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「iamas open_house: 2021」における共集性─場所感の共有から距離感の測定へ

佐々木樹(産業文化研究センター 研究員)

 

1.はじめに

 2021年7月22日から23日の2日間にかけて「iamas open_house: 2021」(以下OH2021とする) が開催された。COVID-19の蔓延によってオンラインイベントの実施数は増加し、領域を問わずにイベントのオフライン開催の代替やオフラインとは違った形の良いものを提供しようと様々な実践と討究がなされている。そうした状況の中でOH2021では、共集性※1 をテーマに《i.frame》※2 という独自のプラットフォームを用いて、昨年度に引き続きオンラインでの実施となった。プロジェクト研究や修士研究を始めとして、合計22の多種多様な企画が展開された。うち15企画がオンライン上での展示の形式に加えて、オンラインのセッション※3 の形式を持って実施されたことがOH2021の大きな特徴であった。OH2021における来場者数および分布は図1の通りである。

図1. OH2021における来場者数および分布。国外はアメリカ・ドイツ・エストニア・インド・中国・台湾・韓国からのアクセスが見られた。国内は岐阜県をはじめ、37都道府県からのアクセスが見られた。最もアクセスが多かったのは岐阜県からの184、ついで東京都から174、愛知県から67であった。
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総数721のアカウントからのアクセスのうち、IAMASの所在地である岐阜県外の都道府県はもちろんのこと、海外からのアクセスも見られた。オンラインにより来場者の性質の内訳については基本的なデータについて図2の通りであるが、ここで特筆すべきものとして挙げたいのが来場者の75.8%がテキストチャットを、39.2%がボイスチャットを使用したと見られる点である。※4 なぜ特筆すべきかというとOH2021のプラットフォームであった《i.frame》で展開される上で大きな特徴となっていたセッションが、ボイスチャットとテキストチャット機能によって成り立ちを得ていたものであったからである。

図2. OH2021における来場者の性質。図で示される通り、初日である7/22の方が来場者数が多い結果となった。参加デバイスについてはPCからのアクセスが全体の約7割を占め、スマートフォンおよびタブレットなどのモバイルデバイスからは約3割程度であった。セッションへのアクセスについてはOH2021への会場であった《i.frame》からの参加が約半数を占め、ついでIAMASの公式webサイト・Twitter・セッション固有のページへの直接アクセスという結果になり、これらの合計が全体の約9割を占めていた。
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 本レポートではセッションと2つのチャット機能を出発点とし、OH2021におけるテーマであった共集性、および本フォーラムの成果についての一考察を行うものとする。

 

2.セッションにおけるチャットの活用と例

 ボイスチャットおよびテキストチャットによって、それぞれの企画の性質や内容の理解を促進する働きが一定数みられた。一般的なオンラインイベントのように出展者が複数集まり、個々のボイスチャットを用いて話し合うような企画も多く見受けられ、企画のメンバー全体がオフラインで集まってボイスチャットを使用するケースも見られた。
 ボイスチャットの活用が効果的に発揮されていたものに、太田宙の研究発表『I, Siri』のセッションがある。このセッションでは太田が自身の声で「Siri」のものまねの練習的な日記記録の録音が作品として展示され、それらについてボイスチャットを通じて太田が解説・インタラクションを試みていた。このセッションにおいては、記録されている声とセッション中に発話されている声が、来場者からのインタラクションを通じてオーバーラップし合う構図が見られた。ボイスチャットについて太田のような出展者の積極的な利用は企画者全体に多く見受けられたが、来場者が自発的にボイスチャットを用いてコミュニケーションを取る機会はほとんどなかった。このことは声によるコミュニケーションが身体的な接触に近いこと、つまり個人が特定されうる可能性があることがこの傾向に関係していると考えられる。※5 ボイスチャットの設置によって、来場者に対して企画者との身体的な接触の片鱗を感じさせることはできていたが、来場者が企画者に対して自身の身体性を預けること(≒この場では声を用いて発言すること)へのハードルはいくばくか高いものであったことが伺える。

図3.太田宙『I, Siri』
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図4.石田駿太『Traffic right』
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 対してテキストチャットにおいては、匿名の利点に生かされて来場者による自発的なコミュニケーションが見られた。ライフエスノグラフィプロジェクトの企画(企画名: しなゆ)の一つとして行われた石田駿太の『Traffic right』のセッションでは、信号機を背負って大垣市内を歩いて回る石田のライヴ映像に対して、参加者が石田を見守る構図を持った同時的なチャットコミュニケーションが成立していた。またこの場では石田の作品に対するコメントではなく、パフォーマーとしての石田を気遣うテキストが中心にあり、コンテンツとしての中心がパフォーマンスそのものではなく、パフォーマーを取り巻く環境・状況に焦点があったものであった。このことはTwitterなどをはじめとするSNSでの投稿・配信に見られる「エモさ」や「親密さ」のようなややプライベートな距離を感じさせるものであった。石田のセッションのテキストチャットにおいて口語的にくだけた文体が多く見受けられることから分かるように、テキストチャットはクローズドな場としてのみ発展する可能性もある。公に開かれている場所としても展開を維持することも目的に含む場合には、その場を構成する人々の間には明文化されていない関係を読むための慣れのようなものが必要があるだろうと筆者は考える。※6

 

3.オンラインイベントにおける共集性と同時性

 Forced Entertainment※7 の演出家であるT.エッチェルズの「最高の演劇を見ているとき、私たちは一緒であると同時に一人だ」という記述を基に、演劇パフォーマンス学研究者の岩城京子はオンラインにおける鑑賞や講義、体験においては共集性が剥奪されてしまうことを指摘している。※8 この点はOH2021におけるメディア表現学会(仮称)の「オンラインイベントにおける共集性」のセッションにおいても語られていたが、確かにオンラインイベントでは岩城の記述のように身体的に感じられる場所感の喪失がなされている状態にあるため、共集性の成立の困難さが露見しやすい。ここにおける問題は言い換えればオフラインでは獲得できていたであろう場所・作品から感じられる特別さ・アウラ※9 のようなものをオンラインでは獲得しにくいというマイナスな状況にあるとも言えるが、一方で対照的にオンラインによって身体的な面に生じている困難さを乗り越える試みの例もある。2020年に株式会社precogが企画制作を行った文化庁委託事業『THEATRE for ALL』※10 は、アクセシビリティに焦点を当てたオンライン劇場の開設を行うものであったが、障がいを持つ当事者をはじめ障がい支援に従事する個人や団体へのリサーチによって、芸術・表現に向かうことに存在する物理的・精神的ハードルをオンラインコミュニケーションを通じて克服を図ろうとするものであった。※11
コロナ渦におけるオンラインイベントの発展と普及によって、身体的な困難さのハードルをなくす整備は徐々に増加傾向にあり、場所の性質によって生じていた物理的・精神的なハードルはなくなりつつある。このことはこれまでに共集性を物理的・精神的なハードルから体感することに抵抗力が働いていた人々にとっての、芸術・表現との接触機会の拡大といえるだろう。この接触機会の拡大は芸術・表現に対する社会的距離(Social distance)※12 を短くするものといえる。
 OH2021で目指していたものはオンラインイベントにおける精神的なハードルのもう一つの方向性、オフラインではなく芸術・表現が扱われる際に実際の作品や行為主体から離れた場所であるオンライン空間においても、オフライン上で目で見たり耳で聞いたりした時と同様の物質的な体験(≒アウラへの気づき)を伝え、共に体験することにあった。オンラインイベントにおける共集性には物理的な場所の共有の喪失があるが、ある個人同士が同じ時間帯に接続しているという点での同時性※13 は残されている。同時性にある空間の共有・時間の共有の2つの方向のうち、空間の共有は身体の表現の場を体感することであり、対して時間の共有は意識の経過を眺めることであるが、前者は場所感(sense of place)と言うことができるだろう。つまり同じ空間・場所にいることを、身体を通して感じること、身体そのものが空間・場所を構成する要素の一つとなることである。対して後者は言語・視覚・音声などを始めとするメディア・コミュニケーションを通じてある瞬間における関係の距離を測るもの、自己の身体から離れたものを通して自己の立ち位置を認識する、場所感の語のニュアンスを合わせると、距離感(sense of distance)を知る体験といえるだろう。
 OH2021はオンラインイベントにおける集まりの形を考えるものであったと同時に、この後者の同時性つまり距離感に関わる試みでもあったと筆者は考える。企画者自身が私の立ち位置を明らかにすることによって企画の内に秘められたアウラ(のようなもの)を声を通じて発信することで、企画者・来場者いずれもが改めて作品・他者の立ち位置を認識する、ある一つの大きな距離感の測定の時間として機能していたのではないだろうか。この測定によって知り得た距離感は作品と鑑賞者の物理的な距離かもしれないし、作品・企画者との社会的距離かもしれないし、もしかしたらもっと密接でプライベートな距離だったものもあるのかもしれない。いずれにせよ、それらの関係においてある瞬間に何かが伝わったような気がしたこと・伝わらなかったような気がしたこと、感じられたような気がしたもの・感じられないような気がしたものなどそれぞれの立ち位置から見えたもの・見えなかったものの存在の発見がOH2021における成果であり、また今後の課題であるように筆者は考える。

 

4.おわりに

 OH2021のようなオンラインイベントにおいて根幹にあるのは、身体的に感じられる場所感の喪失がなされている状態での共集性の成立の困難さにあったが、オンライン化による場所感の消失に対して、同じように場所感だけを求めることに力を注ぐのではなく距離感との接触の自覚を持つ意識が今後より重要になっていくのではないかと筆者は考える。OH2021がそうした意識への出発点として、修士研究やプロジェクト研究の企画者はもちろんのこと、OH2021に参加した人々の内に今後も残り続けることができれば、本オンラインイベントは成功したものであったと先々でいえるだろう。

 

※1 劇場などの物理空間においては顕著に存在していた個々の鑑賞者が一人であると同時に一緒であるという感覚を持つこと。※8に詳細記載。

※2 《i.frame》はIAMAS修了生である加藤明洋によって考案・開発され、2021年3月31日に弊学のプロジェクト研究であるArchival Archetypingが開催したイベント「メタ・モ(ニュ)メント2021」のWebサイトで使用した仕組みである。HTMLのインラインフレーム要素(iframe)によりインターネット上に分散して公開されているWebページ群に繋がりと纏まりを提供すること、Webページのレイヤーにボイスチャットのレイヤーを重ねることにより、来場者が作品を鑑賞しながら対話できることを特徴とする。

※3 セッションは特定の時間帯のみアクセスできることプログラムであること、プログラムに紐付いたチャット・チャンネルを持つことができるものとOH2021では定義していた。対して展示はイベントの開催期間中いつでもアクセスできるプログラムとOH2021では定義していた。

※4 OH2021では来場者と企画者を区別するために企画者のアカウントを実名で登録(registered)、企画者以外を匿名(anonymous)とした。

※5 W.J.オングは『声の文化・文字の文化』(1991)において、声の文化では文字の文化と異なり、客観的な世界を身近に知っている人間同士の相互関係になぞらえて直接的に概念化し、言葉にする必要することがあること、また同時に声の文化は感情移入的あるいは参加的であり、客観的に距離をとるものでないことを記述している。

※6 E.ゴッフマンは『集まりの構造』(1980) において、社会空間における完全に参加している人とそうではない人とが共存しているある場所について、そうした広域コミュニケーションの可能性と規制するルールこそが、単なる物理的な場所を社会学的に意味のあるものに変えること指摘している。石田の例ではオンライン上における広域コミュニケーションの可能性を感じるものであるが、ここを規制するルールを設定すること、その場所に接続するための条件が必要であるようと筆者は考察する。

※7 T.エッチェルズ、R.アーサー、R.・ロードン、C.マーシャル、C.ネイデン、T.オコナーを中心としする英国の演劇コレクティブ。 https://www.forcedentertainment.com/

※8 ”Programme Notes: Case Studies for Locating Experimental Theatre “(2007) および『表象 15』(2021) 所収「座談会 オンライン演劇は可能か 実践と理論から考える」より参照。

※9 W・ベンヤミンが『複製技術時代の芸術』(1936) において記述した、機械的な複製によって作品から失われる「いま」「ここ」にのみ存在することを根拠とする力のこと。オンライン上においては特に物理的な性質の欠如から、「いま」「ここ」の存在を感知することの難しさが露呈していると筆者は捉える。

※10 当該事業は令和2年度戦略的芸術文化創造推進事業『文化芸術収益強化事業』バリアフリー型の動画配信事業によって制作された。 https://theatreforall.net/

※11 当該事業により緩和・解消を目指している物理的な「困難さ」は、物理的に劇場に行けないもの、見ることができないもの、聞くことができないもの、の3つのハードルである。精神的な「困難さ」は劇場や美術館などのような芸術・表現の場に対する心理的なハードルである。

※12 ここにおける社会的距離は昨今のコロナ渦における人と人との物理的な距離を指し示すソーシャル・ディスタンスを意味するものではない。本文ではR.E.パークが『都市 : 人間生態学とコミュニティ論』(1925) において記述している、”個々人の間および集団間にみられる親密感や敵対感といった感情で関係の程度を表す尺度” を社会的距離の意として用いる。

※13 A・シュッツは『社会的世界の意味構成』(1932)において、社会的世界(Social world)の最も基層にあるものを「我々関係」は我と汝の「同時性」に基づいていることを述べている。この同時性には身体の表現の場を体感する空間の共有、意識の経過を眺める時間の共有の2つの方向性がある。本レポートにおける同時性の用語はこのシュッツの同時性を援用する。