PROGRAM | プログラム
三輪眞弘作品の再演コンサート・トークイベント
12月9日 | 土 | 14:00 – 16:00
岐阜県美術館 多目的ホール
岐阜県美術館 交通案内 ▶︎
事前申込み不要、
13:45より多目的ホールにて受付開始
https://kenbi.pref.gifu.lg.jp/events/20231209_talk/
すべての時間, ハープのための (初演 2001年)
作曲: 三輪眞弘
演奏: 福井麻衣(ハープ)
蝉の法, 箜篌(くご)のための (初演 2003年)
作曲: 三輪眞弘
演奏: 東野珠実(箜篌)
三輪眞弘(作曲)
岡田暁生(コメンテータ)
大久保美紀(モデレータ)
トークの模様
演奏:福井麻衣/2023,12,9 岐阜おおがきビエンナーレ2023
演奏:東野珠実/2023,12,9 岐阜おおがきビエンナーレ2023
すべての時間, ハープのための 初演 2001年
ハープのための「総ての時間」
ハープのための「総ての時間」は、「光の卵子」と呼ばれる、ある民族に古くから伝わる竪琴の演奏様式を忠実に再現することによって作られた。その様式とは最初に決められた7つの音(「公案」と呼ばれる)から始められ、単純な規則に従って、次の瞬間に弾かれるべき新しい音を次々と導きだしながらその場で演奏していくというものである。現地に伝わる公案の中で、この作品では最初の7音がすべて音階内の第四音で始まる「すべての中庸」と呼ばれている公案の演奏を楽譜化している。数ある公案の中でもこれは、内省的で女性的なやさしさと優美さをその特徴としている。
個人の感情表現や意図的な操作を一切排した、実際には7進法の論理的演算のみによって生まれるこの作品で「すべての中庸」は、大きな間隔をおいて、まるでテーマと変奏のように、初期のパターンを少しずつ何度も変形しつつ再現するようなふるまいを示す。その際「光の卵子」は再起的な生成規則であり、わずか7つの初期値によって、次に弾かれる音はもちろん、1時間後、1日後の音まで完全に決まってしまう。ただし実際に演奏してみない限りどのような現象が起きるのかは予測できない。初期値とそれを操作する規則を並べてみても、人間にはそのふるまいの全体は読みとることができないのである。公案という設計図は遺伝子(情報)、そして「光の卵子」というこの生成規則はそれを解釈する卵子に喩えることができるだろう。それらが順序という時間的位相の内に置かれ、一体となるその時、個別の実体はこの地上に生まれ出るのである。それは、この民族の世界観を象徴する、記号的宇宙における「解釈するもの」についての暗示でもある。
本来、何昼夜も続けて行われる、「すべての中庸」の冒頭部分約13分が「総ての時間」である。
という夢をみた。 (作曲:三輪眞弘)
蝉の法, 箜篌(くご)のための 初演 2003年
蝉の法の由来
「蝉の法」は、中央アジア一帯の少数民族が様々な形で行っていたと伝えられる古代ハープの演奏法のひとつである。録音はもちろん楽譜さえない当時の音楽を窺い知る手がかりになったのは、イスタミア遺跡で近年発見された竪琴のための詳細な演奏法の記述であった。興味深いことは、通常楽器の奏法とは楽曲とは無関係にその楽器の扱い方を教えるものであるのに対し、彼らのそれは、最初の音さえ決まればその演奏法に従って後に続く弾かれるべきすべての音やリズムが一意に決まってしまう、厳密で数学的なものだった点である。
「蝉の法」は左右両手の決められた2本の指だけで弾かれる。それぞれ片手の2本の指は常に同じ間隔を保ち、またそれぞれの指が、一拍を二対三の比率に分割したリズム上のどの時点で弦をつまびくかも固定されている。ひとたび演奏が始まると、演奏者は決められた規則に従ってひたすら両手の位置を移動させ、その移動回数や両手の位置関係を読み取りながら演奏を続けていくのである。
このような、演奏法そのものが楽曲と一体となってしまったような演奏形態は、古代中央アジア一帯で広く行われていたものと考えられ、楽譜を全く用いず、演奏を始める時の開始状態だけで楽曲が決定されてしまうという性質から、当時の人々はその特徴的な開始状態、数学的に言えば初期値に相当する「公案」に固有の名前をつけ、曲名として呼びならわしていたと言われる。また「蝉の法」は曲名ではなく奏法の名前だが、一音だけの「歌い始め」から次第に密度を増し、再び減衰していく様子がツクツクホウシの鳴き方を想起させることからこの名が与えられたと伝えられている。
なお「蝉の法」は聴衆の前で演奏された音楽ではなく、宗教的な儀式や極めて個人的な修行のひとつ、あるいは演奏中の「人間的な間違い」によって生成される新たな旋律で神意をはかる、ある種の呪術として行われていたのではないかと考えられている。
という夢をみた。 (作曲:三輪眞弘)
三輪 眞弘 みわ まさひろ
1958年生まれ。作曲家、情報科学芸術大学院大学[IAMAS]教授。ベルリン芸術大学、ロベルト・シューマン音楽大学で作曲を学ぶ。1989年入野賞、2004年芥川作曲賞、2007年プリ・アルスエレクトロニカでグランプリ(ゴールデン・ニカ)、2010年芸術選奨文部科学大臣賞、モノローグ・オペラ「新しい時代」の再演(2017)および、「三輪眞弘祭 -清められた夜-」(2020)無観客ライブ公演に佐治敬三賞、2020年サントリー音楽賞などを受賞。「三輪眞弘音楽藝術 全思考一九九八ー二〇一〇」をはじめ、CD「村松ギヤ(春の祭典)」や楽譜出版など多数。「フォルマント兄弟」の兄。
岡田 暁生 おかだ あけお
1960年京都生まれ。京都大学人文科学研究所教授。専門は近代西洋音楽史。『配信芸術論』(三輪眞弘と共編、アルテス、近刊)、『音楽の危機』(中公新書、2020年、小林秀雄賞受賞)、『すごいジャズには理由がある』(アルテス、2016年)、『音楽の聴き方』(中公新書、2009年、吉田秀和賞受賞)、『西洋音楽史』(中公新書、2005年)、『オペラの運命』(中公新書、2001年、サントリー学芸賞受賞)など。
大久保 美紀 おおくぼ みき
1984年札幌生まれ。情報科学芸術大学院大学[IAMAS]准教授。専門は美学・芸術学。主著に « Exposition de soi à l’époque mobile/liquide » (Connaissances et Savoirs, 2017)。2017年よりキュレータとして「ファルマコン:新生の捧げもの」(2022, 京都)ほか、エコロジーに対峙する芸術表現を模索する展覧会を企画。任意団体art-sensibilisation代表。「岐阜おおがきビエンナーレ2023」総合ディレクター。
主催 | 情報科学芸術大学院大学[IAMAS] 岐阜県美術館 岐阜県 大垣市
協力 | IAMASタイムベースドメディア・プロジェクト
助成 | 花王芸術・科学財団