Space in CyberSpace

ありえたかもしれない、〈音楽〉

詩と音楽のための『洪水』3号 (特集「三輪眞弘の方法」) 洪水企画 2009年1月1日


「長い夏休みもおわって、今日から二学期がはじまりました。またこれから、いっしょに勉強しましょうね。さて、今日は学期の最初の日ですから、ふつうの授業はお休みにするわ。そのかわり、みなさんが夏休みの間にやってくれた、自由研究の発表会をします。どんなお話が聞けるか、先生、とっても楽しみだわ。それでは、最初に発表したい人、手をあげて。」

「ハイ、ぼくやります。」

「まあ、ムラマツくん、とっても元気がいいわね。それでは最初の発表は、ムラマツくんにやってもらいしまょう。どんなテーマの研究をしたのかな?」

「ぼくはこの夏休みに、〈音楽〉というものについて調べてみました。」

「〈音楽〉? へえ、それはどんなものなのかしら。ごめんね、先生は聞いたことがないの。誰か知ってる人、手をあげて・・・ふーん、誰も知らないみたいね。それじゃムラマツくん、クラスのみんなにもよくわかるように、お話してあげてね。」

「はい、先生。ボクはこの夏休み、家族で旅行に行ったんです。ボク、長い恒星間飛行ははじめてだったので、すごくワクワクしました。それで、シリウスの近くにしばらく滞在していたときのことです。ボク、いままで見たことのない、小さな漂流物をみつけました。拾った場所は、シリウスから4.3光年ほど離れたところです。それは、とってもヘンな形をしたカプセルでした。あんまり頑丈なものではありませんでした。その中に、こんなものが入っていたんです。」

「まあ、何? とってもきれいね。みんなにも見せてあげて。」

「金属でできた円盤で、片面に不思議な絵が描いてあって、まん中に小さな穴が空いているんです。何に使うものなのか、ぼくにはぜんぜんわからなかったので、おうちに帰ってから、まわりの人に聞いてみました。」

「そう。それで何かわかった?」

「近所のおとなの人たちに聞いても、それはきっと何かの飾りだろう、アクセサリーか、もしかしたらお祭りのときに使うものかもしれない、などといろんなことを言うだけで、ぜんぜんわかりませんでした。そしたらちょうど、大学に行っている従兄弟のお兄ちゃんが遊びにきたので、見せてみました。お兄ちゃんは、『こういう漂流物は、宇宙空間でごくまれに見つかることがあるけど、何なのかは、よく考えてみないとわからない、とにかく、どれくらい古いものか、まず調べてみよう』って言いました。それで、ぼくの家の物置にあった道具を使って、調べてくれました。円盤は金属でできていましたが、表面に純粋なウラン238の皮膜が吹き付けてあったので、まずその同位体組成を解析してみたら、それが29万6千年前に作られたことがわかりました。それから、ぼくが拾った時にそれが漂流していた軌道と速度から逆算してみたら、それを宇宙に送り出した元の場所も、だいたいわかりました。それでぼく、これを作った生物のいる星に行って聞いてみたらどうかなって言ったら、そんなことしてはだめだよ、とお兄ちゃんに言われました。」

「そうね、ムラマツくん。それはお兄ちゃんの言うとおりよ。宇宙に漂流しているものは、べつに拾って帰ってもいいけど、ほかの星の生き物の世界は、そっとしておいてあげるものよ。それに、30万年近くも経っていたら、きっともういなくなってるかもしれないしね。」

「はい、おにいちゃんもそう言ってました。とにかく、この円盤が作られた場所とか年代は、そうやってすぐにわかったんだけど、それがいったい何なのかということは、もっとよく調べてみないとわからない、というので、それを持って、お兄ちゃんの大学の研究室に行ってみることにしました。」

「あら、それはいい経験をしたわね。それじゃ、そこでわかったことを、教えてちょうだい。」

「お兄ちゃんの大学の教授が、とっても面白い人でした。研究室にはすごい装置がいっぱいあるのに、教授はそういうのは何にも使わないで、ぼくの持って行った円盤を、まず机の上において、長い間じーっと眺めてるんです。お兄ちゃんが、『先生、この表面になにか図のようなものが描いてありますけど、それが何かヒントになるのではないでしょうか』と言っても、『いやぁ、こんなのはあんまり意味のないただの模様じゃないだろうか』って興味なさそうに答え、『それよりも、私が気になるのは、まん中のこの穴だよ。ねえきみ』ってボクの方を向いて、『丸いもののまん中に穴が空いてたら、子供だったらどうやって遊ぶかね』っておしっしゃるので、『それはたぶん、まず穴に何かを差し込んで、回してみるんじゃないでしょうか』ってボクは答えました。そしたら『そうそう、それだよ!』っていって、中に棒を差し込んで回しはじめました。『うんうん、これは面白い。きっと、こうやって遊ぶものだろう。しかし・・・しばらくやったら、あきてくるな。こんな単純なオモチャを、なんでわざわざ宇宙に飛ばさなきゃならなかったのだろう。きっと、何か別な遊び方があるんじゃないだろうか・・・。』」

「ほんとに愉快な先生ね。それでどうなったの?」

「ボク、先生がクルクル回しているその円盤を見ながら『そうやって回していると、この円盤の表面の細かい傷みたいなのが、ちょっとずつ違う光り方をして、とってもきれいですね』って言いました。すると先生は『なるほど、よく見るとここには細かな溝が刻んであるが、その溝の形が一様ではないようだ。何か意味があるんだろうか』と言って、その溝の細かな形を正確に取り出せる装置の中に、入れました。そして、そのパターンの中に含まれている秩序をいろいろ計算して、『ふーん』と言ったり『ほうほう』と眼を輝かしたりして、かなり長い間、夢中になって操作していらっしゃいました。とにかく、そうやってはじめて、この円盤がただの飾りでもオモチャでもなくて、何かのメッセージを含んだ、一種の『手紙』だったことがわかったんです。」

「まあ、それはすてきね。そこにはいったい、どんなことが書いてあったの?」

「それは、シリウスから約8.6光年くらい離れたところにある比較的小さな恒星系の、住人たちが〈地球〉と呼んでいた星で、ずっと昔に作られたものでした。誰にあてた手紙なのか、そして何のために出した手紙なのかは、とうとうわかりませんでしたが、そこには、少なくとも二種類のやり方でコード化されたメッセージがあるようだ、と先生は教えてくれました。『どちらも、主として気体の振動を媒介したもの、これを作った人たちが〈音声〉と呼んでいるものによって、互いに伝えあった、一種の信号系らしい。ひとつは、この人たちの発生器官の特徴を反映する、独特の振動パターンをもつ一連のメッセージだ。意味はまったくわからないが、いくつかの断片的なものと、比較的長いシークエンスがあって、長いのは二つあり、それぞれ、〈カーター大統領〉と〈ヴァルトハイム国連事務総長〉という、何だろうな、名前らしきものが含まれている。たぶんこれが打ち上げられた頃、この星を代表していたような、有力な個体の名前だったのかもしれないね。

 それから、この円盤が入っていた漂流物自体は、〈ボイジャー2号〉と呼ばれていたらしい。化学反応で推力を生み出す機械に入れて飛ばし、惑星の重力圏から離れたらそのまま漂流するようにしたのだろう。いくつかの箇所に、〈一九七七〉という数らしい表記が読み取れるのは、これが打ち上げられた年を示しているのかな。どうやら、惑星の公転周期をもとに、十進法で時間を記録していたようだ。それにしても〈一九七七〉という数は、この星の住民たちが、知的進化に要したと思われる時間スケールからいうと、あまりにも小さすぎる恣意的な数字だが、いったいいつをゼロ年として計算しているのだろうね。きっとこの文明にとって、何か大切なことが起きた年なんだろう。それはともかく、興味深いのはもうひとつの種類のメッセージで、それは彼らが〈音楽〉と呼んでいたものだ。こんなものは、わたしもみるのはこれがはじめてだよ。ほら、きいてごらん。』そうやって先生は、円盤の中に書き込まれていたメッセージを、ボクたちにも聞きとれる振動パターンに変換して聴かせてくれました。ここにそのコピーをもってきたので、みんなも聴いてみてください。」

「ありがとう、ムラマツくん。ふーん・・・なるほど、いろんなのがあるわね。」

「ええ、そのなかでも、他のとはちょっと違う、一連の風変わりなグループがあるでしょう? 生物の器官から発したものじゃなくて、何か特別な道具を用いて振動の高さや波形、並び方などに数学的な秩序を与えたものです。意味はわからないんだけど、〈バッハのブランデンブルク協奏曲〉とか〈無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ〉とかいうのが、それらの名前らしいんです。中でも〈平均率クラヴィーア〉というのが、ボク、なぜかわからないけど、とっても気になりました。何か無機物を使って音を出しているんようなんだけど、秩序をただ機械的に再現しているのではなくて、その背後には同時に生物的な身体の、複雑な運動パターンが読み取れるんです。つまり、数学的な秩序を、生きた身体を使って再現しているんですね。どうしてそんなことをする必要があったのか、そんなことをする能力が進化の上で、どんな適応的価値をもっていたのか、いくら考えてもまわかりません。その他にも、〈ベートーベンの交響曲第5番〉とか、〈弦楽四重奏曲第13番〉というようなのもあります。ボクはこれらの〈音楽〉というものが、いったいどうやって発生したのか、何のために使用されたのか、そして、それは結局どんなふうになっていったのか、いろいろと想像してみました。」

「それは、とっても面白いテーマね。あとで、みんなにも意見をきいてみましょう。それで、ムラマツくんは、どのように考えましたか?」 「はい、先生。ボクは、こんなふうに想像してみました。〈音楽〉を作り出した人たちは、最初はみんな、複雑な世界の根底にある数的な比例の美しさに、心を打たれたのだと思います。多くの人々はそうした秩序を、複雑な世界そのものの一部として、つまり世界と連続したものとして理解し、再現しようとしました。でも、その中に、実在する世界からは切り離された、純粋な数学的秩序そのものというのを考える人たちが現れました。彼らは、移ろいやすい現実世界とは異なり、そうした数的世界こそが永遠の実在だという、たいへん奇妙な考えに、なぜか熱中するようになりました。それで、その世界の秩序をあらわす数的な比例を〈音楽〉として実現しようとして、波形の整った音を出す道具をいろいろ工夫したり、音どうしの関係を与えるいろんな規則を考え出したのではないでしょうか。また、そうした道具を使って規則通りに音を出すために、自分たちの身体を、訓練していったのだと思います。そんなふうに自分たちの身体を使ったのは、たぶん最初の頃、数的秩序を機械によって自動的に演奏するテクノロジーがなかったためでしょう。でも、そうやって生きた身体を使ったことによって、生体内部の高度に複雑な秩序が、数的な形式的秩序とぶつかり共振して、彼らの心を揺さぶる、何かとてつもない効果を生み出したんじゃないかと思われます。

 その効果があまりに圧倒的だったので、この人たちはきっと、自分たちの設定した形式的構造の中で許されうるかぎりの、いろんな可能性を試みてみたのでしょう。そして、それによって生み出される感情的な効果の探究に熱中し、そうするうちに、いつしか宇宙的な秩序の再現であるという、〈音楽〉のもともとの意味が忘れられていったのだと思います。そのかわりに、〈音楽〉とは自分たちの精神の内奥にある、思想や感情を表現するものだと解釈されていったのではないでしょうか。でも、そうだとすると、デフォルトに設定された形式的枠組みを使った表現の可能性には限りがあるから、たぶん何百年かの間に、それは試み尽くされてしまったんじゃないかな。そういうふうに〈音楽〉の限界に到達したので、今度は〈音楽〉の形式性そのものを破壊したり否定したりする人たちも、出てきたかもしれません。と同時に、この円盤を宇宙に送り出したことから考えて、その頃にはもう機械でアルゴリズムを自動処理する技術を、たぶん持っていたはずです。つまりこの〈一九七七〉と呼ばれている頃には、生きた身体を使わなくても、〈音楽〉の機械的な実現が可能になっていたはです。こんなふうに、物理的な溝のパターンを円盤状のものに刻んで、それを回転させ、〈音楽〉や音響一般を記録したり再現したりするのも、きっとその頃の一般的なテクノロジーだったのでしょう。それで、〈音楽〉がはたして自分たちだけのものなのか、それとも宇宙にいる他の存在にも理解されるものなのかを知りたいと思って、宇宙に送り出したんじゃないのかな、とぼくは思いました。

 でも、それは今からもう三十万年近くも前に起こったことです。その後、その星で〈音楽〉がどうなったのかはわかりません。宇宙の中にはそのことを示す漂流物が、もしかしたら見つかるかもしれないけれど、広大な宇宙空間でそれに出会うことは、とってもむずかしい。この円盤に込められた手紙の内容をいくら読んでも、なかなか推測できません。なのでここから先は、ボクのまったくの空想なんですが、そうして自動的に計算する機械を作り出し、〈音楽〉の形式性の限界に達した人たちは、今度は〈身体〉というものを、別なやり方で眺めるようになったのではないでしょうか。形式化された音響的秩序の代わりに、そうした秩序を生み出す機械的原理、アルゴリズムそのものを、身体をとおして実現する、そのことによっていわば、機械の〈心〉を身体化する、というような・・・。よくわからないんですけど、そうすることで、ちょうど光が水蒸気の層を通過して〈虹〉を生み出すように、見えない宇宙の数学的秩序が、生きた身体を通過することで可視化され、そのスペクトルのパターンが、〈虹〉のようなものとして現れる。そういうものへと、〈音楽〉は突き抜けていったんじゃないかな。たしかめようがないんだけど、そういうことも、ありえたんじゃないかなと思うんです。いま、友だちといっしょにそういうシステムを実際に作っています。〈虹機械〉という名前をつけてみました。すてきでしょ。秋の文化祭で、演奏してみたいと思っています。ボクの発表はここまでです。みんな、聴いてくれてどうもありがとう。」

(C)Hiroshi Yoshioka