不確かさをみつめる–「glow in/complete」展
これは、2025年12月に実施された「glow in/complete」展についてのテキストである。展覧会のレポート的な記述が中心であるが、筆者個人の興味からところどころ各展示物に対する所感を記している。
展覧会概要
- 会期:2025年11月28日~12月10日
- 会場:新宿眼科画廊(スペース地下)
- 展示作家:glow
- RSP(Radio Streaming Persistence of Vision)|横山徹、飛谷謙介、北島慎也、赤羽亨
- VR Archive Viewer|池田泰教、赤羽亨、飛谷謙介、山田興生、伏田昌弘、京野朗子
- MultiChannel MR|赤羽亨、伏田昌弘、池田泰教、小此木玲奈
- AR Audio Guide|佐々木耀、伏田昌弘、京野朗子、ウエヤマトモコ、平瀬ミキ、光野るな、赤羽亨
- 企画:glow
- プロデュース・広報デザイン:京野朗子
- キービジュアル制作:丸尾隆一(+丸尾 時)
- Webコーディング:伊藤晶子
- 総合ディレクション:赤羽亨
- 協力:情報科学芸術大学院大学[IAMAS]、愛知県立芸術大学、株式会社マーブル、株式会社asyl、株式会社FLAME
展示作家の小項目にある4つの名称(RSP、VR Archive Viewer、MultiChannel MR、AR Audio Guide)は技術的なシステムを指す。今回、展示されていた10のプロジェクトでは、これらのシステムが表現に応用されたり、様々な課題へアプローチする手法として提案されていた。
glowはどのようなコレクティブか
glowとは、赤羽亨をファウンダーとする現在20名からなる活動体だ。公式サイトの紹介によれば、glowは制作者の視点からアートやデザインなどの創造・表現活動に関わっていくアート&デザインコレクティブであり、個の多様性を尊重しながらもそれぞれの専門性を有機的に接続させ、質の高い表現を具現化していくことを目指しているという※1。メンバー紹介のページでは映像、サウンド、デザイン、建築設計、エンジニアリング、プロジェクト・マネジメントなど各自の多様な専門性と、それに基づく関心領域の幅広さがうかがえる。自分一人の関心や専門の射程のなかでは関わることができなかったプロジェクトに関われたり、思いつかなかったような問題解決策が出てくる、といったことが、glowに関わるモチベーションとなっているメンバーが多いようだ。
筆者はNTTインターコミュニケーション・センター [ICC]※2に学芸員として勤めているが、glowはICCでのキッズ・プログラム2025「みくすとりありてぃーず——まよいの森とキミのコンパス」において、AR Audio Guideを提供したチームである。AR Audio Guide(以下、ARAG)とは、AR技術を用いた音声ガイドのシステムであり、スマートフォンで動作させることができる。ICCで使用されたのはARAGの「回遊インタラクション」※3というモードで、スマートフォンのカメラと内蔵センサーの情報から、ユーザーの現在位置をリアルタイムに推定し、その場所に指定された音声を自動的に再生する、というものだ。
ICCでのARAGは、一般的なオーディオガイド同様に作品解説として機能するとともに、作品表現の一部として、各作品エリアに来るだけで現実空間とは別のレイヤーの音声が聞こえてくるという仕掛けとしても働いた。ARAGが展覧会内で使用されるテクノロジーとして秀逸だったと感じたのは、鑑賞者がスマートフォンを首からかけ展示室を回遊するだけで効果が得られるという点だ。特に、耳を塞がない(オープンイヤー型の)イヤホンとの組み合わせは、単にオーディオガイドの操作の煩わしさを軽減するだけでなく、鑑賞者が意識せぬまま現実とARAGの音声とが重なっていく状態を作りだしており、鑑賞体験の可能性を拡げていたように思う。
そもそも「みくすとりありてぃーず——まよいの森とキミのコンパス」でのglowとのコラボレーションは、鑑賞者が自由に触れたり関わったりすることで変化するインタラクティブな作品が一般的になった現在、そのことによって作品の本来の見え方が損なわれることもあるという認識からスタートしている。最大限鑑賞の自由を確保しつつ作家の意図を正確に伝えるという、いわば鑑賞体験のアップデートを、展覧会を通して実験的に行うことを目指していた※4。この課題に応えるためglowが実現したのは、鑑賞者が会場内を自由に動き回ることができる一方で、作品体験の一部として意識しないままにARが介在し、それによって鑑賞体験を活性化させるような仕掛けだった。(なお本展はARAGを使っても使わなくても、十分に鑑賞可能なものであり、鑑賞者の興味に応じてARAG端末が貸し出されるようになっていた。)本展「glow in/complete」にも、この「意識しないもの」を眼差し、それによって様々な現実との新しい関係の結び方を提案するような態度が通底していたように思う。


上:津田道子《見えない道、つねにすでに》 2025年
下:AR Audio Guide装着の様子
撮影:木奥恵三
写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]
glowと「glow in/complete」展
今回の「glow in/complete」展は、2023年の「glow – in progress」、24年の「glow – in practice」に続く、glowとしては3回目の展示である。企画代表の赤羽の展覧会ステートメントによれば、これまで彼らが取り組んできたメディア表現の研究と制作の流れを、あらためてひとつの場として立ち上げるものだという。それぞれのプロジェクトで設定された目的に応じて、ARAGをはじめとする様々な技術が組み合わされて、体験型の展示が展開されていた。一見バラバラなようで、多くが技術的な面ではXRをベースとしたインタラクティブ表現となっていたり、あるいは「時空間」「現象」「曖昧な認識」など捉えづらい対象への強い興味を共有しているように見えた。
展示は全体として、一般に想像される「展覧会」のフォーマットとはやや異なるものだろう。それは上述の通り、個々のプロジェクトとその成果物としての展示が、異なる目的を設定していることによる。平瀬ミキ《不在の星座》のように単独の作品として成立するものもあれば、《Multichannel MR(MCMR)》のように表現への活用が期待できるシステムのデモ的なもの、池田泰教らによるアート・アーカイブの研究手法の提案などもある。一般的な美術展では、作品と、例えばハンドアウトやパネル、もしくは音声ガイドといった作品に付随する資料との間には、明確に形式的な違いを設けることが多いと思う。これに対し本展では、作品や研究など目的やジャンルは異なるけれど、スマートフォンによるMR体験やVRというように、共通の形式、もしくは共通のインターフェイスを持ついくつかのグループが、等しく展示されていた。
実際の体験としても、正直なところ想定外のものだった。というのも会場となった眼科画廊スペース地下は、決して広い展示空間ではない。幅4.2×奥行き12.5m程度、天井高が3m程度の、ビルの一室だ。筆者は会場を知っていたので、訪ねる前は、どのようにしてこの数の作品や資料を展示するのか、個々の展示物の規模がかなり小さいのか、などと疑問に思っていた。ギャラリー内には、モニター3台とレールから下がるバナーサイン、スマートフォンやヘッド・マウント・ディスプレイが、決して所狭しという感じはなく展示されており、たしかに個々の展示物が占有する空間は大きくなかった。しかし勿論、それは展示として内容が充実していないということを意味しない。むしろかなり情報量が多く、スペースの規模から予想されるよりも長時間滞在した。
会場に入り最初に目に入ったのは飛谷謙介《Radio Streaming Persistence of Vision(RSP)》※5である。ラジオやポッドキャストの音声をリアルタイムに文字起こしし、そのテキストを毎秒20コマで画像生成AIに入力するというもの。また、生成された膨大な画像と対応する文字データは逐次アーカイブされ、後から「変換の軌跡」として辿ることもできるという。
筆者が観たタイミングではBBCなどのラジオニュースの音声が即時にテキストから画像へ変換されていた。画像の表示時間は、所謂「ぱっと見」程度だが何が映っているかは十分認識可能であり、テキストと画像を見比べて生成AIのバイアスや誤りなどを指摘し得るほどのスピードだ。作家は機械学習、感性情報学、コンピュータビジョン等の分野で多数の研究実績を持つ研究者でもあるが、本作における機械学習の利用はそれらの研究における、例えば感性モデルの構築などと異なり、言葉の視覚情報への翻訳・生成というプロセスが前面に出たものである。それでも作家の中で一貫しているのは、glowのウェブサイト上のインタビューにあるような「曖昧なもの」や「人間が知覚して認識していないような事象」への興味といったものだろう。
なお、本作が展覧会の最初の作品だと書いたが、それは、本展が上述の通り一室の壁沿いに展示物が並んでいる仕立てで、本作がもっとも出入口に近い位置にあったためである。しかしキュレーションの意図としては、本作は展示の最初の作品というだけでなく、最後の作品とも受け取れる。本作が「技術を使うことによってかえって物事が不確かになってゆく」という議論を、それによって起こり得る現実の誤認の可能性にまで延長したものであり、他の展示作品がXR等の技術のメリットを最大化することで現実と仮想空間のシームレスな連続を指向しているとすれば、対照的に本作ではそのリスクが言及されていたためだ。

《Radio Streaming Persistence of Vision(RSP)》展示風景
撮影:丸尾隆一
順路の上で《RSP》の次には、開催概要、そして本展でも各作品・プロジェクトの音声ガイドとして採用されているARAGのアプリケーションの説明と、ダウンロード可能なQRコードが掲示されている。観客はその場でアプリケーションをインストールすれば、自身のスマートフォンで解説を聴くことができる。
開催概要の次に配置されていたのは伏田昌弘、佐々木耀《Reasonance》、a-semi(北島慎也、光野るな、ラフマット・ムハマド・フィクリ・ジクリ)《さうんどまっぴんぐ ワークショップ——みえないもの、きこえるおと》の記録、平瀬ミキ《不在の星座》、ウエヤマトモコ《回遊するサウンドアーカイブ—千種区》と、音を使ったプロジェクトだった。いずれも鑑賞者はオープンイヤー型イヤホンを取り付けたスマートフォンを首から下げて、音声を聴きながら体験するという形式である。
《Reasonance》は「“人”を音源とするマルチプレイ型の音声 MR※6作品であり、音に質量や所有感を与えることを目指した体験型のサウンドインスタレーション」※7と説明される。まず鑑賞者は、専用アプリをインストールしたスマートフォンを首から下げ、会場各所に置かれた合計3つのスピーカーのうち、音が出ているものに近づくよう促される。すると、そのスピーカーから出ていた音がスマートフォンのイヤホンから聴こえてくるようになる。仮にこの音をAとすると、取得後に鑑賞者自身のスマートフォンからAを聴くことができる代わりに、元のスピーカーからはAは聴こえなくなる。つまり鑑賞者は、音声記録媒体やオーディオ機器のように物理的な支持体の媒介なしに、通常考えられる「音を持っている感覚」とは異なる方法によって、Aという音を所有するかのような体験をする。
前述のICCキッズ・プログラム内ではこのシステムを使った「AR Audio Guide ワークショップ——ARからMRへ!」が実施されたが、スピーカーから音を取得した複数の参加者たちは他の参加者と音を取り合ったり、反対に押し付けあったりする新しい遊びに発展させていた。
解説と記録写真が掲示されていた「さうんどまっぴんぐ」も、ICCキッズ・プログラム内で行われたワークショップだが、こちらはARAGのシステムを使用したものである。このワークショップでは会場となったICCギャラリーAの床に、白い正方形が16個一定の間隔で並んでおり、それぞれの枠内に参加者が立ち入ると、音が聴こえる仕組みになっていた。解説によれば、聴こえてくる音は街の環境音であり、初期状態ですべての枠の音が鳴るのではなく、移動や探索によって新しい音が開かれていくよう設計されているという※8。
筆者は「AR Audio Guide ワークショップ——ARからMRへ!」「さうんどまっぴんぐ」両方の現場に立ち会ったが、実のところ何が起きているのか、ほぼ把握できなかった。それはこれらの音がイヤホンをつけた参加者である子どもたちにしか聴こえなかったためであるが、むしろその点に感銘を受け秀逸なワークショップ設計がなされていると感じた。例えば「さうんどまっぴんぐ」ワークショップの最後には子供達が、その音のある街で過ごす1日についての絵日記を描いた。周囲で見学する大人たちには何も見えず、聴こえず、ただただ会場となったICCギャラリーAの空間を眺めるだけだったが、子供達はそれぞれストーリーを感じ取り、自分の思考プロセスに保護者や講師など大人からの干渉を受けることなく、それぞれが思い思いに自分だけの絵日記を描いている。参加者である子供たちが、主体的に、かつ楽しみながら体験を深められるようになっているように思った。このイベントを見て、AR、MRという技術がそれのみで即座に優れたワークショップを成立させるのではなく、音を所有するという通常はあり得ない知覚と行為の組み合わせをいかに違和感なく成立させるか、子供という参加者の属性に対してどうチューニングしていくか、といった諸条件の十分な検討があってはじめて成立するのだという基本的なことを、改めて認識した。

ICC キッズ・プログラム 2025「みくすとりありてぃーず——まよいの森とキミのコンパス」
「さうんどまっぴんぐ ワークショップ——みえないもの、きこえるおと」
写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]
ウエヤマトモコ《回遊するサウンドアーカイブ—千種区》は愛知県名古屋市千種区におけるフィールドレコーディングで収集した音40種を聴くものだ。A3程度のサイズの千種区のマップ上に配された各収集場所の写真がマーカーとなって、それぞれの場所の音を聴くことができる。スマートフォンを画像に近づけると表示が拡大し、同時に音量も上がり、逆に遠ざけると表示は縮小し、音量も下がる。 作者のウエヤマはこの仕組みにより、写真の内部へ入り込むような体験を生み出している、と説明している※9。
視覚情報と違い音声情報は、人の耳の構造上、意識的に遮断したり、音量を変えたり、聞こえる音のいずれかにフォーカスしたりすることはできない。《Reasonance》や《回遊するサウンドアーカイブ—千種区》では、こうした受動的な音との関わり方とは異なる方法が示されている。このように、人の生来的な「聴く」機能から飛躍したものであるにもかかわらず、煩雑な機器の操作を行わずに、人(スマートフォン)が近づく/遠のくといった極めてシンプルな、通常考えられる音のコントロールよりささやかな行為によって音を変化させることができる。
《Reasonance》の企画者は「物理的な音場と個人的な聴覚レイヤーが共存する『音のMixed Reality』を提示」※10しようと試みていると説明している。このように現実と地続きでありなおかつ現実と明らかに違うという感覚、そしてそれをごく日常的な行為を通して多くの人が楽しめる形で実現することが、ここでMR技術によって目指されているものなのだろう。なお、MRについて日本語でGoogleや学術論文を検索すると、医療、土木、建築等の分野における視覚情報の提示という用途で用いられる事例が大半を占める。音声情報は、前述の通り視覚情報よりも明示的ではなく、MRの優れた点、つまり立体感・奥行き感と組み合わせた際の効果も独特である。この意味でも、本展のようにAR、あるいはMR技術を「音の表現」へと応用することはユニークなのではないかと思う。
《不在の星座》は、イヤフォンをつけた鑑賞者が、空間内を移動しながら各所で聴こえるARAGの指示を手がかりに想像上の線や面、形を描く、10分程度の音声作品だ。(しかし体験者の想像上の空間内では、彫刻、あるいはインスタレーション作品とも言える。)展示室には指示のきっかけとなる直径1.5cm程度のいくつかの白い点が壁や天井に点在するほかに物理的なオブジェはない。また指示に基づいて想像する要素以外に、サイズや色など任意で想像する部分もあるため、鑑賞者ごとに思い描くオブジェは異なるし、そもそも他の鑑賞者が描いたものと比べる術もない。
これまで平瀬は、複数カメラ画像のオーバーレイで敢えて映像的に違和感のある状況を作り出すなどして、そうした技術的な穴を人の想像力が補うことで、普段意識されることのない「メディア空間」が突如実感を伴って顕になるような試みを、いくつかの作品で実践していた※11。《不在の星座》では、最早オブジェのイメージは各鑑賞者の想像の中にしか存在しないが、体験開始から約10分後、既存の展示以外何もない空間を新たに満たした仮想の彫刻、またはインスタレーションを眺める際には、とても不思議な充足感が伴った。

「glow in/complete」展会場風景。左からARAG解説、《さうんどまっぴんぐワークショップ——みえないもの、きこえるおと》、《回遊するサウンドアーカイブ—千種区》、《不在の星座》 撮影:丸尾隆一
音を扱う一連の展示に隣接する、《RSP》のちょうど対面に当たる壁には池田泰教《VRアーカイブビューワープロジェクト—鑑賞者主観情報と時空間データによるVRアーカイブシステムの開発—》が展開する。これは時間軸を持つ芸術作品を記録し、資料化するためのアーカイブビューワーで、ビデオ、鑑賞者のボーンデータ、作品空間の3Dデータ、音響データといった複数の記録メディアの情報を時間的に統合し、繰り返し閲覧できる、というものだ。会場にはモニター1台と、ヘッドマウント・ディスプレイ、コントローラーが備えられており、VR空間内で過去の鑑賞者のひとりとしてその視点での記録映像を再生したり、コントローラーを使って自由な位置に視点を移動することができる。
本研究は「3Dスキャニング技術を用いたインタラクティブアートの時空間アーカイブ」(2015-17年)※12、ならびに「時間軸を持つ3Dデータ及び映像・音響データを用いたアーカイブシステムの開発」(2019-22年)※13という一連の研究と関連を持つ。両研究を踏まえ本研究も、映像やコンピュータのプログラム、パフォーマンスなど時間軸に沿って変化するメディアや行為を含む所謂「タイムベースド・メディア」作品のアーカイブというテーマに取り組むものである※14。
上記2015-17年の研究は、時間的変化の情報が取得可能な高精細3Dスキャンの技術を、展示のアーカイブに応用するというもので、その後の研究手法の土台となった。2019-22年の研究は鑑賞者の主観的な視聴覚体験に着目し、アーカイブの手法とその閲覧システムの開発が目指されていた。今回の研究はこれらをさらに発展させ、鑑賞者が任意の時間に何を見ているか/聴いているかについてそのアーカイブの手法を開発し、それが後年の再制作時に有効な資料として活用されることを目的としている※15。本展ではこの最新の研究の途中経過として、池田泰教による映像作品《BETWEEN YESTERDAY&TOMORROW #03 About the Things May Come to Pass》(2016、オムニバス企画BETWEEN YESTERDAY&TOMORROW参加作品)を題材に、上記のようなVRを使ったアーカイブの閲覧体験ができるようになっていた。最初の研究と異なり、高精細というよりは、例えば作品の持つ時間軸に対して鑑賞者が随時どのような位置で鑑賞していたか、というように、空間・時間・鑑賞者という個々の要素間での相対的な状況把握ができるものであったと思う。
池田の解説には「作品の本体が失われ、資料だけが残るという状況は実際には珍しくなく、気づかないうちに同時代の芸術作品が消えてしまうこともあります。しかし、そのような状態は一般には想像しづらいものだと思います。」※16とある。当初はインタラクティブアートのアーカイブという題目で始まった研究だが、その場合「作品の本体」とは最早物理的な支持体ではない。さらに美術史を遡れば、戦後の前衛芸術の中には、作品の物理的な実体以外の要素がその成立条件として重要視されていたものもあり、それらが消失、あるいは誤った取り扱いによってオリジナルとの同一性が失われてしまうケースもあった。このような文脈を踏まえ、明確にインタラクティブな仕掛けの無い作品における観客の反応や展示環境の時空間情報の保存に対しても、活用の可能性を開いていく本研究は、美術史研究にもメリットをもたらすのではないかと思う。

《VRアーカイブビューワープロジェクト—鑑賞者主観情報と時空間データによるVRアーカイブシステムの開発—》 撮影:丸尾隆一

《VRアーカイブビューワープロジェクト—鑑賞者主観情報と時空間データによるVRアーカイブシステムの開発—》ビューワー画面のキャプチャ
《VRアーカイブビューワー プロジェクト》の次には、赤羽亨《Multichannel MR(MCMR)》、小此木玲奈《都市の皮膜》の2点が展示されている。「MCMR」は、VR上で複数画面の映像を直感的に配置することができるシステム「Multichannel VR」を発展させたものだ。もともとは、映像の展示状態を仮想空間の中で構成し設計するためのツールとして開発された、いわばマルチチャンネル映像展示のシミュレーターだった。しかし徐々に、作品を設計するための従属的なテクノロジーという立場から、本システムそのものが表現の土台となるよう変化した。現在は「時間的かつ空間的なXR表現を試行錯誤しながら制作していくためのシステム」として位置づけられている。さらにはシステムの未完の状態を開発者のみでなく様々な専門性を持つクリエーターに共有し、フィードバックを得ることで更新しているという※18。
赤羽はこれまでも、「床からこのくらいの高さ」といったラフに指定した寸法を自動的に測定することで家具を設計するシステムや、ARによって現実空間に建築モデルを配置し施工位置・向きやその他の詳細を検討するためのツールなど、人の直感や無意識的な所作から直接デザインを生み出す手法を提案してきた※19。「MCMR」もこうした研究の延長にあるように思われるが、今回は設計のためのツールというより、前述のとおりMRの技術を利用した表現媒体として展開している。
《都市の皮膜》はこの「MCMR」を用いて制作されたVR作品だ。本作で鑑賞者はヘッドマウント・ディスプレイを被り、街に出る。会場となった新宿眼科画廊は、歌舞伎町に隣接する新宿5丁目であり、作家である小此木の解説にある通り「とても雑多で、混沌としており、街全体の情報量が非常に多い」という印象を受けるエリアであるが、VRゴーグル越しに見るその風景の中に仮想の映像作品が9点、配置されている。筆者もヘッドマウント・ディスプレイをつけて会場の外を歩いたが、夜景の映像で塗りつぶされた長方形やグラフィティのような形状など、明らかに現実とは違うものもあれば、突然目の前に現れる雲、鳥か虫のような群など、背景と馴染むような微妙なイメージまであった。「背景に馴染む」と書いたが、意外にも雑然とした新宿5丁目の中でも現実とは区別ができ、現実に重ねられる映像の立体感や明るさが絶妙なバランスに調整されていたようである。思えばこれまで体験したVR作品では視界全体が作品世界になっていて、鑑賞者の視野や動ける範囲は限られており、本作のように現実空間を自由に移動しながら鑑賞することが重視されるものを初めて見た。(これまで見たものはギャラリースペースで体験するものだったので、ここに挙げている体験中の写真のように雑然とした都市空間の中でVRゴーグルをつけている写真も、あまり見たことがない。)
作家は無断で貼られたステッカーや壊された屋外コンセントなど、何気ないものが物語を内包していると感じ、モチーフにしたという。見えない存在や、ものがもつ裏側の物語を感じ取るための、装置のようなイメージで「MCMR」を使用したそうだ※20。筆者は案内を受けたが、鑑賞者自身が自由に動き回って、こうした物語の断片としての映像を探し出すのが理想だろう。

《都市の皮膜》体験の様子 撮影:丸尾隆一

《都市の皮膜》VR画面のキャプチャ
以上が展示内容である。筆者はMR、XRなどの専門家ではなくこれまで長らく映像の領域で活動していたが、良い意味で自分自身の盲点を見つけたような感覚だった。ここまで書いて気づいたが、本論には「体験」や「鑑賞者」という語が随分と多く書かれている(「鑑賞者」は29箇所、「体験」は23ヶ所)。それらが画一的に「体験」や「鑑賞者」として表され、より具体的かつ詳細にそうした対象を表す語彙、あるいは分解するロジックを自分自身が身につけていなかったことに愕然とした。だからこそ盲点だったのだろうが、それと同時に「作者の死」(ロラン・バルト、1967年)や「開かれた作品」(ウンベルト・エーコ、1962年)といったコンセプトが提案されて久しい今なお、「現代の鑑賞者」や「現代の鑑賞体験」は発見/発明され続けているのだろう。このことは決して筆者だけの気づきではないはずだ。
例えば前述の通りMRを応用したシステムは視覚的な情報の提示という目的で開発されることが多いが、音声情報を主に扱うことで表現の可能性が拡がっている。作品のメタデータやインタビュー等を中心的な研究資料としてきた作品研究に、新たな周辺資料を構築するシステムを提供でき、それは将来的に、現在想像しうるより大きなインパクトを持つかもしれない。そして新しい表現や研究の手法を開発する際に、様々なジャンルの専門家が関わるバッファも大きい。冒頭で書いた「時空間」「現象」「曖昧な認識」などくっきりとした輪郭を持たないものたちが、今回使用されているXRなどの技術によって表現や研究のなかで対象化されることには、やはり大きな可能性があると思う。そして何より忘れてはならないのが、この先にあるプロジェクト構築の過程において想定される鑑賞者とその鑑賞体験は、その都度技術や社会の状況に応じてかたちを変えながら、プロジェクトを駆動する変数として立ち現れるだろうということだ。
注釈
※1 「アート&デザインコレクティブ『glow』設立」glow公式ウェブサイト https://glow-collective.org/reports/collective_glow/
※2 ICCはNTT東日本が運営する文化施設で、展覧会活動ではバーチャル・リアリティやインタラクティブ技術などの最先端テクノロジーを使ったメディア・アート作品を紹介し、また作品展示にとどまらず、ワークショップ、パフォーマンス、シンポジウム、出版といった様々なプログラムを実施している。https://www.ntticc.or.jp/ja/
※3 https://sites.google.com/view/ar-audio-guide/
※4 「子供の未来にじわじわ効く、『現実の揺らぎ』の体験を。ICC キッズ・プログラム 2025『みくすとりありてぃーず——まよいの森とキミのコンパス』」インタビュー、Tokyo Art Beat https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/mixed-reality-icc-interview-202508
※5 以下、作品・プロジェクト名の前に作家名あるいはプロジェクト代表者名を付記する。実際には冒頭「展覧会概要」の展示作家欄にある通り、各プロジェクトはチームワークによって成立している。
※6 MR(ミクスト・リアリティ、複合現実)とは、VR(仮想現実)とAR(拡張現実)を掛け合わせた技術と言われる。ARがカメラなどで目印を認識するのに対し、MRでは現実の空間や対象物との距離感を、3Dスキャンによって詳細に把握することができ、より現実と融合するよう設計されている。
高島耕「MR(複合現実)とは?VR・ARとの違いやビジネス事例を紹介」DSMagazine(2025年3月18日更新) https://ds-b.jp/dsmagazine/what-is-mr/
※8 光野るな「さうんどまっぴんぐ ワークショップ——みえないもの、きこえるおと」音声ガイドより
※9 ウエヤマトモコ「回遊するサウンドアーカイブ—千種区」音声ガイドより
※10 「Reasonance(リアソナンス)」 glow in/complete公式サイト https://glow-collective.org/in-complete/#works04-d
※11 例えば以下、平瀬ミキのウェブサイトに記載のある《Translucent Objects》(2018年)
https://mikihirase.myportfolio.com/translucent-object
「この作品では1つの出来事を、表と裏の2つの方向から同時撮影した映像を合成する手法を用いています。その手法によって、実際の撮影空間には無い物体を作り出し、現在の人間の身体構造では同時に捉えることができない表裏を見る光景を表現しました。」と説明されている。
※12 2015-2017年度日本学術振興会 科学研究費助成 挑戦的萌芽研究「3Dスキャニング技術を用いたインタラクティブアートの時空間アーカイブ」(研究代表者:赤羽亨)
https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-15K12841/15K12841seika.pdf
「時空間3Dスキャニングシステムの開発」情報科学芸術大学院大学紀要』8号、2017年、pp.149-155
※13 2019-2022年度日本学術振興会 科学研究費助成 基盤研究(C)「時間軸を持つ3Dデータ及び映像・音響データを用いたアーカイブシステムの開発」(研究代表者:池田泰教)
https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-19K00232/19K00232seika.pdf
※14 石谷治寛「タイムベースド・メディアとは」『タイムベースト・メディアを用いた美術作品の修復/保存のガイド』ウェブサイト、京都市立芸術大学(2017年9月6日更新)
https://www.kcua.ac.jp/arc/time-based-media/?page_id=8
※15 2023-2028年度日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C)「鑑賞者主観情報と時空間データによるVRアーカイブシステムの開発」(研究代表者:池田泰教)
https://kaken.nii.ac.jp/grant/KAKENHI-PROJECT-23K00238
※16 池田泰教「VRアーカイブビューワー プロジェクト」音声ガイドより
※17 「ハプニング」や「インターメディア」といった1960年代の芸術運動や、さらには現象学と繋がりのあるミニマリズムにもリンクするところがあり、将来的にはこうした芸術運動の研究などにも活用できるかもしれない。以下の参考文献はやや専門的ではあるが、非物質的な構成要素を伴う作品の収集や保存、再展示、それらに伴うオーサーシップや真正性の考え方に関して、歴史的な事例と深い洞察を示している。
Martha Buskirk, The Contingent Object of Contemporary Art,The MIT Press, 2003
※18 赤羽亨「MultiChannel MR」音声ガイドより
※19 赤羽亨、金原佑樹、冨田太基「One-size-fits-one:主観的な長さをもとにしたパラメトリックデザインシステム」『デザイン学研究作品集』2018年24巻1号 pp. 54-57
赤羽亨、今谷真太朗「Kiosk AR:空間スタディのためのARアプリケーション」『デザイン学研究作品集』2023年28巻1号 pp.14-19

