人間は、空間の中につねに自分にとっての意味、機能を投影している。メンタルマップ(主観地図)はその脳内イメージの表現である。
メンタルマップの視点は、その空間で現実に生活する、ある個人に帰せられる。何を見て、何を見ないか。何をどのように見るか。全ては彼の中に積み重ねられた、経験や記憶によって決定され、日々作り替えられる。自分をとりまく膨大な事物の中から、その時、その人によって選びとられた世界の見方。これは「私」が発見する新たな遠近法=主観的遠近法といえるだろう。
見る人の数だけ、遠近法があり、世界がある。あるものは解像度1mで「音楽」にフォーカスし、あるものは5kmで「政治」にフォーカスする。また、あるものは数世紀のスパンで変わらない物だけを捉える…。
ネットワークを始めとする技術は、個人のもつ世界像を、現実の場所性とかけ離れたものへと歪ませている。その一方で、コンピュータ技術は各個人の内面に限定されていた主観的遠近法を、多くの人に共有できるルールへと変換しはじめた。(「ガーデン」はその鮮やかな例である)
無数の遠近法が共存し、無数の「世界への窓」が開かれている時代。今や、どの窓から見た世界も、等しく現実であることに、我々は気付き始めている。
("都市のイメージ The image of the city"(Lynch, 1960))
(グールド P.・ホワイト R. 山本正三・奥野隆史(訳) 1981 頭の中の地図 - メンタルマップ - 朝倉書店)
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メンタルマップ
ある空間についての心的イメージを描いた地図。本人にとって重要な部分は詳細に描かれ、そうでない部分は省略される。場所と場所の距離、つながり方も主観的なものである。
左の図はIAMAS のある学生の生活空間。
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