IAMAS Graduate Interviews

INTERVIEW 034 【後編】

INTERVIEWER 三輪眞弘 IAMAS教授
#2024#COMPOSITION#MASAHIRO MIWA#SOUND

GRADUATE

宮内康乃

作曲家/2007年修了

どんな人でも一緒に混ざり合って美しい響きを作りたい

女性を中心とした音楽パフォーマンスグループ「つむぎね」を主催する宮内康乃さん。楽譜ではなく、呼吸や声など身体を通して生み出される“有機的な響き”を生かした独自の方法論で作曲を行い、公演やワークショップ活動を展開している。
後編ではIAMAS卒業後の活動から今後の展望までを語ってもらった。


コミュニケーションが生まれる場としての音楽

三輪:卒業作品の延長線上で「つむぎね」をスタートさせて、いろいろな形で活動が続いているのは素晴らしいことですね。

宮内:IAMASに行っていなかったら、確実に今の私はなかったと思っています。卒業制作の「breath strati」はおかげさまで2008年オーストリア、リンツで「Prix Ars Electronica」 Honorary Mentionを受賞することができました。この時に見つけた「誰でも参加できる、生きた音楽」というコンセプトをベースに、女性たちによる音楽パフォーマンスグループ「つむぎね」を結成し、今も活動を続けています。
「つむぎね」は楽譜ではなく、人間の呼吸のリズムをきっかけとする単純なルールをもとに音を紡ぎ出していく独自の表現により演奏を行っています。おもに声や鍵盤ハーモニカを使い、演奏者がそれぞれ音の粒子となり、その粒子が複数重なりあって、変化、融合することで空間上の響きを紡ぎ出していくパフォーマンスを展開しています。音楽だけでなく、照明、衣装など音以外の演出も含めて総合的に表現する、新しい音楽スタイルの確立を目指しています。
例えば、2023年1月には豊中市文化芸術センターで上演した「ワニを狩るある夜の話」は、影絵師で音楽家の川村亘平斎さんとのコラボレーション企画です。豊中市で発掘されたワニの化石、「マチカネワニ」を題材に、古事記の豊玉姫が出産時にワニの姿に変身するというエピソードも交えて、不思議な儀礼的世界を、影絵と音楽で表現しました。

ワニを狩るある夜の話(2023) 写真提供:豊中市文化芸術センター

宮内:単独公演、ライブ出演のほか、「つむぎね」では「声」という誰もが持つ唯一無二の楽器を活かしてともに音を重ねるワークショップも行っています。IAMAS在学中に芽生えた「誰でも参加できる、生きた音楽をやりたい」という気持ちが精査されて、いろいろな形に発展できています。

三輪:高知で、子どもたちとガムランの演奏をしていましたね。

宮内:はい。ワークショップは日本国内だけでなく、ニューヨークや東南アジアの国でも実施しましたが、一様に「めちゃくちゃ楽しかった」という感想をいただき、声を使ったワークショップは言葉や民族を超えて通用することがわかりました。
こうした活動を通して実感することは、音楽は「コミュニケーション方法」そのものだということです。今は自分の焦点が「誰でも参加できる、生きた音楽」からもう一段階絞られて、「コミュニケーションの場を生む音楽のあり方」に意識が向いています。
ワークショップで初めて出会う参加者同士は、最初はぎこちないのですが、一緒に声を重ねるうちに、言葉よりもずっと深いコミュニケーションを取れるようになります。終わる頃には古くからの友人同士のような何とも言えない一体感を感じられたりします。
音楽は人と人をつなぐだけではなく、時に人と自然界や死者の魂などもつなぐ存在であり、人間社会の調和のために生み出された偉大な「智慧」だという意識を持って最近は活動しています。社会を「つなぐ役割を持った音楽」を目指したいと考えています。ガムランはまさにその「智慧」が詰まった音楽だと感じます。

三輪:ガムランとはどのように出会ったのですか?

宮内:2018年に国際交流基金のアジア・フェローシッププログラムで東南アジア諸国を半年かけて回りました。音楽が持つ「つなぐ機能」が日常に残っている現場に行ってみたかったのです。そこであらためてガムランに出会いました。
ガムランは楽譜がなく、それぞれが自由なグルーヴを持ち、太鼓の合図など他者の出すサインに反応しながら、おおらかな一体感を生み出していきます。つまり「コミュニケーションの音楽」の象徴とも言えます。加えて、楽譜がないからこそ無限のアレンジができ、一期一会が生まれる「生きた表現」が可能になります。ガムランの演奏は、他者を思いやる、感じあうという、人間社会における重要なスキルを自然に身につけられるメディアだとも感じています。

継承することをより強く考えるようになった

三輪:サントリーホールで上演した新作「SinRa」はどのような背景から生まれたのでしょうか。

宮内:東南アジアに滞在してから、アジア圏の音楽への興味が高まっていました。私は日本で生まれ育ちましたが、日本の音楽、アジアの音楽を学ばず、西洋の音楽だけを学んできました。IAMASで音楽のルーツをたどり、大陸を渡ってきた音楽で、日本の表現として古くからある「聲明」を学び、「海霧讃歎」などの作品を作り上げました。次はガムランというコミュニケーションの音楽の世界をもっと追求してみたいと考えていた時に、三輪先生から今回のサントリーのお題をいただき、今まさに自分が考えていることと同じだという印象を持ちました。

SinRa(2023,サントリーサマーフェスティバル「ありえるかもしれない、ガムラン」より)

宮内:東南アジアに行ってからは、「生きた音楽」「つなぐ音楽」に加えて、もう一つ「継承する」ということをより考えるようになりました。私は長い歴史の中の一点でしかない。自分が受けた技術や知識を次の時代にパスするんだという意識を持っている芸能者たちに出会って大変感銘を受けたからです。
ガムランは長い間世代から世代へと継承されてきました。しかし受け継がれてきたのは演奏の技術だけではありません。ガムランは人としての生き方、他者や世界との接し方を伝える教育的ツールでもあったのです。だからバリで音楽を聴いた時、「理想の社会を描いている」と感激したのだと思います。
音楽はコミュニケーションツールとして存在しています。そう捉えると、今の日本の現代音楽は限界にきているのではないのかと感じることがあります。その打開策として、ガムラン的な発想をもっと取り入れていくべきではないかと考えていました。
一方で、サントリーでもご一緒した野村誠さんの『音楽の未来を作曲する』の影響を受けて、未来の音楽について考えていた時期でもありました。ですから、サントリーでは、コミュニケーションツールとしての音楽が、人と人をもっと緩やかにつないでいく理想の社会のあり方を、なるべく素直にプレゼンテーションしたいと思いました。

三輪:最初に観客に声出してもらったのは、うまい導入でしたね。

宮内:あれは途中で思いつきました。最初はコロナの後遺症もあり、客席で声を出していいのか戸惑いもありました。また大きな作品なので全体を見通すためには自分は出演しないつもりでいたのですが、これまで蓄積してきたこと、考えてきたことを全て出し切るためには、観客も参加してもらい、自分も舞台に立った方がよいのではないかと考え直しました。

三輪:少し声を出してもらうだけで、お客さんが自分たちもまた作品の一部となっているような雰囲気に一気に変えることができた。あれは大きかったと思います。声を出すことによって、曲との関わり方が変わるんですよね。

宮内:観客を舞台の一部として取り込み、音のひとつとして主体的に参加してもらうのは、今まで「つむぎね」でやってきた手法なので、ここでもやらない手はないなと思いました。それに、今まで「つむぎね」の演者の一人として演奏してきたのに、今回だけ出演せずに聴いているのも、旧然依然とした作曲家のあり方のような気がして。これからの未来の音楽を訴えるのであれば、私もともに音を奏でたいと思ったのです。

三輪:最後に今後の展望を聞かせてください。

宮内:今後は芸術音楽の世界だけではなく、コミュニティアートとしての音楽のあり方も考えていきたいです。
これまでも小学校や障害者福祉施設などいろいろな場所でワークショップをしてきました。一度、重度肢体不自由の高校生たちとワークショップをした時に、人工呼吸器で呼吸している子たちが参加してくれました。自分で声を出せないその子たちに代わって先生方に声を出してもらうと、今までにない響きが生まれたんです。声を出していないにもかかわらず、確かにその子たちの声も響き合っているという感覚が伝わってきて感動しました。それ以降、老若男女、障害のある人もない人も、いろいろな人と音を通してつながる活動が重要な一つの柱になっています。
プロの人たちと作り上げれば、精鋭な芸術性の高いものを目指せます。でもアマチュアが奏でる音楽に芸術的な価値がないということでは絶対にない。裾野を広げて、いろいろな人が混ざり合って美しい響きを作ることもできます。そのどちらも同じ方法論で実現できるのが私が取り組む音楽の強みです。これからも、その両輪を大切にして活動していきたいと考えています。

ジョグジャカルタの子どもたちとのワークショップ 写真:Gabra Michael Arda

宮内:唯一決まっているのは、2025年3月1日に聲明曲の岩手県一関での公演です。
聲明曲「海霧讃歎」は、東日本大震災の津波で亡くなられた陸前高田の女性が生前詠んだ和歌を元に、震災の弔いの歌として作曲しました。2012年の神奈川県立音楽堂での初演以来、兵庫、陸前高田、静岡、愛知、山形、高知、東京など多くの地で再演を繰り返してきましたが、ようやく和歌が誕生した岩手県に到着します。これからもずっとこの活動を続けることで、震災の記憶の継承をしていけたらと考えています。
 ※この作品に関する記事:<一首のものがたり>どこにいても母に包まれている(東京新聞2024年2月27日掲載)

三輪:現代音楽が再演されるのはそれほど簡単なことではないので、これだけ多くの場所で再演されるのは素晴らしいことだと思います。

宮内:本当に恵まれた作品だと思います。新作についてはいまのところ予定はないですが、いつか聲明とガムランのコラボレーション作品を作りたいという野望は持っています。

取材: 情報科学芸術大学院大学[IAMAS]

編集: 山田智子 / 写真: 福島諭

PROFILE

GRADUATE

宮内康乃

作曲家/2007年修了

東京学芸大学G類音楽科作曲専攻卒業、情報科学芸術大学院(IAMAS)メディア表現研究科修了。大学にて作曲を、大学院にて電子音楽やメディアアートを学び 、逆に人間の身体を通して生まれるプリミティブな表現に目覚め、人間の呼吸の有機的な伸縮により紡ぎ出される女声のための合唱曲「breathstrati」を作曲し、2008年Prix Ars Electronica, Honorary Mention受賞。その作曲法をもとに、2008年より女性による音楽パフォーマンスグループ「つむぎね」を立ち上げ、多くの人と音を紡ぐワークショップ活動にも力を入れている。

INTERVIEWER

三輪眞弘

IAMAS教授

作曲家。コンピュータを用いたアルゴリズミック・コンポジションと呼ばれる手法で数多くの作品を発表。第10回入野賞1位、第14回ルイジ・ルッソロ国際音楽コンクール1位、第14回芥川作曲賞、2010年度芸術選奨文部科学大臣賞(芸術振興部門)、また2007年、「逆シミュレーション音楽」 がアルス・エレクトロニカのデジタルミュージック部門にてゴールデン・ニカ賞(グランプリ)、2020年第52回サントリー音楽賞などを受賞。