「漁師とその妻」は、グリム兄弟によって編纂、出版されたドイツ民話をもとにした、30分間のコンピュータ・アニメーションである。この物語には、いくつかの変型があり、ヨーロッパで広く知られている。物語の構造は幾度もくり返された後、始めの状態に戻って終わる。 アニメーションの視覚表現は影絵の手法に基づいている。影絵は(グリム兄弟の民話集が最初に出版された)ロマン派時代に盛んに行われていた。この作品は、多層的な意味をもつ、電子的な影絵劇である。作品中の光と影は、人と人、人と自然との関係、そして現実と仮想、現実と願望、現実と夢との関係を視覚化するために使われている。




(c) Tamas Waliczky and Anna Szepesi 1999-2000

この4、5年の間、私は娘や友人の子供たちのために、いくつか影絵劇を作った。「漁師とその妻」は、これらの活動から自然に生まれてきたものである。この作品はコンピュータが生成した、影絵劇の公演である。

アニメーションの長さは、私にとって重要だった。3-5分間のビデオでは、1つの主題について、一時に多くの階層や多くの解釈を示すことはできない。この長さでは、1つのアイデアを示すのがやっとである。しかし、30分や、1時間の場合は違う。より複雑な構造を作り出すことが可能になる。そこで、私は当初、1時間のアニメーションを作ろうと考えた。今日のコンピュータ技術があれば、自分一人で、厳密にいえば少数のアシスタントの手助けだけで、1時間のアニメーションを作ることができるだろう、というのが私の考えだった。13ヶ月のアーティスト・イン・レジデンス期間の終わりまでに、私は67分間のアニメーションを作った。しかし、編集作業の途中で、ビデオは短縮され、現在ではおよそ30分の長さである。私自身はこの結果に満足している。技術的な面では、この経験によって、ほぼ自分一人で、1時間のコンピュータ・アニメーションを制作できるということが明らかになった。芸術的な面では、編集を通じてわかったことだが、この物語には1時間を支えるだけの面白さはない。しかし、30分のビデオであれば充分、面白いものになる。

前の問題と関連するが、私にとってもう1つ重要だったのは、画家が絵を描くのと同じ方法でビデオを作ってみたい、ということだった。例えば、私は絵コンテを描かず、制作のプランやスケジュールを作ることもなかった。私は、インスピレーションを得たある場面から制作を始めた。この場面をつくるうちに、他の場面についてのアイデアが浮かんできた。私はそれらを作った。すると突然、物語の様々な部分を、どう視覚化すればよいかがわかったのである。そこで、私はもう一度最初の場面に戻り、前に作ったものの一部を変更した。このくり返しである。
こうしたプロセス全体が有機的なものだ。私は毎日、物語を丸ごと考え直さねばならなかった。毎日、「この方向は正しいのか、それとも全く違う方向に進むべきか?」と自問自答しなければならなかった。もし絵コンテを作っていたら、芸術的な思考は絵コンテができた時点で終わっていただろう。映画やビデオ制作のプロセスのうち、それ以外の部分は、単なる無味乾燥な作業に過ぎない。私は芸術的なプロセスを、制作期間の全てにわたって体験できるようにしたかったのだ。

このような有機的なプロセスの結果として、ビデオの編集は非常に難しく、また非常に面白いものになった。場面をある順番に並べるだけではない、本当に大きな挑戦だった。

私に自由を与え、このような方法で作業することを許してくれた、そして「漁師とその妻」という名の新しいコンピュータ・アニメーションを生み出す機会を与えてくれたIAMASの全員に、心から感謝している。




■ フィリップ・オットー・ラング/カスパー・デビッド・フリードリッヒ
(Philipp Otto Runge/Caspar David Friedrich)
フィリップ・オットー・ラングは、「漁師とその妻」を記録し、グリム民話集に送った人物だ。その友人のカスパー・デビッド・フリードリッヒは、当時最も著名な画家で、彼の構図は、私がアニメーションを作る際にも重要であった。(タマシュ・ヴァリツキー)

■ ゴシック時代
私の考えでは、「漁師とその妻」の物語はゴシック時代前後に誕生したと思われる。アニメーション中の家々や服装をデザインするために、私は、ゴシック様式の教会や城の写真、ゴシック絵画の複製などから、当時の人々がどんな生活をしていたかを学んだ。(タマシュ・ヴァリツキー)

■ アーティスト・イン・レジデンス(客員芸術家制度)
IAMASでは、国内外から招かれた、メディアアーティストを中心とする芸術家が、1年単位で学内のマルチメディア工房に滞在し、制作を行なう。客員芸術家は、iamasの教員、学生と共に、ワークショップやプロジェクトを実施する。これらの協同作業を通して、双方が技術、思想の両面で新たな刺激を得ることを目指している。 開学からの客員芸術家は、岩井俊男(96)、クリスタ・ソムラー/ロラン・ミニョノー(97)、タマシュ・ヴァリツキー(98)、タミコ・ティール(99)の各氏。(annual)



タマシュ・ヴァリツキー
Tamas WALICZKY

客員芸術家

1959年ハンガリーに生まれる。
画家、マルチメディアアーティスト。
1983年よりコンピュータによる制作を始める。
1992年ZKMの視覚メディア研究所のアーティスト・イン・レジデンスとなり、引き続いて研究スタッフとなる。(1993-97年)
1997年にはザールブリュッケンのザール芸術学校における客員教授。
ヴァリツキーの作品は、パリのジョルジュ・ポンピドゥー・センター、ボンのオッペンハイマー・コレクション、東京のビデオギャラリーSCAN等のコレクションに加えられている。