IAMAS Graduate Interviews

INTERVIEW 012

INTERVIEWER 瀬川晃 IAMAS准教授
#2019#DESIGN#GRAPHIC DESIGN#SIGN#VISUAL IDENTITY

GRADUATE

井口仁長

グラフィックデザイナー

「デザインとは、人々の生活を豊かにするために工夫すること」

昨年4月にリニューアルオープンした都城市立図書館や石巻市復興まちづくり情報交流館など、日本全国の公共施設のVI(ヴィジュアル・アイデンティティ)やWebデザインを手掛けてきた井口仁長さん。様々な地域で仕事の上で大切にしてきたことやデザイン観など、IAMASでは1学年後輩で、同じくデザイナーでもある瀬川晃准教授が聞きました。

地域の人が大切にしているものを、表現に取り入れる

瀬川:まずは、2018年度グッドデザイン賞を受賞した都城市立図書館の話から伺えればと思います。

井口:当初はサイン、シンボルマーク、ロゴタイプのデザインの依頼を受けたのですが、最終的にはVI設計全般に関わりました。建物の外にある大きな外看板から、本の背に貼る分類シールまで、館内外のほとんどのグラフィックデザインを担当しました。

瀬川:特にこだわったのはどんなところですか。

井口:今回は新しい機能を持ったサインを提案してほしいという要望がありました。従来の人を誘導するとか、注意を喚起する以外に、サインにどのような機能を持たせればよいのだろうと考え、「人の行動を連鎖させるようなサイン」を提案しました。

都城市立図書館 案内台(フロアマップとイベント情報を組み合わせたもの)

井口:入ってすぐのところに2メートルほどの大きなフロアマップがあるのですが、イベントがある時は天井から短冊上のメッセージを吊り下げて場所をポイントし、「ここでこういうイベントがやっていますよ」と場所と内容が直感的に分かるような仕組みをつくりました。

瀬川:おもしろいですね。

井口:図書館に来る人の多くは本を借りるという目的を持っているのですが、それ以外のふらっと来た人に興味を持ってもらい、行ってみようと次の行動へ誘導できるようなサインになっています。

瀬川:この短冊は、スタッフがアレンジできるのですか。

井口:そうです。僕の方でつくったフォーマットをお渡しして、今はスタッフがそのフォーマットに合わせて、示す場所や短冊の内容を更新しています。

瀬川:サインのデザインをする時によく問題になるのが、最初はデザイナーがきれいに作って空間として美しいのだけれど、実際に運用していく中でサインの追加が必要になって、張り紙をしたりして徐々に空間が崩れていくことです。

井口:瀬川さんがおっしゃるように、サインは利用者や働いているスタッフの要望にあわせて変化していくものだと思っています。だから今回もデザイナーが最初に完全に決めてしまうのではなくて、成長するサインというか、付け足ししても破綻しないような「自由に変化できるサイン」を提案しました。

都城市立図書館 エリア名称サイン(案内をチョークで書いたり磁石で貼付けたりできる)

瀬川:自由に変化できるサインとは具体的にはどんなものですか。

井口:単純なのですが、メッセージカード立てやブラックボードを使って、スタッフが自由に入れ替えたり、書き込めるようになっています。必要があればレーザーカッターで文字を自作して貼ることもできます。
この図書館には地域の情報を集めて編集する「プレススタジオ」が備わっていて、司書以外に、編集チームやデザインできるスタッフがいます。ちなみにレーザーカッターを担当しているのはIAMASの卒業生です。

瀬川:単に本を借りて知識を得るだけじゃなくて、利用者が自ら表現、発信するところまでできる。インプットアウトプットが上手くサイクルするような仕組みがあるのは、公共ではめずらしい試みですね。
オープンから1年が経ちましたが、利用者の方の反響はいかがですか。

井口:別の場所にあったときには利用してなかったけど、図書館が新しくなって利用するようになったという地元の方は非常に多いみたいです。
館長から聞いたのですが、ある人が写真を撮っていたら別の人から「どちらから来られたんですか? この図書館とても素敵ですよね。思わず写真を撮りたくなりますよね」っていう風に声を掛けられたみたいなんです。実は撮った人も、声を掛けた人もどちらも地元の人なんですけど、要はこの施設を誇りに思っていて、「誰かに自慢したい」「この良さを伝えたい」という気持ちが溢れていて、思わず声を掛けたんだと思うんです。好きなもの、大切にしているものがあって、それを誰かに伝えたいという気持ちが溢れちゃうのは、すごく幸せな状態ですよね。図書館ができたことで、この地域の幸福度がすごく上がっているんだなと思います。

瀬川:歴史ある史跡に対しては地元の誇りみたいなものが培われていると思うんですけど、新しくできた場所にそれだけの愛着が育まれていることがすごいですね。

井口:図書館の役割のひとつとして、地域の情報や記憶をいかに残していくかということがあると思うのですが、ここは建物自体に元々あったショッピングセンターの記憶や思い出が残っているので、それが愛着に繋がっているのだと思います。

瀬川:そういえば、東北でも地域の記憶を残すような活動をされていましたよね。

井口:この図書館の前に、宮城県の石巻市で復興まちづくり情報交流館という、地域の人が集う場所をつくる支援に携わりました。
石巻市は東日本大震災のときに、津波で街全体が流されて、写真やデータなどのほとんどの記録が失われてしまったので、人々の記憶を残していくしかないんですね。
そこで、写真や文章をアーカイブし、それをA3のポスター上に簡単にアウトプットすることができ、さらにそれを施設の壁に貼ることで、地域の情報や記憶を皆さんと共有できる仕組みをつくりました。

石巻市復興まちづくり情報交流館 雄勝館 館名版(ベニヤ板をレーザーカッターでカットし着色してボンドで貼付け)

石巻市復興まちづくり情報交流館 雄勝館 館内(ポスターのフォーマットを担当)

瀬川:都城や石巻など、岐阜からかなり離れた場所のお仕事ですけど、どのようなきっかけで携わることになったのですか。

井口:それこそIAMASのおかげなんです(笑)。IAMAS卒業後に、非常勤教授の永原康史さんの事務所に入ることになりました。その頃から、地域の活動や施設の開館支援をしている方と仕事をする機会があり、僕が独立して岐阜に戻ってからも、変わらず声をかけていただいています。
もっと言うと、その方はIAMASの基本設計をした、IAMASの開学に深く関わった方でもあるんですよ。

瀬川:そうなんですね。そういう意味では、かなり特殊な事例ではありますけど、10年以上もの長いおつきあいが続いているのは、それだけ井口さんの仕事が信頼されている証拠ですね。

井口:僕のデザインのスタイルというか、考えていることとして、見た目にこだわりすぎないというか、デザイナーが全てを決めるのではなく、余裕をもたせたデザインを心掛けています。

瀬川:先ほどの図書館もそうですね。

井口:特に公共施設のWebサイトは、一度制作したら5年、10年リニューアルせずにそのままということが少なくありません。だから今のトレンドや最新の技術でつくってしまうと、とたんに古くさく感じて、それがそのまま何年も残り続けてしまいます。5年後、10年後に見ても、今と同じ感覚で見られるようなデザインは意識しています。

瀬川:そのバランスはなかなか難しいですよね。

井口:最初はいいのですが、デザインは消費されるものですから、だんだん見飽きられてしまいます。消費されてもなるべく飽きられないことを常に意識しています。
実際に10年、15年前につくったWebサイトが、今もリニューアルせず使われているんですが、確かに当時は画面サイズが小さかったので、そういう面での古さはありますけど、情報を得るということでいえば古さは感じない。今でも時々更新の依頼があるのですが、シンプルな作りにしているので、更新もしやすいんですよ。

瀬川:色々な地域で仕事をする上で、地域の方に信頼される秘訣はありますか。

井口:やはり地域で一緒に仕事する人に受け入れられるかが大事だと思うのですが、僕は人見知りする方だし、口ベタで、話も上手じゃないので、色々な地域に行って活動をすることにしんどさを感じる時がありますし、毎回悩んでいますね。
地域ごとに文化があるので、地域の人が大切にしているものに気づいて、自分なりにそれをデザインの中に取り込んで表現することは心掛けています。
例えば都城のお仕事では、この地域は島津藩なので、ロゴに島津の家紋の十字のモチーフを少し取り入れているんです。そういうところで、地域の人たちの思いを取り入れていると示すことが信頼関係につながると考えています。

都城市立図書館 メインエントランス

井口:以前山形の庄内地方でお仕事したことがあるんですが、庄内地方の人たちはかつてはある年齢になると必ず山伏修行をしたそうなんです。今の若い子はしなくなったという話を聞いて、僕は元々修行みたいなことに関心があったし、「これはやるべきだ」と思って、山伏修行をしました。

瀬川:どのような修行ですか。

井口:僕が参加したのは、2泊3日の修行だったんですけど、先達について山の中の道なき道を歩いたり、崖を下ったり、薬草で燻されたり、滝に打たれたりしました。僕自身に実感はないのですが、一緒に仕事をしているパートナーからは「修行してから変わったね」と言われました。山伏修行は生まれ変わりの修行なので、物事の見方とか、価値観が変わったのだと思います。

色々な地域で経験したことを地元に還元したい

瀬川:日本各地で仕事をされる一方で、ここ数年は大垣のスイトピアセンターや岐阜のローカル鉄道の仕事など、地元との関係性も少しずつ生まれていますよね。

井口:僕は生まれたのが垂井で、一度東京へ出たあと、家庭の事情で垂井に戻ってきて10年以上が経ちました。最近までは全く地元の仕事はなかったのですが、ようやく少しずつ声をかけていただけるようになりました。ネットさえ繋がっていれば全国どこでも仕事はできるのですが、やはり自分が住んでいるところをもっと豊かにしていきたいし、知りたいし、地域のつながりを作りたいとずっと思っていたので、地元の仕事が増えてきたことは嬉しいです。
色々な地域の仕事をしてきたからこそ、地元のことがまた違った視点で見られますし、その経験を地元で生かしたいと考えています。

大垣市スイトピアセンター 施設全体図(2019年6月にリニューアル)

岐阜ローカル鉄道の旅 ポスター(2013年、IAMASと協同で作成)

瀬川:聞くところによると、最近は農家のお仕事もされているそうですね。

井口:これもデザイン観の話になってくるんですけど、僕はデザインとは、「人の生活を豊かにするために工夫をすること」だと考えています。なので、僕自身も、人間が生きることに関係する衣食住を豊かにしていきたいと思っていて、農業に興味を持つようになりました。
その頃、友だちが起業して農業を始めることになり、ぜひグラフィック関係をやらせてくださいとお願いして、シンボルマークや名刺をつくりました。その報酬はお野菜でいただいたのですが、そういう地元だからこそのつながりをもっと増やしていきたいです。

瀬川: 知り合いからの仕事や小規模な案件は、いくら報酬をもらったらいいか悩ましいですよね。一度お金に置き換えるのではなく、直接自分のつくったもの、自分のできることを交換するというのはいいですね。
今後やってみたい仕事はありますか。

井口:仕事からは少し離れてしまうのですが、農業をやりたいですね。生活を豊かにするために工夫するという意味では、デザインも農業も共通点があります。農業に限らず、デザインと本質は同じということをやっていきたいなと思っています。

瀬川:それがデザインにもフィードバックされることもありますよね。デザインの仕事は対象や目的が様々で、そういう仕事を通じて学ぶことも多い。そういう経験が少しずつ自分の中に蓄積されて、それが次の仕事に生かされる。絶えずそうやって生き物みたいに何かを食べて出すみたいな状態が連動していったらおもしろいですよね。

井口:デザインって突き詰めると、いかにして生きるかみたいなことになっていきます。今のアウトプットはグラフィックが中心ですが、それに限定せず色々なデザインをしてみたいなと思います。

協力:カフェ結

 

編集:山田智子 / 写真:山田聡

PROFILE

GRADUATE

井口仁長

グラフィックデザイナー

岐阜県不破郡在住。公共施設や公的イベントのVIや、Webサイト作りに関わることが多く、誰でも利用しやすく安心感のあるデザインを心がけている。2002年度グッドデザイン賞、2009年度グッドデザイン賞 中小企業庁長官賞、2018年度グッドデザイン賞、SDA日本サインデザイン賞入選。今年から畑の師匠に教わりながら野菜を育てている。

INTERVIEWER

瀬川晃

IAMAS准教授

1970年岐阜県生まれ。グラフィックデザインを軸に展覧会・学会の広報ツールからサイン、記録冊子までトータルにデザインおよびディレクションを行う。近年は移動性、歴史など暮らしを取り巻く身近な環境とデザインの関わりに注力している。