IAMAS Graduate Interviews

INTERVIEW 034 【前編】

INTERVIEWER 三輪眞弘 IAMAS教授
#2024#COMPOSITION#MASAHIRO MIWA#SOUND

GRADUATE

宮内康乃

作曲家/2007年修了

IAMASは反面教師? 
テクノロジーではなく、身体を使った表現の貴重さを再認識

女性を中心とした音楽パフォーマンスグループ「つむぎね」を主催する宮内康乃さん。楽譜ではなく、呼吸や声など身体を通して生み出される“有機的な響き”を生かした独自の方法論で作曲を行い、公演やワークショップ活動を展開している。
前編では、「つむぎね」の原体験となったIAMASの卒業制作に至るまでの紆余曲折を、担当教官である三輪眞弘教授とともに振り返る。


音楽と美術の「間」を学びたい

三輪:昨年8月の「サントリーホール サマーフェスティバル2023」。僕がプロデュースした「ありえるかもしれない、ガムラン」で素晴らしい新作を発表してくれました。すごく嬉しかったし、誇りに思いました。

宮内:ありがとうございます。貴重な機会をいただけて感激しました。
「サントリーホール サマーフェスティバル」は、私にとって、IAMASに行くことを決めた特別な場所なんです。大学院進学を考えていた頃、満場一致で第14回芥川作曲賞を受賞された三輪先生の「村松ギヤ・エンジンによるボレロ」を聴いて、感銘を受けたんです。今まで聴いてきた現代音楽とは全く違う響きがして、不思議な魔力に取り込まれていくような感じがありました。この人のもとで学べば、新しい道が開けるのではないかと思いました。

三輪:出身は東京学芸大学でしたね。そのまま学芸大の大学院に行くことも考えられたわけですよね?

宮内:もちろん選択肢としてはありました。ただ、音楽科はほとんどの人が演奏家で、クリエーターが少ないんですね。私は作曲を専攻していたのですが、どちらかというと美術の人の方が感覚が近い。音楽科は練習に専念していて音楽の道だけを極めている子が多いのですが、美術は映画や音楽など幅広い興味を持った子がいるので、学部生の時もよく美術系の友達といろんな活動してましたね

三輪:ドイツなどでは、音楽大学は、作曲科以外はオーケストラに就職するための”職業訓練校“に近いですよね。

宮内:学芸大はいわゆる音大ではなく、教育大学なので美術系の学科や数学科、国語科、書道科、表現コミュニケーション科などいろいろな学科があります。演劇にも力を入れていて、アングラ演劇を代表する劇作家である佐藤信さんが教鞭をとっていました。
私は映画研究会に入っていたのですが、学部が幅広いので、色々な発想の監督がいました。例えば美術の人はビジュアルを攻めた映画を作る傾向がありますし、社会学の人の作品には少し社会批判的な要素が含まれる。私はそれら多様な作品の音楽をすべて担当していました。監督の要望を聞いたり、作品から自分なりにイメージを膨らませたりして音楽を作り、実際に映像とあわせてみると、音楽で映像の見え方が大きく変わる。それがすごく面白かったです。

三輪:そうなんですね。

宮内:それと並行して、ドイツ人の作曲家、ペーター・ガーンが講師を務めていたドイツ語のグループレッスンに、ドイツに留学したい音楽家と一緒に週1回通って、私はドイツ語だけではなく、作曲も教えてもらっていました。
ある時作った曲を聴いてもらったところ、「あなたはこれで何を表現したのか?」と問われて衝撃を受けたんです。大学では技術的なところを中心に指導されるので、そんなことは全く考えたこともなかったんです。でも言われてみれば、何を表現したくて曲を作ったのか、それ以上に大事なことはないなと。ペーターから教わることはとても刺激的でした。

三輪:僕もペーター・ガーンのことはよく知っていますし、お会いしたこともあります。大学ではどんな曲を作っていたのですか?

宮内:卒業制作は、アンティークシンバルやスティールパンなどの鳴り物とクラリネット2本による「波紋」という作品です。水の流れのようなものを加工した映像を美術学科の友達に作ってもらって、生演奏に合わせて水の音や自分で加工した電子音をスピーカーから流しました。金属系の打楽器の音が好きというのは、今回のガムランにもつながりますね。

「波紋 Ⅱ」(2010)  映像:梶村昌世

宮内:空間インスタレーションにも興味があったので、「美術と音楽の中間くらいのことを学べるところに進学したい」とペーターに相談したところ、紹介してくれたのがIAMASでした。

自分のやりたい「生きた音楽」にたどり着く

三輪:IAMASに入学してどうでしたか?

宮内:独学で波形編集ソフトなどもいじっていたので、音楽科の中ではコンピューターを使える方だと思っていたのですが、IAMAS入学当初は全く周りについていけませんでした。「課題をPDFにしてメールに添付して提出してください」と言われても、当時の私は全くやり方がわかりませんでした。IAMASの同期は美大でも情報デザイン学科だったり、工学部など理系の人が多く、「PDFの作り方も知らないんだ」って呆れられました。そのレベルなのに、「来週までにゲームを作って出してください」と言われても「えっ?何??」みたいな感じで。試練の始まりでしたね。

三輪:僕は常々言っているんですが、異なるバックグラウンドの人が集まっているのは本当に素晴らしい環境だと思います。
理系の人が当たり前に音響学の数式を解いているのをみると、僕ら音楽家はびっくりしてしまうわけだけど、楽器を弾いたことがない人にとっては音符を読んでピアノを弾くことがとんでもないこと。宮内さんが大学で学んできた蓄積というのは、他の人が持っていないすごく大事なものだったと思います。

宮内:そうですね。でも当時はそこに自信が持てなかったし、IAMASで求められている課題に対して、今まで私がやってきたことが何一つ活かせなくて、今まで私は一体何をしてきたんだろうと落ち込みましたね。どう頑張っても2年間で厳しい先生方が納得する作品にはたどりつかないだろうと。「やめるしかない」と1年目はずっと思っていました。

三輪:苦しかったんだね。

 

宮内:だからといって、必死に努力してデジタルミュージックをやりたいかと問われると、そこにも自信が持てませんでした。決定的だったのは、IAMASで開催された「インターカレッジ2005」。そこでテクノロジーによる表現が肌に合わないと痛感しました。

三輪:大雪が降った年ね。みんな来られなくなったんだよね。

宮内:ステージにたくさんの機材を並べて、デジタルミュージックを演奏しているのを見て、身体性がないことに違和感を感じました。これまで観てきたコンサートは演奏する身体が舞台上にあるのが当たり前だったので、パソコンに向かっているだけで音が聞こえる舞台のどこを見たらいいんだろうと戸惑いました。おそらく技術的には最先端のことをしていたのだと思うのですが、身一つで舞台に立って声を出した方がよほどインパクトがあるのではないかと考えてしまったんです。

三輪:すばらしい!

宮内:もし今停電したらどうするんだろうなとも思いました。そうなったら何一つ音は出せない。身体を使ってできる音楽ならどんな状況でもどんなところでも演奏できます。その方が圧倒的に強いんじゃないかと。これまで当たり前だと思っていた、人間の身体を通して出される音がいかに貴重で美しいものなのかを再認識した経験でした。

三輪:インターカレッジが自分のやりたい音楽に気づくきっかけになったんだね。

宮内:ちょうど1年目の年次発表で何をするか決めなければならない時期でもありました。やめるしかないところまで追い詰められている状況をいよいよ誤魔化しきれないと覚悟を決めて、三輪先生の研究室に「どうしたらいいか、さっぱり分からなくなりました」と話に行きました。その時に、「音楽の根源、音楽がなぜ生まれたのかまで遡って考えてみたらいいんじゃないですか」とアドバイスをいただだき、音楽の起源をたどる中で民族音楽に出会いました。

三輪:なるほど。

宮内:調べていくと、楽譜が存在している音楽の方が少数。ほとんどが口伝で伝わり、演奏されるたびに変化している。そういう“生きた音楽”こそ「本物の音楽だ!」と魅了されました。西洋音楽という、狭い世界のものだけを音楽だと思い込んでいたことにも気づき、私は「楽譜のない生きた音楽」をやりたいと、心が決まりました。

三輪:卒業制作展では、身体を使ったパフォーマンスを発表してくれました。テクノロジーを一切使っていないことは、IAMASとしては異例だったかもしれないですが、僕はすごく納得できる作品でした。

宮内:方向性を定められたことで、今まで蓄積してきたバックグラウンドがようやく活かせるようになりました。それまではテクノロジーを使った表現をしなければと思い込んでいたので苦しかったのですが、過去の蓄積の上に新しい発想を取り入れるという道筋が見えて、一気にエンジンがかかりました。

三輪:宮内さんの中で、大発見というか、ブレイクしたんだね。
僕はなによりも「呼吸」に注目していました。そして高い倍音。あの時の演奏家はどのように集めたのですか?

宮内:民族音楽を研究すると、一番の核になっているのが「倍音」なので、倍音をフィーチャーした曲を作りたいと考えました。ホーミーなどはたいてい男性の歌唱で、しかも地声発声のものが多いので、私はそれを女性の裏声でやってみたいと思いました。
でも岐阜には演奏家の知り合いが全くいなかったし、「誰でもできる音楽」が作品のコンセプトでもあったので、それならばIAMASにいる学生に参加してもらおうと思いつきました。数少ない女子学生に声をかけて、自分を含めて12人で夜な夜なマルチメディア工房に集まって練習しました。「夜9時過ぎると、なんか声が聞こえてくるけど、あれは何なの?」「“倍音ガールズ”が練習しているらしい」と学内で噂になっていたようです。

三輪:工房はよく響いたでしょ?

宮内:すごく響いたので、気持ちよかったです。それまでは女性だけで集まる機会が少なかったので、合間にみかんとかお菓子を食べながら、楽しく練習しました。皆さん自分の制作で忙しい中参加してくれましたが、合間におしゃべりして少し息抜きになったみたいです。

三輪:忙しい中で、皆さんよく付き合ってくれたなと思っていたけど、楽しんでやっていたんだね。

宮内:音楽が専門でない人が多かったので、最初は自信がなさそうに小さかった声が、どんどん伸びやかに出てくるようになって、とても面白い経験をさせてもらいました。

三輪:そして、その卒業作品が、いまの「つむぎね」の活動のスタートになったわけですね。

宮内:その通りです。プロの人に譜面を渡して演奏してもらうのではなく、自分も参加して様々なバックグラウンドの人と一緒に作り上げていくプロセスがすごく楽しくて。まさに「つむぎね」の原体験となりました。

三輪:そういうことができるというのが、学生の友達が集まっている環境の素晴らしさ。一人で作曲をしていたら感じられない魅力だね。

宮内:今思うと、本当に贅沢な環境でしたね。

取材: 情報科学芸術大学院大学[IAMAS]

編集: 山田智子 / 写真: 福島諭

PROFILE

GRADUATE

宮内康乃

作曲家/2007年修了

東京学芸大学G類音楽科作曲専攻卒業、情報科学芸術大学院(IAMAS)メディア表現研究科修了。大学にて作曲を、大学院にて電子音楽やメディアアートを学び 、逆に人間の身体を通して生まれるプリミティブな表現に目覚め、人間の呼吸の有機的な伸縮により紡ぎ出される女声のための合唱曲「breathstrati」を作曲し、2008年Prix Ars Electronica, Honorary Mention受賞。その作曲法をもとに、2008年より女性による音楽パフォーマンスグループ「つむぎね」を立ち上げ、多くの人と音を紡ぐワークショップ活動にも力を入れている。

INTERVIEWER

三輪眞弘

IAMAS教授

作曲家。コンピュータを用いたアルゴリズミック・コンポジションと呼ばれる手法で数多くの作品を発表。第10回入野賞1位、第14回ルイジ・ルッソロ国際音楽コンクール1位、第14回芥川作曲賞、2010年度芸術選奨文部科学大臣賞(芸術振興部門)、また2007年、「逆シミュレーション音楽」 がアルス・エレクトロニカのデジタルミュージック部門にてゴールデン・ニカ賞(グランプリ)、2020年第52回サントリー音楽賞などを受賞。