教員インタビュー:鈴木悦久准教授

今年度からIAMASに着任する鈴木悦久准教授は、打楽器と電子音楽を背景に、身体性とテクノロジーを横断する作品を制作しています。また、創作実践を起点とした電子音楽におけるアーカイブの方法論について研究しています。
前編は、IAMAS卒業生でもある鈴木さんに学生時代の活動から現在の研究テーマである「筋電センサー」、「モジュラーシンセ」を使った作品について聞きました。
IAMAS入学前は演奏家だった―2000年代、新たな舞台芸術の表現を肌で感じた
― 鈴木さんは2002年にIAMAS大学院に入学しています。当時、IAMASへの入学を決めたきっかけは何だったのでしょうか。
端的に話すと、ポジティブな面として「新しいことがしたかった」、ネガティブな面としては「将来が見えなくなった」というのが正直なところです。
IAMAS入学前は昭和音楽大学 器楽学科で打楽器を専攻し、大学卒業後はオーケストラのエキストラや音楽講師として働いていました。エキストラは、正団員が休んだり、人手が足りないときに参加する役割です。
その頃、中国打楽器合奏団や能楽の演奏に加わったことで、演出家とのやりとりを通じて新たな発想に触れたことが転機となりました。
それまで音楽と言えば、オーケストラやクラシック、現代音楽、ジャズ、ポップスしか知らなかったけれど、そこでの経験から舞台芸術の可能性を感じるようになりました。
その頃、仕事で新宿・新国立劇場に訪れた際に、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]の展覧会のフライヤーに書いてあった「メディア・アート」という言葉が目に留まり、「メディア・アートってなんだろう?」と思って、ネット検索したらIAMASのWebサイトへたどりつきました。世に「メディア・アート」という言葉が浸透していなかった、2000年前後だったと思います。
三輪眞弘先生がIAMASでコンピュータ音楽を教えているということがわかって、すぐに三輪先生のコンサートへ行きました。そのとき、三輪先生が上演した作品は《モノローグ・オペラ『新しい時代』》(2000年)からのコンサート・ピースだったのですが、これまで自分が描いてきた電子音楽のイメージとは、まったく異なるもので「こんなに自由な発想で、柔軟でいいのか」と衝撃を受けました。
それですぐ三輪先生に「IAMASへ入学したいです」とメールを送りました。
実は最初の入試は落ちたんですよ。その後、再び三輪先生のコンサートへ行って「なんで僕は落ちたんですか?」って聞いたんです(笑)。
そしたら、三輪先生が「君はスコア(楽譜)がなかった。君の音楽を証明するものがなかったからだよ」とおっしゃられて、それでスコアのある作品をつくって、翌年IAMASに入学できました。
これまでは演奏家でしたから、入試のためにつくった作品で初めてスコアを書きました。

ドラム演奏の様子(名古屋を拠点に活動するスティーブジャクソンにて)
― IAMAS入学前、鈴木さんはどのような音楽活動をしていましたか?
私は大学3年の頃からDTMをはじめ、MIDIで曲をつくって遊んでいました。作曲よりも録音が好きで、雨の音などフィールドレコーディングした音と自分の打楽器演奏を組み合わせていましたね。
一方で、今では大好きなテクノなどの電子音楽には、当時はあまり触れていなくて、生演奏が中心の音楽ばかり聴いていました。DTMが急速に普及していくなかで、どんどん生演奏がDTMの打ち込みに置き換わっていくことに危機感というか「敵」のようにを感じていて、その反発で生演奏にしがみついていたんだと思います。
大学卒業後は、演奏家として打楽器を演奏したり、教えたりしていました。
エキストラとしてオーケストラに参加することもありました。でも、オーケストラの世界には自分より上手な人が大勢いるので、正団員には到底届かないだろうと思っていました。入学動機の「将来が見えなくなった」というのは、こういった背景があったからです。
― 入試のときに提出した作品はどのようなものだったのでしょうか?
それは観客にカードを引いてもらって、その結果が譜面になるという作品です。当時から観客の参加をうながすようなルールベースの作品に興味がありました。今の作品に通じるところがありますね。
まだメディア・アートの言葉の意味もわからず、どんな表現形態があるのかも模索していた時期でした。
これまでのキャリアを手放す―作曲家としてアルゴリズム・身体・音楽について思考する
― IAMAS在籍時はどのような研究をされていたのでしょうか。
今の社会環境と2002年を比較して、強く感じるのは、コンピューターがいよいよ主役になってきたと高揚するような感覚です。ハードウェアでいうと、Macintosh(マッキントッシュ。現在のMac)のPowerBook G4が登場し、ようやくラップトップで音響処理もできるようになった頃でした。
今と違って、当時のIAMASのカリキュラムではスタジオ制を導入していて、私は「タイムベースドメディア」、時間軸を扱う音楽領域と映像領域が混在するスタジオ2に所属しました。
担当教員は三輪先生、前田真二郎先生、都築政昭先生、高橋李穂先生がいて、私の主担当は三輪先生でした。
そして「舞台芸術プロジェクト」にも参加したのですが、三輪先生とメンバー間に「人の身体による表現」が共通認識として浸透していて、当時の私の考えと一致していたこともあって居心地がよかったですね。
その一方で、私は演奏家としての経験を一度リセットしようと思っていました。
あの頃、三輪先生は人間が演奏する作品を発表していた時代です。
私たちも展示の手伝いに駆り出され、そのときに三輪先生から「演奏者としての表現力を使えば、鈴木くんは何をやっても音楽的に成立させてしまうので、そういった表現に安住しないで、奏者自身の技芸に依存しない作品のあり方を模索してほしい」というアドバイスを受けました。
いや、演奏家として演奏を成立させることは当然だろうと思うじゃないですか。演奏家はフロントにいるわけで、観客を納得させる使命を持っている。それを「技芸に依存しない作品のあり方を」と三輪先生から言われたことに驚いて、そのときに初めて私は観客から作品に目を向けることができたんです。それが大学院1年生の終わりの話です。
「これまでの経験を手放して、自分は何ができるのだろか?」と考える中で、身体とアルゴリズムの関係を作品制作を通して研究するようになりました。
そこからアルゴリズムと身体と音楽について思考を深めていきました。
演奏家の音楽的な解釈を求めず、まず曲のアルゴリズムを解釈してもらい、曲のルールに則って演奏する。そうなると、音楽的な解釈はどこにあるのだろうという疑問が湧く。だけど、その時点で僕の解釈はすでに一歩進んで、演奏家による音楽的な解釈はいらないのではないかと考えていました。しかし、一方でそれをなくしてしまったら音楽ではなくなるのではないかという不安もありました。
その話を同期だった福島諭さん、飛谷謙介さんに話したところ、「いいじゃん」って背中を押してくれて、何とか迷いを吹っ切ることができました。
― 大学院修士課程の2年間を通して、鈴木さんは作曲家になっていった感じですね。
そうかもしれません。この2年間が大きな転換期であったのかもしれない。
すぐそばで作家として活動している三輪先生の姿を見ていたので。三輪先生は鋭いし、厳しい。そして、音楽を信じている。
演奏者による演奏解釈や表現力を用いなくても、もっと根源的なものがあれば音楽は成立するという、音楽の本質を教えてもらった気がします。
これまでの演奏家としての価値観を一旦捨ててみて良かったと、今になって思います。普通、自分の価値観を全部捨てる経験なんてできないですよ。
― IAMAS卒業後にTeamSZKというルールベース/アルゴリズミックコンポジションを主軸にしたグループを組織していますが、その頃の問題意識を教えていただけますか。
これは、さっきの演奏家の話に戻るのですが、当時、三輪先生が方法主義のパフォーマンスクループ《方法マシン》(2004年)を結成していましたが、三輪先生は「作品を解釈するマシン」としてゼロから演奏する身体をつくりだすことが目的であるのに対して、私はすでに演奏家として熟練した身体を持っている人に、新たにプラグインを追加するイメージで演奏することに興味がありました。
それによって、三輪先生の作品との間にどんな差が生まれるのだろうかという実験でもありました。
自分の作品にとって、演奏家に実演してもらったほうががいいのか、それとも0からやってく方がいいのかっていうのは、なかなか実験する機会がなかったので、この機会に挑戦してみました。不純な動機かもしれないですけど。
― 不純というより、ハイブリッドな集団をつくったということではないですか?
そうですね。タイミングとして、三輪先生の《方法マシン》があって、その対抗馬としての作品を実演したら、比較できるかなと思ってスタートしたのが、TeamSZKです。
― TeamSZKの一つの成果として、前田真二郎さんの作品『日々 “hibi” 13 full moons』※1の演奏があると思います。はたから見ていても、TeamSZKはかっこいい演奏を実践するグループでした。
2005年にICCで開催されたライブパフォーマンス「《「日々」のための音楽》by 三輪眞弘」※2でに演奏家として参加しました。
作曲は三輪先生で、TeamSZKの5人でマラカスを演奏しました。
その頃、三輪先生はロボットでも演奏をしていたのですが、マラカスは正しい奏法で演奏しないと違う音色になるし、正確なリズムを演奏できない。ですが、実直にアルゴリズムを演奏する機械という観点では魅力があります。どちらがいいのか迷って、演奏家としてマラカスの正しい奏法で、リズムも正確に、機械のような人間を目指して演奏しました。
TeamSZKの演奏はDVD『日々 “hibi” 13 full moons』(2008年)にも、副音声で収録されています。
その後は、トム・ジョンソンのアルゴリズミックに段ボールを積んでいく作品にも参加したり、方法芸術祭に参加したりして活動の幅が広がっていきました。
TeamSZKとしての活動は、IAMAS卒業後2〜3年間続けた後、私が交通事故に遭って演奏家としての活動が途絶えたことで解散。そこからは作曲・研究の道へ進むことになります。
事故をきっかけに筋電センサーと出会う―電気信号から生まれる波形と音に魅了される
― その後、鈴木さんは筋電センサーを体に繋いだ演奏やプレゼンテーションを試みています。そのきっかけについて教えてください。
大学教員になってからは作曲が中心です。事故に遭ったことで、ある種、断捨離ができた感覚があります。そのときに演奏家であることを手放して活動を絞りました。
というのも筋電センサーに興味を持ったのは、事故で受けた首のケガがきっかけなんです。
ケガをしたことで、左手に麻痺が残りました。そこで、針筋電図を使って、ちゃんと神経が機能しているかを検査したんです。針筋図検査とは、体に直接針を刺して神経の働きを測る検査なのですが、それが私にとっておもしろい体験でした。
結局、筋肉の動きって電気信号だから、検査中に体を動かすとグラフの波形の変化と同時にバリバリバリと音がする。その音のおもしろさもありますが、何よりも音とグラフが同じ波形であるという部分に興味が沸きました。
そのときは筋電センサーを知らなかったけれど、これを使えば演奏行為と音楽を結びつけられるかもしれないと思ったんですね。
リハビリ中なんで、すぐには実行できないけれど、いつか筋電センサーを使ってみたいと思い、それから調べはじめました。

筋電センサーによるシンセサイザー演奏
当時は、大学院の博士課程にいて「演奏家の打楽器演奏の動作解析」を研究していました。モーションキャプチャーなどを使っていたのですが、やはり筋肉の動きを計測することが一番ダイレクトにわかりやすいだろうと考えていました。
演奏行為における身体の動き、とくに楽器演奏を習得するには、身体の使い方が関係していることは、打楽器を勉強しているときから感覚として気づいていました。そこから、演奏時はどこの筋肉をつかっているのだろうかという疑問から調べていきましたね。
結果、筋肉の動きと演奏の熟練度には相関性があるということがわかりました。これは、作品に発展する前段階の研究ですね。
実際に筋電センサーを扱うようになったのは、2013年頃です。
― 交通事故に遭って、鈴木さん自身がケガをしたことが大きな転換点になったということですが、「身体とアルゴリズム」という現代音楽におけるキーワードではなく、本当にご自身の身体の仕組みに深くフォーカスしていく時期だったということでしょうか?
そうですね。今の研究テーマにもつながりますが、私たち人間は、体を動かすときに自らの意識で動かしていると思うじゃないですか。でも、実は無意識下で動いている筋肉がたくさんあるんです。
そして、スポーツも楽器演奏も複合的で、順序もある。それによって筋肉の動きが成り立っている。それって、ある種のアルゴリズムだなと気づきました。
無意識下で動いてる体の生態的な動きをコンピュータのアルゴリズムで再現して、音響化することができたらおもしろいだろうなと思ったんです。
― それは音をコントールしているおもしろさなのか、それとも、不確定な音が現れることを期待しているのか、どちらでしょうか?
これが両方とも起こるからおもしろいんですよね。
期待した通りにいく場合と、まったく期待してないことが起こる場合があって、その両方が同時に発生することもあって、すごくおもしろい。
一番最初に筋電センサーを使った作品が2018年の《グレイン #2》※3です。フランスと日本と台湾のコンペティション内のコンサート「プチット・フォルム」で、カリンバを演奏する動作を測定して、映像と音響に変化させる作品です。
自分の体と音を通じてセッションしてる感じがあっておもしろい。
日本と台湾のコンペティション内のコンサート「EMS17 Welcome Concert 2」での様子
― そこからの試みが今もバージョンアップを重ねて、今に続いているように感じます。
《グレイン #2》から現在まで、その間に何作品かつくっています。
小さなマリンバを叩く様子を筋電センサーで計測して、次に録音したデータをバラバラにして再生させるというシリーズの作品が複数あります。
モジュラーシンセにクラフトマンシップを感じる―ここから生まれるコミュニティと豊かなカルチャー
― 鈴木さんにとってのモジュラーシンセの魅力について教えてください。
それまではコンピューターで作曲していたんですが、2015年頃からはハードウェアのシンセサイザーも使っています。
その中でもモジュラーシンセは、それぞれ独立したモジュールを組み合わせてつくるシンセサイザーで、ユーザーによってオリジナリティが生まれるのが特長です。
私が最初に買ったモジュラーシンセは、ペルーのシンセ職人がつくった、ものすごく無骨なもの。それがかっこよくて、しかも、おもしろい音がしたんです。
それまで、私はシンセサイザーは大手メーカーがつくるものだと思っていました。まさか、工芸品のような世界があるとは思わなかった。
そこから、いろいろなモジュラーシンセを買うようになりました。どこのメーカーも個人だったり、小さな工房でつくっていて、1つ1つに異なる哲学が込められている。
それは、オシレーターやエンベロープの1つとっても制作者の個性があって、操作性にも思想が感じられる。職人がこだわる電子音のあり方に初めて触れたんです。

モジュラシンセとブティックメイカーのシンセサイザー
そこから急速に、メーカーのクラフトマンシップに興味が生まれました。ここに興味を持ったのは、自分が演奏家だったからだと思うんですよ。
楽器は人がつくるもの。楽器職人がいて、その人の思想が楽器に反映されて、それを演奏家が受け止めて音楽にする…。
モジュラーシンセのできることはMaxとほぼ同じ。むしろ、Maxのほうが柔軟性が高いくらいです。だけど、フィジカルで操作しているのがおもしろくて、操作することで作り手の発想や思想がダイレクトに感じられるのもいいんですよね。
また、モジュラーシンセのコミュニティも魅力的で、小規模なブティックメーカーがイベントを開催したり、講座があったり。音楽を柱にしたコミュニティが充実しているから、今までの電子音楽じゃなかったようなメーカーとユーザーの関係性が生まれて、それをお互いに良しとしている。ここから新しい音楽も次々に生まれ、大手メーカーが参入しにくいほどのシーンにまで成長しています。
こういった音楽のあり方はちょっと珍しいなと思ったんですよね。
モジュラーシンセについては、ハードウェアとしてより、コミュニティや文化に注目しています。
― モジュラーシンセと筋電センサーを組み合わせて作品制作を行っていますが、その理由について教えてください。
実は音楽的な理由というよりも、身体と楽器との関係に注目しています。端的にいうと、楽器演奏における技芸の所在です。
モジュラーシンセには鍵盤がありません。だから、音楽的素養がない人でも、つまみを回したり、レバーを上下すれば音楽になっていく。演奏のために音楽の技芸は必要ありません。そもそも鍵盤がないほうがいいという思想もあって、鍵盤の有無が議論された時期もありました。
ある意味、モジュラーシンセは音楽の伝統的技芸が必要ない作りになっているけれど、それもだんだん技芸化されていく。じゃあ、筋電センサーの情報によってパラメーターを変えることで、習得した技芸を抜いていくことができるのではないか。自分の体一つで演奏ができるようになったら、何が生まれるのか? 何が重要視されるのだろう?
そのことに興味があり、制作を続けています。
― 鈴木さんの話を聞くと、近年はますます身体とアルゴリズムの接続をフィジカルにやっていこうとしているように見えます。指で操作するのと、筋電センサーを使った操作では、感覚的な違いはありますか?
まったく違いますね。つまみを回すのにも、何段階かあるんですよ。こうしたいというイメージをもって、このつまみをさわる、そして回す。その動作にも経験のある技芸者と素人では早さに違いが生まれます。
筋電センサーを使った操作では、このいつくかの段階を飛ばして操作可能です。自分の脳から音への経路が早い。「技芸を介さないってこういうことか」と感じる瞬間もあるんですよ。
― アルヴィン・ルシエの《Music For Solo Performer》 (1965年)などパフォーマー自身の脳派を使った作品は見られますが、そういった作品との接点はどう考えられますか。
私もアルヴィン・ルシエの作品は好きですが、α波は自分ではどうにもならない生態情報だと思うんですよね。
彼と私が違うのは、私はパフォーマンスとして時間芸術をつくろうとしてること。そうすると、その時間の中に波が生まれて、自分の身体とのせめぎ合いが生まれ、戦うわけじゃないですか。自分の身体と音源が直結している感覚。
― 身体や筋肉がメディアになって奏者になっているのでしょうか?
そうですね。筋電センサーで測る筋肉の動きは頭でコントロールするというよりも、備わってる身体を測ることができると考えています。だから、技芸を全部取り払って、もともとの身体のみで演奏が成立したなら、音楽の在り方も変わるのではないかと思っています。
余談ですが、このシステムを使えば、私が老人になって寝たきりになっても、モジュラーシンセで演奏ができるんですよ。起き上がらなくても、ベッドで寝てるだけで音が奏でられる。老後も安心です(笑)。
後編では、鈴木さんが会長を務める先端芸術音楽創造学会(JSSA)について、日本電子音楽協会(JSEM)の理事としての活動について。その中でも電子音楽のアーカイブについてインタビューを行っています。

鈴木悦久 / 准教授
打楽器と電子音楽を背景に、身体性とテクノロジーを横断する作品を制作している。創作実践を起点とした電子音楽におけるアーカイブの方法論について研究し、テクノロジーを基盤とした芸術作品の保存・修復・再演にも取り組んでいる。
※1 前田真二郎 『日々 “hibi” 13 full moons』 https://solchord.jp/sc007.html
※2 ライヴ・パフォーマンス:「《「日々」のための音楽》by 三輪眞弘」
https://www.ntticc.or.jp/ja/feature/2005/PossibleFutures/Performance/performance02_j.html
https://www.ntticc.or.jp/ja/hive/artist-talk/20051204-live/
※3 EMS17 Welcome Concert 2で 鈴木 悦久 GRAIN (2017)を発表 http://www.ems-network.org/ems17/concert.html#_concert2
インタビュー実施日:2026年5月11日
インタビュアー:福島諭(産業文化研究センター[RCIC]研究員)
編集:森岡まこぱ
撮影:福島諭(産業文化研究センター[RCIC]研究員)