漫画的なるものの臨在
昨年は、大学で担当しているゼミでマンガについての発表があったり、年末には東京都現代美術館の「マンガの時代」展を見たり、それに合わせた『美術手帳』12月号の特集「マンガ——二次元の総合芸術」を読んだりした。そこで、マンガについて少し考えたことをまとめてみたい。
ぼくは、マンガマニアではない(マンガだけでなく、ぼくはどんなものに対してもマニアにはなれない)。もちろん子供のときから読んではきたけれども、週刊誌を毎週欠かさず読んだり、コミックスを全巻揃えたりしたことがないのである。好きなマンガを少し買い集めても、やがて人に貸したりしているうちに散逸してしまう。コレクターの素質もゼロなのだ。だからこれから書くことは、マンガ好きが自分の愛する作品について蘊蓄をかたむける文章でないことは、あらかじめ言っておかなければならない。
ぼくの関心は、マンガがマンガであるとはどういうことなのか、つまり哲学語でいうところの、マンガの「本質」にある。 ここで、思わず身をひかないでほしい。マニア的な言説を越えてマンガについて考えるためには、何かの形でこの問題——マンガがマンガであることの意味の中心は何か?——に突き当たらざるをえないのだから。「本質」という哲学語は、たんにこの問題を簡潔に言い表せるので、使っているだけである。
まず、「マンガは芸術である」という命題を考えることから出発してみよう。これは何を意味しているのだろうか。もしマンガが芸術なら、マンガの本質は芸術の本質に包摂されることになる。けれども現実には、マンガが芸術と考えられていないことはあきらかである。芸術は大学で教えるけれども、マンガはそうではない。絵画は美術館で展示されるけれども、マンガはそうではない。音楽鑑賞は履歴書や見合いの釣書の「趣味」欄に書けるけれども、マンガはそうではない。
したがって、「マンガは芸術である」という命題は、事実をそのまま述べているのではなくて、マンガが芸術と同格に認められていない現実に——シリアスにあるいはギャグとして——抵抗する命題であることはあきらかである。たとえば、(1)マンガは「本当は」芸術なんだけれども、世の偏見に阻まれて、使い捨ての娯楽文化にすぎないかのように間違って思われている。だから偏見を捨てれば「マンガは芸術」なのだ。 (2)マンガは、かつては安っぽい使い捨て文化だったかもしれないけれども、すぐれたマンガ家たち、とりわけ手塚治虫の業績によって、少なくとも日本では、小説や映画に負けない芸術的質をもつものとなった。したがって過去はともかく、いまや「マンガは芸術になった」。(京都のある芸大にはまもなく「マンガ学科」ができるし、前述の展覧会のように、マンガを美術館で扱うこともはじまっている。)
(1)は本質論であり、(2)は発展史観である。 でも、どっちをとるかは、この際どうでもいい。いずれにせよ共通しているのは、芸術がマンガよりも高次のものだという前提である。だからマンガが芸術と認められれば、それはマンガにとってよろこばしい、ということになる。さらに言うなら、芸術になることによって、マンガのなかから取りこぼされてしまうようなものはない、つまりマンガは芸術の中に包摂可能であると考えられている。ようするにこの命題は、マンガのマンガたる本質なるものは存在しないことを前提しているのである。
ぼくが受け入れることができないのは、この前提である。マンガを美術館で展示したり大学で教えたりすること自体は大賛成だけれども(そうした制度的な保護を受けない野生状態のサブカルチャーだけが「純粋」だとするのはただのロマン主義である)、マンガが美術館や大学のなかにあらかじめ存在する「芸術」という枠組みのなかに回収されてしまうとしたら、それはもうマンガではないと思うのだ。もしマンガが美術館や大学のなかにに入ってゆくなら、それは美術館や大学にとって、深く解体的なことにならなければウソだ。そしてもしマンガが美術館や大学の深部を解体するなら、それは美術館や大学にとって、途方もなくよいことに違いない。
そうなるかならないのか、まだはっきりと言うことはできない。まだそうなっていないことだけはたしかだ。いま行われてることはせいぜい、マンガと芸術との間の垣根を取り払って、両者をすり合わせていこうとする身振りだけである。たとえば日本のマンガ史を美術史のように文脈化すること。マンガのジャンルを分類したり、発展や影響関係の系統樹を作成したり、手塚治虫という巨匠を伝説化したり、マンガのなかに政治的抵抗の意識や、世相や風俗、時代意識の反映を見たり、そうしたことは対象を変えれば「芸術」でもまったく同じように行うことができるし、事実行われてきたことである。(そうするのが悪いといっているのではない。それだけではさびしいと言っているのである。)
『美術手帳』12月号の、椹木野衣と竹熊健太郎との対談では、竹熊と相原コージの「サルでも書けるまんが教室」に触れられている部分が面白かった。それによれば、マンガ的なギャグの本質は「ちんぴょろすぽ〜ん!」という言葉に要約される。「ちん」は「思わず『ちんぽ』を連想させるシモ言葉」で、「芸術」の正反対。「ぴょろ」は「ちんぽがぽろっとまろび出た感じを表現しつつ、かつ『ピーヒャララー』の村祭り的なハレをも象徴する」、つまり俗的なものと聖なるものとの祝祭的合一。そして「すぽ〜ん」は「歴史を飛び越え」「一気にその外部に出ちゃう、爆発的な衝動」である。このように「ちんぴょろすぽ〜ん」において、(アヴァンギャルド)芸術とマンガとの間には、差異がなくなってしまう。
面白い。けれども、芸術とマンガとのこの同一性は、いったい何によって保証されているのか? それを保証しているものこそが、「芸術」という枠組みではないのか? たしかにダダ以来の前衛芸術は、ハイカルチャーとサブカルチャーとの境界を破壊してきた。けれどもそうした破壊機能が有効に作動するためには、「芸術」というハイカルチャーの文脈が必要であったし、今もそうである。つまり「ちんぴょろすぽ〜ん!」とは、マンガを「芸術」の文脈から語る際の、ひとつの限界を言い表すものなのである。
それでは、「芸術」に抵抗するマンガ独自の本質って何なのか? 「マンガの時代」展の会場に入って感じたのは、まず異様な熱気である。美術館でマンガを「展示」しようとすると、原画や拡大したパネルを絵画作品のように壁に架けることになる。そして観客はそれを、端から読んでゆくことになる。これは一見、美術鑑賞と似ているけれども、実はそうではない。さまざまな年齢層の観客たちが食い入るように夢中になって読み進む展示室に充満するリビドーの量が、半端ではないのである。これは「鑑賞」なんていう行為とは、はっきりと違う何かだ。
大学のゼミでは、断片的ながらこんな議論をした。マンガのなかには他のジャンルと共通の要素はいっぱいあるけれども、物語や小説ではけっしてありえない設定って何か? それはたとえば、『おそ松くん』の六ツ子のようなものである。作者自身かき分けていない六人の主人公って、いったい何なのか? あるいはまた、必然性もなくダラダラと続いてゆくストーリー、しかも続いていくうちにキャラクターの外見も物語の雰囲気も、根拠なく変わってゆくこと。「芸術」的な「完成」の対極にある何か。しかも(連載がうち切られたりして)突然に、またもや根拠もなく終わったりする。あるゼミ生は、マンガのそういうあり方が面白くてリアリティがあるのは、「人生そのものがそうだからだ」と穿ったことを言った。
さて、マンガが芸術に格上げされる時代、より広くいうなら、サブカルチャーとハイカルチャーとのイデオロギー的な境界がもう「ない」とされる時代において、マンガ的なもの、サブカルチャー的なものはどこに行ったと考えるべきだろうか? 文化として認知されてしまった以上、意味をたえず異質な要素へと解体し、根拠を常に無根拠へと差し戻すマンガの抵抗的意味は、もはや消滅したと考える人もいるかもしれない。
けれども、本当にそうだろうか。マンガの本質、すなわち「マンガ的なるもの」は、「マンガ」というジャンルから放出され、文学や演劇といった他のジャンルや、さらにはリアルな日常生活そのものに、ウィルスのようにとりついているのだとぼくは考えたい。「芸術」が主客関係や反省的意識をとおして現実に働きかけるのに対し、マンガは直接的かつ暴力的な仕方で、言語と現実との間に新しい経路を開いてしまう。そしてこのことは、実際にマンガを読むかどうか、好きかどうかにはかかわりなく、文化と社会生活そのものの様態を決定してゆく。そう、「マンガ的なるもの」はいまや、ぼくたちの言語活動そのもののに、つねに臨在しているのである。 (1999年1月10日)
(C)Hiroshi Yoshioka