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教員インタビュー:赤松正行教授

クリティカル・サイクリングの射程

- 赤松さんは、1990年代からインタラクティブな音楽や映像、「セカイカメラ」(2007-)をはじめとするARやモバイルの作品を数多く手掛けられてきました。また「MSP/DSPサマースクール」(1999-2004)や『Maxの教科書』(2009)など、プログラミングの普及や後進の育成にも携わられています。一見すると、プログラミングやデジタルデバイスを駆使したこれまでのご活動から一転するように、2016年からは自転車をテーマとした研究プロジェクト「クリティカル・サイクリング」を始められています。まずは、このプロジェクトを始めたきっかけについてお聞かせください。

もともと自転車は、学生の時に通学の手段として乗る程度でした。意識的に自転車に乗るようになったきっかけは、東日本大震災後の計画停電の際、避難先で乗るためにロードバイクを購入したことと、IAMASの教え子たちがサイクリングのためのアプリをつくったことです。これまで熱心にスポーツに取り組んでいたり、とりたててアウトドア派というわけではなかったんですが、あらためて自転車に乗り出した時、身体的にも精神的にもとても気持ちよかったんですね。

自転車の一番の敵は空気抵抗です。いかに空気抵抗を減らせるか、ここに大きな技術が費やされています。もちろん身体的なトレーニングが必要な面もあるけれど、空気抵抗を減らすだけで走りやすさは大きく変わります。パワフルな力をもって駆動させるのではなく、自然環境に適応させて抵抗を減らすこと。この考え方に大きな発想の転換を感じたんですね。つまり自転車を通して、これまでの近代的な考え方とは異なる可能性を見出すことができるのではないか。そう思ったことが、クリティカル・サイクリングを始めたきっかけです。

メディア・アートの文脈で言えば、より大きな枠組みを見つけた感じでしょうか。実際にも、人の動きにあわせて音が鳴ったり、映像が変化するような作品は、もはや素朴過ぎますよね。一方で、ARグラスをつけて自転車に乗ったり、ドローンで地形を計測したりとテクノロジーを内包した制作や研究をしていることも確かです。それに図書館で自転車を調べようとすると、あちこちの棚を巡ることになる。つまり、学問体系としてひとつの図書分類に収まらない領域横断的な取り組みであるわけです。

ライド中の記録写真

- クリティカル・サイクリングを特集したIAMASの紀要に、赤松さんは「移動体コンピューティングは根本的に視覚依存性から脱却するだろう」と書かれています※1。視覚性は近代を特徴づける要素として指摘されることがあります。テクノロジーと視覚の変化をどのように捉えていますか?

近年の大きな変化といえばiPhoneの登場です。それ以前のデバイスは、キーボードとマウス、それにスクリーンが中心で、入出力はそれほど多くはありません。iPhoneはタッチスクリーンがあるので、たしかに視覚的なデバイスですが、スピーカーやマイク、GPS、加速度センサ、ジャイロセンサ……といった、何十個ものセンサやアクチュエータを備えています。iPhoneの登場によって、視覚を含めて感覚器を総動員するメディアが私たちの生活を変えました。

ところが、iPhoneは歩きながら使うことはできません。ましてや自転車に乗りながら使うことは大変危険です。移動しながら情報のやり取りができる方法はなにか。かつては机の上に鎮座していたコンピュータが、ポケットに入るスマートフォンとなって、どこででも使えるようになりました。その次は何をしていても使えるはずです。スマートフォンが掌に密着したように、次なるデバイスは身体に入り込むのかもしれません。

2020年のIAMASオープンハウスでは、自転車に乗りながら遠隔でコミュニケーションをとりあう「新型グループ・ライド」を実施しました※2。離れた場所にいる参加者は自転車に乗っていたり乗っていなかったりしますが、十数人をZoomミーティングで繋いで、音声で会話しながら、カメラ映像やGPSで現在の位置情報を伝え合うグループ・ライドの試みです。同時性があるとはいえ、遠隔地の参加者同士ではたして一体感が生まれるのかが課題でした。実際には素晴らしい司会進行のおかげで、お互いの状況がよく伝わってきました。しかも、思いがけない試みや劇的な展開もあって、さまざまな可能性を感じました。それから、自転車に乗っていると振動や傾きなども敏感に感じるので視覚や聴覚以外の感覚に訴えるコミュニケーションにも注目しています。

新型グループ・ライド

バランスを復権するための自転車

- 「クリティカル・サイクリング宣言」(2016)にある「バランスの復権」という言葉が印象的です。クリティカル(=批評)とは、危機的状況に対するひとつの態度表明だと思います。

「自転車に乗る」ことはバランスそのものですよね。バランスをとろうと思って体を動かしているわけではありません。「自転車に乗る」という行為は、結果的にバランスがとれていることの象徴です。ところが、「自転車に乗る」ってどういうことなのか、言葉や図で説明するのは難しい。でも、その感覚を体得できれば、軽やかに乗りこなせる。考えて判断しているわけではないのに、自ずと正しい行動ができる。自転車に乗るように生きることは、ひとつの行動指標になるのではないかと思います。

ところで、昨年(2019年)の暮れに自動車事故に遭いました※3。自転車に乗っている時に、後ろから車に追突される不条理な惨事です。これは以前から感じていたことですが、自動車はバランスを崩しているものの象徴だと思うんです。足先の小さな動きひとつで、巨大な金属の塊をものすごいスピードで動かす。人の能力をエンパワーメントしているわけですが、そのために、たとえばペダルの踏み間違い事故が起こる。僕は今回の事故で、自動車のアンバランスさを身をもって実感しました。人間はいまだにこんな野蛮な乗り物に乗っているのか、と。日本は自動車が基幹産業なので、自動車を優先する政策や道路行政ばかりです。自転車だけでなく、歩行者や車椅子への配慮がまったく行われてこなかったということです。

- 自動車といえば、昨年テスラ(Tesla)の電気自動車を購入されたそうですね※4

テスラは電気自動車として有名ですが、もっとも重要なのは自動運転の技術です。運転席にはスピードメータもパーキングブレーキもなく、まるで「人間は操作するな」と言わんばかりです。テスラはNVIDIAに匹敵するくらいの高性能のGPUを自社開発しています。自動車にはそれが搭載されていて、道路形状や対向車、危険物などの検出と回避に使われています。テスラの自動車はセンシングと機械学習の塊です。危険を察知したり、障害物を回避して安全に走行するために、ものすごいマシンパワーを使っている。もし、あの事故を起こした運転手がテスラに乗っていたら、僕にはぶつからなかったはずです。事故が起こるのは、人間という不完全な存在が運転しているからです。

はやく自動運転が普及してほしいと思いますが、自動運転の面では日本の自動車産業は完全に遅れているし、それは情報産業が遅れていることの一端ですね。いまだに自動車ではなく人間中心の社会のあり方に議論が及んでいないと感じています。

テスラの運転席

自転車に乗りながら(乗らなくても)人と社会を考える

- クリティカル・サイクリングでは具体的にどのような活動をされているのでしょうか?

活動の土台になっているのはブログです。学内外のメンバーが、さまざまな角度から自転車にまつわる知見を持ち寄って、化学反応を起こすことを意図しています。自分ひとりでは思いつかないようなアイデアや思考が現れていますし、記事と記事の相互作用も生じています。こうした活動を土台にしつつ、アート作品の制作や、グループ・ライドのようなコミュニケーションのあり方など、自転車を題材にした制作を実践しています。

- 自転車を持っていない人も参加できますか?

かならずしも自転車に乗る必要がないのが、クリティカル・サイクリングのおもしろいところです。「宣言」を起草したメンバーのひとりである松井茂先生は、ママチャリを持っているらしいんだけど、乗っているところを見たことがない。そんな彼がブログに書いているテーマは「自転車に『乗る』ためのレッスン」です。思索のための概念として自転車を位置づけていて、とてもおもしろい。

たとえば、人類が滅亡したあとの地球に異星人がやってきて、人類の遺跡を掘り起こしたら自転車が出てくる。映画フィルムには自転車に乗っている人類の姿が映っている。そこで異星人は「自転車ってどういうふうに乗るんだろう」と想像する。そんな思考実験もクリティカル・サイクリングの活動です。自転車についてのさまざまな関わり方を求めています。活動に興味を持たれた方は、ブログの「クリティカル・サイクリングについて」のページにお問い合わせフォームがありますので、ぜひご連絡いただければと思います。

- 自転車乗りから見た大垣や岐阜の魅力ってなんでしょうか?

僕は県外から大垣に赴任してきたので、当初は「仕事のためにいる場所」と割り切っていましたが、自転車に乗り始めてから、こんなに素敵な場所は他にないと思いました。大垣の中心地はそれなりに交通量が多いですが、そこから少し離れれば自転車乗りにとっては天国のような状況です。自動車の数も少ないし、農道や堤防沿いにきれいな道がたくさんあります。眺望がよく、高低差が少ないことも特徴です。

一方、揖斐や根尾といった山間の地域に行けばヒルクライム(上り坂を登ること)もできるので、大垣はいろんなタイプのサイクリングが楽しめる環境です。学生にも言っていますが、IAMASにいたら自転車に乗らないともったいない。コンピュータの前で悩むより、ペダルを漕ぐことをお勧めしたい。リラックスしてアイディアが沸き、体力もつくのだから最高でしょ? 冬の伊吹おろし(冬季に北西の方角から吹く季節風)が強いのは辛いですが、いま風力で動く自転車をつくれないかと考えています。

大垣周辺のヒートマップ(クリックすると画像が拡大します)

 

赤松正行 / 教授

1961年兵庫県生まれ。メディア作家。京都市立芸術大学大学院美術研究科修了、 博士(美術)。インタラクティブな音楽や映像作品を制作、近年はモビリティとリアリティをテーマにテクノロジーが人と社会へ及ぼす影響を制作を通して考察している。代表作は書籍「Maxの教科書」、「iOSの教科書」、アプリ「Banner」、「セカイカメラ(頓智ドット)」、インスタレーション「ウロボロスのトーチ」 など。

※1 『情報科学芸術大学院大学紀要』(8)、p.10、2017 (ダウンロードはこちら
※2新型グループ・ライド 2020 Summer 開催レポート」、2020.7.27
※3和歌山の国道トンネルで自転車事故」、2020.1.8
※4テスラで行こう」、2020.7.3

インタビュアー・編集:水野雄太
撮影:山田聡