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令和2年度 情報科学芸術大学院大学 学位記授与式 学長式辞(2021年3月5日)

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2021年3月5日、令2元年度 情報科学芸術大学院大学 学位記授与式を開催しました。

 

令和2年度 学位記授与式 学長式辞 (2021年3月5日)

学長・三輪眞弘


みなさん、卒業おめでとう。
 全員がマスクで顔の半分を隠した今年度の入学式のようにではなく、今日こそは素顔でみなさんの卒業を祝うことができるのではないかという淡い期待はやはり叶いませんでした。このような世界の中で大学院を卒業し、明日からそれぞれの人生において次の段階に進むみなさんは今何を感じているのだろうか、ぼくは考えています。

 みなさんと同じ年頃のぼく自身のことを思い出してみると、今よりはのどかな時代だったとはいえ、「今日やれることをやるしかない」という「あきらめ」しかなかったと思います。学生だった自分が生きる世界の状況、身の回りで起きる無数の出来事はもちろんですが、国際紛争や資本主義の暴走、果てしない核開発競争や環境破壊のことなどを理解すればするほど、それら何もかもがぼくには狂っているようにしか見えませんでした。それは今でもまったく変わりませんが、そのような人間の世界に対して自分はあまりにも無力で、それらを批判することですら虚しいことのように感じていました。ですから、自分に残されていることはとりあえず「今日やれることをやるしかない」と感じていたということです。
 そして今そのことを思い出す時、「自分には何もできない」というそのような「無力感」こそが大切だったことに気づきます。なぜなら、そこには自分なりの、この世界に対する「あるべき」理想、いやむしろ「絶対にそうであってはならない」人間世界のあり方がイメージされていたということだからです。つまり、ぼく個人の経験に限らず、人が無力感に苛まれるのは、何かを切実に求めていることの裏返しでもあるに違いありません。

 ぼくが学内の授業やさまざまな機会に話してきたIAMASにおける「アート」という言葉の意味、そのコンセプトをまとめた「メディア表現学」※1 、それらの根底にあるものは常にこの「無力でも表現することをやめない勇気」だったのだと思うのです。つまり、「自分が何をやっても世界は変えられない」ことをはっきりと認めた上で、それでも、この世界に対する理想と(時には)怒りを決して忘れず、この世界に何かを求め続けること。そして、そのことを「表現」し続ける勇気を持つということです。言うまでもなく、ここで言う「表現」とは芸術作品も学術論文も新しい数式も社会活動も、人間によってなされる行いのすべてを含みます。そして、そのような「勇気」こそが人間による表現活動の根底になくてはならないのだとぼくはIAMASで訴え続けてきたのかもしれません。

 IAMASにおける修士制作と研究を通して、この世界へ向けて「思い描く」力、「やってみせる」力を鍛え、それらを「説明する」ための訓練を受けたみなさんは、新型コロナウイルスが蔓延する今の社会、すなわち、これまでにはなかった無数の制約の中でも知恵を絞り、力を合わせてIAMAS 2021展を見事に成功させました。そこに「無力でも表現することをやめない」みなさんの勇気をぼくは感じています。どうか、そのような勇気ある姿勢から生まれる知性の「統合力」、すなわちIAMASにおける「アート」の意味について明日からも考え続けてほしいと願っています。

 その昔、冗談や比喩ではなく「人は誰もがひとりの芸術家である」と本気で主張し、身をもって実践したのはドイツのアーティスト、ヨーゼフ・ボイスでした。IAMASにおける「アート」もまた、彼に倣うべきところが多いのかもしれません。それは、美術や芸術というジャンルを超えて、この社会の与えられた価値やルールを守るだけではなく、新しい価値やルールを創る人、単にこの世界を批判するだけではなく、より良くするために行動する人はみなアーティストなのだと主張するIAMASにおける「アート」の考え方と重なり合います。そしてもし、そのような人たちが「今日やれることを」やれば、きっと世界は変わるに違いありません。みなさんがこれまでIAMASで深めた経験がそのような「アーティスト」に成長するためのエクササイズであり得たのなら、ぼくにとってこれほど嬉しいことはありません。

 いずれにせよ、ぼくが最後に伝えたいことはシンプルです。地球温暖化がますます進み、新型コロナウイルスの変異株が次々と発見される今、卒業するみなさんの誰もが、それぞれの分野の専門性を超えた、「ひとりのアーティスト」であってほしいということです。今よりもさらに進歩した高度なテクノロジーによってではなく、誰もが、「ひとりのアーティスト」になることこそがこの世界を救う希望だと今のぼくには見えるからです。
ヨロシクたのむ!

 

※1 メディア表現学
情報科学芸術大学院大学紀要第10巻「メディア表現学を考える 研究手法の現在」
https://www.iamas.ac.jp/iamasbooks/journal/journal_of_iamas_vol-10/

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