プログラム・ノートより

「混声合唱のための新しい時代」は地球規模のデジタル・光ネットワーク上に流れ続ける不思議な旋律(注)を神からのメッセージと信じる、独自の教義と文明(「文化」の意)を持つウェブ上の信仰集団「新しい時代」広報省音楽班の制作によるものである。

 作品は信者達が「薔薇窓の輪廻(わ)」と呼ぶ、「新しい時代」の信仰に従った厳密な作曲法に基づいて作られており、名前の薔薇窓とはおおよそステンドグラスのことを意味している。その原理は、西洋音楽理論における、5度圏の環を循環するように刻々とドミナント調方向に転調を続けるだけのものではあるが、特徴的なのは、独自のソルフェージュ法によって、7つの音階音の呼称(我々の知るドレミ、に相当する音名)が転調によって相対的に移動せず、いわゆる「固定ド」唱法に似た方法でダイアトニックな音階に再マッピングされるため、定旋律の音程関係が転調の度に変化することである。また、音階音には、預言者イスターミアが示したといわれる7つ星の名が与えられているが、どの調性においても、音階内のあるひとつの音程だけは異なるふたつの音名で呼ばれており、実際には6音音階で作曲されている。

 曲中において、声部間を巡り続けながら唱えられる、決められた音名のセリーによる定旋律は、それ自体非常に単純なものでありながら、この同じ定旋律が置かれる調性によって、つまり転調の度に、「色調」即ち表情や意味を変えて歌われることになる。これは、太陽光がステンドグラスを通して、異なる色(特定の波長)に分解され、神の似姿をその影として鮮やかに浮かび上がらせる「薔薇窓」の理念を時間構成の原理、作曲技法として展開させたものに他ならない。この「薔薇窓」の色分解に対する考え方は物理学におけるスペクトル分析にも比せられるものであるが、事実、スペクトル解析の発明者である数学者フーリエもまた、教団において人類史上に現れた天使のひとりと数えられており、教義によればフーリエ解析に必要な微積分の習得や、特に虚数の理解は、宇宙の森羅万象に潜む因果律を感得するための信者達に必須の教養とされているのである。

 さらにこの薔薇窓を時間領域に顕在化させる仕掛けとしての転調を、様々な方向から唯一の真実(まこと)を断片的に浮かび上がらせる(人間はすべての時間にすべての方向からものを見ることはできない)技法として発展させた「輪廻(わ)」という概念こそが、5度圏の循環によって暗示された、閉じた大宇宙の記号圏(物質圏の起源)を象徴しているのである。それは同時に、近年科学的に解明された遺伝子の二重螺旋はもとより、地球上の生物進化が最後の発展段階を迎えたいま、記号圏の極北である聖地「光の国」へ向けて昇華しはじめた新しい人類の魂をも表象するものなのだ。

 「薔薇窓の輪廻」は定旋律の変奏様式などの点で、ある意味でインド音楽のラーガやイスラム文化のアラベスクを思わせる技法である。ただ、そこで行われている5度の転調は、西洋和声法における機能和声の概念に近く、修行を重ねた音楽班の信者達は7つ星の音名を聞いただけでこの転調を伴う定旋律の変化を、コード進行を手がかりに即興演奏を行うジャズプレーヤーのように、即興で限りなく歌い続けることすらできるのである(教団内に器楽曲は存在しない)。これらの、人間のみが成し得る高度な技能とコンピュータ上のアルゴリズムを多用した様々な技法を統一している原理、即ち「新しい時代」の知の体系こそは、古代文明の伝承からは一線を画す、篤き信仰を持つ信徒達の観想によって、天使から直接現在の人類に伝えられた「テクネー」、新しい文明のテクノロジーと呼ばれるべきものであるにちがいない。

という夢をみた。

2001年 元日

注:ごく一部の人々だけが聴くことを許されていたこの旋律は2001年3月よりインターネット上で一般公開され、以下のURLから常時ライブ・ブロードキャスティングされている。QuickTime4 以上で直接「URLを開く」から、rtsp://X.miwa.to/NZ を指定する。