2006年に東京のサントリーホールで初演され2010年に再演された、弦楽のための「369 B氏へのオマージュ」は、私にとって、それ以前に作曲された弦楽六重奏曲「369 Harmonia II」、そしてさらに前の、ヴィオラとピアノのための「虹の技法 Harmonia I」という一連の作品の集大成ともいえる弦楽合奏曲である。

今回、私が担当するシリーズ「a.Labo からの応答」では、その中から弦楽六重奏曲「369 Harmonia II」の演奏を「録楽」、すなわちスピーカーによって再生し、私と一緒に聴いていただこうと考えている。約35分という演奏時間がこの作品を聴いてくださる方々の人生において長すぎるのか、もの足りないのかはわからないが、どちらにせよ、私はどうしてもこの録音をa.Laboの活動に関心を持ち集まってくださった方々に聴いてほしいのだ。

もちろん、聴いて頂くにあたって「必要な情報」、例えば楽器編成の配置や具体的な演奏技術、記譜などについては(映像記録ではないので)必要な限りで説明するつもりだが、「理解を深めるため」の情報(作品の背景)、たとえば文化人類学者、中沢新一氏とのコラボレーションによって書かれた同名の短編小説との関係、クロード=レヴィ・ストロースが報告した南米神話について、器楽演奏によるフォルマント人声合成、あるいは作曲家ルチアーノ・ベリオ、クラーレンス・バルローや、A・シェーンベルクからの影響や引用などについてはプログラムノート(テキスト)で紹介するだけで、解説は省略する。もちろん、求められれば私は喜んで何時間でもそれらについて解説する気持ちはあるのだが、時間の都合というよりも、むしろ作家の思考に対する「理解を深めて」もらうよりも、その作品が「あなた」にとってどのような体験だったのかを尋ねてみたいし、そちらの方が何倍も大切だと思うからだ。つまり、たしかに作品についての様々な事情は「創った本人」が一番良く知っているに違いないが、音楽とはもともと出会うものであって理解するものではないからだ。そして、もちろん、その感想が「退屈だった」でもいい。では、なぜ?(作家は「退屈なはずがない」と考えているのだから!)

なお、冒頭に「集大成」だと述べた弦楽のための「369 B氏へのオマージュ」の方をなぜ、今回紹介しなかったのかについてはふたつ理由がある。ひとつは、この弦楽合奏曲の素晴らしい演奏と録音がこの夏にCDでリリースされ、望めば誰でも聴くことができるようになる予定だからである。もうひとつの理由は、昨年、栃木県立美術館で録音された弦楽六重奏曲の演奏が私にとって「奇跡的」と呼びたくなるほど特別なものだったことと、その録音がCD化(公開)される予定が今のところないからだ。


三輪眞弘(作曲家)

1958年東京に生まれる。1974年東京都立国立高校入学以来、友人と共に結成したロックバンドを中心に音楽活動を始め、1978年渡独。国立ベルリン芸術大学、1985年より国立ロベルト・シューマン音楽大学で作曲を学ぶ。1980年代後半からコンピュータを用いた作曲の可能性を探求し、特にアルゴリズミック・コンポジションと呼ばれる手法で数多くの作品を発表。2004年「オーケストラのための、村松ギヤ・エンジンによるボレロ」で芥川作曲賞、2007年コンピュータを用いた新しい音楽概念「逆シミュレーション音楽」がプリ・アルスエレクトロニカでグランプリ(ゴールデン・ニカ)、近著「三輪眞弘音楽藝術 全思考一九九八ー二〇一〇」の評価により2010年芸術選奨文部科学大臣賞など数多くの賞を受賞。旧「方法主義」同人。「フォルマント兄弟」の兄。情報科学芸術大学院大学(IAMAS)教授。

(1)時間:

平成24年7月26日 18:30 ~ 20:00

(2)場所:

ソフトピアジャパン ドリーム・コア2階(岐阜県大垣市今宿 6 - 52 - 16)

(3)定員:

 各回 10名程度 (申込不要)

(4)参加費:

 無料

(5)問合せ:

 IAMAS 産業文化研究センター[RCIC]

 tel. 0584-75-6606

 fax.0584-75-6637

 http://www.iamas.ac.jp/

  主催: IAMAS 情報科学芸術大学院大学

(下記イベントは無事終了しました。)

7/26 P-dayのイベントレポート