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  [概要]
「Opticon(オブティコン)」は監視カメラと移動体通信をモチーフとした約15分間のオーディオ・ビジュアル・パフォーマンスである。この作品では、4台の固定カメラ(ネットワーク・カメラ)と4人のパフォーマが持つ移動カメラ(テレビ電話機能を持つ携帯電話、FOMA)を映像通信に用い、10台のコンピュータを用いてデジタル処理を行い、ビデオ・スイッチャーと4台のビデオ・プロジェク、そしてPAシステムによってストーリー性のある映像と音響を提示する。「Opticon」は、2004年11月17日の夜にVSMM国際会議の関連イベントとしてソフトピア・ジャパン(岐阜県大垣市)にて上演された。
  [背景]

イギリスの功利主義哲学者ジェレミー・ベンサムは1791年に「パノプティコン(Panopticon)」を刊行し、円型監獄の構想を著わした。これはギリシャ語の「pan(全体の)」と「opikos(目の、視覚の)」から作られた造語であり、円環状に配置した監獄の中心に監視塔を建て、すべての囚人を見渡せるように考えられた「一望監視施設」である。後に、ポスト構造主義の代表的哲学者であるミッシェル・フーコーは、1975年に刊行した「監獄の誕生」においてベンサムのパノプティコンを援用し、管理統制された社会システムを解き明かした。すなわち、監視の可能性が自律的な規制を生み出し、しかも、それは外圧による権力行使よりも遥かに過酷な管理社会を作り出したと指摘している。

さて、今日の社会では無数の監視装置が配置されている。防犯・防災を目的に街頭や店舗に設置される監視カメラはもちろんのこと、遥か上空を周回する偵察衛星に至るまで、全地球的な監視施設の中で我々は暮らしている。これにパパラッチ的なマスメディア報道を加えても良いだろう。一方、管理者や権力者に留まらず、個人や家庭においても監視装置が普及している。住民自らが監視カメラを積極的に導入する地域も珍しくない。さらには、デジカメや携帯テレビ電話、ホーム・セキュリティ、ネットワーク・カメラ、ネット掲示板、ブログなども新たな監視装置として機能している。ベンサムやフーコーが指摘した自律的な規制を超えて、監視される者が同時に監視する側にも立つわけである。

もっとも、ベンサムやフーコーのパノプティコンにおいて、実際に監視が行われているか否かは重要ではない。監視の可能性こそが重要であり、曖昧な監視は権力を透明化し、自己規律を一層強化するとしている。このことは現代社会においても同様であり、膨大な監視装置のひとつひとつを誰かが見張っているわけではない。記録された映像も一定時間の後に破棄されるし、実際の機能を持たないダミーカメラさえ有効とされている。組織的な監視よりも、個人的な監視のほうが、より能動的であるとも言える。いずれにしても、想像を絶するばかりの情報量が行き交い、蓄積されているという状況は、明らかに存在する。このような莫大な情報の中から、何が生まれてくるのかという疑問が、この作品の出発点となった。

  [コンセプト]

この作品のタイトルは「Opticon(視覚伝達装置)」であり、ジェレミー・ベンサムの「Panopticon(一望監視施設)」から接頭語である「Pan(全体の)」を取り去っている。つまり、この作品では局所的な視覚伝達状況にのみ焦点を当てており、この作品から現代の全地球的な監視状況へと想像を巡らすことは容易であろうとの期待に基づいている。実際、我々は無数の監視装置の存在を認知しているし、善良な一般市民ならそれらを気に留めることもない。我々は、恒常的な監視状況に慣れ過ぎているとも言える。そこで、監視機能を請け負う撮影装置と表示装置を改めて顕在化させることによって、この作品は現代社会の一断面を描き出そうとする。

「Opticon」においては、十数分間の進行に従って、4つの状況が出現する。それは、同時集結される複数の眺望、時間操作による事象の攪乱、視覚の移動と接近、そして、被写体と観察者との衝突、である。ただし、いずれの状況においても、表示装置(または鑑賞者)を中心として、撮影装置(または撮影者)の空間的および時間的な位置が変遷しているに過ぎない。しかし、映像が示す事態を注意深く観察すれば、様々な不整合や混乱が生じていることが見て取れる。鑑賞者は、これらの操作を超えて自己と周囲の状況を把握し、次なる行動を決定することになる。

「Opticon」が描き出す光景は、我々が暮らす現代の社会環境から切り出されたものに他ならない。居ながらにして様々な場所の状況を把握できることは、観察者の知覚を拡張させ、超越的な立場に押し上げる。これを知覚的な快楽として享受し、流れ去る光景を傍観することは容易である。「Opticon」というパフォーマンスを見る鑑賞者の立場は、正にそれである。しかし、この作品が現代社会の一断面であるならば、パフォーマンスの鑑賞者から現実社会の生活者へと立場を変えて、眼前の光景を見つめ直すことも可能であろう。

つまり、一人の人間の許容量を遙かに超える膨大な情報が全地球的に行き交い、蓄積され、あるいは破棄されているのが、今日の状況である。これは誰かが誰かを監視するという単純な事態ではなくなっている。もちろん、特権的な監視支配は依然として優勢ではあるが、一望的な監視状況は意味をなさないほど爆発的な情報増加が続いている。このような状況をどのように捉え、どのような意味を見い出し、どのように行動するかが、「Opticon」を出発点とする課題となるはずだ。

  [内容]

作品タイトルとスタッフのクレジットが表示された後、この作品は暗闇の中で始まる。ゆっくりとした周期で低音の持続音が響き渡ると、その音に応答するかのように会場があるビルの遠景が映像として浮かび上がる。映像は4台のプロジェクタから並列して会場の壁面に投影され、ビルの遠景は角度を変えながら次第に入れ替わっていく。やがて、低音の周期が短くなると、映像の切り替えも速くなり、轟音の中で映像が閃光のように瞬く。

突如として轟音が鳴り止むと、ビルの内部を映し出す監視カメラ映像に切り替わる。これはビルの最上階にある展望室や下層階のエントランスやロビー、そして会場近くの通路の光景である。浮遊感のある音楽がかすかに聞こえる中、監視カメラ映像はしばらくの間投影され続け、同じ建物ではあるが会場外の様子を見ることができる。

再び突然に躍動感のある音楽が鳴り始めると、映像はビルの遠景に切り替わる。ここで、固定カメラのように映し出されていた映像が動き始め、その映像が次第にビルに近づいてくる。このために、これらの映像が4人のパフォーマが持つ移動カメラによって撮影されていることが分かる。移動カメラがビルに入ると、監視カメラ映像に切り替わり、パフォーマの行動を観察することができる。

また、監視カメラは、会場を立ち去る人や会場へ入ろうとする人などを映し出すので、会場と会場外の繋がりを如実に伝えている。さらに、注意深く映像を見ると、同一人物が同時に複数の場所に現れていることに気づく。これは、事前に同一の状況で撮影した映像の再生であり、現実と虚構が入り交じった不思議な感覚が生じる。このような混沌とした状況が映し出される中、次第にパフォーマが会場へと近づき、緊張感が高まっていく。

パフォーマが会場に入ると、移動カメラからの映像のみが投影されるようになり、音楽は一層緊迫感のある曲調に変化する。薄暗い会場の中で、パフォーマは白色LEDライトを投射しながら映像を送り続ける。4台の移動カメラによって様々な視点から人々や物が捉えられ、同じ会場の壁面に映し出される。移動カメラからの映像には時間差があり、荒い画像には時折ブロックノイズが入るが、それがかえって迫力と臨場感を与えることになる。

最終盤になると、映像がゆっくりとクロスフェードし、会場から数キロ離れた駅前の光景が現れる。駅前の大型映像掲示板には、移動カメラの映像が映し出されている。音楽も穏やかな曲調に変わる。眼前の様子を映し出す駅前の光景は、実際には合成映像であるが、判別は困難であろう。やがて映像と音楽がフェードアウトし、無音の暗闇に戻ったところで、この作品は終了する。

  [システム]

<System Diagram>

<Cameras Location>

(1) 4台の固定カメラはWEBサーバ機能を持つネットワーク・カメラであり、会場があるビルの4ヵ所に設置する。固定カメラは館内のLANに繋ぎ、同じくLANに繋がれた4台のコンピュータが映像を受け取る。ネットワーク・カメラの映像はWEBブラウザで表示するが、カメラ映像をフルスクリーン表示するために、画面拡大ユーティリティを併用する。

(2) 4台の移動カメラはテレビ電話機能付きの携帯電話(FOMA)であり、4人のパフォーマがそれぞれ1台ずつ持つ。同じ種類の携帯電話を受信用に4台用意し、これらのビデオ出力からビデオ・コンバータを経て4台のコンピュータで移動カメラの映像を受け取る。携帯電話の画面からカメラ映像のみをフルスクリーン表示するために、独自に開発されたプログラムを用いる。また、このプログラムはムービー再生、映像合成、明度調節などの機能も持つ。

(3) 固定カメラと移動カメラの映像を表示する8台のコンピュータは、フルスクリーン表示したカメラ映像をアナログ・ビデオ信号として出力する。8種類のアナログ・ビデオ信号はマトリックス型ビデオ・スイッチャーに入力し、ビデオ・スイッチャーから4台のプロジェクタに出力する。従って、8種類のカメラ映像を任意に組み合わせて、4台のプロジェクタから投影することができる。

(4) 映像コントロール用コンピュータは、USBポートに繋いだUSBシリアル・アダプタからシリアル・ポートを通じてビデオ・スイッチャーの制御を行う。また、このコンピュータはEthernetを通じて移動カメラ用コンピュータの制御も行う。これらの制御は半ば自動化されているが、一部はパフォーマンスの進行に従ってオペレータが即興的に操作する。

(5) 音響コントロール用コンピュータは、音楽や効果音をリアルタイムに生成し、Ethernetを通じて音量情報やタイミング情報を送り出し、映像コントロール用コンピュータや移動カメラ用コンピュータを制御する。パフォーマンス全体の進行は、音響コントロール用コンピュータのオペレータが行う。これらのEthernetは独立したLANとして運用し、館内LANには繋がない。

  [使用機器]

固定カメラ(ネットワーク・カメラ):Panasonic BB-HCM1, Panasonic BB-HCM311, AXIS 205, AXIS 200+
移動カメラ(携帯テレビ電話):FOMA P900iV(4台), SH900i, F900i, P900i, N2102V
固定カメラ用コンピュータ:Dell Precision M80(2台), Latitude D600(2台)
移動カメラ用コンピュータ:Apple PowerBook G4/1.33GHz(2台), PowerBook G4/1GHz(2台)
映像コントロール用コンピュータ:Apple PowerBook G4/800MHz
音響コントロール用コンピュータ:Apple PowerBook G4/1GHz
ビデオ・スイッチャー:Sony PVS-880S
ビデオ・コンバータ:Canopus ADVC-300(2台), Sony DVMC-DA1, Formac Studio TVR
Ethernetハブ:Buffalo LSW10/100-8HW(2台)
USBシリアル・アダプタ:Keyspan USA-28X
オーディオ・インターフェース:Roland FA-101
オーディオ・ミキサー:Mackie 1202-VLZ Pro
パワーアンプ:d&b audiotechnik P1200A(2台)
ラウドスピーカー:d&b audiotechnik E3(2台)
サブウーファー:d&b audiotechnik E15-BX(2台)
プログラミング言語:Cycling'74 Max/MSP/Jitter
その他、白色LEDライト(5個)、各種ケーブル、機器設置台など

  [制作]

赤松正行 (ディレクション)
山岡加尚 (映像プログラミング)
長島勇太 (音響プログラミング)
白井陽子 (パフォーマンス)
柴部健  (パフォーマンス)
中村雄一 (パフォーマンス)
高島浩  (パフォーマンス)
寺島千絵 (アシスタンス)
井澤澄子 (アシスタンス)
小椋玲央奈(アシスタンス)
岡野良久 (アシスタンス)
伊奈由希子(記録撮影)
伊藤晶子 (記録撮影)
西川優子 (記録撮影)
  [協力]
IAMAS
(株)NTTドコモ東海
(株)東京海上研究所

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