演算するからだたちを見る
今日は、今からおよそ千年くらい前の時代のお話をしましょう。その頃の人々は、論理に基づいて動く人工物のことを〈マシン〉と呼んで、生きた自然物と区別していました。そして、自身も生き物である人間の壊れやすさ、はかなさに引き比べて、マシンの完璧さを半ばは憧れ、半ばは恐れていました。憧れていたのは、マシンは老いや死から免れているからであり、恐れていたのは、マシンには心がなく冷たいと考えたからでした。このようにマシンに対して相反する二つの感情を抱いていたことを知らないと、当時の人々が作り出した、ロボットやサイボーグをめぐる膨大な物語を理解することはできません。
哲学者たちの多くも、マシンに対する不安から自由ではありませんでした。その頃の哲学は、さらに二千年以上もさかのぼるギリシア人の思考に深い影響を受けていました。たとえば、論理と計算によって目的に到達するための手続きは「方法(method)」と呼ばれていましたが、これはギリシア語の「メタ・ホドス」、つまり「道(hodos)」に「沿って(meta)」という言葉に由来する概念です。正しい道に沿ってゆけば、目的地、真理に到達できるという考え方です。この考え方に対して、何人かの哲学者たちは激しく反発しました。
それはどうしてかというと、「方法」という考え方では、手段としての道と、目的である到達点とが分かれてしまうからです。これでは、道半ばにして倒れた旅人の人生は無意味なものになってしまうし、一方目的に到達してしまえば道は不要なものになってしまう。道を歩くこと自体は本質的ではなくなります。言い換えると、そこでは有限の時間の中で経験される生き生きとした現在の意味連関が、すっかり抜け落ちてしまうことになるからです。こうしたことから、方法、科学、テクノロジーは物質的な生活を便利にするかもしれないが、究極的には人間を不幸にするのではないか、と疑う人も少なくありませんでした。
今からみると、それらはすべて、生きた〈からだ〉と〈マシン〉とを何か本質的に対立するものとみなすという、一種の偏見に由来するものにみえます。ただこの頃の人々は、自動制御や計算をする人工物を作り始めてからまだ百年そこそこしか経っていませんでしたし、〈マシン〉も今からみるとずいぶんぎこちないものでしたので、無理もないことだったかもしれません。一方、自然がどのような「方法」を使ってその繊細で創造的な力を生み出しているのかということについても、まだごく一部しか知られていませんでしたので、自然を神秘的なものと考えすぎる傾向もありました。やがては自然と人工との境界がなくなっていくことなど、ほとんどの人にはまだ想像もできなかったでしょう。
とはいえ、そうした未来を漠然と予感していた人々も少しずつあらわれてきました。それは、「からだ/マシン」あるいは「真理/方法」といった伝統的な対立の枠組みの外に出ようとした科学者や思想家、そして芸術家たちです。そうした人々は、自然と人工とが互いに反映するような世界モデルを構築したり、生きたからだとマシンとの別な関係を探ったり、既存の目的に奉仕するものではない「方法」概念を作り出そうとして、試行錯誤を繰り返していました。今日はその一例として、二十一世紀初頭の日本の芸術家たちが行なった、ひとつの興味深い試みを、みなさんといっしょに見てみようと思います。
【市民講座「歴史探訪」(No.93, 3011年10月)のテキストより】
上のテキストは、2004年10月16-17日に横浜の神奈川県民ホールで行われた「演算するからだ展」のために書いたものです。この催しを監修した三輪眞弘さんから、リンツでアルス・エレクトロニカのIAMAS展をしている時に依頼され、帰りの飛行機の中で書きました。また先週の公演本番の後には、三輪眞弘、美術作家の中ザワヒデキ、詩人の松井茂、音楽作品を上演した鈴木悦久、安野太郎の各氏とともにアフタートークに2日間参加しました。その間に考えたことを、やや断片的ですが、書きとめておこうと思います。
この「演算するからだ展」に出品・上演された作品は、すべて「アルゴリズム」(規則に従った手続き)【※1】を、その制作原理としていると言える。たんに「アルゴリズム」を制作に用いるとか、応用するというのではない。そうではなくて、作品や演奏の中心的内容となるべき部分――音の生成、モノや言葉の配置――を、アルゴリズムによって決定するということである。いいかえれば、まさに芸術家の想像力、感情、意図、才能といったものが発揮されるべき制作の中枢部を、アルゴリズムによって置き換えてしまうということである。そこで芸術家の行なうことは、(1)どのようなアルゴリズムをプログラムするか、そして、(2)それをどのような演出で見せるか、の二点となる。話をした五人のアーティストによって、作者の役割は(1)のみであるという理解と、(2)をも含むという理解に分かれていた。
制作がアルゴリズムに置き換えられ、「演算」は「演奏」に置き換えられる。だがそれだけなら、20世紀の芸術史を少しでも知っている人には、少しも目新しいことではないだろう。芸術と創造行為をめぐる19世紀的な神話をいかにして解体・克服するかということが20世紀芸術の課題であったのだから、そのひとつの方法として、作者の意図や感情の働きを無効化するために、機械化され、自動化された創作・上演のさまざまな方法は、すでに数多く試みられてきた。というよりも、今やすべてはすでに試みられ、そうした実験のレパートリはもはや飽和状態ともいえるだろう。それなら、この上何をすることができるのだろう? 技術的に高性能な機械を使って、つかの間の新しさを競うことしかないのだろうか?
「演算するからだ展」に出展したアーティストたちは、たしかに最新のパソコンを使って作品を作っているけれども、機械が新しいということはかれらの作品にとって本質的なことではない。機械の速さや性能は、かれらの作品にとって重要ではない。かれらは、機械を利用して作品を作るというより、まず機械の中で作品を構想する。ちょうど、詩人が草稿を書き、画家がスケッチをし、音楽家が五線譜に書き込むように、コンピュータの中でアルゴリズムを組み立て、検証する。だがそれはまだ、論理的な空間の中にしか存在しないもの、精霊のようなものにすぎない。それを、特定の身体(からだ)を通して具体化する。そこでアルゴリズムという精霊は「受肉」し、眼に見え耳に聞こえる何か、上演可能な何かとして生まれかわるのである。
ここで重要なことは、「からだ」によるアルゴリズムの「演奏」が、かならずしも完璧さを目指したものではないということだ。パフォーマーが鍛えぬかれたプロフェッショナルな演技によって観客を驚嘆させる、といったようにはなっていない。「方法マシン」と呼ばれるつなぎの制服を着た一団も、見ているとけっこうバラバラな動きをする。「またりさま」はたいてい誤動作し、64周の計算はめったに完結しない。もちろん意図的にではなく、訓練や集中力の限界からそうなるのである。だが、それはたんに「下手である」ことを意味するのだろうか? もちろん、もっと長い時間をかけて徹底的に練習すれば、「上手く」なるだろう。そうすれば、作品はよくなったと言えるのだろうか? われわれは、そういう完璧な演技をみて感心すればいいのだろうか?
肉体を完全なマシンに変えたいというのは、近代人の病気のようなものである。分かりやすいのは、たとえばオリンピックだろう。常人のとても及ばないようなレベルまで鍛え上げられた肉体の演じる完璧な演技を観て、人々は驚嘆する。そして、そうしたスポーツ・マシンを作り出した、システム化された訓練と完璧な医学的コントロールを賛嘆する(が、ドーピングやサイボーグ化は禁止され、ぎりぎりのところでそれはマシンではなく人間的肉体による「健全な」スポーツだったことを人は思い出す。ここにアンビバレンツがある)。けれども、このような方向での身体のマシン化、オリンピックのような類のスペクタクルを、われわれは本当はもう見飽きている。たしかに、かつてスポーツにまとわりついていた「根性」「努力」の人間ドラマはうっとおしく、クールなテクノロジーの勝負としての現代のスポーツは新鮮だった。でも、それももう、いいかげん飽きたということだ(芸術でいえば、ロマン派に対する前衛、モダンに対するポストモダン、伝統的アートに対するテクノロジー・アートにもまったく同じことが言える)。
「演算するからだ展」を監修した三輪眞弘とその学生たちは、かつて東京で「アンチ・ポスト最先端の未来」なるコンサートをおこなった。この、どの語がどの語を修飾しているのか不明なタイトルこそ、かれらの時代認識を告げている。たしかに20世紀は、「アンチ」と「ポスト」と「最先端」の競技場だった。そしてすべては試み尽くされ、「アンチ」も「ポスト」も「最先端」も飽和した。一見、もはやなすべきことは何もないように思える。だがそれでも「未来」はある――このことの不思議さ! 自殺した落語家の桂枝雀はかつて「未来ていうんは、トイレットペーパーのようなもんで、どないにぎょうさん使われても、今この眼の前には、いつもまっさらの白い紙があるような、そんなこと」と看破した【※2】。
逆説的なことだが、これらの作品において「アルゴリズム」的なものとは、個性とは何か、個的な存在のありようとはどういうことか、という問題をとらえるための、フィルターのようなものかもしれない、と、松井茂と話しながら考えた。たとえば近代的な教育においては「個性を伸ばす」ことが重視される。その場合、個性とはどんな人の中にも潜んでいる大切な植物の種のようなもので、教育によってそれに水をやり成長させなければならない何か、と考えられている。けれども本当はそんなものはないかもしれない。昔の教育ではまず意味もわからず規律や訓練が押し付けられた。それは民主的ではないというので、戦後の教育では、文章を丸暗記させる代わりに、子供に「何でも好きなことを書き(描き)なさい」と言う。すると子供たちはみんな同じことを書く。人間というのは、もともとロボットのような画一的な存在なのかもしれない。規則を与えることではじめて、そこに差異が生まれる。
「演算するからだ」において人間がマシンとなるというイメージは、『ロボコップ』のようでも、『ブレードランナー』のようでも、『銀河鉄道999』の星野鉄郎のようでもない。そこには、わたしたちが馴染んできた「サイボーグ」や「ロボット」にまつわる、ある神経症的な特徴が希薄なのである。そもそも「機械」の不気味さ(フロイトの"unheimlishkeit")とは、それが生と死の境界を脅かす点にあった。「自動機械(オートマトン)」は、生きていないのに、あたかも生きているかのように動く。機械と化した人間は、それによって果たして不死を手にしたのか、それともたんに死んだだけなのか? 「機械」は生と死の境界を揺るがすということは、別な言い方をすれば、機械においては死と不死とが同じものになってしまうということでもある。細胞の老化を止めて不死になった人は、はたして永遠の生を手に入れたことになるのか、それとも生きながらの死を選択しただけなのか? 機械をめぐるこのようなしつこい問いから、舞台の上のマシンたちは自由であるようにみえるのである。
もちろん、現在われわれがふつうに「生/死」と呼んでいるのは、医学的・法的な意味での区別にすぎまない。そこでの生死の境界は、心臓や脳など特定器官の機能停止が観察されるかどうか、といったことによって決まる。それらは本質的な定義ではないので、時代の常識や科学技術といった偶然的な条件に左右される。それに対して哲学的には、生とはたとえば、たえざる差異化の運動であって、自然の生き物であるか人工的な機械であるかは問題ではない、と考えることができる。これは生についての、ひとつの本質的な定義である。今から千年後には、そうしたことが常識となっているかもしれない。そうなれば、マシンをめぐる不安――アイザック・アシモフが「フランケンシュタイン・コンプレックス」と呼んだもの――はもはや存在しないであろう。
※1
そもそも「アルゴリズム」とはどのような言葉だろうか? この「アル」というのは「アルコール」や「アルカリ」などと同様アラビア語の定冠詞である。8世紀のバグダッドに、アル・フワーリズミという学者がいた。周知のように西洋は中世末期、近代科学の基礎となる科学的思考の大半をイスラム世界から学んだ。アル・フワーリズミの著作が12世紀にラテン語に翻訳されたとき、それは「algorismi」などと訛って表記された。それがギリシア語の「数(arithmos)」と結合して「アルゴリズム algorithm」という語が造られたのである。
※2
創作の世界がすでに飽和状態にあり、もはや新しくなすべきことは何もないといった認識に対して、わたしの京大文学部時代の恩師である哲学者の新田博衛は、ニューヨーカーの記事を引きつつ次のように書いている。「こんな世界の中で、どうやって「創造」を行うのか? これは、一六世紀中葉のユダヤの神秘主義者悩ませた問いと同じである。〈神はどうやって何かを創り給うたのか? 神はすでに遍在し、創造のための場所など、どこにも無かったはずではないか?〉神秘主義者の答え。〈創造の瞬間、神は息を止められた。神は自分を不在にされた。神は自分を隠された。神は自分の中に入ってしまわれた。〉」(新田博衛『気ままにエステティックス』、勁草書房、1993年)