INTERVIEW 040
GRADUATE
厚木麻耶
クリエイティブ・テクノロジスト 、コミュニケーション・プランナー/2021年修了
テクノロジーを手段に、社会的課題を解決したい
世界最大の広告祭「カンヌライオンズ」内で毎年開催される、30歳以下の若手クリエイターを対象とする広告コンペティション「Young Lions Competition / Young Spikes Competition(以下、ヤングカンヌ)」。若手の登竜門と言われるヤングカンヌで2年連続日本代表に選出され、フランスで開催される世界大会に参加した厚木麻耶さんは、IAMAS卒業後就職した大手広告代理店・電通でどのようにキャリアを築いてきたのでしょうか。金山智子教授が聞きました。
広告界の『U-30オリンピック』で、2年連続日本代表に
金山:2025年度のヤングカンヌ日本予選ではデジタル部門、PR部門でSILVER、インテグレーテッド部門でBRONZEと3部門で入賞を果たし、2024年に続き、2年連続で日本代表に選出されました。ヤングカンヌに挑戦するきっかけはあったのですか?
厚木:IAMASでもそうでしたが、卒業後に入社した電通でも同期たちが積極的にコンペに応募しているので、負けたくないという思いもありました。ただ、コンペであればなんでもいいというわけではありません。ヤングカンヌは興味のある分野のお題が出されるので、このコンペで賞を獲ること、良い結果を残すことに対して強いこだわりがありました。
金山:興味がある分野というのは?
厚木:最近の興味としては、社会的に良いものを作りたいという気持ちが強いです。学生の頃はプログラミングで絵を描くことが好きで、クリエイティブコーディングに熱中していました。しかし電通に入ってからは社会的な問題に取り組むことにも楽しさや達成感を感じるようになりました。環境問題やジェンダー平等を叶えるものなど、ソーシャルグッドなクリエイティブに今はすごく興味を惹かれています。
金山:ヤングカンヌはどのようなコンペなのですか。
厚木:ヤングカンヌは、世界3大広告賞の一つと言われる「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル(Cannes Lions International Festival of Creativity)」で開催される、30歳以下を対象にしたコンペ形式のプログラムで、広告業に携わる若手の登竜門と言われています。まず日本予選があり、各部門で1位2位になったチームが日本代表に選出され、フランス・カンヌやシンガポールで開催される世界大会に出場します。
金山:オリンピックのように、日本の予選を勝ち抜かないと世界大会に出られない、大変なコンペなんですね。興味のあるお題ということでしたが、どのようなテーマに取り組んだのですか。
厚木:初めて挑戦した2023年度の日本予選の課題は「海洋汚染プラスチックごみ問題を解決するクリエイティブアイデア」。2024年度は、「アジアの美術館における女性アーティスト作品の比率を上げるためのクリエイティブな提案」、2025年度は「難民危機への意識を高め、故郷を追われた人々への支援を強化するクリエイティビティ」でした。
金山:出題されたお題が、自分の詳しいテーマでない時はどのように取り組むのですか。
厚木:現状を理解するために、とにかくリサーチをしまくります。日本予選は課題を出題されてから企画を提出するまで1週間あるので、数日間はリサーチと課題の理解に使います。
金山:グローバルなコンペは、国内のコンペとは何か違いを感じましたか。
厚木:私は日本生まれ日本育ちなので、海外で面白いとされているものやそういった感覚に親しくないのですが、カンヌライオンズの世界大会では私も良いと感じる企画がたくさん選ばれています。この分野において良い企画というのは世界共通なんだなと感じています。
金山:2024年、2025年ともに会社の同期とチームを組んで出場していましたね。
厚木:二人とも、私から一緒にやろうと誘いました。私はクリエイティブ職で、相方は営業職なのですが、“遠い”バックグラウンドの人と組んだ方が爆発しそうだなと思って。
私は、感覚的に面白いという点を大事にしながら企画を進めます。一方で相方は、真に社会を変えるものになっているか?お題にちゃんと答えられているか?などを大事にします。戦略的で課題解決能力が高くて、非常に刺激を受けます。企画に対するアプローチや考えが異なるからこそ、得意・不得意を補完し合えて、良い結果を得られたのではないかと思います。
金山:異なるバックグラウンドの人と一緒にチームを組んでものづくりをすることに関しては、IAMASでの経験が生きているように感じます。
厚木:言われてみれば、そうかもしれませんね。IAMASでもアートやデザイン分野出身の、自分とはバックグラウンドが違う方たちとよくお話をしていました。IAMASは本当にバックグラウンドがバラバラな人たちの集まり。そういう方たちと一緒に制作をしたり作品について語り合う中で、自分とは違う見方や考えを学ぶことができて楽しかったです。
むしろ、考えの違う人と組み、言い合いになるくらいの方が爆発できることが多い気がします。体力も使うしうまく行かなかったこともあります。でも無難にいくより勝負に出た方が面白い結果が残せると私は思っています。

テクノロジーは「手段」に過ぎないと気づいた
金山: 厚木さんはもともとメディアアートに興味があってIAMASに入学したんですよね?
厚木:そうです。大学ではプログラミングや情報系の科目を専攻していたのですが、そこで得たテクノロジーの知見やスキルをエンジニアリングだけではなくアート表現にも活かしてみたいと思いIAMASに進学しました。
金山:入学当初の厚木さんが「メディアアートをやりたいです」と明言していて、『この人、すごいなあ』と思った記憶があります。心の中で思っていても、堂々と宣言する人はあまりいないので。
そこから紆余曲折あって、最終的にはInstagramなどの「盛り文化」を研究テーマにしました。全く別の方向に落ち着いたわけですが、そこに葛藤はなかったのですか。
厚木:あまりなかったです。入学当初の私はプログラミングやテクノロジーが好きで、それを使ってアート作品をつくりたいと思っていました。でもIAMASで過ごす中で、それは自分のやりたいことのど真ん中ではないのではと感じるようになりました。
金山:ど真ん中ではない、とは?
厚木:自分にとってテクノロジーはあくまでも手段で、まず作りたいものやテーマがあってそこにテクノロジーが必要であれば使うし必要なければ使わなくてもいい。そう思っていることに気づいたんです。それで、あらためて『自分のやりたいことのど真ん中ってなんだろう』と考えてみた時に、メイク、ギャル、Instagramをテーマとして浮かんできました。自分をより魅力的に見せるために、自分の身体を加工する「盛り」という表現において、現代の若い女性たちの価値基準やコミュニケーションも変化しているのではないかという問いが生まれたんです。
金山:その話はいま初めて聞きましたが、すごく嬉しいです。自分自身で考えて、変化をしながらも、最終的に自分のやりたいことを見つけてくれることが、教員としては一番嬉しいことなので。修士作品・論文の内容自体よりも、そこで得た小さな気づきの方が残っていくのかもしれないですね。
厚木:そうですね。IAMASでテクノロジーは手段であると気づくことができたことは大きなことでした。今もその考えは変わっていません。会社では自分のバックグラウンドもあってAIやXRなどのテクノロジーを使ったイベント、展示の制作に携わることが多いのですが、広告でもアート作品でも、何かをつくる時にテクノロジーを使うことはマストではないという考えを持っていることで、自在な発想ができているような気がします。
金山:ジェンダーギャップや環境問題などの社会的な問題に興味が向かっているのは、IAMAS在学中に「盛り」をテーマにした影響がありますか。
厚木:「盛り」を研究テーマにしてルッキズムやフェミニズムに触れたことで、社会的な問題に興味を持つ一つのきっかけになったと思います。加えて、私は高校も大学も女子校だったので、周りが女性ばかりという環境で育ってきました。ただ大学では情報科学を専攻していたので、エンジニアとしてITやゲーム会社のインターンシップに参加し、そこにほとんど女性がいなくて様々なことに非常にギャップを感じました。それが今の興味に直接的につながっているかはわかりませんが、とても印象に残っています。
金山:自分の希望する会社に入って、来年度6年目と中堅になっていくわけですが、今後やってみたいことはありますか。
厚木:楽しいだけのものではなく、社会的な課題解決につながるような仕事を増やしていきたいです。あとは、グローバルな仕事にも挑戦できたらと思っています。
金山:後輩に伝えたいことはありますか。
厚木:IAMASでは、今まで出会ったことのないような人や考え方やテーマにたくさん出会います。なので、私もそうでしたが、やりたいことがどんどん変わっていくのは良いことだと思います。その時その時で、自分のやりたいことに正直にアウトプットしていけばいいんじゃないかなという気がしますね。
金山:厚木さんは、作るのがすごく早かった印象があります。手を動かしながら考えているの?
厚木:そうですね。今の仕事でも、作りながら考えていくことが多いですね。まずは動いてみるという感じです。

取材: 2025/05/27 情報科学芸術大学院大学[IAMAS]
編集: 山田智子 / 写真: 福島諭