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2019年度 情報科学芸術大学院大学 入学式(学長式辞全文)

4月5日、第19期生として新たに23名の新入生と2名の研究生を迎え、2019年度 情報科学芸術大学院大学入学式を開催しました。新入生の自己紹介からは、今後のIAMASでの研究に対する意気込みや決意が感じられました。



 

平成31年度 入学式 学長式辞 (2019年4月5日)

新入生のみなさん、入学おめでとう。そしてIAMASへようこそ!

今日は、ぼくにとって新入生にお祝いを述べる3回目の機会です。お祝いに代えて、これからIAMASで研究を始めるみなさんに伝えておきたいことは毎年変わることはありません。それは、IAMASが現実の社会から守られた「小さな宇宙」であるということ。そのような守られた宇宙の中いる間だけは、みなさんの眼の前にはいない人々や、もう、そしてまだ、この世界にはいない人々からも自分が「見られていること」を常に意識しながら研究に取り組んでほしいということです。

そう言われてもわかりにくいと思いますから、今年はIAMASにおける「研究」という言葉の意味について話したいと思います。というのは通常、大学院の研究といえば誰もが学術的な形式に則った研究や論文のことを最初に思い浮かべるはずです。しかしIAMASではそれだけでなく、芸術創造やデザイン(つまり設計)、ものづくりなど、人間が試行錯誤しながら何かを生み出すプロセスすべてを「研究」と呼びます。そして、その様々な成果をIAMASでは「表現」と呼びます。「メディア表現研究科」という時の「表現」とはそのような意味であり、それらを「作品」と言い換えてもかまいません。新入生のみなさんは、紛らわしい言葉遊びだと思うかもしれませんが、そう呼ぶには理由があります。つまり、IAMASにおける研究とはすべての学生が、「思い描く、やってみせる、説明する」、それを言い換えれば「構想する、作品化する、言語化する」という3つの段階を学生それぞれの経験や知識を土台に実践していくということだからです。あたりまえのように思うかもしれませんが、これは決して簡単なことではありません。

このグローバル化した複雑な世界の中で、そもそもみなさんは未来へ向けて何を「思い描く」ことができるのでしょう。もし何かを夢見ることができたとして、それをどうやったら「やってみせる」、つまり実現することができるのでしょう。そして、その「やってみせた結果」、すなわち「作品」があなたにだけでなく、他の多くの人々にとっても価値あるものだとどうしたら主張できるのでしょう・・中にはこの3つの段階において第2段階までは比較的よくできる人もいます。つまり「勝手に夢見て、勝手に作る」ことができる学生ということですが、それでも、それが誰にでもできることだと言うわけではありません。その上で、3番目の、自分の作品を「説明する」ことは誰にとっても大変難しいことです。しかし現代社会において、その説明なしには、あなたが苦心して「やってみせた」ことが、なかば無駄になってしまうことをIAMASは専修学校として設立された当時から知っていました。つまり、ここで言う説明とは単に他人を説得するための手段などではなく、自分の作品や思索をこの人間の社会に登録し、それを、他ならぬあなた自身のものにしていくプロセスなのです。それがIAMASにおける「論文」の意味です。

もちろん論文そのものが作品であるという場合もありますが、IAMASでは多くの場合、工学的な研究、アート作品や社会活動、デザインなど様々な表現、すなわち様々な形式の作品が生み出されてきました。それらには必ず、作品そのものをメタレベルから考察する論文が求められています。つまり、「IAMASというこの小さな宇宙で、あなたが手がけたものをあなた自身の言葉で説明しなさい」という当然の要請です。それは「上手にプレゼンしてください」という意味ではなく、みなさんの研究がこの世界に何を求め、どのような価値を実現したのかを誰よりもまず、みずからに問い質すことが求められているということに他なりません。さらに、それを説明する「相手」とは、教員やあなたの身の回りの人たちでだけはなく、一生あなたと出会うことのないこの地球上にいる様々な人々、そしてもう、そしてまだ、この世にはいない人々であるべきなのです。なぜなら、実際には決して会えないそれらの人々を前にして、彼らを自分の都合のいいように説得することなどできないからです。ただ、自分自身の心の中で彼らと対話を重ねながら、一つずつ自分の言葉を見つけ出し、それによってあなたがIAMASで「やってみせた」作品を説明してほしいのです。

そしてもし、これほど高い要求にみなさんが応えてくれるのなら、IAMASにおけるみなさんの挑戦は、どのような形式の作品であっても、それは「美しい」ものであるに違いありません。優れた音楽がいつもそうであるように、ぼくは、地球に生まれ、限られた時間を生きる人間の「自然で無駄のない」あるいは「明晰で理にかなった」営みは必ず美しいものであると信じています。それがIAMASで「アート」と呼ぶものです。逆に言えば、どれほど高度な技術や知識を駆使した斬新な試みであろうとも、IAMASでは決して「醜い」ものを作ってはなりません。そして、あなたがこれからやろうとしていること、それだけではなく、この世界で、そしてあなたの身の回りで起きている様々なことが本当に「美しい」ものかどうかを、この「小さな宇宙」にいる間だけは、いつも考え続けてほしいと言いたいのです。

修士課程におけるみなさんの研究は、それぞれの専門分野からみれば小さな「一歩」にすぎないかもしれません。しかし、その「一歩」が何を目指し、どこへ向かっていくかはみなさんの人生にとって、それどころか、これからの世界にとって決定的であることに自覚的でいてください。

それでは、次の月曜日から始めましょう!

学長・三輪眞弘

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