IAMAS OB/OG Interview

INTERVIEW 019

INTERVIEWER 金山智子 産業文化研究センター長・教授
#2020#COMMUNITY DESIGN#KANAYAMA TOMOKO#MANAGEMENT#RESTAURANT

GUEST

南原鉄平

「南原食堂」店主

南原食堂は、料理を中心にしたコミュニティをつくるという作品

大垣市内にあるシェア型ビル「Studio3」の2階で、弟とともに「南原食堂」を営む南原鉄平さん。IAMAS在学中から友人らに料理を振る舞い、食を中心にしたコミュニティづくりを研究してきた南原さんと、地域コミュニティとコミュニケーションを専門に研究されている金山智子教授が、アフター新型コロナウイルス感染症のコミュニティのあり方などについて語りました。

※写真撮影時のみマスクを外して撮影。

「新しい生活様式」を先取りした生き方

▲豆腐ハンバーグ フルーツ照り焼ソース

金山:今回の新型コロナウイルス感染症の影響で、多くの飲食店が休業したり、テイクアウトを始めたりしています。南原食堂ではどのような対応を取ったのですか。

南原:少し早めに閉めた方がいいんじゃないのかと、4月9日から休業して、6月2日から営業を再開しました。

金山:休業することについて悩みましたか。

南原:あまり悩まなかったですね。そもそも、いつでも好きな時に休めるようにしようと思ってお店をやっているので。

金山:確かに、これまでも時々休んでいましたよね。そう意味では、南原君のような働き方は「新しい生活様式」を先取りしていたというか、未来型だったのかなと思うのですが……。

南原:それは、すごく色々な方から言われましたね。

金山:「studio3」ビルに南原食堂がオープンしてから4年、南原君がIAMASを卒業してから7年くらいですよね。ようやく南原君のやり方が評価される時代が来たというのは不思議な気がします。

南原:評価されているかは分からないですけど、一考には値するという感じでしょうか。

金山:私が初めて南原君に会ったのは確か2012年。私がIAMASに着任した時には、南原君は既に学生としていて、細かい経緯は覚えていないんですけど、三輪(眞弘)さんから紹介されたという記憶があります。

南原:間違いないです。あの頃は、何をしていいのかよく分からない状態に陥っていて、三輪さんから「新しい先生が来たから一度相談してみたら」と、金山さんを紹介されました。

金山:その時に、空き家をリノベーションしていて、その一角でカレーを作ってみんなで食べているというような話を聞きました。

南原:古い家を借りて、リノベーションしながら住み始めた友人たちがいて、彼らは社会人で平日は作業ができなくて、僕はちょうどIAMASを休学していた時だったので、住み込みで改装を手伝うことになりました。
カレーはもう少し後の話で、一緒に住んでいたメンバーで交代で食事当番をしていたのですが、ある時自分で毎日作った方が、いつでもおもしろいものが食べられるんじゃないかと思い、僕が料理を担当することになりました。僕の作るものを気に入ってくれたのか、外の人も呼ぼうということになって、改装中の家で食事会を始めました。
参加者の一人にジェームズ(ギブソン)がいて、これを外でやってみようということになって。一緒に住んでいたデザイナーがロゴを作ってくれて、「南原食堂」が始まりました。

金山:初めて話をした時に、既に南原食堂という名前があって驚きました。それで研究テーマはこれしかないなと思いました。どうしたら研究になるかは私にも分からなかったのですが、南原君がすごく楽しそうに語っていたことは印象に残っています。

南原:当時はそればかりやっていましたからね。僕も研究になるとは全然思っていなかったです。

金山:当時はリレーショナル・アートが全盛からやや一区切りついた頃で、確か人の家でご飯を作って食べるという作品もありましたよね。

南原:アートの文脈以外でもそういうことしている人が出てきた頃ですね。KitchHikeなどが出てきたのも、おそらくその頃ですね。(※2013年〜

金山:南原君のやっていたことは、かなり先端を行っていたということですよね。

南原:時流に乗っていたというか、徐々に同じようなことをやっている人が増えてきて、社会的な評価が変わっていったという実感はありました。

金山:私も南原食堂がここでオープンする前に自宅でやっていたご飯会に何度か参加しましたが、中には初めて会う人もいるんだけど、同じ空間で普通に一緒にご飯を食べて、「これ、おいしいですよ」みたいなやり取りをするのが楽しかったです。あの時の雰囲気が、南原食堂でも残っているのはいいですね。
修了研究としても、最終的に食とコミュニケーションとアートがおもしろくまとまったと思っているんですけど、ご自身ではいかがですか。

▲ご飯会の様子

南原:よく卒業させてもらえたなとは思いますけど(笑)、良くも悪くも、興味を持ってもらえる内容だったという手応えはあります。

金山:IAMASに来る前は美大に行っていたんですよね。専攻は何でしたか。

南原:専攻は絵画です。油絵で大学に入ったのですが、多摩美の学生が作った「GLOBAL BEARING」というすごいメディアアート作品を見て、自分もメディアアートをやってみたいと思って、プログラムの基礎もないままとりあえず始めたんです。それで、そういうことを続けたいのなら、IAMASを受けてみたらと勧められました。(※平川紀道さん

金山:本当はIAMASでメディアアートをやりたかったんですね。

南原:入試の時には、動く絵画を作りたいという話をしました。でもそういう作品を制作するためには、プログラムを基礎からひたすら勉強をする必要があって、2年間では時間が足りない。じゃあどうしようと、頭がグルグルになって、結局旅に出るわけです。

金山:それで旅に出ちゃったんだね(笑)。

南原:そしたら、僕がやりたいと思っていたことよりも、「君が旅に出たことの方がおもしろい」と評価してくれる先生や同級生が結構いて、こういう結果になったわけです。

金山:なるほど。あの時の苦悩は無駄ではなかったんですね。私も、時々自分を解放すべく休みを取って旅に出てしまうという南原君の生き方をおもしろいと感じていました。
一般的には、お店を始めたら、なかなか勝手にお休みは取れないと思うんだけど、南原食堂を始めてからもそのあり方が変わっていないのもすごいなあと思っています。

南原:そうですね。こういう人なので、変えられないです。だから正直言うと、こんなに長く続くとは思っていなかったです。

 

頼まれたことを断らなかったら、活動の幅が広がった

金山:南原食堂以外にも様々な活動をしていますが、それはどのような位置づけなのですか。

南原:基本的には頼まれるんですよ。僕は特にこれといって凄いスキルがあるわけではないんですけど、家具も作れるし、絵も描けるし、料理もできるし。何でも少しずつできるタイプなので、色々な人から色々なことを頼まれるんですね。それを断らなかったら、どんどん広がっていったというか。今もベッドの足を短く切ってほしいと頼まれたりしています(笑)。

金山:狙ってこうなったわけではないんですね。料理がメインではあるけれど、基本的には生活に関わることは何でもするというスタンスなのかなと感じています。

南原:そうですね。ご飯屋さんはあくまで中心にあるだけで、どちらかと言うと、もっと大きな、色々なことをできる場所をやっているという意識でいます。

金山:頼まれたことを断らないのは、南原君のいいところだよね。

南原:例えば、この「生理ごはんレシピ本」も、SAYRING(セイリング)という女性たちが進めているもので、こんなにも大々的に名前が出るとは思っていなかったんです。でも実際にうちのお客さんでも「今日はちょっと食が細くて」という方もいらっしゃるので、体調を崩したときの参考になればと思って協力しました。

▲生理ごはんレシピ本

金山:そういう活動の中で、最近力を入れていることは何ですか。

南原:大垣駅前にシェアオフィスをつくる計画があって、クラウドファンディングなどの手伝いをしています。
あとは、南原食堂のロゴを作ってくれた近藤(崇司)君が、最近タコスにはまっていて、タコス屋をやろうと考えています。屋号も決まっていて、「タコデキャラバーニャ」っていうんですよ。今はコロナで中断していますけど、折りを見て復活させたいと考えています。

金山:根尾で一緒にワークショップをやったのもタコスでしたよね。小麦粉を潰して、円形にして焼いて、好きな具を巻いてその場で食べて。あれは楽しかったですよね。

南原:そう言えば、潰す機械を作りましたね。巻くタイプの料理は子どもウケがいいんですよ。

▲タコスを作るワークショップの様子

▲ピクルスを作るワークショップの様子

金山:揖斐川ワンダーピクニックでも、一緒に食のワークショップやりましたね。

南原:イベントで買った野菜をその場で切って、ピクルスを作るワークショップでしたね。

金山:後日聞いたら、参加した親子が揖斐川ワンダーピクニックで一番楽しかったって話していましたよ。あれも楽しかったですね。

南原:あれはいいワークショップでした。子どもたちの食べることに対する意識も変わりますし、あの後に、家に帰ってから何が起こったかを想像するのも楽しいですよね。

人と人とをつなぐ「交差点」になりたい

南原:今、オンライン飲み会が流行っていますけど、結局のところ、誰かと一緒に食事をしたい、人と食べるとおいしいということが根源にあると思うんです。新型コロナによって制限されたことで、それが表面に出てきたというか、本当に必要だったものがより浮き彫りになったのかなと感じています。

金山:私もフィールドワークを自粛していたのですが、これまで国や自治体が移住を推進してきたにもかかわらず、移住者の受け入れを中止したり、移動が制限されたりと、人と人との交流が難しい状況になっています。そうした中で、地域や社会のあり方がクローズドな方向に向かっていると感じています。

南原:そうですね。

金山:実は5年くらい前に、東京藝大の桂英史さんが著書の中で、これからはゆるくクローズドな社会になっていって、コミュニティ同士がインターセプト(交差)する感じになくなってゆくのではないかと書いているんです。私もそれについては同感で、だからこそこれからの社会では、地域の中に交差点となる場所やインターセプトさせる人がいることがより重要になってくると考えています。

南原:いい癖か悪い癖が分からないですけど、僕は昔から人と人とを会わせたがる癖があるんですよ。「あの人おもしろいから、一度しゃべってみてよ」とか、そういうことを結構やりたがる人なので。だから南原食堂が交差点になってもいいし、こことまた別の場所が交差していくとうれしいです。

金山:「studio3」ビルはデザイン系のおしゃれな空間で、アルパカの雑貨とかアート系の本とかが置いてあったりもするんだけど、実際に南原食堂に来ている人は、アート系の人だけではなくて、スーツを着た会社員の方とか近所のおばあちゃんも多い。色々な要素が混じり合っていることに可能性を感じます。そういう意味でも、南原食堂、もしくは南原君自身が、この地域の交差点になっていくんじゃないかと期待しています。

南原:そうなれるように、がんばります。

取材: 南原食堂

編集・写真:山田智子

PROFILE

GUEST

南原鉄平

「南原食堂」店主

1982年福岡市生まれ。2008年、東京造形大学絵画学部を卒業後、2009年に情報科学芸術大学院大学へ入学し、2013年に卒業。2016年、大垣市本町のstudio3ビルで「南原食堂」を開店。町の人も食べに来ることができる社食として、ひっそり営業。調理、絵画、木工等の経験を活かし多様な人々の交差点として活動中。

INTERVIEWER

金山智子

産業文化研究センター長・教授

大船渡生まれ。コミュニティとコミュニケーションや市民のエンパワーメントとメディアが主な研究テーマ。RCICでは、IAMASの成果を地域社会に実装させ、そこから新しいニーズを創造することに取り組む。主な著書は『小さなラジオ局とコミュニティの再生』(大隅書店)、『コミュニティメディア』(慶應義塾大学出版)、『NPOのメディア戦略』(学文社)、『ネット時代の社会関係資本形成と市民意識』(慶應義塾大学出版)など。