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光速スローネス

『光速スローネス 京都ビエンナーレ2003』 2004年03月31日

これは2003年に開催した『京都ビエンナーレ2003』のカタログのために書いた、巻頭エッセイです。翌年に出版されました。

 2001年の秋、京都芸術センターから私に、同センターが計画している「京都ビエンナーレ2003」のディレクターをやってみないかという話があった。私はもともと哲学の研究者であり、それまで美術展とのかかわりとしては、「SKIN-DIVE」(1999年)や「Channel N」(2000年)の企画グループの一人として、時々アドバイスをしてきたにすぎなかった。京都芸術センターとのつながりは主に、同センター発刊の季刊批評誌『Diatxt.(ダイアテキスト)』(1〜8号)の編集者としてであった。

 だがそうした経験の乏しい人間に、ビエンナーレのディレクターという重大な仕事を任せるという思い切った決断を面白いと思い、引き受けることにした。そしてもしやるなら、美術展のテーマとしてありがちな、どうにでも解釈できる抽象的概念ではなく、むしろ何か簡潔な言葉を選んで、それを手かがりにしたいと思った。当時は何をしている時でも、9.11のことが頭を離れなかった。それは、世界の暴走に絶望的にブレーキをかける行為であると思われた。そしてある日、外国を旅行しながらミラン・クンデラの小説『緩やかさ』の英訳『Slowness』を読んでいて、「スローネス」という言葉が呪文のように浮かびあがってきたのである。

 といっても、そこにはじめから明確なビジョンがあったわけではない。「スローネス」というのは美術展のテーマとしては、何というか、あまりにもとぼけた言葉であるようにも思われた。けれどもこの考えを何人かの知人たちに告げると、鋭い反応が返ってきたのである。スロベニアの哲学者マリーナ・グルジニッチは、それをぼくとは異なった政治的文脈で解釈し、大きな賛意を表明した。映像作家のトリン・T・ミンハは、スローネスとは近代的な概念であることを、またフランスの思想家ポール・ヴィリリオは、スローネスは速度の一種にほかなからないことを指摘してくれた。日本のアーティスト高嶺格は、スローネスとは西洋人たちの表象するところのアジア的理想にすぎないのではないかと抵抗感を表明した。その他にも、多くの人々が反応してくれた。

 そういうわけで、京都ビエンナーレのテーマ「スローネス」とは、様々な人々と私が交わした議論の結果として発展していったものである。私は、すでに様々な国際展で有名になっている作家のリストの中から選ぶのではなく、自分が直接対話することのできるアーティストたちと、時間をかけて話し合いながら企画を進めていった。いわばスローネスという一粒の「種」から見知らぬ植物が成長してゆくのを見守ってゆくのが、ディレクターとしての私の仕事になった。

 そうしたプロセスの中で、最初漠然と抱いていた考えのいくつかが明確になっていった。その中でも、私がもっとも重要だと思ったのは、速さや忙しさの「補償」としてのみスローネスを評価する態度を、徹底的に拒否するということである。
 スローネスという言葉は、速度に支配された世界が貼り付けるラベルである。速さが評価される学校のクラスの中で、理解が遅い子供、計算が遅い子供、走るのが遅い子供は「のろま(スロー)」という烙印を押される。その意味でスローネスとは、速度に支配されたシステムが存在することを示す徴であるともいえる。したがって、そのシステムの内部で「速いばかりが取り柄じゃない、遅くてもいいんだ」といったことをどんなに主張してもダメなのである。競争に勝てなくてもすべての人には個性があり、それを尊重すべきであるといった言い方では、結局は「競争」の支配から逃れることはできない。

 一種の流行としての「スローライフ」や「スローフード」とは、速度というシステム内部での補償作用である。皮肉な言い方をするなら、「遅さ」を珍重するだけの余裕をもてるのは、「速い」人々の特権なのである。そうしたスローネスとは、情報テクノロジーに支えられたグローバルな産業が可能にする、贅沢な商品にすぎない。時間に追われるビジネスマンが休日にゆっくりと南の島で過ごすのは、翌週からまた忙しく働けるエネルギーを「充電」するためにほかならない。「進歩」を至上目的とする西洋近代文明が、常にアジアやアフリカのスローな生活に憧れてきたのも、結局はエキゾティックな価値としてのスローネスを取り入れることで、進歩をより確実なものにするためであった。

 その意味で「芸術(アート)」もまた、速度の支配から自由なわけではない。効率の最大化と利潤の追求に躍起になっている世界の中で、芸術は自由な感性、心の豊かさといったものを許容し、人々に安らぎや癒しを与えるがゆえに大切だという考え方は、やはり無力なのである。なぜならそこでは、忙しいウィークデイと余暇としての週末という区別が前提されており、そうした区別を生み出している時間の構造それ自体は、疑問の余地のないものとして肯定されているからだ。一方、余暇としての芸術に飽き足らない人、つまりプロフェッショナルとしての芸術家は、有能な企業人と同じように世界中を忙しく飛び歩き、熾烈な競争に勝ち残っていかなければならない。つまり芸術という名のビジネスを始めるしかないのである。

 この対立の構図から逃れることはできるのだろうか。多くの現代人は、こうした対立を生み出すシステムの存在を、動かしがたい事実だ考えている。もしそうなら芸術は、許された保護区でのささやかな贅沢に甘んじるか、さもなければシステムの原理に同化してしまうかしかない。脱出は不可能に思える。だがそれは実は、とても簡単なことであるということを、私はビエンナーレにも参加してくれた美術家の嶋本昭三から学んだ。彼はかつて、次のように書いたのである。絵を教えるときに「下手でもいい」といって生徒をはげましたつもりの先生がいるが、自分はそうは言わない。なぜなら「下手でもいい」という言い方の背後には「本当は上手いにこしたことはないけれど」という前提が隠れているからだ。絵は「下手でもいい」のではない。「下手でなければならない」のである。

 「下手でもいい」というのはヒューマニズムの立場、個性を尊重する立場である。この言い方が安全なものに響くのは、それが「上手/下手」という対立を既存の事実として前提しているからだ。それに対して「下手でなければならない」というのはめちゃくちゃな主張に聞こえるが、それはこの言い方が、絵の「上手さ」を評価するシステムそれ自体に疑問を突きつけているからである。といってもそれは、「絵の上手下手に普遍的な基準は存在しない」といった一般的主張をしているのではない(それでは相対主義になってしまう)。そうではなくて、現在自明のものとして通用している基準やシステムは、偶然的で恣意的なものとして見るべきであり、その観点に立って行動すべきであると言っているのだ。

 嶋本氏のこの言い方を借りて整理してみるなら、「スローでもいい」と「スローでなければならない」という、二つのスローネスが存在することになる。前者は速度の補償として、束の間の心の安らぎを与えるものであり、後者は速度という制度、およびその背後にある時間構造そのものに、根本的な疑問を投げかけるものである。スロー「でなければならない」理由とは、そうでないと決して見えてこない世界のリアリティが存在するからである。それは、文明の進歩・発展というものが、生きた世界の原初的なうねりの上に危うく築かれた楼閣である、というリアリティだ。そして、この危険を方法的に回避するのは不可能であり、むしろ、この危険とともに生きるためのモラルを確立する必要があるということである。

 周知のように、9.11によってマンハッタンに出現した空き地は「グラウンド・ゼロ」と名づけられた。誤解を恐れずにあえて言うなら、芸術とは、出来上がった(ように見える)世界を、繰り返し空き地に戻す行為、私たちの現実のいたる所に「グラウンド・ゼロ」を発見する行為であるというのが、今日芸術についてのもっとも適切な定義ではないかと思うのである。9.11以後の世界でなおも芸術が可能であるとすれば、芸術の可能性とはひとえに、巨大な暴力の行使だけが世界にブレーキをかける唯一の手段ではないことを、いかに説得力をもって主張しうるかという点にかかっているのではないのだろうか。このことが、スローネスという語が持ちうるきわめて先鋭的な意味である。

 文明化とはつねに速さの追求であった。速さの意味は身体的な実感に基づくものであり、人間よりも馬、馬よりも汽車、汽車よりも飛行機に、私たちは速さを感じてきたのである。だが20世紀後半における電子テクノロジーの発達によって、情報の処理・伝達の速度はついに、光速度のレベルに達してしまった。つまりある意味では、人類はすでに速度の限界に到達してしまったのである。身体的な実感からすれば、誰も光を「速い」とは感じない。その意味では、速度とスローネスとの対立という構図は、原理的にはもう存在してはいないのである。にもかかわらず私たちは、速さの追求という19世紀的な競争原理に、少しでも速く進んで人を出し抜かねばならないという強迫観念に、いまだに駆り立てられている。

 21世紀以降、つまり速度追求の原理が破綻した以降の文明において、芸術や文化はどのようなものであるべきなのか?——京都ビエンナーレ2003の仕事を通して、様々な参加アーティストや協力者たちから私が学んだことは、この問いの重要性である。現実的な破壊の場所は復興されても、私たちが文明の「グラウンド・ゼロ」に立っているという状況は変わらない。私たちはそこから未来を模索していかなければならない。おそらく未来の芸術と文化においては、スローネス(と現在私たちが呼んでいるもの)は、もはや特別な現象ではなくなり、いわば光のような偏在的な性質に変わるべきではないだろうか‥。ビエンナーレが終わって一年が経過した今、私が抱いているのはそうした漠然とした予感だ。本書を「光速スローネス」と題したのは、そうした理由からである。

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(C)Hiroshi Yoshioka