感じ。パノラマ? ジオラマって彼は言ってるけど、そんなのは僕にとってはどうでもよくて、小さいってことと街の小ちゃな映像が封じ込められとって、あれがポケットに入ること、そういうお土産みたいな。昔、ひょうたんの形した中に、のぞくと仏さん映るやつ、あれの感覚ね。
吉岡:5,000円で買います?
森岡:買います。今日具合悪くていてないって言ってた。彼は僕の学生ではないけれども、そういう場所で行き違ってしまったり、いい意味での相互が生じた時に、何かおもしろいこと生じるんちゃうかなと思うんですね。だから今日、本人いたら値段の交渉を前提にしておもしろい話ができたかなーと思って期待してたんだけど。残念ながら調子悪くていてませんってことでしたね。
吉岡:時間はどうですか?(司会の学生に向かって)
森岡:どうしましょう。こういう話は延々とできますけど。

吉岡:どんなことが聞きたかったの?(司会の学生に向かって)
司会:森岡さんが辛辣な方だと聞いていたので(笑)。
吉岡:辛辣かなー。だって作品買おうかな言うてるんだよ。
森岡:辛辣じゃないですよ。じゃあこのへんで帰りましょうか。そろそろ京都帰りたい。食べ物いっぱい買って、後おせんべいもかったんだよね。いい街です、おもしろい。
吉岡:どうもありがとうございました。
森岡:何か機会があったら遊びに来ますから。
吉岡:僕もこういうトークやったらストレス感じなくてできるんだけど。 森岡:このまま延々6時間くらいやってしまうかな(笑)。このへんで今日は終わりにしましょう。
司会:ありがとうございました。