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学生インタビュー:志村翔太さん(博士前期課程2年)

メディア表現学が網羅する領域は、芸術、デザイン、哲学、理工学、社会学など多岐にわたります。各自の専門領域の知識を生かしながら他分野への横断的な探究を進めるうえで、学生たちが選ぶ方法はさまざまです。入学前の活動や IAMAS に進学を決意した動機をはじめ、入学後、どのような関心を持ってプロジェクトでの協働に取り組み、学内外での活動をどのように展開し、研究を深めていったのかを本学の学生が語ります。

志村翔太さん

僕は自転車に乗っていただけで、巨人の肩に乗れたかは分かりませんが

- IAMAS入学以前の活動と進学の動機について聞かせてください。

入学以前の話をすると、とても長くなります。もう10年ほど前になりますが、学部時代は政治学を学びながら小説を書いていました。在学中にバックパッカーとして国外を旅した経験が忘れられず、新卒で旅行会社に就職し、修学旅行の添乗や営業の仕事をしていましたが、その時のクライアントであり、かつ、子供の頃から応援していた地元のサッカークラブがJ1リーグで優勝するのを見て気持ちが燃え上がり退職しました。失業期間中に専門実践教育訓練給付金制度を利用して、プログラマーへと転身し、当時は自分で事業を立ち上げ、お金持ちになった暁にはサッカークラブを経営したいと考えていました。その過程で知り合った友人と起業し、Webサービスを開発しましたが、最終的には会社とサービスをクローズすることを決断し、無職になりました。
仕事をしてなかったので実家に引きこもって朝から晩まで無目的にネットサーフィンをしていたある日、Facebookで知人がデジタルハリウッド大学での落合陽一さんのメディアアート制作講義について投稿しているのを目にし、久しぶりに創作への興味が湧いたので伝手を頼って参加させてもらい、初めて美術作品の制作を経験しました。
僕はそれまでほとんど美術館へ行ったことがなかったので、「見る」よりも「作る」ことからアートに触れ、次第にのめり込んでいきました。貯金が尽きたので就職し、IT企業で働きながら空き時間を利用して制作を続ける日々を送る中で、映像作家の友人と飲みに行った際に「岐阜県にある大学院への進学を検討している」と話を聞き、IAMASの存在を知りました。そうして入学案内をホームページで読み込むうちに、どっぷり没頭していたテクノロジーを用いた作品制作に深く向き合える環境だと直感し、さらには、これまで環境が幾度も変化する中でも続けてきた小説の執筆活動に向き合える絶好の機会かもしれないと考え、勤めていたIT 企業を退職して受験準備を始めました。
無職だったので、郵送されてきた合格通知を見たときは、心底ほっとしました(笑)。

- 在学中の研究、生活について教えてください。学外発表についても紹介してください。

一言で言うと自転車に乗りながら小説を「書く/読む」研究をしていました。「モビル文学」という作品シリーズ名で発表をしています。IAMASに入学してから師匠の赤松正行教授に影響されて自転車に乗るようになり、大垣の生活の中で最も身近な存在となった自転車と元々興味のあった文学表現、仕事として携わってきた人間の移動並びにシステム開発を組み合わせ、研究の種を育てていきました。大垣は東西南北に開けた土地で交通量も多くなく、自転車乗りにとっては天国のような場所です。都会ではなく、のんびりとした大垣で暮らしていたからこそ見つけることが出来た研究テーマだと思っています。
「モビル文学」はモバイルテクノロジーを用いて、作品発表場所付近をサイクリングしながらその地を舞台に執筆した小説を「書く/読む」コンセプトの元で制作を続けており、昨年はアートフェスティバルやアートコンペのファイナリスト展で発表の機会を頂きました。自転車というメディアを使って執筆するとは夢にも思いませんでしたが、自分が書いた小説をパブリックな場で発表することは幼い頃からの夢だったので、感無量でした。

モビル文学 大垣ロストデスティネーション

- IAMASに入学して、自身の意識の変化という点で何か思いつくことがあれば教えてください。

研究の過程の中でまだ誰もやったことのないことを探す習慣が付きました。僕は自転車に乗っていただけで、巨人の肩に乗れたかは分かりませんが、先人たちの取り組みを踏まえた上で同時代のメディアやテクノロジーを用いて、現在自分に何が出来るだろうかと、繰り返し問うたことをよく覚えています。二年間を振り返ってみると失敗ばかりで、日々悶え、苦しみ、絶望を重ね、試行錯誤の連続でしたが、初めて修士研究のプロトタイプを完成させた日の夜の帰り道、「モビル文学」を体験したことがある人間と、月へ行った人間は、どちらの方が多いのだろうと考えた瞬間に、宇宙が始まり多種多様な生き物が生まれて死んで、現在だって80億人も人間がいるのに、自分が世界初だ!と思い、誰も知らない秘密を自分だけが知っているような気がしたし、この発明を大声で沢山の人に伝えたいとも考えたし、とにかくワクワクしたことを覚えています。

ARグラスを装着して自転車に乗っている様子

- 修了後の進路や、今後の計画を教えてください。

とりあえず2ヶ月間アーティスト・イン・レジデンスでザンビアの首都ルサカへ行きます。その後のことはよく分からないです。ですが、昨年の秋から冬にかけて交換留学制度を使ってオーストリアのリンツへ滞在していた時に、聖書の物語が絵画や音楽といった別メディアに派生していることに強く感化され、自分が用いる表現手法であるAI、AR、映像表現などを駆使して、オルタナティブな文学を創造していきたいと考えるようになりました。もちろん修士研究「モビル文学」もその一つです。
先日、大いに尊敬していた小説家、ポール・オースターの訃報を耳にしました。久しぶりに彼の著作を読み返し、改めて強い感動を覚えるとともに、作家が一生のうちに書ける文章の量には限りがあり、人生が有限である以上、内包する物語世界の数もまた無限ではないことを痛感しました。もっと長生きしてほしかったです。
現在、ChatGPTのようなLLM(Large Language Model)が超高速で大量の文章を半永久的に生成し続ける時代が訪れ、AIだけを例に取っても、文学を取り巻く環境がすさまじい速さで変化しているように感じます。
そうした世界の中で、僕は何を書こうか。何を作ろうか。今はまだ、ぼんやりと考えているばかりです。


 
インタビュー収録:2025年2月
聞き手:前田真二郎
※『IAMAS Interviews 05』の学生インタビュー2024に掲載された内容を転載しています。