『石に話すことを教える』
京都国立近代美術館のニューズレター『視る』に書いた文章。ディラードの上記作品と、「ブラジル発見五百年」記念の美術展で視た知的障害者の作品について考えた。
名古屋からロスアンジェルスを経由してサンパウロへ向かう飛行機の中。トランジットを含めると24時間を越えるフライトに備えて持ってきた本のうちの一冊を開いた。以前、外国の友人に勧められて手に入れたものの、何年も開かずじまいになっていたものだ。本棚で、その背表紙のタイトルだけがいつも気になっていた、アメリカの詩人アニー・ディラード(Annie Dillard)のエッセイ集Teaching a Stone to Talk (1983, Harper and Row)(邦訳は、『石に話すことを教える』内田美恵訳、めるくまーる社、一九九三年)。
ディラードは放浪の人である。第二次世界大戦の終わる年にピッツバーグで生まれた彼女は、やがて都会を遠く離れた辺境の地に移り住むようになった。この作品では彼女はなんと、ガラパゴス諸島に属するひとつの島に住んでいる。その島に、三十がらみの男がひとり、板葺きの小屋で暮らしている。男は、手のひら大の浜石に革のカバーを掛け、毎日数回、そのカバーを取り除けては、「石に話すことを教え」ているのだ。これは「崇高な仕事」だ、とディラードは言う。
文明の喧騒を嫌って、大自然のなかで孤独に思索することを選んだ人間嫌い(ミザントロープ)の詩人。そんなふうに言ってしまうのは簡単だ。けれどもディラードのエッセイには、自然の「素朴さ」や「暖かさ」といった印象はみじんも感じられない。ましてや、辺境で暮らすことの「厳しさ」が、これ見よがしに示されることもない。都会の冷たい人工世界に対して、辺境では自然が豊かに語りかけてくる、などという甘い幻想は、そこにはないのだ。それどころか反対に、辺境においてこそ、世界は深く沈黙しているようだ。というより、辺境においてわたしたちは世界の「沈黙」を、よりクリアに経験することができるのである。
石に話すことを教える——それはいってみれば、沈黙する宇宙に何かを言わせようとする、不断の「儀式」である。それは一見、チンパンジーに英語をしゃべらせようとする科学的研究の戯画のようにみえるかもしれない。けれどもさらに考えてみると、文明とは結局そうしたこと、つまり「石に話すことを教える」ことなのではないか?とも思えるのである。人間がこれまでやってきたこととは、何も意味していない宇宙の中に秩序や法則を見出すこと、宇宙を人間化し、世界を人工的なイメージや言語によって満たしてゆくことにほかならないのではないか?
神がもはや人間に語りかけなくなった世界は、ただ沈黙するばかりである。ディラードによると、沈黙とは音の欠如ではない。それどころか世界はたえずいろいろな言葉を発している。そしてその言葉がみんなひとつになって、「ブーンという唸りとして」響く。その「唸り」こそが沈黙だという。沈黙とは静寂ではなく、いわばホワイト・ノイズなのである。もしそうだとすれば、そこには「自然」と「文明」との相違など存在しないように思える。ガラパゴスの夜の森で聞かれた世界の「唸り」は、今高度一万メートルを飛行している機械の「唸り」と連続しているのではないか? それらに通底する世界の沈黙——それはけっして心休まるものなどではなく、何かしら不気味なもの、恐るべきもの、吐き気を催させるものだ。この沈黙から逃走するために、人間はそれを言葉やイメージへと変換してきたのではないか・・・。
断続的な眠りの後、飛行機は夜明け前のサンパウロ空港に到着した。ガラパゴスの島の夢から、スモッグで霞む南米のメガロポリスへ。さっそく、その日に予定されていた訪問先に向かう。西暦2千年の今年、ブラジルがポルトガル人によって「発見」されてから五百年を記念して行われる行事の一環として、大規模な美術展が開催されている。「考古学と土着芸術」、「アフロ−ブラジリアン・アート」から17、18、19世紀を経て「ポピュラーアート」と「モダン・アート」そして「現代美術」へ。だがその中で、「無意識のイメージ」と題された展示モジュールが、とりわけ目を引いた。
精神病院の患者たちによって制作された異形の「作品」群。この展示のキュレータは、精神科医のニーゼ・ダ・シルヴィエラ博士である。通常の精神医学の方法論に疑問を持った彼女は、C・G・ユングの元型心理学を学んで患者の制作活動を促し、リオ・デ・ジャネイロ郊外に「無意識のイメージ美術館」を設立した。このモジュールはこの美術館の展示内容である。そこでは、正常と病理との境界を越えるこうした「作品」群が、ブラジルの近代美術の重要な一部分であると説明されている。
C・G・ユングはかつて、シルヴィエラの集めた作品をみて、ここには無意識のエネルギーを怖れない文化がある、と感想を述べたそうである。南米=リビドーを怖れない文化——こうした見方(この通俗版は、わたしたちがたとえば「リオのカーニバル」を見る視線の中にも反復される)は、魅力的であると同時に問題的である。それは西洋が非西洋に出会ったときのステレオタイプ化した反応のバリエーションとも思えるからだ。数世紀前、南太平洋や南米で半裸の先住民と遭遇したヨーロッパ人たちは、ここには原罪をまぬがれた人々がいるのではないか、と疑ったのである。
「無意識のイメージ」は、実はもっと端的に、「美術」や「表現」といった枠組みを解体してしまう。たとえば、アルトゥール・ビスポ・ド・ロザリオと自称していた患者(「ビスポ・ド・ロザリオ」とは「ロザリオの司教」という意味)の作り出したものは、たしかにダダのコラージュやシュールレアリスムのオブジェのように「見える」。精緻な刺繍を施された「神に会うためのガウン」は、ライトアップされて多くの観客に取り囲まれると、「作品」としての威光を放っている。けれどもこれらはすべて、「作品」や「自己表現」として制作されたものではなく、アルトゥールが自分を神に関係づけるために作り出したものにほかならない。
精神病患者の作り出したものにも芸術作品として立派に価値を持つものがある、というふうに考えるべきではない。そうではなくて重要なことは、沈黙している世界をなんとかして「意味」へともたらそうとする衝動、宇宙の無意味な「唸り」——「無意識」も実は、豊かな創造力の源泉などではなくて、そうした「唸り」の場かもしれない——から逃走しようとする試み、つまり「石に話すことを教える」儀式が、「芸術」と呼ばれてきた行為の核心にも、つねに作動していることを思い出すことなのだ。