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サントリー音楽賞 受賞のことば

将来、地球規模のパンデミックの年として記憶されるであろう2020年、無観客ライブ配信イベント「三輪眞弘祭」で岐阜市のサラマンカホールが佐治敬三賞を受賞し、その同じ年に「サントリー音楽賞」をいただいたことに、ぼくは格別なものを感じています。
 今も続く新型コロナウイルスの感染拡大が始まる以前からすでにサラマンカホールでの公演はその日程も「三輪眞弘祭」という公演名も決まっていました。自分の名前を冠した、この厚顔(?)な公演名はサラマンカホールの音楽監督である浦久俊彦さんが提案してくださったものでしたが、ぼくはこの公演をその名に見合う、自分のこれまでの創作活動の集大成にしてみせる覚悟でその公演名を引き受けました。パーソナルコンピューターの黎明期から今にまで至る、コンピューターを使った作曲活動が「サントリー音楽賞」によって「コンピューター音楽」や「メディアアート」などの前置きなしの「音楽賞」という名のもと、自分が生まれた国ではっきりと認められ、映像作家の前田真二郎さんと共に実現させたその集大成、「三輪眞弘祭」もまた同時に高く評価されたことは、ぼくにとってまさに「これ以上望めるものはない」出来事です。
 これまでなら、ぼく一人では到底達成できたはずもない、このような成果を支えてくれた様々な立場の方々に深くお礼を述べ、「これからも精進します!」と結んでこの挨拶を終えたはずですが、「三輪眞弘祭」で「音楽はもう死んだのだ」と宣言したぼくはそう素直になれるはずもありません。なぜなら(「装置」を介在させない)「音楽」という人類の営み、それ自体の終焉をぼくは問題にしてきたからです。それは「人間が人間でなくなる」ことであり、機械システムの一部としての人間が「機能」できるよう、みずからを訓育していく未来のことです。ぼくはそのような世界を望んでいませんし「逆シミュレーション音楽」と名付けたこれまでの活動もまた、デジタル技術に支えられた機械システムのただ中で人間がそれに抗う試みでした。パンデミックによって全面化したそのような人間の世界の中でさらに自分に何ができるのかを今、考え、立ち止まっています。今回の受賞はそのようなぼくへの「”音楽のお通夜”を終え、喪が明けてからもあなたには音楽の未来を考え続ける責任がある」という厳しさを伴う励ましのメッセージだと受け止めています。

三輪眞弘

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