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「5RoomsⅡ ― けはいの純度」展レポート

水野雄太

5つの部屋の「けはいの純度」

神奈川県民ホールギャラリーでは、「5RoomsⅡ ― けはいの純度」展を開催している。「けはい」とは、「目には見えないけれど、確かに存在する大切なこと」「言葉にすると本質から離れていってしまいそうな、直観でしか捉えようのないこと」。名状しがたいものが、アーティストの作品によって純度が高められる(*1)。この展示に、IAMAS卒業生で作家のスコット・アレン(2015年度修了)が、新作を出品した。彼の作品を中心に本展をレポートする。

この展示企画は、神奈川県民ホールが主催するグループ展の第2弾。前回の「5Rooms ― 感覚を開く5つの個展」(2016)のタイトルが示すように、個性的な5名の作家の個展が連なるグループ展である(企画担当は同ギャラリーの森谷佳永)。今回出品するのは、和田裕美子(1981-)、橋本雅也(1978-)、七搦綾乃(1987-)、スコット・アレン(1986-)、大西康明(1979-)という、手法も出自もそれぞれ異なる5名の作家たちだ。

神奈川県民ホールギャラリーには、特徴的な5つの展示室がある。地上階にある第1展示室のほかに、地上階と地下1階をつなぐ吹き抜けをもった大きな第5展示室、そしてその周囲を囲むように展示室2-3が位置する。それぞれ、広さも天井高も異なる展示室に、作家がひとりずつ割り当てられる。

 

彫刻といのちの痕跡

部屋の順番にそって全体を概観してみよう。受付のすぐ横にある「ROOM 1」には、和田裕美子の3つの作品が並んでいる。和田は人間の髪の毛をレースのように編む作品で知られる。2015年に神奈川県美術展で準大賞を受賞した《garden》(2015)のほか、5メートル四方におよぶ巨大な最新作《tree》(2018)は、近づいてよく見なければ、まるで髪の毛とは分からない。

和田裕美子《garden》(右)、《bench》(左)[撮影:来田猛]

和田裕美子《tree》[撮影:来田猛]

1枚目:和田裕美子《garden》(右)、《bench》(左)[撮影:来田猛]
2枚目:和田裕美子《tree》[撮影:来田猛]

階段を降りて地下に向かうと、橋本雅也の作品が並ぶ「ROOM 2」に入る。土や樹木を素材にした彫刻作品《母音の波音》(2018)や、鹿の角や骨を用いた繊細な植物の彫刻が、スポットライトによって浮かび上がる。続く七搦綾乃の「ROOM 3」に入ると、樟(クスノキ)を使った彫刻作品《rainbows edge VIII》(2018)が横たわっている。七搦の木彫は、どこか人体や骨を思わせる不思議な質感をもつ。


1枚目:橋本雅也《石・三井》[撮影:来田猛]
2枚目:橋本雅也《母音の波形》[撮影:来田猛]
3枚目:七搦綾乃「ROOM 3」全体[撮影:来田猛]
4枚目:七搦綾乃《rainbows edge VIII》[撮影:来田猛]

その後の「ROOM 4」は、これまでと趣が異なる。この部屋にはスコット・アレンの最新作《\Z\oom》(ズームと読む)が展示された。約24メートルにおよぶ廊下のような長く暗い空間に、8つのオブジェクト(モジュール)が並ぶ。カセットテープ、鏡、水面、加湿器の水蒸気、梱包用の透明なテープ、スピーカーの上に載った液面、回転する3枚のCD、回転する角瓶といった、見慣れた日用品や工業製品だ。天井に引かれたレールに沿って移動する緑色のレーザー光が、それぞれのモジュールに上方から投射され、光が屈折・反射して壁面に多様な像を描く。本展で唯一、音と光を発するインスタレーションである。



1枚目:スコット・アレン《\Z\oom》全体[撮影:来田猛]
2枚目:スコット・アレン《\Z\oom》粘着テープのモジュール[撮影:来田猛]
3枚目:スコット・アレン《\Z\oom》角瓶のモジュール[撮影:来田猛]

 

象ることのできない「けはい」

この作品には前身がある。IAMASの修了作品として制作した《spring》(2015)も、同様にレーザー光を変調するモジュールから構成される。《\Z\oom》はこの修了作品の発展形だ。在学中に三輪眞弘やクワクボリョウタらに学んだスコット・アレンは、像を光学的に直接扱う行為を「像楽」と呼ぶ(これは、三輪が「音楽」と区別して録音芸術を「録楽」と呼んだことに対応させている)(*2)。

IAMAS進学前は東京理科大学で物理学を学び、ビデオ・ジョッキー(VJ)として活動していたスコット・アレンは、光学装置を原初のしくみから捉え返し、映像を「動きをもった光」と定義する。そのとき、カメラ・オブスクラに由来する写真史(内側に光を取り込む)や、シネマトグラフに端を発する映画史(外側に光を放つ)の描く歴史が、これまで看過してきたもうひとつの歴史、すなわち「光を像として変化させる歴史」に焦点が当てられる(*3)。

1枚目:スコット・アレン《\Z\oom》天井にとりつけられたレーザーの光源を移動させるレール(ファームウェア「Grbl」で制御している)[撮影:来田猛]
2枚目:スコット・アレン《\Z\oom》回転するCDのモジュール[撮影:来田猛]
3枚目:スコット・アレン《\Z\oom》スピーカーによって波打つ液面のモジュール[撮影:来田猛]

光の反射や屈折といった変化のプロセスを経て、像が別様に変化する本作は、幻灯機やカメラやよりも、むしろ万華鏡やナムジュン・パイクの《マグネットTV》(1965)を彷彿とさせる。なお、タイトルに付けられた\ (バックスラッシュ)は鏡、Zはレーザー光線が反射する様子を表すというが、バックスラッシュはプログラム言語で意味の打ち消し、あるいはパスの階層の区切りを示す。光学的な変化zoom(像の拡大縮小)によって飼いならされた「像」のあり方をいったん否定し、別の階層へと導く。そこには、けっして象ることのできない「けはい」がこだましているようだ(ちなみに、zoomには車が走る「ブーン」という音を表すが、高速道路の湾曲した防音壁にヘッドライトが反射して、変化する現象から作品の着想を得た、と会期中のトークイベントで述べている)(*4)。

 

 

空白の中で感得する

そして最後の「ROOM 5」は、これまででもっとも大きな空間である。大西康明は、これまで体積や余白をテーマに制作してきた。今回、大西は空間に透明のテグスを水平面に6層張り、そこに大量の紙テープを階段の踊り場から投げ入れた。その軌跡によって、図と地が反転するように空間のかたちが現れる。この《tracing orbit》(2018)は、会場からほど近い横浜港の大さん橋で、客船が出航するときに投げる紙テープを連想させる。

1枚目:大西康明《tracing orbit》[撮影:来田猛]
2枚目:大西康明《tracing orbit》[撮影:来田猛]

ところで、会場には必要以上の説明書きはない。そこには、知識に偏重する展覧会に対して「文脈で理解できたからといってモヤモヤとした『わからなさ』はそのままで、心が置いてけぼりになっている」という企画者の率直な違和感が反映されている(*5)。作品に添えられているキャプションも、意識しなければ視界に入らないくらい控えめだ。最後の部屋を過ぎて階段を登ると、順路は再び「ROOM 1」の前に出る。「けはい」に満ちた5つの部屋を、ふたたび巡ってもいいだろう。会場を一歩外に出ると、まわりに新しいけはいが満ちていることに気づけるかもしれない。
 

 

【脚注】
(*1)「5RoomsⅡ― けはいの純度」展ステートメント。http://www.kanakengallery.com/detail?id=35695
(*2)青木聖也「複数の表示方法を遷移する投影装置──映像に於ける現前性の考察」(情報科学芸術大学院大学メディア表現研究科修士課程学位論文、2015)
(*3)2018年は、映画や写真だけなく、アニメーションやプロジェクションマッピング、VR、パブリックビューイングといった今日的な映像の多様性を歴史的に遡及する展示が目立った。たとえば、映像ではなく「めがね=レンズをとおして得られたイメージ」をテーマに、膨大な数の装置を展示した青森県立美術館の「めがねと旅する美術展」(2018年7月20日- 9月2日[その後、島根県と静岡県に巡回]や、写真と映像の交点からマジック・ランタンの現代性を示した、東京都写真美術館の「マジック・ランタン──光と影の映像史」展(2018年8月14日-10月14日)である。
(*4)12月23日に開催されたアーティスト・トーク(スコット・アレン、大西康明)
(*5)森谷佳永・岡山淑美編『5Rooms ― 感覚を開く5つの個展』カタログ(神奈川県民ホール、2016)、p.6